第2話
鳥が鳴くような甲高い声を上げて、女たちが出立してゆく隊商(キャラバン)を送り出す儀式をしている。鼓膜に響く女たちの奇声は、喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも聞こえる。
スィグルは、華やかな鞍をつけた砂牛にまたがっていた。
湾曲した砂牛の二本の角には、細かな彫刻がほどこされ、溝に赤い染料が埋め込まれ、はみにも鞍にも、豪華な毛織物や糸を編んだ華やかな飾りがつけられている。
通りを抜けるときには、街のものたちが夏のオアシスに咲いた睡蓮の花びらを、次々の雨のように撒き散らして出立を祝った。シンバルを鳴らすにぎやかな音楽が、道中の無事を祈る歌とともに、タンジールの通りを満たす。
巨大な街を行き過ぎ、砂漠へと出て行くまでには、いくつもの通りを抜けてゆかねばならない。
すれ違う街の男たち、女たち、通りを飾る店、そびえる尖塔、破風を飾るモザイク画、飛び交う鳥と蝶、甘い蜜の香り、吹きすぎる風。すべてが美しい、まるで楽園のようだ。甘い歌声も、かき鳴らされる楽器(シタール)の音色も。すべてが輝くように美しい。
なにもかも目に焼き付けてゆこうと、瞬きもせずに街を見渡すと、故郷への想いで気が狂いそうになる。ゆっくりと進む行列の足並みですら、無慈悲な速さに感じられる。
スィグルは朦朧として、砂の香をかぎ、鳴り響く音楽を聴いた。
楽園が遠ざかる。
稔りの風に波打つ、豊かな金の穂。
舞い飛ぶ花にかすむ人並みに折り重なるように、いつか見た豊かな風景の幻が見えた。
どこへも行きたくない。
笑いながら走りぬけるスフィルの声が耳元によみがえった。
懐かしいタンジール、愛しい黄金の楽園、甘い蜜のような深い深い夜の安らぎ。通りすぎる顔のどれでもいい、いつか帰っておいでと言ってくれれば。
晴れやかに微笑んだまま、スィグルは都の城門をくぐった。
その様子を伝え聞いた父や母が、誇らかに出ていった息子のことを自慢に思ってくれればいいと思ったが、王宮は遠ざかるタンジールの奥深く、そこにいる愛しい人々がなんと言ったか、楽園から去りゆくスィグルには知りようもなかった。
---- 完 ----
カルテット番外編「失楽園」 椎堂かおる @zero
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