後編

桜が舞う季節。それは別れの物語でもあり、始まりの物語でもある。

 四月の初め。入社式が本社で行われるとのことで、いつもの三人で寮をでた。何かあるときは、常にこのメンバーだ。

「なんか歩きにくいよね、スーツって」

「そうですね。なんか、ピシってしてて、魔法使いには向いてないかもしれませんね」

「おいおい、あんまり魔法使いだとか、外で話すなよ」

「誰も聞いてないと思いますし、大丈夫じゃないですか?」

 あたりを見回すと、閑散とした住宅街に俺ら三人だけの影がポツリとある。

「まあ、確かにそうだな」

 ほどなくして本社に到着し、入社式が行われる地下の大ホールへと案内される。そこは本当に鉄道会社の持ち物かと思うくらいに広い。夏フェスでもやるのだろうか。

 席に案内されると、他の同僚は既に全員揃っているようだ。五分前に来てこれか…。一体何分前行動をしてるんだ…。

 特に何もなく終わった入社式。感想はなにもない。まあ、やらなくても問題なくね?しいて言うならこんなところか。

 入社式後は、早速研修が始まった。長机とパイプ椅子がいくつも並べられた部屋。机と椅子は丁度三人用で、もちろん俺らは三人固まって座った。全員が座り終えた頃に、久しぶりに顔を見た高橋さんが入ってきた。どうやら高橋さんは、魔法使いだけでなく、新入社員全般の教育も担当しているらしい。

 今日は研修の内容の説明と、それぞれの自己紹介が行われた。何故か皆、自分の出身校または大学を言っていく。同い年の人は出身校がほぼ二択で、明らかに鉄道の勉強をしているだろう名前の高校と、鉄道の勉強をしているのか、名前だけでは判断できない高校の二校だった。魔法学校と言えるはずもない俺らはどうしようと焦ったが、高橋さんが目で言わなくてもいいと訴えかけてきていたので、名前と適当な趣味だけを言って終わらせた。

 初日はそんな感じで終わった。

 二日目は実際の電車に乗っての研修。これから自分達が働く会社の路線を知っておく必要があるとのことだった。乗り込んだ電車は乗客を乗せたものではなく、研修用に貸切った電車だった。ルートは榎駅→新青梅駅→榎駅→檜原口駅→新宿駅→田無北駅→村山線→箱根ヶ崎駅→榎駅と、全部の路線を通ってきたらしい。東都高速鉄道が何処をどう走ってるかわからない俺。他の奴らは路線図とかわかってるのだろうか。

 研修三日目の今日から、本格的なものが始まった。主に基本的な言葉遣いと接客。この二つが今日のメインだ。最初の覚えさせられたのは、安全綱領という、運転の安全の確保に関する省令によって定められた、いわばスローガンみたいなものだ。

一、 安全の確保は、輸送の生命である。

二、 規定の順守は、安全の基礎である。

三、 執務の厳正は、安全の要件である。

 この三つが、安全綱領で、どの駅にもこれが書かれた、額縁が飾られているとのこと。

個人的にはこれが苦手だった。お客様ととっさに言えず、乗客とか客などと言ってしまう。これを何度も何度もしてされ、ようやく言えるようになった頃には、周りは既に次のステップに進んでいた。まさか、言葉遣いがここまで大変だとは思いもよらなかった。

 接客は、乗きゃ…。お客様が不快にならないような対応をするように心がけることが大切だと言われた。

 一ヵ月ほどこんな感じで研修が続いた。よくも耐え忍んだものだ俺よ。そして今日からは実務研修だ。実際に駅に立ち、接客をするというものだ。俺ら三人は榎駅からバスに乗り、北榎駅まで行き、電車で上北台駅までやってきた。ここで俺らは駅務研修を行う。この上北台駅は、多摩都市モノレール線との乗り換え駅で、急行電車も止まるとのことなので、乗降客数もそこそこ多いらしい。

 駅に着くと、俺らに仕事を教えてくれる先輩へと案内された。

「はじめまして。おととし、この東都高速鉄道に入った山田です。よろしくね」

「はじめまして、宇奈月白兎です。よろしくお願いします」

「君が宇奈月君か。話には聞いてるよ。俺も君たちと同じ、魔法使いだからね」

 おお。ここに入社してから、俺ら意外の初めて会う魔法使いだ。今まで本当に、魔法学校を卒業した生徒が、ここに入社してるのか気になっていたが、どうやら嘘ではなかったようだ。

「ここに入社して、初めて魔法使いに会いましたよ」

「そうだね。本社には魔法使いは一人もいないからね。全員、運転士か駅員か整備員だからね。運転になれば、嫌というほど魔法使いがいるよ」

「そうなんですか。今まで魔法使いに会わなかったんで、心配だったんですよ」

「そうだよね。魔法使いが沢山働いてるって聞いたのに、周りに魔法使いは自分達だけ。騙されたんじゃないかって思うよね」

 本当にそれぐらい、魔法使に会わなかった。まさか、あなたは魔法使いですか?なんて聞くわけにもいかない。少なくと同僚の中には俺ら三人だけ。有馬のような特別なことがない限り、そのはずだ。

 その後は、山田さんについて仕事をこなした。まあ、一ヵ月も研修をやっていれば言葉遣いにもなれるもので、意識せずにお客様という単語が言えるようになった。桃花と有馬もそれぞれの先輩について仕事をしていた。それにどうやら、この駅の駅員は全員魔法使いらしく、魔法をちょいちょい使ってる姿が見える。

 駅の仕事は、改札口の脇にある窓口に立ち、お客様の案内をする仕事。駅のホームに立ち、列車に合図を出す仕事。裏で事務作業をする仕事。券売機からお金を回収し、精算する仕事など、意外とやることの多いものだと実感する。最初の印象としては、窓口に立ってるだけの仕事だったが、全然違った。

 窓口では、多摩都市モノレールとの乗り換え駅ということもあり、乗り換え口や、電車の乗り場を聞いてくるお客様が多かった。

 ホームに立ち、列車に合図を送るのは、責任重大である。駅員がホーム上の安全を確認し、車掌に合図を送る。車掌もホームの安全の確認がとれ、駅員からの合図を受け取ると、運転士に発車してもいいという合図を送り、運転士が電車を発車させる。つまり駅員が適当な合図を送ったり、確認を怠るとお客様に危険が及ぶ可能性もでてくる。

 さらに駅員はホームはもちろんのこと、電車や線路についても確認しなければならない。電車の行き先と種別は正しいか、尾灯がちゃんと点いているか。線路上が電車が走っても安全かどうか。などと、確認することもおおい。それにわずかながら、終電近くに上北台駅止まりの電車がある。この電車はお客様を全員降ろすと、駅の新宿寄りにある留置線に入れる。そのため、お客様が全員降りたかの確認をするため、駅に着いた電車の車内を一通り見てまわる。そこで、寝ているお客様や、この駅が終点だと気がついていないお客様を下車させたり、忘れ物をチェックしたりする。それでもって、全ての確認がとれたら、これも車掌に合図をだして、車掌が運転士に合図を出して、電車は出発していく。

まあこれでも、当駅止まりの電車がある駅では楽なほうだ。なにせ上北台止まりの電車は、新青梅始発。つまり、終電近くの中途半端な行き先の上り電車ということで、乗っているお客様はわずか。多摩都市モノレールの終電も終わってる時間なので、お客様が少ないのだ。

他の駅に配属された同僚の話しを聞くと、物凄く大変そうなのが伝わってくる。隣の高木仲原駅は、新宿始発の高木仲原止まりの電車が終日ある駅。俺らよりも圧倒的に大変だ。しかし、それでも昼間の高木仲原止まりの電車は、車庫には入らずに、そのまま新宿方面に折り返す電車ばかり。そのため、車内点検はやるものの、運転士車掌の仕事のため、駅員は車庫に入る電車のみを確認している。

他に途中駅止まりがある駅は、田無北駅、南街駅、箱根ヶ崎駅、北榎駅、福生市駅、小平中央駅と榎駅。このうち、小平中央駅と榎駅以外は、ただ電車が折り返していくだけ。そのため、車内点検の必要はない。しかし、小平中央駅と榎駅はそれぞれ車両基地がある、小平中央駅は朝と夜のみ、車両基地に入る電車がある。だが、榎駅は朝昼晩、問わずに車両基地に入庫する電車が存在する。そのため、榎駅の駅員は大変らしく、研修生も一番多く配属された。終日に渡って入庫する列車があるのは、榎駅から分岐している、秋榎線が主な要因だ。秋榎線は他の路線と違い、榎駅~福生市駅間を除く区間は六両編成分しかホームの長さがない。対して榎宿線と村山線は、有料特急を除く、全ての電車が八両編成で運転されている。そのため、秋榎線から榎宿線に直通する列車は限られ、秋榎線の電車は、昼間は全て榎始発着となっている。こうなると、秋榎線方面から新宿方面に行くとなると、榎駅で乗換えが発生する。この乗換えの利便性を図るため、榎駅では上り方面、下り方面でそれぞれ対面乗換えができるように、秋榎線の電車をホームに入れている。そのため、電車は榎駅の上りホームに到着後、一旦車両基地に入り、進行方向を変えて、下りホームに入る必要がでてくる。このようなことがあるため、朝夜の入庫が加わり榎駅では終日、駅員が列車の入庫確認をしているというわけだ。

終電が終わり、ホームの巡回中。この仕事もなかなか慣れてきた。終電は午前一時七分。箱根ヶ崎始発高木仲原行き各駅停車だ。箱根ヶ崎での八高線との接続も、この駅での多摩都市モノレールとの接続もない列車はがら空きだった。次の電車は三時間後の四時十五分発高木仲原始発箱根ヶ崎行き各駅停車だ。因みにこの電車も八高線とも多摩都市モノレールとも接続はない。いつも見る限り、がら空きだ。ホームの点検が終わると、駅のシャッターを下ろし、仮眠をとる。翌朝は三時半に起き、再びホームの点検をしたあと、四時に駅のシャッターを開ける。その後朝の通勤ラッシュが終わった九時頃に、お仕事終了となる。

研修生とは言えども、実際のシフトに合わせて動く。シフトは担当の先輩と同じ物だ。研修期間が終われば、俺と桃花はまた別の研修がはじまる。運転士の一歩手前の車掌の研修だ。対して有馬は、研修終了後、一人立ちし、何処かの駅に配属される。そこでまた新たな仕事を覚えていくのだ。

「そういえば、宇奈月君って魔法上手いんでしょ?」

「自分で言うのも変ですが、そうですね。魔法には自信があります」

「だったらさ、ここにきてどう?魔法なんて全く使えてないでしょ?やっぱり魔法とか使いたくなる?」

「使いたくなりますね。まず、こうやって歩くのも時間がかかりますし、箒を使えばすぐですからね。家事も全部魔法でやってたんで、自分で動いてやるとなると、わからないこともでてきて大変です」

「そうだよねぇ。俺も魔法学校にいたころは、窓が玄関替わりだったからね。今でこそ多少は慣れてきたけど、長距離を移動するときは、箒に乗りたくなるんだよね」

「ですよね。俺も魔法学校から榎までくるときに、箒に乗った方が速いと思いましたし」

「確かにね。電車は線路の上しか走れないからね。まあそれが、鉄道の利点でもあり欠点なんだけどね」

 鉄道は敷かれたレールの上を走ることで、車のようにハンドル操作が必要なくなる。さらには摩擦も少なく、少ないエネルギーで走ることができる。しかし、レールの上しか走れないため、車のような小回りはきかず、摩擦が少ないため、ブレーキ距離が長く、坂も苦手とする。

「その点、箒は便利だよね。空を飛んで何処にでも行ける。鉄道みたいに乗り換えたり、ぎゅうぎゅう詰めになる心配もない。本当に魔法使いで良かったと思うよ。もし違ったら、あのラッシュ時の電車の中に押し込まれてたかもしれないからね」

「あれはきついですよね」

 東都高速鉄道の通勤ラッシュは半端ない。この上北台駅の時点ではそれほど混雑はしていないが、これが榎駅や田無北駅になると、すごいことになる。榎駅では、まだまだ余裕があった電車に大量の人が流れ込む。これは全ての上り電車に言えることで、各停だろうがなんだろうが、関係なく満員になる。そしてさらに追い打ちをかけるように、田無北駅からの大量の人が乗ってくる。すでに満員だというのに、そこになだれ込む人々。地獄が毎朝繰り広げられているのだ。榎駅はもちろん、あの高層マンションに住んでいる人が乗ってきて、田無北駅は村山線の田無北駅止まりの電車からの人が乗ってくる。このため、田無北駅はラッシュのピーク時である七時半から八時半の一時間の間に、三十七本の電車が新宿方面に発車している。つまり平均約一・六分毎にあの満員電車が走っているということだ。因みに上北台駅は同じ時間帯で十三本。平均約四・六分毎に上り電車が出発している。これでも間に合っている上北台駅と田無北駅を比べると、どれだけ田無北駅が恐ろしいことか。

 駅務研修が始まって二週間。仕事にもほとんど慣れ、不規則な生活にもある程度耐えられるようになってきたころ。それはきっと、一生忘れるこのない出来事が起こった。

「三番線、急行新宿行き、発車いたします。駆け込み乗車はご遠慮ください」

 いつものように、アナウンスをやっている。最初は慣れずに、何回も噛んでいたが、今ではスラスラと言えるようになった。駅の柱に貼りつけてある、駅員用の時刻表を確認する。これには、普通の時刻表には書いていない、列車番号や回送電車の時刻が載っている。それによるとこの次の列車は、回送電車だ。隣の高木仲原の車庫に入る電車だ。この上北台駅は全ての営業列車が停車する。しかし、こういった回送電車は途中駅に止まる必要がないので、通過していく。

 接近放送が流れ、電車の通過の注意を仰ぐ。俺もいつも通り、ホームと線路上などの安全確認を行う。

「様になってきたね」

「山田さんには敵いませんよ」

 その時だった。

 ドサッ―

 何か重いものが落ちる音がした。嫌な予感がし、音の方を見ると、線路に高齢者の女性が落ちていた。次の電車は回送電車。この駅を通過するため、速度は落とさず、80キロほどで、先頭車両は既にホームに入ってきている。すぐさま近くの、非常停止ボタンを押すが、電車は急には止まれない。摩擦が少ない分、ブレーキ距離は長いのだ。

 ところどころで、悲鳴が聞こえる。この後起こることは、ほぼ確実に最悪の事態だ。

「山田さんっ」

「宇奈月君はここで待ってて、と言っても動けないけどね」

「まさかっ」

 使う気だ、山田さんは魔法を。おそらく時間停止の魔法だ。時を止めている間に、ホームに落ちた女性を引き上げ、もといた位置に戻ろうとしている。しかし、それがどれほど難しいことか。時間停止の魔法は十秒も出来れば、上出来と言われている。しかし、これはとてもそれだけの短い時間でできることではない。下手をすれば分単位で時間を要するものだ。

 山田さんがどれほどの魔法の実力かはわからない。それに失敗したら、自分まで命を落としかねない。たとえ、女性を助けられたとしても、今の位置に戻ってこられなければ、魔法使いだと気がつかれる。一人の命のためには、あまりにもリスクが大きすぎる。

「やめておいた方がいいんじゃ…」

「そうかもしれないけど、これが俺のやるべきことなんだ。俺は、魔法は人を助けるために生まれた力だと思ってる。だから、使える時には使わないと」

「やるんですか?」

「もちろん。宇奈月君。もし、俺が君の隣から消えたら、面倒なことを任せることになるかもしれない。そうなったら、君は俺のようなことはやらないでね」

 無理やり作ったような笑顔をこちらに向けて、山田さんは俺の目の前からいなくなった。

 ―いなくなったと、俺はわかってしまった―

 非常停止ボタンのブザー音に、周りの悲鳴。電車の警笛は線路に落ちた女性ではなく、線路に横たわる、若い男性に変わっていた。

 見間違えるわけのない、自分の先輩。魔法を使いすぎ、動けなくなったのだろう。薄く開いた目は虚ろで、自分に訪れる結末を受け入れているかのようだ。俺はすぐさま先輩の方へと駆け寄ろうとするが、何故か足が動かない。石のように固まった足。これは、魔法だ。命令式を立てて、実行するものだろう。これを俺にかけているのは、一人しかいない。

 先輩が、俺が動けないように魔法をかけている。あんな状態なのに…。

 虚ろな瞳は俺に訴えかけていた。来るなと。

 小さく僅かに口が動いたと思ったら、俺の目の前を少し速度を落とした電車が通過していき、トマトが押しつぶされるような音と、電車の警笛が、いつまでも耳に残っていた。

 

    ※    ※    ※


 先輩として、後輩に仕事を教えることになるとは、思ってもいなかった。それも後輩は、魔法使いの間では、有名の宇奈月白兎君。彼は魔法に関してはかなりの才能があり、今や日本一の魔法使いとも言われている。

 そんなかれに、先輩として仕事を教えられるのは嬉しかった。そんなすごい人と仕事ができるのは楽しくて仕方がなかった。

 だけど、その日々は長く続かなかった。

 彼の研修が始まって二週間かんが経った頃。

「三番線、急行新宿行き、発車いたします。駆け込み乗車はご遠慮ください」

「様になってきたね」

「山田さんには敵いませんよ」

 アナウンスが上達し、他の仕事もこなせるようになり、一人立ちしてもいいぐらいまでに成長した。ここまで仕事に早くなれるのには驚いたし、これも魔法使いとしての才能があるからだろうか。

 次の電車は回送電車。数少ないこの駅を通過する電車だ。まもなく、接近放送が流れ、それが終わるころ。何か重いものが落ちたような音が、耳に入ってきた。最悪の事態を想定し、状況を確認すると、まさに想定した、最悪の状況になっていた。

 線路に高齢の女性が倒れていた。見たところ意識はない。出血はしていないものの、急をようする。電車はすぐそこまで来ている。宇奈月君が押してくれた非常停止ボタンで、運転士は非常ブレーキをかけてくれているだろうが、距離が短く、接触は避けられないだろう。

 だとしたら、できることは一つ。魔法使いとしての力を使うことだ。下手をしたら自分までも命の危険にさらされる。だからと言って、このまま見捨てるわけにもいかない。

「山田さんっ」

 すがるような彼の声は、かなり焦っている。当たり前に決まっている。今目の前で、一人の命が、失われようとしているのだ。

「宇奈月君はここで待ってて、と言っても動けないけどね」

「まさかっ」

 今の一言で俺が何をやるか察した宇奈月君。彼に手伝ってもらうのも一つの手。類まれなる魔法の才能をもつ宇奈月君の力を借りれば、成功する確率は高くなる。しかし、彼は関わってはいけない。魔法使いだと、彼が周りに知られてしまえば、人生は終わってしまう。

 だから、俺がなんとかしてみせる。

「やめておいた方がいいんじゃ…」

 彼も、この状況で魔法を使うことのリスクをわかっている。それがわかっているなら、彼は魔法を使わないだろう。

「そうかもしれないけど、これが俺のやるべきことなんだ。俺は、魔法は人を助けるために生まれた力だと思ってる。だから、使える時には使わないと」

 人よりも優れた力を手に入れたなら、それは人を助けることに使うべきだと、俺は昔から思ってきた。自分の力で、人が助かるなら俺はこの力を惜しみなく使うだろう。

「やるんですか?」

「もちろん。宇奈月君。もし、俺が君の隣から消えたら、面倒なことを任せることになるかもしれない。そうなったら、君は俺のようなことはやらないでね」

 不安げな表情の宇奈月君を心配させないため、笑ってみせた。きっと、不器用な笑顔だったに違いない。余計に彼も心配させたかもしれない。これ以上彼を心配させるわけにはいかない。彼の先輩として。

 時間停止の魔法を掛けると、自分以外の時が全てとまった。この時間に生きるのは俺のみ。かなりの集中力を使うこの魔法は、一瞬も気が抜けない。

 まずは線路に降り立ち、女性をホームに上げなければならない。魔法への意思が途切れないように注意し、女性をホームにあげるのは、尋常ではないくらいの、集中力を使い、神経をとがらせていた。

「はあ…はあ…。クソっ」

 なかなかホームにあげることのできない、女性の体。きっと普通ならここまで苦労することはないが、魔法を使っている最中には、かなりの重労働だ。

 女性をホームにあげた頃には、既に限界を超えていた。通常ではありえないぐらい、長い時間魔法を使った。女性を助けた安心感と、多大な疲労で、意識がもうろうとなる。手を伸ばし、ホーム上に上がろうとするが、それは叶わなかった。伸ばした手は空気を掴み、体を支えていた足は、その役目を放棄した。

 線路をまたぐ形で、倒れたと同時に、時間停止の魔法が解除された。かすんで見えるその先には、警笛を鳴らし続ける列車と、今にもこちらに走ってきそうな、宇奈月君の姿が見えた。

 俺は最後の力を振り絞り、命令式を立てて宇奈月君の足を動かないようにした。来るなと口で言えたのなら良かったが、思うように動かない。

 レールから伝わる列車の振動が、心をゆさぶる。ここで宇奈月君に助けを求めれば、命だけは助かるだろう。だけど、それはダメだ。宇奈月君には、これからも立派な魔法使いとして生きてもらわなくてはならない。俺のように、こんな無様な死に方はしてほしくない。

 それに宇奈月君には申し訳ない。こんな結果になってしまって。

 だから、

「ごめんね…」


    ※    ※    ※


 電車は一時、全線で運転見合わせになった。その後、榎宿線と秋榎線が運転再開。一時間が経ち、村山線も運転を再開した。事故後、警察と消防が来て現場検証が行われたのち、遺体を引き取って言った後、駅員と列車の運転士で後処理が行われた。俺ら研修生は、改札口に立ち、お客様の対応と多摩都市モノレールへの振り替え輸送を案内していた。

 この時の記憶は曖昧で、自分がきちんと案内できていたのか、わからない。気がついたら、寮のベッドにいた。

 いっそのこと、夢であってほしかった。耳の中に響き続けるあの時の音が、自分の胸を食閉め続ける。誤魔化そうとしてテレビをつけると、魔法使いが電車に轢かれて死亡したとニュースでやっていた。

 そのままテレビを消した。再び静かになると、あの音が聞こえてくる。そのたびに俺は、後悔と自責の念にかられる。俺があの時、山田さんと一緒に女性を助けていれば。山田さんが線路に倒れていた時に、俺が時間停止の魔法を使っていれば、死なずにすんだのかもしれない。

 あったかもしれない過去ばかりを考え、余計にあの音が耳から離れなくなっていく。

 俺ならきっと助けられたはずだ。魔法を使えば。なのになんで俺は、使わなかったのか。理由はわかっている。怖かったからだ。魔法に失敗し、自分も死んでしまうのが。周りに魔法使いだと気がつかれてしまうのが。

 逃げたのだ。怖くて逃げだした。

 だけど山田さんは違った。それらの恐怖を乗り越えて、お客様を助けたいという一心で、魔法を使った。女性は無事に助かり、先輩は死んでしまった。

 先輩はできることをやり切って、死んでいった。俺はそれを見ていることしかできなかった。魔法の実力には自信があるのに、それを使わずに、見ているだけ。

 俺はどんなことに、魔法を使いたいんだ?

人に自慢するためか?

他人を傷つけるためか?

日常生活を楽に過ごすためか?

いや、どれも違う。そんなこと、俺はなに一つ望んでなどいない。自分が魔法を使いとして、この東都高速鉄道という会社でできること。それは、お客様の安全を確保することだ。

自分のためではなく、魔法が使えない一般人を助け、サポートする。これが俺の、魔法を使う理由だ。山田さんが、人助けのために魔法を使うように、俺は魔法を使っていく。

「俺、山田さんみたいな魔法使いになってみせます。魔法で絶対に、多くのお客様を助けて見せます」

 天国にいる山田さんにとどけばいいなと、思っている。

「先輩、今までありがとうございました。そしてこれからも、よろしくお願いします」


    ※    ※    ※


 一ヵ月の駅務研修が終わり、この上北台駅を離れることになった。有馬はこれからも、この駅に残り、今度は一人前として仕事をこなしていく。

 俺と桃花は早速、今度は車掌の研修が行われる。車掌の研修は、榎駅からほど近い、榎車両基地に隣接する、東都高速鉄道乗務員研修センターという場所で行われる。ここは、名前の通り、乗務員である車掌と、運転士の研修を行う場所。実際の駅設備を再現した施設や、実際に走っている電車を模した、シミュレーターに、実際の電車を使い、運転や車掌の研修などもできるようになっている。これは車両基地の線路の一部を転用して作られたもので、電車も実際にお客様を乗せて走っていた電車を改造して使われている。

 まずは座学からはじまる。俺らを含めて十人ほどクラス。全員今年入社した同僚だ。座学としては、列車の緊急時の対応や聞こえやすい放送のやり方など。

 緊急時の対応は、車両用信号煙管や携帯用信号煙管の使い方。列車防護装置や、ATO、ATS、CTCなどの保安装置などについて。

 車内放送については、聞き取りやすい声の出し方、発音、声の大きさ。お客様を不快にさせない放送のやり方等だ。他にも、車掌がやる、ドアの開閉や信号の確認、空調の調節などを勉強していった。

 車掌は別名、列車長と言い、列車の中で一番偉い存在になっている。運転士の方が重要だと思われがちだが、車掌が合図をださないかぎり、運転士は信号が青だとしても、列車を出発させることができない。

 そのため、運転士とは別の責任がかかってくる。お客様を安全に安心してもらって、定刻通りに目的地へと運ぶために、重要な存在となってくる。

 研修が始まり一週間後、三人で一緒に夕飯を食べることになった。

 場所はいつぞや、事件に巻き込まれ、食べることの叶わなかったファミレス。ドリンクバーというシステムに感動を覚えながら、時にお互いの料理をシェアしながら、食べ進めていく。あれから、最近まで営業を休止していたが、再開したので、行って見ることにしたのだ。結局あの時の犯人は未だに捕まっておらず、まだ不安感が残っているのか、客足は少ないように感じる。

「有馬はどうだ?なんか、変わったことでも?」

「仕事が一気に増えましたね。いつもは先輩のを手伝うっていう形でしたじゃないですか。でもそれをいざ一人でやるとなると、大変なことが多くて」

「そうなんだぁ。仕事は楽しい?」

「そうですね。やりがいは感じてますし、お客様からお礼を言われた時は、やっぱり嬉しいですね」

「俺も駅員の方が良かったかもな。こっちはまた勉強だし。学校で勉強は終わりだと信じてたから、余計に辛くてな」

「勉強なんて楽だよ?話し聞いて、ノートに書いて、覚えるだけ。駅員とかは、その場その場に応じて、臨機応変に対応して行かなくちゃいけないから、私はそっちが大変かな」

 桃花は簡単そうに言うが、勉強はそれが難しいからできないのだ。それを当たり前のようにこなしていくのが桃花だ。本当に、彼女が羨ましい。

「車掌の方は上手く行けてますか?」

「俺は勉強が苦手だからな。早く実技で慣れたいってところかな」

「私はもっと勉強したいかな。そうすれば、いざって時に対応できるし」

 お互いまったく正反対の回答である。勉強が苦手で、実技が得意な者に、勉強が得意で、実務が苦手な者。真逆の者同士の意見は、もちろん一致しない。

「あはは…。全く逆ですね。それにしても、お二人ってすごいですよね。今みたいに意見が合わなかったり、別の考えだったりするのに、仲が良くて。なんだか尊敬しちゃいます」

「しょうがないよ。生まれたときから一緒みたいなものだもん。有馬君が来るまでは、私達二人だけだったからね。話す人もこいつしかいなくなるから、しょうがないんだよね」

「見てて明らかに合わない性格だけど、なにより時間が長いからな。嫌いでも学校に行けば、隣に必ずいるわけだし。有馬が来る前は唯一の友達だからな」

「なるほど。僕にも小さい頃からの友達がいたんですが、今はどこで何をしてるのか、全くわからないんですよね」

「友達は、お前が魔法使いになったって、知ってるのか?」

「知らないはずです。学校とかには自分が急な用件で、引っ越したと伝えたみたいなんで」

「ご両親が?」

「いえ、僕の親は二年前に火事で死んでいるんで、魔法学校の先生ですね」

「あ、ごめん。嫌なこと聞いちゃって」

「大丈夫ですよ。それに僕も話してなかったですし。この際だから話しますね。僕の過去を」


 二年前の春でした。高校二年生になって、進路についていろいろ悩み始めてた頃で、丁度僕の誕生日の日です。その日もいつも通り、午後六時ごろ部活を終えて、家に帰っている途中でした。消防車と救急車がサイレンを鳴らしながら、家の方に、猛スピードで走っていくんです。最初は、近所で火事でもあったんだなとしか、思ってませんでした。だけど、少しづつ家に近づくにつれて、炎の上がっているのが、自分の家の近くだと気がつきました。家が見えたときは、言葉を失いました。燃えていたのは、僕の家だったんです。

 火を噴き上げて、周りのものを全て飲み込まんとばかりに、勢いよく燃えていました。聞こえてきた消防士の話しだと、家の中にまだ二人、取り残されてるとのことでした。

 それは、僕の誕生日を祝ってくれるために、いつもより早く帰宅してくれた両親でした。火は消防士がいくら消化活動をしても、消えることなく、燃え続けました。とても家の中に入れる状況ではなく、僕の両親はなかなか助け出されませんでした。

 それから火は五時間後に鎮火。焼け跡からは、二人の遺体が見つかりました。その遺体は言うまでもなく、僕の両親でした。死因は焼死。燃え盛る炎に焼かれて、死んでいきました。

 一人残された僕は、母親の実家で暮らすことになりました。だけど両親がいない生活は、太陽がなくなったかのように暗く、寂しい生活でした。

 そしてある日。僕は死のうと思いました。家事の原因はロウソク。きっと両親が、僕の誕生日のために、何本もロウソクを買ってきて、ケーキに立てようとしていたやつです。僕がことの発端。

 だから死んでいった両親の償いのつもりで、目を瞑ってビルの屋上から飛び降りたんです。これで死ねる。もう何もかも終わる。

 そう思った時でした。

 いつまで地面に落ちる気配がなくて、目を開けたら若い男の人が、僕の前に立っていました。そこは、僕が飛び降りたビルの屋上でした。

 彼は魔法使いでした。ビルの屋上から飛び降りる僕を見つけて、魔法を使って助けたそうです。こちらとしては、大迷惑。適当にあしらって、何処にいってもらい、姿が見えなくなった頃に、もう一度飛び降りる予定でした。

 だけど彼は、どこにも行ってくれませんでした。一分待っても五分待っても十分待っても三十分待っても。

 だから聞いたんです。なんでずっとここにいるのか。

 そしたら、君がまた飛び降りるかもしれないからって言ってきたんです。しょうがないから、一度降りることにしました。それでまた、上ればいいと。

 だけど今度もまた、何処にも行ってくれなかったんです。それでもう一度聞きました。なんでずっとここにいるのか。

 そしたら、君が家に帰るまで着いていくって言いだしたんです。

 それは流石に、警察に言おうと思ったんです。家まで着いてこようとするなんて。それを彼に伝えたら、別に構わないけど、君も自殺できなくなるよ。って、脅してきたんです。

 だからもうあきらめて、帰ることにしました。自殺ならいつでもできる。別に今日である必要はないと。本当に彼は家まで着いてきて、僕が家に入るまでずっとみてました。完全に不審者ですよね。

 家に入ると、おじいちゃんとおばあちゃんが、帰りが遅い僕を心配しててくれたみたいで。その時思ったんです。両親がいなくても、僕のことを大切に思ってくれる人がいるって。だからそんな彼らを裏切ってはいけい。これからは、誰も悲しませないように、明るく生きていこうと思ったんです。


「こんなところですかね。すみません、暗い話になっちゃって」

 まさか有馬にこんな過去があるとは思ってもいなかった。きっとあの時、彼がその魔法使いに会っていなかったら、俺と桃花は有馬に会うことなどなかっただろう。

「だから僕、魔法使いのことを批判する人たちにわかってほしいんです。魔法使いは人を助けるために、頑張ってくれてると」

 それが学校に押しかけてきたデモ隊に突っ込んでいったり、以前ここであった魔法使いの襲撃事件の時に飛び出していったのだろう。

 自分が信じる魔法使いに対して思いが、彼を行動にうつさせたのだろう。

「話してくれてありがとう、有馬くん」

「ありがとな」

「こちらこそ、ありがとうございます」

 魔法使い同士、一般人とは違う、深いつながりが俺らにはある。魔法という、人を超越した力を与えられた者の責任は大きい。山田さんや有馬を助けた魔法使いは、魔法という力を使って、人を助けている。しかし、世界では、その力戦争の使われている例もある。実際に魔法はかなりの戦力になるだろう。科学技術がどれだけ発展した今でも、魔法を超える武器は開発されていない。

 魔法は、人助けに使うものとしては、あまりにも強力な力を持っている。戦争で使える力を持っているのだから。だが、日本人のほとんどは、その力を発揮せずに、東都高速鉄道という鉄道会社で働いている。

 一般人はどう思っているのだろうか。

 彼らは、俺たちがどこでどのように生活しているか、知らされていない。この間のデモで魔法学校の場所がバレたが、その後の進路までは知られていないはずだ。

 きっと多くの人が、自衛隊や警察などに入っているのだと思っている。

 実際に、その方が魔法使いの力は思う存分発揮でいるはずだ。人助けという意味でも、活動できる機会は鉄道会社よりは少ないものの、災害救助など一般人では難しいことに力を発揮できる。

 しかし、過去に自衛隊や警察などに所属した魔法使いは存在しない。魔法使いの仕事が制限されているものあるし、法律で公共の場での魔法の使用が禁止されているのもある。だけど、人助けに励む魔法使いは、目の前人助けに励み、手の届かないようなものには、見てみぬふりをし続けている。

 俺もそうだ。山田さんのことをきっかけに、人助けをしていくと誓った。だけど、お客様を助けるという条件付き。この狭い範囲の中で魔法を使っていこうとしている。

 どうして自分の力を、出し切らないのか。それは、日本人は魔法使いが自分の力に恐れているのだ。人間を超越した力を与えられ、学校で十年以上も魔法を制御されてきた。だれも、自分の限界を知らないのだ。

 学校を卒業したら、鉄道会社に入社させられて、それに法律とお客様に魔法使いとバレら人生が終わるという脅しを受けて、誰も魔法をまともに使ったことがないのだ。

 海外は違う。魔法を制御させるようなことを教えられず、自分で覚えて制限する。抑える時は抑え、その力が必要になったら、その時に応じて、力の強さを変えていく。それが海外では出来ている。

 しかし日本は、制限されてばかりで、制限を超えることは一切教えられず、それを超えることを禁止されている。

 だから、俺が魔法について実力があるのも、本当は違うのかもしれない。魔法が上手い人間は、制御されている限界まで、使えているだけ。過去の桃花のような人物は、魔法が下手なのではなく、制御が苦手ということなのかもしれない。

 つまりは、魔法の実力はあまり関係なく、この国では魔法をいかに制御できるかを求められている。魔法使いに求められているのが実力でなく、制御とは明らかにおかしなことだ。

 なぜこんなことを魔法使いに求めているのか、全くわからない。これではそれぞれの魔法使いの実力はわかるわけがない。分かりようのないことだ。

 俺が制御できる以上の魔法を使ったら、どうなるのだろうか。それはきっと、山田さんみたいに動けなくなるのだろう。全身に力が入らなくなり、倒れてしまう。

 これはどうしてだろうか。海外では自身の限界以上を使ったら、同じ状態になるだろうが、俺らと同じ程度の魔法では、倒れたりはしないだろう。

 同じ魔法使いという立場だが、違うところが多すぎる。何にかあるのか。

 まあ、きっと魔法学校が関わっているのだろう。生まれた瞬間に魔法使いだと判明したら、すぐさま連れて行かれる。その連れて行かれる場所は学校なのか、はたまた別の場所なのかはわからない。だがきっと、連れて行かれたさきで、何かしらのことが俺らにされている。

 例えば、自分が使える魔法の上限を設定して、それを超えたならば、全身の力が抜けて動けなくなる。

 そういう状態にしてしまえば、俺らの魔法の上限は定められてしまう。これもおそらく、命令式を立てて発動するタイプの魔法だろう。それもおそらく、尋常ではなくらいに複雑な。

 しかし、これが仮に真実だとすると、なぜ複雑命令式を立てて魔法をかけて、魔法使いとしての能力を制御するのだろうか。

 理由はわからないが、おそらく国ぐるみで何かあるのだろうか。

 魔法使いとしての運命を与えられた、俺らはこの国で何をやることを望まれているのだろうか。戦争でも多くの人の命を助けるためでもなく。

 この国での魔法使いとしての存在意義とは一体なんなのだろうか。

 他の国では武力の一つとしても、その使命を与えられ、国からその力を必要とされている。例えその力が、世界的に批判されていても、なぜだか羨ましく思ってしまう。

 この国で魔法使いとして生まれてしまった俺らは、ある意味一般人よりも下の存在ではないのだろうか。

「白兎?どうしたの?なんか、固まってたけど、大丈夫?」

「…いや、なんでもない。心配かけて悪いな」

「本当に大丈夫ですか?何かあったらいつでも相談してくださいね」

「そうだよ、私達は切っても切れない仲なんだから」

「そうだな。頼りにさせてもらうよ。まあ、桃花がどこまで頼りになるかわからないがな」

「ふふんっ。私の実力を知らないとは、まだまだだな、白兎君」

「知らなくて困るほどの実力じゃないから、別に興味ないな」

「そんなに低くないっ」

「二人とも、やっぱり面白いですね」

 さっきまで考えていたことが、どうでもなってくるような感覚。桃花や有馬と居る時はやはり楽しい。

 魔法使いという運命を背負った俺ら。きっとこれからも、長い時間を共に過ごしていくのだろう。


    ※    ※    ※


 長らく続いた、車掌の座学研修も終わり、今日からは実務研修となる。研修センター内にある、実際の電車を模したシミュレーターを使って行われる。

 シミュレーターでは基本的な操作の他にも、様々な状況を想定した訓練が行える。

 社に放送、ドアの開閉や、発車ベルやブザーの扱い、列車進出時の後方確認などに付け加え、緊急時の車内放送、駆け込み乗車や列車の停止位置訂正の指示、非常ブレーキの操作といった、もしもの場合に備えたものなど様々。

 頭が痛くなりそうなほど、覚えることとやることがある。

 一日が終わるころには、すっかり疲れ切っていたほどだ。

「あれ?実務の方が楽と言っていた白兎くん?もしかして疲れてる?」

 そんな俺と真逆に、相変わらず元気な桃花。こいつも有馬ほどではないが、どうしてそこまで元気でいられるのか。

「座学に比べたらまだましだ」

「へー。いつまでそんな強気でいられるかな?」

「別に強がってなんかねーよ」

「本当に?まあ、せいぜい頑張るんだね」

「うぜーな、お前」

「白兎の真似だよー」

 そんなことをした記憶はないが。彼女の中の俺は、相当ウザい人間扱いされているらしい。

「そういえば、結局この前考えてたことってなんなの?」

「だから、あれは気にしなくていいって。どうしても桃花に聞きたいことができたら、話すから」

「そう。まあいいや。恋の相談なら遠慮しなくていいからねっ」

「遠慮しておくよ」

 あれに関して、未だにわからないことが多い。なぜ魔法使いの力を制限しているのか、それに有馬はなぜ、生まれた直後ではなく、十七歳で魔法使いになったのか。そもそも、俺の考えが間違っている可能性だってある。

 まあこれはおいおい考えることにしよう。今はなにより、目の前のやるべきことだ。

 シミュレーターを使った実務研修は大変だった。

 駆け込み乗車をしてきた乗客に気がつかず、ドアを閉めて運転士に発車の合図を送ってしまった。なかなか発車せず、車側灯を確認すると、まだ点灯しているものがあり、その号車を確認すると、お客様が半分ドアに挟まっていた。

 他には、ホーム進出時に後方確認をしたものの、ホームから転落したお客様に気がつかず、非常ブレーキを掛けなければならないところを、そのままにしてしまったり…。

 その他諸々のミスを多発させ、教官からはそのたびに怒られたものだ。

 駆け込み乗車について危険で、これが原因で過去に死亡事故も発生している。駆け込み乗車は車掌よりも、お客様自信で防いでもらわなければ、減ることのないものである。

 それでも、お客様の安全を守るためには、車掌は常に、ホーム上の安全を確認してなければならない。しかし、車掌だけでは難しいときがある。ホームがカーブしていて、最前部まで電車が見えなかったり、ホーム上の柱が邪魔で、見通しが悪いなど。このような場合は、駅にカメラを設置して、車掌がそのモニターを確認したり、駅員がカンテラなどを使い合図を出したりなど。複数の人間が協力して、安全の確保に努めている。

 研修を重ねるにつれ、ミスが少なくなりなんとか、教官からも怒られることもなくなった。

 そして、実務と筆記試験をクリアして、見事車掌見習いとして、実際に列車に乗務することになった。最初は先輩と乗務し、その後また別にある試験を合格すれば、めでたく一人立ちという流れだ。

 乗務初日、点呼を先輩車掌と行い、担当列車を確認する。

 記念すべき最初の電車は、4222列車。榎始発の快速電車だ。始発の榎駅を六時三十九分十五秒に出発し、終点の新宿に七時十九分三十秒に到着する、四十分ほどの乗務だ。ただ今の時刻は五時三十分。これから車両基地に行き、簡単な出庫点検を行う。主な機器などは運転士がやるが、車掌はドアの開閉や放送機器、空調設備等。

 全ての確認が取れた、六時二十五分。列車は車両基地をでで、榎駅に入線した。ホームにすでに、席を確保しようとしている人が、列をなしている。通勤時に席を確保することは、電車を利用する人達にとって、命がけなのである。

 すごい人は、電車の入線する三十分前から待っていたりもするらしい。

 車掌の研修は駅員の時とは違い、先輩は俺のサポートをするだけ。基本的にすべて俺がこなす。それも常に先輩に見られているのだから、なお恐ろしい。

 ホームの安全確認が終わると、ドアの開閉ボタンを押す。それと同時に開いたドアに向けて、乗客がなだれ込む。なんか、ものすごいことをやっているような気がする。

 腕時計とホームを常に確認しながら、発車時刻三十秒前。発車ベルを鳴らす。

「一番線から、六時三十九分発、快速新宿行きまもなく発車します。駆け込み乗車はお辞めください」

幸いにも駆け込み乗車はなく、再開閉することんく、電車は定刻に榎を出発した。

 基本的に車内放送は自動で行ってくれる。しかし、時期によって異なる注意喚起や途中駅での乗り換え案内は、機械は対応しておらず、自らマイクを持って話さなければならない。

「お客様にお知らせいたします。ただ今東都高速鉄道では、歩きスマホ防止に努めております。ホーム上での歩きスマホは大変危険です。お客様自身の安全のためにも、ご遠慮ください。お客様のご理解とご協力をお願いいたします」

 これが俺の初車内放送だ。先輩からは、もう少し、声を抑えてもいいと言われた。朝の時間帯は、あまり大きな声だと不快に思う人も多いとのこと。

 こういうことは、研修では教えてくれず、実際に現場にでてみて初めてわかることだ。

 乗務から二十分程が過ぎたころ。これまで特に問題はなく、定刻通りに電車は新宿に向かっている。

 七時一分。北裏駅に到着。ここでは先行していた、各駅停車と接続し、抜かしていく。停車位置にピタリと止まった電車。それを確認し、ドアを開ける。何人かが各停に乗り換え、各停から乗り換えてくる人はいなかった。この各停は同じ駅で一本前の急行とも接続しており、ほとんどがそちらに乗り換えたのだろう。

 ちなみにこの各停の車掌は桃花だ。榎駅を俺の五分前に発車する6268列車。先を越されていたが、追いついて抜かすとは、気持ちが良いものだ。

 桃花と軽く目を合わせ、ドアを閉めて電車は再び定刻に駅を出発した。

 そして、七時十九分。定刻に新宿に到着した。

 ドアの開閉をし、折り返しの乗務員に引き継ぎを行い、初乗務は無事に終了した。

 その後少しの休憩をはさみ、新青梅まで乗務したのち、折り返しの3060列車新青梅八時二十分二十秒発急行小平中央行きに乗務して、今日は終わりだ。終点の小平中央には八時五十二分丁度に到着する。到着後は、営業運転中の乗務員室にお邪魔し、榎まで送ってもらう。送ってもらうと言っても、乗務中なので後方確認などはする。

 定刻に終点、小平中央に到着し、車内点検をしたのち、列車を別の乗務員に引き継ぎ、乗務員室にお邪魔して、榎まで戻り、乗務区で点呼を行い、初日が無事に終了した。

 事故やミスなども特になく、初乗務にしては上手くできた方だ。

 しばらくすると、桃花も戻ってきたようで、ずいぶんと疲れきった様子だった。

「あ、お疲れー白兎」

「おう、そっちもお疲れさん」

 桃花も同じように点呼を終えると、更衣室でさっさと着替えてきた。

「じゃあ、帰るか」

「うん」

 乗務区から寮までは比較的近い。乗務区は車両基地に隣接してある形だ。

 三時間ほどの短い乗務だったとはいえ、初めての乗務ということもあり、疲労はそれなりにたまっていた。桃花はそれもかなり疲れているようで、ふらふらと足がおぼつかない。

「大丈夫かよ、桃花。どんだけ疲れてんだよ」

「だって、初乗務だよ?緊張するし、そりゃ疲れるでしょ」

「緊張はしたけど、流石に足がおぼつかなくなるほどではないぞ」

「なんでー。白兎は研修の時はいっつも怒られてたのに、本番になるとこうなるのかなー」

「怒られた分、勉強になったしな。それに桃花はそこまで緊張する必要ないぞ。研修の時は完璧にできてたんだから、自信もってやれよ」

 確か桃花は、研修後の試験ではトップの成績だったはずだ。実務と筆記が共に満点近く、教官から褒められていた。

「そうだけどさ、研修とは全然違うじゃん。だって人の命がかかってるんだもん。緊張するよ」

「でも問題はなかったんだろ?」

「うん。なんとかね」

「なら問題ないだろ。緊張するのは悪くないけど、緊張しすぎるのも良くないからな」

「はーい」

 ずいぶんと元気のない返事が返ってくる。

 おいおい、本当に大丈夫かよ。

 今日はずいぶんと心配ごとが残った初乗務日だった。

「あ、そう言えば桃花さ」

「ん?何―」


    ※    ※    ※


 山形先輩と白兎さんがこの駅を去ってから、一ヵ月が経った。未だに慣れない業務はあるけれど、持ち前の元気でなんとか乗り切る日々を送っている。

 上北台駅で働く駅員さんは、全員魔法使いということもあって、居心地はよかった。常に自分が魔法使いだと気がつかれないような振る舞いや言葉を選ぶ必要もない。

 だけど、やっぱりここに一人取り残されたような感覚になってしまう。二人は駅員が自分に合った仕事だと言ってくれた。確かに接客はやっていて楽しい。お客様からお礼を言われた時は、嬉しいし次に向けて頑張ろうと思える。

 でもやっぱり、二人が一緒に仕事をしてくれたら、もっと楽しくできると思ってしまう。自分が選んだ進路ではないのだから、楽しくないと、やはりやる気はあまり出ない。

 どうして僕だけ駅員止まりなのだろうか。十七歳で魔法使いになったから?

 何か性格の問題?

 健康面に問題があった?

 どうしてもそんなことを考えてしまう。

「あの、すみません。多摩都市モノレールってどこですか?」

「…あっ、はい。この通路を真っ直ぐ進んで頂いて、階段かエレベーターを使って上がってもらえば、多摩都市モノレールの改札口ですよ」

「真っ直ぐ行って、上ですね。ありがとうございます」

「いえ。お気をつけて」

 いつもな自然と笑顔がでるのだが、そうはいかなかった。一瞬睨まれたような気がした。きっと、怖い顔でもしていたのだろう。このことを考えていると、どうもいつもできることができなくなってしまう。

 自分で考えるのは良くないとわかっているのだが、一度考えてしまったら、なかなかやめることのできないこと。魔法学校に転校してくるという、普通ではありえない僕の存在に、同じ学年の魔法使いにどう思われるか心配だった。

 変に思われたり、嫌われないかずっと不安だった。でも車の中で聞いた話や、自分もあの時の魔法使いのようになれるのかと思うと、自然と楽しみなっていった。

 そして、学校について、初めて会った魔法使いが白兎さんだった。

 初対面の人にいきなり手を振るという、無礼なことをしても、ものすごく眠そうな顔をして、会釈をしてくれた。

 教室に入ると、遅刻ギリギリで来たらしい白兎さんと何かを楽しみにしているかのような表情の山形先輩がいた。

 二人ともとても優しくて、面白かった。不安だった魔法使い生活は一気に吹き飛んでいった。それから短い間だったけど、三人で学校生活を送れて、とても楽しい時間を過ごすことができた。

 卒業後の進路はすでに決まっているとのことで、やりたいことがあった自分にとって、あまり嬉しくなかったが、二人と同じ職場ということで、問題ないと思っていた。

 だけど実際は違って、一緒に働けたのはほんの短い研修期間だけ。二人は別の場所へと行ってしまった。

 会おうと思えばいつでも会えると言ってくれたけど、実際はなかなかそうはいかない。働いている場所は全く別だし、休みの日もバラバラ。山形先輩と白兎さんは、乗務区などであえるだろうけど、自分だけ職場が違えば、会えないものは会えない。

 それが寂しい。自分だけ、置いて行かれたような感覚で、嫌になる。

 なんで僕は魔法使いになったのだろう。魔法が使えないまま、自分の将来を夢見て、希望を掴み取りたかった。どうして、僕はここで働いているのだろう。

 興味もなかった、こんな鉄道会社で二人と離れて一人仕事。本当は楽しいわけがない。お客様からお礼を言われるなんて、どうでもいい。ただ、僕は大切な人達が離れたところに行ってしまうのが、嫌なのだ。

 どうして僕は、いつも一人取り残されてしまうのだろう。

「すみません。ここから、三峰口まで行きたいんですけど」

「はい。わかりました。調べますんで、少々お待ち…って、山形先輩と白兎さんっ!?」

 僕の目の前にいたのは、まさに今会いたいと思っていた二人だった。

「声がでけーぞ。仕事中だろ」

「すみません…。お二人に会いたいなぁって思ってたら、目の前にいたんで」

「わたし達も有馬くんに会いたいなって思ってきたんだ」

「仕事は大丈夫なんですか?初乗務だったんですよね?」

「仕事は終わったよ。初乗務は上手くいったかな」

「私はへとへとだよ。でもなんか、有馬くん見てたら元気出たかな。そっちも大変でしょ?」

 元気をもらったのは、僕の方だ。二人が合いたいと思って来てくれるなんて思いもしなかった。

「大変ですけど、だんだんと慣れてきましたし。大丈夫ですよ」

「ちげーよ。聞いてるのは仕事じゃなくて、お前の状態だ。今まで俺ら三人でずっと仕事してきたから、問題なかったけど、今は有馬一人だろ?それで大丈夫か?」

 どうやら二人には、僕の心の中はスケスケで丸見えのようだ。

「正直に言うと、寂しいですね。目指していた進路があったのにも関わらず、今はこうして鉄道会社で働かされて。二人がいたから楽しくやってましたけど、今は…」

「あんまり楽しくない?」

「はい…。本当はあんまりよくないんですけどね、こういうの。それでも二人と一緒にいた時間が楽しくて、忘れられなくて」

「そうか…。仕事が楽しくなくなったか。そりゃそうだよな。無理やりこの会社に就職させられて、その割に俺らの意見も聞かずに、勝手に配属先まで決められるんだから。楽しめって言うほうが無理だよな。俺も鉄道会社なんて面倒だと思ってる。敬語を常に使ってお客様と話さなきゃいけないし。それだけで疲れる。でも俺にはここでやり遂げたいことがあるんだ。お客様を必ず助けたいって。これだけは、ここで成し遂げたことなんだ」

「白兎さん、それって…」

「ああ。山田さんが貫いたことだよ。自分の命と引き換えに、お客様の命を守りきった。俺はそんな山田さんの気持ちを無駄にしたくない。だから俺がやり遂げたいんだ。仕事は辛いこともあるけど、それでも続けたい理由が俺にはある。有馬も、そんな事でも見つけてみたら、続けられるんじゃないか。他に進みたい道もあったみたいだし」

 やり遂げたいことか。何かあるだろうか。楽しくもやりがいも感じないこの会社で。

「私はね、白兎に恩返しがしたいんだ。過去に何度も助けられてるからね。別にここじゃなくてもいいことだけど、それならここでしかできない方法で恩返ししようと思ってるんだ」

「なんだよそれ。もっと他のなかったのかよ」

「あるけど、これは内緒かな」

「どうせくだらないことだろ?」

「違いますー。私の一生の夢なんだよ」

「二足歩行か?」

「違うっ。ちゃんと歩いてるしっ。ムカデじゃないしっ」

「なんでムカデなんだよ…」

 やっぱり、この二人は面白いと思った。わけのわからない変な会話が、どうしてここまで面白いのか、不思議だ。

 いつ見ても面白い。ああ。これならきっと、続けられるかも。

「僕見つかりました。この会社でやりたいこと」

「おっ、聞かせて」

「秘密です。山形先輩が教えてくれたらいいですよ」

「あー、じゃあ一生聞けないね。残念だなあ」

「お前が言えば解決だろ」

「白兎にはいえないかな。じゃあ、有馬くんにだけ教えるから、有馬くんも私だけに教えて」

「いいですよ」

「俺は?」

「秘密です」

「わかったよ。その代り、確かに寂しいかもしれないけど、仕事は頑張れよ。俺らも頑張るからさ」

「もちろんです」

 やり遂げれる。僕が二人のことを大切に思っている限り。

「じゃあ、教えるから、有馬くんも教えてね」

 そう言いながら、顔を真っ赤にして山形先輩は話してくれた。自身の夢を。

「確かにそれは白兎さんには言えませんね」

「まあね。でもいつか言うんだろうけど。向こうから言ってくれるのが最高なんだけどね」

「そういうタイプじゃないですよね」

「だよね…」

「それで僕のほうですが――」

 この時間がすごく楽しい。山形先輩と白兎さんと一緒に居られる時間が。いつまでも、三人で仲良く同じ会社で過ごしたい。

「二人とも、終わったか?」

「うん」

「はい」

「なんだよ、二人ともニコニコして。なんか気持ち悪いぞ。なに話してたんだよ」

「秘密って言ったでしょ。それにいつまでもここにいるわけにもいかないからね。じゃあね」

「はい。今日はありがとうございました」

「じゃあな」

 離れて行く二人の背中。

 山形先輩の夢は、白兎さんのお嫁さんだった。きっとあの二人なら、いい夫婦になれるに決まってる。問題は白兎さんが山形先輩のことをどう思っているか。きっと、白兎さんは山形先輩のことをそういうふうに意識していないだろう。なんか、恋愛とかどうでもよさそうな雰囲気だし。

 でも山形先輩だ。そこはどうにかするはずだ。

 そして僕は、いつまでも二人と友達でいること。

 この会社とかなにも関係のないこと。だけども、ここで働いている限り、二人に会いに行ける。時間は限られているけど、それでも僕がここから離れてしまうと、会うのは難しくなる。

 だから僕はこの夢も忘れない。大切な僕の目標だ。


    ※    ※    ※


 有馬も元気を取り戻し、やけに桃花が絡んでくるようになり、一週間が過ぎた。今日は深夜までの乗務で、翌朝が始発の乗務のため寮ではなく、乗務区で一夜を過ごす。と言っても、俺が泊まる駅は乗務区がないため、駅員使っている施設の一部を乗務員が使わせてもらっているという状況だ。点呼は代わりに駅長に代行してもらうのがこの時の対応だ。

「あっ、白兎さんっ」

 俺の姿を見つけると、いつぞやの早朝のように手を振ってくる。

 そう俺が今日泊まる駅は、有馬が駅員を務める上北台駅だ。

「それだけの元気があれば、大丈夫そうだな」

「はいっ。元気にやってますよっ」

「それでなによりだ」

 もう少し、有馬と話したいところだが、まだ終電前。彼の仕事はまだ終わっていない。

 仕事に戻っていく彼の背中は、いつもよりたくましく感じた。

 しばらくして、終電が終わると、有馬はホームの点検を行うため、窓口を出て行こうとした。

「有馬、俺も行くよ」

「えっ!?そんな、先輩は別にやらなくてもいいんですよ。それに…」

「気にしなくていいよ。何回かここも乗務で通ってるけど、平気だよ」

 有馬はきっと、山田さんの事故のことを気遣ってくれているのだろう。俺が嫌なことを思い出してしまわないように。

「わかりました。でも、僕の仕事ですからねっ。先輩はついてくるだけでいいんで」

「了解」

 有馬の後に続き、俺も駅のコンコースに出た。ライトだけが点いたここは、人影はなく少し不気味でもある。慣れればいいのだが、それまでが大変で、最初の頃は山田さんにピッタリくっついていたのを思い出す。

「何も問題ないですね。それじゃあ、下にいきましょう」

 コンコースを一通り確認すると、次はホームへと向かう。駅の周りの店や家は既に真っ暗で、その空間に唯一明かりをともす駅は、やはり少し気味が悪い。今が夏ということもあり、時期がピッタリすぎる。

「懐かしいなやっぱり」

「僕はこの間もやったばかりなんで、特に何も感じないですね」

 今いるホームは新宿方面に向かう電車が発着するホーム。その真ん中あたりの線路わきに花束が置いてあるのに気がつく。

「有馬、あれって」

「はい?ああ、あれは僕たちが置いたやつですね」

「そうか。ありがとな」

「僕たちには、これぐらいしかできないですからね」

 俺は花束に向けて一礼した。

 まだまだ山田さんみたいな、立派な魔法使いにはほど遠いですが、見守ってくれればうれしいです。

 俺がそんな魔法使いになれる日が来るのかはわからない。だけど俺はそれを目指していくまでだ。

「有馬、そろそろ下りホームに…」

「はくと…さん…」

「有馬っ!?」

 振り向くと、そこには腹にナイフが刺さり、倒れた有馬と、手にナイフを持った、何処かで見たことがあるようなないような男が立っていた。

「テメェ!何したがるっ!?」

「俺は魔法使いを全員殺す。その初めの一人だよ、そいつは」

「ふざけるなっ!魔法使いだから殺す?いい加減にしろっ!」

 俺は駅の非常停止ボタンを押す。叫んで助けを呼ぶのも手だが、それよりこっちの方が、確実に駅事務室に助けを呼ぶことができる。

「そう言えば、お前も魔法使いだったよな?なら、殺さなきゃなっ!」

 言い終わると、真正面からナイフを構えて突っ込んでくる男。俺たちのことを、魔法使いだとしっている。なぜだ。ここに入社してからは、魔法は使っていない。どこでバレた?

 俺は男を避けてかわすと、再び俺にめがけて突っ込んできた。

 今度は刺される直前にかわし、そのまま腕をつかみ、足を掛けて転ばせた。そのまま馬乗り状態になり、ナイフを取り上げ、押さえつける。

「クソがっ!そうやって人を傷つけるために、魔法を使いやがってっ!」

「傷つけてるのはお前の方だろうがっ。バカなことを言ってんじゃねーぞ」

「あれは正当防衛だっ。魔法使いに出会ったから、自分が殺されないようにするためのなっ!」

 何を言っているんだ、コイツは。それに有馬は魔法を使っていない。それなのに、なんでコイツは、有馬を魔法使いだと認識したんだ。

「まさかお前、その時のデモに」

「ああそうだよ。お前らみたいな人殺しをこの国から追い出すためになっ!」

 どこかで見たことがあると思ったら、あの時だったか。確かにあの時俺らは、一般人に顔を見られている。まさかそれを覚えていて、殺しに来るとは。

「どうしたっ、何があったっ!?」

 その時、上から何人かの駅員が降りてきてくれた。異常に気がついてくれたみたいだ。

「警察と救急車をっ!有馬が刺されました」

「わかった。すぐに呼んでくる」

 駅長が一人に指示を出し、上に戻し警察と消防を呼びに行かせた。

「警察でもなんでも呼べよっ!俺は逮捕なんかされないからなっ!魔法使いから身を守った、ヒーローなんだからっ!」

「宇奈月君、どうして?」

「魔法学校に押しかけてきた、デモ隊の一人なんです。自分たちはたまたまその現場に居合わせて、顔を見らしまっていたんで」

 先程の駅員が戻ってきたと同時に、乗務員も担架や救急箱を持ってきて、有馬の治療にあたっている。

 有馬、どうか無事でいてくれ…。

 ほどなくして、サイレンの音ともに、警察と救急車がやってきた。

 警察は男に手錠をかけて、そのままパトカーに乗せた。男は相変わらず、魔法使いを全員殺すなどと叫び、暴れていたため、警官も複数人で押さえていた。

 有馬はすぐに救急車で運ばれて行き、駅員の一人が付き添いで病院に向かった。

 残った俺と駅員と乗務員は警察からの事情聴取が行われた。有馬が襲われた現場は見ていないものの、不意に襲われたのは確実だ。有馬魔法使い、あれぐらいの攻撃なら余裕でかわせるはずだ。

 その後は現場検証なども加わり、始発電車の時間までに終わらないことになり、村山線は始発から、箱根ヶ崎~高木仲原間で運転を見合わせる事態になった。

 俺は駅でのお客様への対応に追われ、なかなか有馬の運ばれた病院に向かうことができなかったが、翌朝の九時過ぎに電話がかかって来て、命に別状はなく、手術も無事に終わったと聞いた。

 これで一応のところは一安心だ。

 警察の現場検証も同じころに終わり、電車運転が再開された。俺もすぐさま乗務につくことになり、有馬の見舞いに行けたのは、ダイヤがもとに戻り始めた、昼過ぎだった。

 夏の暑さを一気に吹き飛ばしてくれる病院は、現実を再び強く感じさせた。

 聞かれた病室に行くと、すでに桃花がそこで有馬の様子をじっとうかがっていた。

「あ、白兎。大変だったね。聞いたよ、いろいろ」

「まあな。それより、有馬は?」

「うん。なにも問題ないって。急所も外されてて、障害も残らないって。一ヵ月は安静にしたら、もとの生活が送れるって」

「なら安心だな」

「本当良かったよ」

 有馬はまだ、意識は回復していないものの、特に問題はないとのこと。きっとこれも、有馬の有り余るあの元気のおかげだろうか。

「犯人ってさ、聞いたけど、あの時のデモに参加してた人なんでしょ?」

「みたいだな。多分、俺が殴りかけられたやつだと思う」

「じゃあ、白兎も危なかったってことか」

「そうかもな。俺なら良かったんだけど」

 あの男の対象が、俺だったならば有馬はこんなことにならずにはずだ。どうして、あいつは有馬を…。

「そんな、白兎が刺されてもいいこないよっ」

「そうだけど、有馬のことわかってるだろ?今まで辛いことばかりだったのに、今回のこれは流石に酷すぎるだろ」

「でも、やっぱり白兎が刺されるとか、そういう問題じゃないでしょ」

「そうだよな。ごめん」

 有馬は過去に辛い経験をして来た。それは一気に両親を亡くしたという、自ら命を絶とうとまでした出来事だ。

 だけど彼は希望を持って行き続けた。魔法使いになり、それでもまた辛い思いをしたにも関わらず、今回の事件である。できることならば、その身を変わってやりたい。そう思ってしまう。

 有馬の病室に居られたのは、三時間ほど。仕事の合間を縫ってきたので、戻らなければならない。

 桃花は今日の仕事は終わったようなので、まだ病院に居てくれるとのことだった。

 榎の乗務区に戻り、先輩と共に、列車に乗り込む。

 有馬のことは常に気になる。様態が急変しないだろうか。

 しかし、そんなことばかり考えてはいられない。俺も仕事中だ。お客様の命を預かっている。ここで事故でも起こしたら、有馬に合わせる顔がない。

「無理しなくても、平気だよ?君はまだ見習いなんだからさ」

「大丈夫です。有馬のことは気になりますけど、彼も自分が原因で周りにこれ以上迷惑をかけるのはいやだと思いますし。それに、ミスはしませんし」

「そうか。でもどうしてもって時は、行ってあげなよ」

「…はい」

 そのどうしても、という時は最悪の時を現すのだろう。今は問題なくても、一秒先はどうなっているかは、誰にもわからない。だから不安が消えることはない。彼があの駅に立つその日まで。


    ※    ※    ※


 有馬の事件から二ヵ月が過ぎ、季節は夏から秋へと変わり目を迎えている。

「今日から、復帰だな」

「そうですね。結構時間が経つんで、少し戸惑っちゃうかもしれませんけど」

「有馬くんなら何とかなるでしょ。いつもの元気で」

「ですねっ。元気だけが取り柄なんでっ」

「心配なさそうだな」

 有馬はあれから順調に回復していき、リハビリを挟み、今日か現場復帰だ。たまたま俺と桃花も休みだったので、こうして三人で上北台駅に向かっているというわけだ。

 あの事件では、魔法使いが被害者だとは報じられず、犯人はもちろん逮捕された。あの意味のわからない言い訳が通るはずもなかったのだ。

 犯人は報道によれば、終電で上北台駅で降り、有馬がホームに降りて来るところを待っており、不意をついて刺したとのことだった。

 それにやはり、魔法使いに対しては否定的な考えを持っていたらしいが、そこのあたりの報道はほとんどされていなかった。何かしらの規制がかかっていたのだろう。

 駅では、上北台駅で働く駅員が有馬の復帰を祝うように、有馬の姿が見えると、笑顔で迎え入れていた。駅長から花束をもらった有馬は、泣き出しそうな顔をしていた。

 いつかは嫌だと言っていた仕事も、今では自分の夢を目指す場所になっている。

 俺と桃花は、しばらく有馬の久しぶりの仕事を見てから、寮に変えることにした。

「あんまり無理するなよ」

「じゃあまた来るからねー」

「はいっ。今日はありがとうございましたっ」

 笑顔が絶えることのない有馬。お客様からは、最近見かけて見かけてなかったから、心配していたと声をかけられていた。

 有馬はいつの間にか、この上北台駅に欠かせない存在となっていたのだ。

「大丈夫そうだね、有馬くん」

「心配してたけど、そんなの必要なかったな」

「そうだね。私達も負けていられないね」

「もう少しで、俺らも一人で乗務することになるからな。頑張らないとな」

 もう少しで俺と桃花は、先輩の元を離れて、一人で車掌として業務をこなしていくことになる。これまでは、先輩がいてくれたため、わからないことなど、相談していたが、これからはそうもいかない。全て一人で解決していかなければならない。

 一人立ちへの試験は明後日。これに合格すれば、翌日から一人で乗務することになる。試験は実際に、試験監督とともに一区間乗務し、俺の評価をつけるものだ。結果はその乗務終了直後にその場で言われるのだから、恐ろしい。

 もしこれで合格できなければ、追試がまっている。追試までは一週間。その間は、鬼のような教官がみっちり教えてくれるので、追試で落ちる者はいないらしい。というか、落ちることが許されないらしい。

 そんなわけで、試験当日。先輩からは今日まで頑張ってきたことをきちんとやれば、合格できると励まされた。

 停止位置の確認、ホーム上の安全確認、ドアの開閉、進出時の後方確認、車内放送等。やれるべきことは、全てやりきった。新宿駅に到着し、早速試験の結果が伝えられる。

「宇奈月白兎君。君はもう一人前だ。明日からの乗務、頑張ってくれ」

 ということはつまり…。

「合格だ」

「ありがとうございます」

 無事に合格することのできた試験。明日からは、一人で乗務員との責任を果たしていくことになる。きっと、いろいろと大変なことが待ち受けているだろうけど、それを一人で乗り越えていかなければならない。これをこなして、俺はまた一歩、運転士への道が近づくのだ。

 全ての乗務が終わると、桃花が丁度試験を終えたようで、乗務区に戻ってきた。

「お疲れ桃花。どうだった?」

「合格でしたっ。白兎は?」

「俺もだよ。お互い、明日から一人で乗務だな」

「緊張してきた…」

「昨日までは、有馬に負けてられるかって言ってたのに、今日にはそれかよ」

「そうだけど、やっぱり緊張するよ」

「そうだよな。俺も実際、結構緊張してるし」

 普段はあまり緊張するようなことはないが、今回は流石に状況がちがう。

「お互いさまだね。頑張ろうね、明日は」

「事故るなよ?」

「白兎こそ」

 この他愛もないやりとりが、一番緊張をほぐすのには、一番効率が良い。

 そしてやってきた、一人で初めて乗務する日。点呼を行い、運転士と共に、乗務する電車へと向かう。記念すべき一人立ち乗務一番列車は、4222列車。あの時の初乗務と同じ電車だ。榎始発の快速電車。

 これには運命を感じる。

 出庫点検を無事に終わらせ、電車は駅に向かう。そこでは相変わらず、この電車の到着を待っていた人が列をなしている。ドアが開く同時に、人は雪崩こんでいった。

 定刻前にドアを閉め、列車は定刻に榎を出発していった。

 その後も順調に乗務は進み、北裏に到着した。反対側のホームには各駅停車がとまったおり、それに乗務していたのは、赤い髪が特徴の同い年の少女だ。

 これも偶然、お互い初乗務と同じ列車に乗務しているのだ。しくまれたのではないかと疑ってしまう。

 お互い笑顔を向けて、俺の列車がさきに出発した。新宿には定刻に到着し、新青梅まで状況したのち、小平中央まで折り返して、一人での乗務が終了した。

 緊張もし不安だらけだったが、一人でやりとげることができた。

 これは自分にとって自信につながった大きな出来事だ。運転士という目標が、さらに近くなった瞬間であった。

 乗務を終えて、乗務区に戻ると、あとから戻った桃花と共に、高橋に話があると呼ばれた。

 新人魔法使い育成担当とか名乗りながら、今まで全く関わってこなかたが。

「あとで、有馬くんにも私から伝えておくが、今週の土曜日に魔法学校に行く用事があってね。君たちもついてくるか?二人とも仕事が入っていると思うけど、そこは変わりをいれておくから心配しなくて平気だよ」

 魔法学校か。何か行く意味があるだろうか。あそこに行けば、思う存分魔法は使えると思うが、今は特に使いとは思わない。

 そういえば、この国の魔法使いの存在について、あの学校なら何かしらのことがわかるはずだ。担任なんかは、魔法は上手かったし、何か知ってるかもしれない。

「俺は行きたいです」

「私は、遠慮しておきます」

「そうか。それじゃあ、山形君いいのね」

「はい」

「わかった。宇奈月君の変わりはこっちで用意しておくから」

「ありがとうございます」

 これで、俺の魔法学校への一日里帰りが決定した。

「桃花は良かったのか?」

「うん。私はあんまり、あそこ好きじゃないから」

「そう言えばそうだったな。じゃあ、お留守番頼むよ」

 結局有馬も行かないことになり、魔法学校行くのは俺と高橋さんだけになった。電車を乗り継ぎ、三峰口駅に到着すると、地獄の車の時間が訪れた。

 今回も例外なく、吐き気を感じ、何度かの休憩を挟んで、懐かしの魔法学校に到着した。また同じ区間を車で走ることを想像すると、吐き気が戻ってきそうなので、なるべく思い出さないようにする。

 高橋さんは、校長と話しがあるとのことだったので、俺は一人、校舎をぶらつくことにした。

 ここを離れてまだ一年も経ってないが、この学校で過ごした日々が、懐かしく、遠い思い出に感じる。それだけ今日までの生活は、濃いものだった。

 土曜日と言えども、ここでは授業が行われている。どの教室でも、数人の生徒が、広すぎる教室で授業を受けている。俺らが使っていたクラスも、新たな魔法使いのヒヨコたちが先生の話を聞いていた。

 俺もここに入学した時は、あんな感じだったのだろう。右も左もわからない状態で。

 ここにいたときは、行くことのなかった、自分たちの教室とは離れた場所に行ってみる。そこに他の学年が授業をしていて、さらに奥には、まだ小学生以下の魔法使いを一括して面倒を見る、保育園的な施設がある。この先には、まだ廊下が続いているが、鍵のついたドアが行く手を塞ぎ、進むことはできない。この先がどうなっているかはわからないが、おそらく生まれたばかりの魔法使いを保護している場所なのだろう。

 そんな感じで校舎をふらふらと歩いていると、見慣れた顔で、俺が丁度会いたかった人が、目の前から歩いて来た。

「宇奈月…?どうしてこんなところに?」

 俺らの担任だ。

「高橋さんがここに用があるってことだったんで、ついてきたんです。ところで、聞きたいことがあるんですけど、今は大丈夫ですか?」

「…内容は?」

「この国の魔法使いについてです」

 一瞬、驚いたように目を見開いた担任は、咳ばらいを一つ挟み。

「気がついたか。確かに君なら、気がついてもおかしくないな。ついてきなさい。場所を変えよう」

 そう言われて着いた場所は、今では使われていない教室。その割には、ホコリは机には積もっておらず、つい最近まで使われていたかのようだ。

「ここは私が一人になりたいときにつかっているから、使われてないと言っても、授業でというだけだ」

 机や椅子はすでにボロボロで、座るのが危険なのもあるが、新品に近い状態ものもいくつかおいてある。きっと後から担任が置いたものなのだろう。

「それで君の考えを聞かせてもらおうか」

「はい。まずは自分たち魔法使いに、この学校に入る際に何をしているかです。自分を含めたほとんどの魔法使い全員は気がついていません。生まれた直後に、何かしらの魔法が掛けれれているのではないかと」

「その魔法とは?」

「自分達が使える魔法の上限を定め、それ越えようとすると、体に大きな負担がかかるような魔法です。自分が駅務研修をしているときに、先輩の駅員がお客様を守るために、限界まで魔法を使い、動けなくなり、その結果亡くなったというのがありました。よく考えてみれば、おかしなことです。他国では戦争にも使われる、強大な力を持っているのにも関わらず、一人の命を助けようとしただけで、力尽きてしまうのは。力量の差も考えましたが、いくらなんでも差がありすぎます。それにこの学校で行っていた授業。一見魔法の訓練のように見えますし、自分もそのつもりでやっていました。だけど違和感はありました。十年以上、この学校にいて、応用的な魔法は一切やっていないんです。難しい魔法は、時間停止の魔法のみ。それ以外は、教わらなくても出来るようなものばかりでした。つまり、この学校が求めていたのは、自分本来の魔法の実力ではなく、制御された範囲内で、どれだけ魔法を使いこなせるかじゃないんですか。そうすれば、全てに納得がいくんです。違いますか?」

 この学校の一番おかしなところはここだ。学校という教育機関だ。教師が生徒の教え、生徒はそれを新たな知識として学んでいく場所だ。

 しかしここでは、わざわざ教わらなくても、自分自身でできることばかりを習ってきた。海外では自分で身に付けるようなことを。学校でわざわざ十年以上教わる必要のないことをだ。

 学校ならば、それを発展させた応用的魔法をやるべきだ。実際に魔法以外の授業では、算数で言えば、足し算、引き算、掛け算、割り算という基本的なことを教わり、さらに学年が上がるにつれて、それら応用し発展させた問題に取り組む。

 これに対して魔法は、いわばずっと足し算や掛け算を勉強しているようなもの。ちょっと足を延ばして、数学にほんのちょっと触れてみただけ。それだけで、魔法の授業は終わってしまうのだ。

 この理由を考えたとき、自分達が魔法を使える制限を与えられレいたら、応用をやらないのがわかる。それ以上のことは求められておらず、そもそも使うことができないのだ。

「そこまでわかったか。流石だな、宇奈月。君の考えている通り、魔法使いとして生まれてきた、子供には魔法の上限を定め、それ以上は力を引き出せないようになっている。具体的な魔法の制限を説明するのは難しいが、時間停止の魔法で例えると、十五秒だ」

 俺の記録は最大十四秒。となると俺は、限界ぎりぎりまで、魔法を使っていたことになるのか。

「まだわかってないこととしたら、こんなことをしている理由と、有馬のことか?」

「そうです。その二つのことを聞きたくて、ここに来ました」

「ならまず、有馬のことを話そう。有馬は君たちと違い、十七歳で魔法使いになったと、思っているだろうけど、彼も生まれた時から魔法使いなんだ。でもなぜ、彼が一般人としてこれまで生活できたのか。分かるか?」

 有馬が生まれたときから魔法使いだったという事実に驚きを隠せない。あいつがずっと魔法使いだと隠してきたとは考えられないし、そんな本人しかわからないような、答えのものを聞いてくるとは思えない。

 となると、俺が何かしらで関わっていたり、見ていたりすることが関係してくるのかもしれない。だが、一般人が魔法使いになるなどと言った話は前例がないはなしだ。

 もしかしたら、自分の知らないところであったのかもしれないが、どっちにしろ、俺にの記憶の中には残っていない。

 逆のことならあった。桃花が自信に封印の魔法をかけて、自らを魔法が使えない一般人になった。しかしそれは、目の前の担任から教わった魔法で…。もしかして、これか。

「…桃花の封印の魔法ですか?それを外部から有馬にかけて、魔法を封印し、何らかの原因で、それが解除された」

「その通りだ。この国に魔法使いは千人もいないと教わったはずだ。だがそれは、実際に魔法を自分の意思で使える魔法使いの人数で、実際はその何倍もの魔法使いがこの国には存在している」

 そんな話し、聞いたことがない。同い年の魔法使いが桃花や有馬以外にもいるということか。数倍というのが、どれだけの数字なのかはわからないが、この国では一年で平均六人ほど魔法使いが誕生すればいい方だと言うのに、それが二倍の十二人になっただけで、一気に魔法使いの人口は増えるはずだ。

「ちなみに君たち同い年の魔法使いは、他に七人いる。合わせると十人の魔法使いが君たちの代にいるというわけだ」

「そんなに…」

「ああ。君たちは知る由もないが、この国には魔法使いでありながら、その力を使えない者が、多くいる。全員、私達が封印の魔法を掛けた者だ」

 きっとその人数は、魔法使いの人口よりも、圧倒的に多いだろう。

 そんなにも多くの魔法使いの力を封印して、何が目的なのだろうか。

「残るは、これらのことをしている理由か。少し辛い思いをするかもしれないけど、我慢してくれ」

 咳ばらいを一つ挟んだ担任は、静かに話し始めた。


 今から百年前に突如として最初の魔法使いと言われているレイナが現れ、それを皮切りに全世界に魔法使いが生まれて行ったのは、君も知っていることだと思う。

 魔法使いは国ごとに差はあるものの、五人前後のある程度決まった人数で毎年産まれていた。だが、例外はあるもので、この日本は一年で七十人もの魔法使いが産まれたときもあった。魔法使いが産まれだした当初は、この国もどのように対応していいのかわからず、彼らに全てを任せていた。

 魔法使いとなった日本人は、世のため人のために、その力を使い、多くの人々を魔法で助けていった。彼らに助けられた人は、魔法使いに常に感謝していた。

 しかし、それが災いを起こした。

 狭い国土に、あまりにも多すぎる魔法使いの人数。彼らが一様に魔法を人助けに使い、自然の理はだんだんとおかしくなっていった。

 とある魔法使いは、雨を降らせてほしいと頼まれ、また同じ地域で別の魔法使いが快晴にしてほしいと頼まれた。

 二人の魔法使いはそれに応じ、それぞれ魔法を使った。そのとき、二人の二人の正反対の魔法がぶつかり、魔法が暴走したのち、二人は跡形もなく消えた。

 そのようなことがいくつも起き、特に人口が密集している東京付近は、特に魔法が関係したそのような事故が多かった。この正反対の魔法どうしの衝突は、地面へと吸収されることもあった。

 その吸収された魔法が、限界を迎えたのだろう。1923年に、それは起こった。

 関東大震災。

 十万人以上が亡くなり、建物への被害もすさまじいものだった。歴史では自然災害として語られているが、本来は魔法使いが原因で発生した災害だ。

 善意で魔法を使っていたのにも関わらず、その結果は最悪なもとなってしまった。政府はそれを公表せずに、内密で事を進めた。

 それが今の魔法学校を作ること。そこである程度の魔法を制限して、二度とこのようなことが起こらないように、対策をした。しかし、それでも異常災害が後を絶たず、出された結論が、魔法使いの存在自体を減らすというものだった。

 当時は産まれたばかりの赤ん坊の状態の魔法使いを殺していた。だがいくらなんでも、非人道的だと生き残った魔法使いから批判され、作りだしたのが、封印の魔法。

 私が作りだした、魔法使いから魔法を封印する、その存在を否定するようなもの。

 これ以降、調節をこちらでして、魔法使いの人数を操作してきた。

 しかし、自分が作った魔法と言え、明らかに魔法使いそのものの存在を否定する魔法。

 作ってしまった私は責任を感じ、長年研究して完成させたのが、君に教えたあの魔法だ。

 時間はかかってしまったがね。

 有馬の封印の魔法が溶けたのは、おそらく数少ない魔法使いと、かかわったからだろう。その魔法使いのそばに、長時間居続けたことで、彼の本来の力が解放された。

 封印の魔法にはもともt、万が一に備えて、解除された時には、君たちと同じ魔法の制限がかかるようになっている。

 彼が魔法使いになって、山形の教えがあったとしても、問題なく魔法を使えているのは、産まれたときから魔法使いだったからだ


 考えていたよりも残酷な物語だった。

 魔法使いの善意が引き起こした悪夢。

 どうぢてこんな過去になってしまったのだろう。魔法使いは人々を助けるために、その力を使ってきた。その結果が多くの人が犠牲になったとなれば、それを知った魔法使いはどう思うだろうか。

 俺ならきっと、魔法を使いたくなるし、自分の信じてやってきたことを全て疑ってしまう。自分は本当に正しいことをやってきたのかどうか。

 まともに生きていけなくなるに決まっている。

「魔法使いが東都高速鉄道で働くようになったのは、日本人の魔法使いに受け継がれている人助けの精神のため。国によっては、その力を発揮し、戦争にも使っている。きっと彼らのような魔法使いには、戦いを求める精神が受け継がれているのだろう。国によって違う精神が受け継がれ、日本では人助けか受け継がれた。しかし、今話したように、魔法使いが助けたい人を助けたいときに助けていたら、歴史は繰り返されてしまう。そのため、魔法が制限された中で、可能な限り人助けができる職場として選ばれたのが、東都高速鉄道だ。東都高速鉄道はこのことが決まった時に丁度できた会社だったから、高橋さんのような方が配属されて、魔法使いが働きやすい職場づくりに取り組んでもらったんだ」

 人助けの精神が、日本人の魔法使いには受け継がれている。確かにそうかもしれない。山田さんはまさにその鏡だった。最後の瞬間までお客様のことを考えて、命を救った。山田さんはいなくなってしまったものの、俺は山田さんのその思いを引き継いだ。

 これがきっと、受け継がれている、人助けの精神なんだろう。

「それに今は、公共の場での魔法が禁止されている。人助けをしようにも、公にすることはできない。だから一つの会社に、魔法使いを集中させることで、君たち魔法使いが人助けをして、犯罪者扱いされないようにしているんだ」

 受け継がれる人助けの精神とは裏腹に、それを禁止する法律。東都高速鉄道という会社がなかったら、俺たち魔法使いはどうなっていたのだろうか。

 想像もつかないし、考えたくもないことだった。

「これで話せることは全て話した。私も仕事があるから、これで失礼する」

「今日は、ありがとうございました。この学校が自分達のために作らって知らずに、不満ばかり思ってました。それは本当にすみません。でも、今の話しを聞いてこの学校のことが好きになりました。

話してくれて、本当にありがとうございます」

 担任は俺に背を向けたまま、何も言わずに教室を出て行った。

 魔法使いを監視して、実験しているのだとばかり思っていた。でも実際は、魔法使いのことを考え、作らものだった。

 やっぱりこの学校は、居心地の良い場所だった。


    ※    ※    ※


 一人で車掌として乗務するようになってから、二年が経っていた。気がついたらこれだけ時間が過ぎていた。この間は、特に自分は大きなミスなくやり遂げてきた。

 俺は車掌の乗務と並行して、運転士になるために、東都高速鉄道の研修センターで講習を受けてきた。

 そして明日からは運転士見習いとして、先輩運転士と一緒に乗務着くことになっている。

 これは正式な運転士ではなく、動力車操縦者免許を取得する前の訓練で、その後、動力車操縦者免許を取得できれば一人立ちという流れだ。

 動力車操縦者免許に全部で十二種類あり、俺はその中の一つ、甲種電気車運転免許というもので、これは一般的な電車だったら、この免許で運転できるものだ。

 これが例えば、気動車を運転するとなったら、別の免許が必要で、電気車の部分が内燃車になる。路面電車を運転するとなったら、甲種だけではなく、乙種も必要になってくる場合もある。

 このように動力車操縦者免許は、運転する列車の種類によって異なってくる。

 これだけ細かく分けているのは、多くの人命が運転士の腕にかかっているからだ。大量の人を一気に運ぶことができる鉄道。しかし、ひとたび事故が起きてしまうと、多くの犠牲者がでる可能性もでてくる。

 それを防ぐために、細かく分類し、免許を交付しているのだ。

 見習い運転士はその一歩手前の段階である。

 明日の緊張がつもりに積もっていき、不安が押し寄せて来る。

 しかし、今は車掌として乗務を行っている。こちらに集中しなければならない。

 明日からは、まったく別の景色を見ることになる。

 期待と不安が入り混じった、俺の心は、その時がくるのを待ち望んでいた。

 夕方で終わった車掌としての乗務。翌日は、朝ラッシュ過ぎからの乗務だ。

「お、白兎お疲れー」

「桃花もお疲れ」

 先に乗務を終えていた桃花。彼女も明日から、運転士見習いとして乗務につく。

「とうとう明日だね…。なんか、すごい緊張してきちゃった」

「俺も。いろいろ考えちゃってさ。怖くもあるけど、でもやっぱり楽しみかな」

 運転士という目標を掲げ、今まで頑張ってきた。明日からの運転士見習いは、それに近づく大きな一歩だ。

「明日、お互い頑張ろうね」

「おう。事故るなよ?」

「大丈夫だよ」

 二人で笑顔を交わし、寮に戻った。

 その晩は、小学生が遠足の前日になかなか眠れないように、俺も落ちるまで時間がかかった。


 運転士見習いとし、初乗務日。

 先輩運転士と今日の行程を確認する。最初の列車は、3058列車。種別は急行で新青梅発の新宿行き。40101編成が運用に入っている。

 五分前に榎駅のホームに向かい、列車の到着を待つ。

 この五分がとても長く感じていた。

『まもなく、二番線に、急行新宿行きが、まいります。黄色い銭までお下がりください』

 接近放送が流れ、ホーム入線してくる電車の姿が、視界に入ってくる。

 前照灯、列車番号、種別、行き先、連結器、排障器、それらに異常がないか、それぞれ確認をおこなう。

 目の前にピタリと止まると、まもなく乗務員の交代が行われる。

 列車の運転状況と、以上がないことを確認し、引き継ぎはスムーズに行えた。

 運転席に入り、機器類の指差喚呼を行い、以上が見つからないことを確認する。

 車掌がドアを閉め、パイロットランプが点灯しブザーが鳴る。今まで俺が何度もやっていた、出発合図が、今では全く別の感覚でとらえている。

 T字型のマスコンを両手で握ぎる。

「出発進行!」

 マスコンを手前に倒し、ブレーキを緩解して、力行に移る。徐々に加速していく列車を、自分が動かしていると思うと、マスコンを握る手に、自然と力が入ってしまう。

 次の停車駅は南街。この区間で出せる最高速度は80キロ。地下区間は、地上よりも制限が厳しく、同じ半径のカーブでも地下区間の方が、やや厳しめな制限速度になっている。80キロに到達し、力行とブレーキの間の状態に保つ。

「第二閉塞進行!」

 閉塞信号は、駅と駅の間にあるもの。数字が小さくなっていくにつれて、次の駅に近づいているというもの。榎と次の大南間には、もう一つの閉塞があることになる。

「第一閉塞進行!」

 列車は一定のリズムを刻みながら、進んでいく。

 地下区間だとわかりにくいが、目の前の景色があっという間に後方へと流れていく。

「場内進行!大南通過!」

 駅では特に、ホームにいるお客様の様子を確認する。なにか危ない行動をしているのを見かけたら、すぐに非常ブレーキを掛けられるようにするためだ。

「大南定通!」

 大南の通過時刻は八時三十七分三十秒。運転台の懐中電灯も同じ時刻を差していた。

 その後も、南街、新小平、小平中央も順に停車していき、遅れは十秒だった。 

 次に止まるのは田無北。ここでは先に到着している、各駅停車との接続をしたのち、出発す。

「四番場内進行!田無北停車!制限45!」

 この田無北駅では、ホームに停車する際に、ポイントの分岐側を通過しなければならないため、制限速度が45キロになる。

 スピードを落とした列車は、停止位置にピタリと止まる、はずだったが、上手く行かず、三十センチほど先に止まってしまった。

 車掌から合図があると、再びマスコンを握る。

「出発注意!制限65!」

 前の各停が遅れているらしく、信号は進行現示では注意だった。注意現示は、車でいう黄色信号にあたるが、東都高速鉄道は四灯式で黄色が二つある。この黄色が二つ点くと、停止信号の一つ手前の警戒現示となる。

 注意現示では制限速度が65キロまで落とされる。これ以上の速度は出したならば、保安装置が働き非常ブレーキがかかる仕組みになっている。

 北裏で、運行指令の指示に従い、一分ほど長く停車したのち、進行現示で出発した。

 定刻より二分遅れで清水で各駅停車を抜かした。

 そのまま80キロを維持し、東都中野で別の再び各駅停車を抜かしたのち、まもなく新宿手前というところまできた。

「三番場内警戒!制限二十五!」

 新宿駅のホームは頭端型になっており、すぐにブレーキをかけて止まれる速度で進入する。

 ゆっくり進む電車は停止位置、やや手前に止まった。

 するとすぐに降車ホーム側のドアが開き、一斉に大勢の乗客降りて行くのがわかる。

 この光景をみると、俺はこんなにも大勢の人の命を預かっていたのかと、改めて認識させられた。

 折り返しの乗務員に引き継ぎを行い、俺の初乗務が終了した。

「お疲れさま、宇奈月君。どうだった?初乗務は」

「ずっと緊張してました。手汗もすごくて、きっとマスコンビチョビチョですよ」

「初めてお客様を乗せての乗務だもんね。それぐらい緊張するよ。今回は前の電車の影響で二分遅れだったけど、特に問題はなかったから、次もよろしくね」

「はい。ありがとうございます」

 今日の乗務は夜まで行われる。

 この後は、快速南街行きに乗務し、そのまま同じ電車で新宿まで戻ってくる。

「次はさっきと停車駅が違うから気を付けてね」

「小平中央から各駅停車ですよね」

「大丈夫そうだな」

 東都高速鉄道には、七種類の種別がある。停車駅の少ない順に、特急、快速急行、通勤急行、急行、快速、準急、各駅停車だ。特急を除けば、新宿~田無北の間の停車駅は全て同じで、違いはどこから各駅に止まって行くかだけである。

 準急は田無北から、快速は、小平中央から、急行は、榎・福生市・高木仲原のそれぞれから、通勤急行は北榎から、快速急行は各駅停車にはならず田無北から先、小平中央、新小平、南街、榎、瑞穂、箱根ヶ崎の順に停車していく。快速や急行も各駅停車になるの区間を除けば、快速急行と同じ停車駅である。

 途中、榎から、快速急行新宿行きの乗務をしていたとき、途中小平中央で、十メートルほどにオーバーランをしている急行止まっていて、運転士を確認すると桃花だった。流石にあのままではドアは開けなかったらしく、逆転ハンドルを[後]に切り替えて、バックしていた。

「向こうは大変そうだね」

「彼女ならなんとかなりますよ」

 その後の乗務を終え、乗務区に戻ると、桃花が燃え尽きたように座っていた。

「お疲れ、桃花」

「ああ、白兎か。お疲れー…」

「見たぞ、小平中央でオーバーランしてるところ」

「えっ!?見られてたの!ってことは、反対の快速急行って白兎が運転してたのか」

「そうだよ。結構焦ってたように見えたけど、平気だったか?」

「まあ、後退は先輩にやってもらったからね。今日が初めてだから心配しなくていいって言われたけどさ。やっぱり気になるよね」

 後退は桃花がやったわけじゃなかったのか。進行方向が逆だと相手の運転席が見えないのでわからなかった。

「これから直していけばいいし、あんまり深く気にしすぎるな」

「でもお客様の命を預かってるわけでしょ?ちょっとのミスが大きな事故につながるかもしれないし」

「確かにそうだな。でも、桃花なら平気だよ。今までもそうだっただろ?もっと自分を信じろよ」

「できればいいんだけどね」

 それからというもの、お互いにミスなく乗務をこなしている。

 落ち込んでいた桃花だったが、翌日以降、オーバーランは一度もしていない。

 昼前に俺と桃花の乗務が終わり、上北台駅に行こうという話になった。理由はもちろん、有馬に会うため。ここ最近は、俺らが忙しく、なかなか有馬に会えずにいた。

 乗務で上北台を通るときに、ホームに立っているところを何度か見かけたぐらいだった。その時の彼の姿は、いきいきとしていた。

 少し心配していたが、それは無用だったみたいだ。榎から箱根ヶ崎まで行き、村山線に乗り換えて、上北台を目指す本当は榎の二つ先の桜ヶ丘(桜街道)まで行き、多摩都市モノレールに乗り換えて行った方が速い。しかし、俺ら乗務員は改札の出入りを繰り返すので、会社から東都高速鉄道線内なら乗り降り自由のICカードを支給されている。これを使えば、上北台までタダで行けるのだ。

 地上を走る村山線は、地下区間とちがい、景色に飽きることがない。地下区間は踏切事故などの心配はしなくてもいいのだが、その区間が長すぎるのも辛い。

 車窓は低いビルや民家が建ち並ぶなか、遠くからでも異様な存在感を放っている榎駅前の高層マンション。あれをたてつときに、住民は反対しなかったのだろうか。

 慣れ親しんだ、上北台駅。改札口まで行くと、私服を着た有馬にばったりと出くわした。

「あっ!お久しぶりです!」

「久しぶり。仕事終わったのか?」

「はい。丁度終わって今から帰るところですっ」

「そうなんだ。私達、有馬くんに会いにきたんだけど、すぐ戻ることになるね」

「そうだったんですか。なんか、わざわざ来てもらったのに、すみません」

「俺らが来たくて来たんだから、有馬が謝るようなことじゃないだろ」

 結局俺と桃花は来た道を戻ることになった。有馬はまだ昼飯を食べていないとのことだったので、榎の近くで食べることにした。

 榎に着くと、相変わらずの賑わいっぷり。

 駅前広場では人々が円を作るように何かを囲っており、その中心からは火が上がっている。

 …ん?ちょっと危なくないか?

 その輪の中心を覗こうといて、近づこうと思ったとき、悲鳴と共に人々は走って逃げていった。

 先程まで人々が集まっていた場所には、一人の男がたっていた。

 だけどそれが異様だったのは、その男が火に包まれていたからだ。

 それも何処かで見たことがあるような男。

「白兎、なんか逃げたほうがいいと思うよ」

「僕もそう思います」

「俺も同意だ」

 俺たちはいっせいに走り出す。追ってくる気配はしないが、嫌な予感しかしない。

 何かが地面の中を通過していくような感覚が、伝わってきた。これは以前にも感じたことのあるものだ。榎のファミレスが襲われた時、犯人が床を通してナイフ投げ受けてきた時と。

「まずいっ!二人とも止まれっ!」

 俺は少し前を走っていた二人の腕をつかみ、制止させる。

「ちょっと、白兎っ!」

 その瞬間。桃花の顔ギリギリを、地面から飛び出してきたナイフが通過していった。

「えっ!?これって…」

「あいつは魔法使いだよ。俺らが入社したてのころに、ファミレスを襲った犯人だ」

「嘘っ」

「そんな」

 俺は男の方へと、体を向きなおす。先程のナイフは既に、相手の手元に戻っており、男を中心とするように、体の周りをまわっている。

 防御替わりなのか脅しなのかはわからないが、むやみやたらに近づかない方がいい。それに以前なら俺一人だったが、今は桃花と有馬がいる。

 それに、ここで魔法を使うのはあまりよろしくない。場所屋外だ。どこで見られてもおかしくない。

 俺らが逃げようものならば、向こうは問答無用で魔法を使ってくるはずだ。

 それにしてもなぜあいつは、俺らを狙ってくるのか。無差別に襲っているとは思えない。あいつのことを囲んでいた一般人には手を出していなかった。となると、俺らに原因があるのか。

「白兎、どうするのっ?」

「今いろいろ考えてるから、少し待ってろ」

 さて、どうするべきか。何か打開策でもあればいいいのだが。

「ん?あれ?」

 俺の後ろにいた有馬が、おもむろに男の方へと向かっていく。

「おい、有馬っ?何してるっ」

「いや、あのさ。もしかして、田中君?」

 え?有馬の知り合いということなのか。

「そうだよねっ!田中君だよねっ?」

「翔、俺のこと覚えていたのか」

 二人は再開を喜ぶかのように、手を取り合っている。

 田中君(?)も先程までこちらに敵意丸出しで、魔法を使っていたのに、今は隙だらけである。

「えっと、どういうことだ?」

「私からも、状況の説明をお願いします」

 おそらく有馬と田中君はお友達だったのだろう。それもかなり仲のいい。

「僕たち、小学校からの友達だったんです。だけど、僕が魔法使いになって、別れも言えずに離れ離れになってしまったんです。もちろん田中君には、僕が魔法使いになったってことは知りませんでしたし。彼は彼なりに、僕のことを心配してくれてたみたいで、探しに来てくれたんです」

 ずいぶんと友達思いなことだが、なぜ魔法使いにも関わらず、今まで捕まらずに、魔法学校に連れて行かれることがなかったのだろうか。

「翔、本当にこいつら、信用できるのか?お前のこと連れ去った奴らだろ?」

 何という誤解。俺は有馬を連れ去った覚えなどいない。連れ去ったのは魔法学校の教師たちだぞ。

「平気だよ。二人とも僕の大切な友達だから」

 ぎろりと田中君に睨まれる。確かに以前会った時は、敵対しましけど、あれは完璧にそっちから攻撃してきましたよね?それに俺は攻撃をかわしてただけですし。

「翔が言うなら、信用するよ。それじゃあ、帰ろうぜ」

 そう言って、翔の腕をつかんでそのまま何処かに行こうとしてします。

「まてまて。流石におかしいだろ。帰るって、有馬の家は榎にある東都高速鉄道の寮だぞ。方向が真逆だぞ」

「は?何言っているんですか?翔の家はこんな場所じゃなくて、神奈川ですよ」

どうやらこの子は状況がわかっていない様子。おそらく俺たちと同い年なのだから、十九歳とかだろうに。

 このことの説明は有馬がやってくれて、なんとか納得してくれたらしい。

「つまり、翔はもう家には帰らないと」

 ちょっと違うような気もするけど、これ以上の訂正は、有馬を持っても難しそうなのでやめておいた。

「そんじゃあ、俺はいくわ。翔はやることがあるみたいだし」

「行くってどこに?」

「?警察だよ。公共の場での魔法って法律で禁止されてんだろ?さっきだって使ったし、前にも使ったことがあるからな」

 知ってて使ってたんですか。そしてそれを自分で認めて、警察に自首しに行くとは、なんだか見返してしまった。

 まあ彼は自ら警察のところに行く前に、通報を受けて駆け付けていた警官に、その場で取り押さえられたのだが。

「結局何だったんだよ」

「まあ、昔からあんな感じだったんです。僕は慣れましたけど、周りから見たらちょっと変わってますよね」

 目の前で友達が警察に捕まったのにも関わらず、その程度の反応とは、どうやら俺が想像する以上に、いろいろやらかしてきたのだろう。

「なんであの子も魔法使いだったけど、なんで産まれた直後に学校にこなかったんだろうね。有馬くんも不思議だよね」

「なんででしょうね」

「あれ?そう言えば、話しってなかったっけ?」

「えっ!?白兎知ってるの!」

「うん。まあな。話そうか?」

「お願いしますっ」

「まず、有馬も本当は産まれたときから、魔法使いなんだ。十七歳で魔法使いになったというわけじゃない。昔、日本には大量の魔法使いが存在した。その魔法使いたちは、人助けのために力を使って行った。だけど、魔法は自然の理を崩し、関東大震災が起きた。これをきっかけに、魔法使いそのものの力に制限を掛ける魔法が開発され、全ての魔法使いにかけられた。しかし、それでも自然災害は続き、やがて魔法使いそのものを消すという選択肢がとられた。最初は実際に殺していたが、とある魔法使いが魔法を封印する魔法をつくり、以後その年に応じて、人数調整をするために、封印の魔法が使われるようになった。そしてその封印の魔法が使われたのが、有馬と田中君。有馬は本物の魔法使いと接触し、田中君は有馬経由で魔法使いに振れることで、自信の力を引き出すことができるようになった。これが有馬や田中君が産まれてから十年以上が経って、魔法使いになった理由だ」

「つまり、僕は力が使えなかっただけで、実は魔法使いだったと」

「そういうことだな」

「え、じゃあ、他にも同い年の魔法使いがどこかにいるってこと?」

「俺たち代は、俺ら含めて十人らしいぞ」

「もう四人は知ってるから、残り六人!?全員に会えるといいなー」

「無理だろ。見た目は一般人と変わらないんだし、魔法がそもそも使えないんだぞ」

「やっぱり難しいよねぇ」

 俺も魔法使いになれなかった、魔法使いには会ってみたいと思っている。彼らとは、もしかしたら一緒にこの時を過ごしていたのかもしれないのだ。

「会えるといいですね。僕と同じような人が出てきてくれればいいんですけど」

 有馬と同じように、何かしらの形で、魔法使いになれなかった魔法使いが、魔法使いに出会うことがあるならば、きっと俺らとも出会えるはずだ。だがそれも、難しいことだ。有馬はそういう意味でかなりすごい魔法使いなのかもしれない。

「腹も減ったし、飯でも食いにいくか」

「そう言えば、まだ食べてませんでしたね」

「私お腹空いたー」

 この三人だけでも十分楽しい魔法使い生活。

 ここにもっと、魔法使いがいたならば、さらに楽しかったのだろうか。

 そんな、あったかもしれない未来は、俺には想像がつかなかった。


    ※    ※    ※


 運転士見習いになり、四か月ほどの時が過ぎた。

 季節は八月の終わり。まだまだ暑い日々が続いている。

 先輩運転士と共に乗務するのもあと少しとなった。九月には、合格すれば、運転士として正式に認められる、国家試験が控えている。

 その日が近づくにつれて、不安が募っていく。

「宇奈月どうした?少し運転が荒いぞ?」

「すみません…」

 乗務中だというのに、他のことを考えるのは良くない。目の前のことに集中しなければ。

「四番場内進行!榎停車!制限45!」

 今日の乗務は、この榎止まりの列車を車庫に入れて終了だ。

 車内を通り、まだ降車していないお客様がいたら、降車を促し、忘れ物を確認する。

 反対側の運転席に座り、信号が開通するのを待つ。一本、新青梅行きの電車を待ち、入れ替え信号は開通した。

「入れ替え進行!37R入信まで!制限25!」

 警笛を軽く鳴らし、マスコンを手間に引く。ゆっくりと滑らかな滑り出しで、列車は本線を横切り、車両基地に向かう。

 車両基地はその性質上、ポイントが多くあり、進路も複雑になることもあるため、制限はきつくなっている。

「37R入信一旦停止!」

 再びマスコンを奥に倒し、ブレーキを掛ける。

 入れ替え信号機が開通するのを確認する。

「入れ替え進行!8両停目まで!」

 ブレーキを緩解し、再びゆっくりとした速度で進む。車止めが見えたところで、ブレーキを掛けて8両停止位置に止める。これで、今日の乗務は終わりだ。

 線路脇を電車に沿って歩き、乗務区に戻る。

「試験近いけど、大丈夫か?」

「実務は先輩のおかげでなんとかなりそうですけど、座学は昔から苦手なんで」

「座学は勉強あるのみだな。勉強するのはいいけど、体壊すなよ」

「そこまで無理はしませんよ」

 しかし、そうは言っても、余裕をこいていられるような状況ではなかった。最近は毎日夜遅くまで勉強し、睡眠時間は平均二時間となっていた。

 疲れはなかなか取れないものの、自分の夢がかかっている。これぐらいは我慢しなくてはならない。

 今日も例外なく、勉強は深夜まで及んだ。翌朝は五時七分出勤。遅くとも四時までには起きなければならない。すでに時刻は、午前二時半。明日のことを考え、目覚ましをセットして寝ることにした。

 翌朝、目が覚めたのは朝の四時四十五分。

 目覚まし時計とケータイの時刻を二回ずつ確認したが、時計は壊れていない。

 ここから乗務区までは、走って七分程。十五分で、準備を整えなくてはならない。寝坊して遅刻などしたら、最悪だ。

 時間に常に正確ではならない運転士が、寝坊して遅刻したなど、許されるわけがない。

 朝食は抜いて、コップ一杯のお茶を飲み干す。財布やケータイ、定期をカバンに詰め込んで、ダッシュで乗務区に向かう。

 荒い呼吸の中、遅刻ギリギリで間に合った。制服に着替え、乗務の準備をする。

「どうした宇奈月?寝坊か?」

「あはは…。ちょっと準備にてこずってしまって」

「あんまり無理するなよ」

「…はい」

 どうやら夜遅くまで勉強していたことはお見通しのようだった。

 今日の乗務は4209列車。榎六時一分十秒発、新宿六時四十分丁度着の快速列車だ。電留七番線から出庫させ、榎に到着後、客扱いを行い、発車する流れだ。

 車庫で出庫点検を行い、入れ替え信号が開通すのを待つ。

 この何もするこのない時間は、眠気が溜まりにたまった俺にとって地獄の時間だった。

眠気と死闘を繰り広げ、結果は惨敗。

 目が覚めたのは、先輩に叩き起こされたときだった。

「宇奈月っ!起きてそこを代われっ!乗務中に居眠りするやつに、任せられん」

「すみません…」

 俺も流石に、乗務中に居眠りをして、やらせてくださいとは言えなかった。自分でもこのまま乗務を続けたら危険だと思ったし、なにより今の先輩に逆らう勇気がなかった。

 先輩は丁寧な運転で、榎列車を入線させた。

必要な指差喚呼以外は何も言わずにいる。

思い雰囲気に押しつぶされそうになりながら、先輩の後をついて行くことしかできなかった。

そんな空気が二時間以上も続き、精神が限界に近づいていた。

 榎乗務区に戻っての昼休憩。休憩室には俺ら意外にも、乗務員がいたが、先輩が部屋に入った瞬間に氷ついてしまった。

 一気に気まずい空気が流れ込む。

 ものすごく居づらい…。

 先輩が昼食食べ終わり、休憩室を出て行く、一気に俺の方へと支線が集まる。

 そんなわけで、かくかくしかじか、今朝のことをそのまま話した。

 それで出た結論は、誠意を込めて謝ることだった。

 乗務中はなかなか時間がとれないため、今しか時間がないので、すぐさま先輩のところへと向かった。

「あの、先輩。話したいことがあるんですけど」

「…」

 無言の威圧。今すぐにでも走ってこの場を去りたいが、そうはいかない。このことの責任は全て俺にある。自分でなんとかしなければ。

「今朝は、本当にすみませんでしたっ。夜遅くまで勉強して、寝坊して遅刻ギリギリになってしまって、それに乗務中に居眠りまでしてしまって、すみませんでした。次からは絶対のこのようなことはしません。約束します」

 深く下げた頭。目線の先には冷たい床。

 沈黙が続く。

「それで、どうしたいんだ?」

「この後の乗務で運転をさせてください。お客様の安全を第一に考えて、運転しますので。お願いします」

「本当だな?」

「はい」

「わかった。ただし、また同じようなことがあったら、運転はさせないからな」

「ありがとうございます」

 ホッと胸をなでおろす。つもは優しい先輩だが、怒ると怖いというか、触れてはいけいような雰囲気を纏うため、近づきにくくなってしまう。

「試験が近くて焦るのもわかるけど、何よりも大切にしなきゃいけないのは、安全に対する意識だ。それを忘れるなよ」

「はい」

 俺は自分のことばかり気にしてばかりいた。そのため、運転士が常に心がけていなければならない安全への意識を怠ってしまった。普通なら、運転士失格だが、先輩の優しさに助けられた。

「そろそろ時間だ。準備忘れるなよ」

「はいっ」

 その後の乗務は安全を何よりも優先して行動した。夜遅くまでの勉強も辞めて、限られた時間の中で、勉強を続けていった。

 試験日前日も、乗務があったが、もちろん安全第一で仕事をこなした。

 そして試験は無事に終わり、幾日かの時が進み、合否が発表された。

 結果は見事合格し、正式な運転士としてこれから乗務していくことになった。

 東都高速鉄道からは全部で十人ほど試験を受けに行き、全員が合格した。その中に桃花も含まれている。

 運転士デビューを果たした十人。今まで先輩と乗務してきていたが、とうとう一人立ちである。一つミスをすれば、重大な事故につながりかねないこの仕事の責任は大きい。

 しかし、運転士にしか感じられない達成感ややりがいがある。重い責任を背負いながらも、それらをいかに自分のものにしていくか。

 俺には運転士を続けていくにして、これが重要ではないかと思った。


    ※    ※    ※


「出発進行!」

 マスコンを手前に引き、電車は滑らかに動き出す。

 運転士見習いから何度も繰り替えしてきた、電車の運転。最初は多くの命を預かっているということもあって、恐怖を感じることが多かった。

 しかし、今では一人で乗務するようになり、恐怖よりも強い責任を感じている。

「第二閉塞進行!」

 一定のリズムを刻みながら、列車は走り続ける。

 いままでのように、隣で見守ってくれる先輩はいない。一人ですべてをこなし、一人で解決してかなければならない。

「第一閉塞進行!」

 景色が変わることのない、地下区間。退屈になり、思わずあくびが出そうになるが、堪える。

 出庫前だとしても、乗務中に居眠りをしたことがある俺にとって、そこらへんは少し敏感かもしれない。

「場内進行!大南通過!」

 地下区間で唯一明るいのが途中駅。ほぼ真っ暗な区間を進む電車にとって、目指すべき光だ。

「大南定通!」

 電車は再び、暗闇の中を進んでいく。

 狭いトンネル内に響く電車の音は、少しうるさいかもしれないが、慣れてしまえば、意外といい音に聞こえたりするのだ。

「第二閉塞進行!」

 次の駅も通過駅のため、速度はそのままで通過していく。

 今、俺が乗務しているのは急行新宿行き。停車駅は、榎を出て、南街、新小平、小平中央、田無北、北裏、東都中野だ。現在は、榎→南街間を走行中。時刻は午前十時。通勤ラッシュも落ち着き、ご高齢のお客様や、ベビーカーを押した子供連れのお客様が目立つようになってきた。

「第一閉塞進行!」

 次の桜ヶ丘駅は、多摩都市モノレールの桜街道駅と隣接しているにも関わらず、駅名が違うというややこしさ。

 統一すればいいものを、どうしてこうなってしまったのか。

「場内進行!桜ヶ丘通過!」

 駅に進入した、その時だった。

 ホームから小さい男の子が線路上に落ちたのは。

 すぐに非常ブレーキを掛け、警笛は鳴らすが、とても間に合わない。

 ブレーキやら警笛やら悲鳴などが混じりあうこの状況。

 EBでも間に合わず、子供は線路上で泣きわめくばかり。俺に残された手段は一つだった。

 魔法使いとしての俺の力。以前、駅務研修の時に、先輩がお客様の命を守るために、魔法を使ったように。

 俺は魔法に意識を集中させ、時間停止の魔法を発動させた。

 周りは俺以外の時が全て止まり、静寂に包まれる。魔法に集中しながら、子供を助けて、自分も運転席に戻らなければならない。

 列車から慎重に降りて、子供のところに向かっていく。

 日本人の魔法使いは、産まれた直後に、自身の魔法に対して、制限が与えられている。それを超えようというのであらば、体に力が入らなくなり、動けなくなってしまう。

 そうなってしまえば、一貫の終わり。自分が運転してきた列車に轢かれることは、避けられない。

 実際にその現場を目撃している俺にとって、恐怖もある。

 似たような状況で、目の前で人が死んでいるんだ。そりゃ怖いに決まっている。

 だけど俺はそれ以上に、今ここでこの子供を助けたいと思っている。きっとこのまま見捨ててしまえば、一生後悔することになる。

 それに、山田さんを含めた魔法使いから受け継がれてきた、人助けの精神が、黙っているわけがない。

 男の子のところに辿りつく。

石造のように動かなくなり、かたまった男の子を持ち上げるが、魔法を使いながらは難しく、少し運ぶだけでも大変だ。

なんとかホームにのせることができた。

これで俺の仕事は九割も終わったようなものだ。

電車に戻ろうとするも、次第に力が入らなくなっていく。

これが、限界を超えたときに現れる症状なのか。

ホームの淵につかまりながら、少しずつ歩いていく。

次第に足元はおぼつかなくなり、歩くのさえ辛くなってくる。

息も荒くなり、これでは魔法がいつ解除されてしまっても、おかしくない。

俺もまだ、本当のことを言えば、死にたくない。運転士になれて一年もまだ経っていない。

桃花や有馬ともまだ一緒にすごしたい。

運転士として特急にも乗務してみたい。

やりたいことは、まだたくさんあるというのに。

俺はここで死んでしまうのだろうか。

それだけは、どうにかして避けたい。だけど、もうすでに限界は近づいてきている。

どうすれば、いいんだ?

魔法を使えたとしても、おそらく一回のみ。

箒に乗り、電車に戻るということも考えたが、きっと箒の移動中に時間停止の魔法が解除されてしまう。

 この状況を打破するには、この時間停止の魔法そのものの時間を延長するか、この体をどうにかするぐらいしか方法はない。

回復魔法でこの体がどうにかなるものとは思えない。

これは体の疲労ではなく、魔法によるものだ。回復魔法は、傷や疲れを回復させることしかできない。

きっと、海外の魔法使いならば、俺らと違って制限なく、魔法が使えるため、こんなことにはならないだろう。

まてよ。

もしかしたら、魔法の制限を解除できるかもしれない。

俺は以前、桃花が自分に封印の魔法をかけら時に、それを解除する魔法を担任から教えられた。

この二つの魔法は似たようなもので、限界まで制限の値を上げたものが、封印の魔法なのではないだろか。

命令式を見れば、わかるかもしれないが、今はそれを知るすべはないし、いちいち確認している暇はない。

一か八か、これにかけてみるしかない。

一度立てたことがある命令式だと言っても、最後に使ったのはここに入社する直前のことだ。

曖昧な記憶と、今までの知識と経験をもとに、命令式を立て終わり、実行する。

しかし、何も起こらない。

あの時は確か、桃花を青白い光が包み込んでいた。

だけど俺の周りには、何も起こっていない。

もう、終わりか。

諦めかけていたその時、急に俺の周りが、青白く光り始めた。

遅すぎだろ…。

光は俺を完全に包み込むと、桃花のときと同じように、何かを吸収していき、黒くなっていく。

光が全て真っ黒になるころには、俺の体はもとに戻った。

それと同時に、体の内側から何か、得体のしれない力がこみ上げてくるような感覚におそわれる。

すると、今にも途絶えていまいそうだった、時間停止の魔法がいくらでも延長できそうなほど、余裕ができた。

魔法に集中していなければ、相変わらずそれは難しいが、続けられてさえいれば、相当な時間を止めていられるだろう。

しかし、明らかに体への負担が大きかった。

普段は制限されている魔法だが、それを解除したことにより、それに耐性がない俺の体のことを考えると、あまり長く使い続けるのも良くないかもしれない。

急いで運転席に戻り、先程までと同じ形で席につき、マスコンを握る。

そして時間停止の魔法を解除する。

再び流れ出した時は、男の子の無事を確認させた。

周りの人は、何が起きたのかわからないといった、表情で立ち尽くしている。

列車をそのまま停車させ、車掌に状況の説明をする。

その後、車掌はお客様と非常停止ボタンをききつけてやったきた駅員に事情を話した。

俺はその間に運転指令に連絡して、運転再開の許可をもらった。

俺が男の子を助けたというのは誰も知らない、俺自身だけが知っていることだ。

他人に俺の努力を知ってもらおうと思わないし、知ってもらったとしてどうにかなることではない。

自分がこの力を使って、人助けをしていければいい。

名誉とかそんなはどうでもいい。

俺が願うのは、お客様の安全だけである。

 俺は再び自身に、封印の魔法を掛ける。しかしこれは、完全に封印するものではなく、俺たちが産まれたときにかけられる、魔法を制限するものだ。

 体感的には、俺は本来の5パーセントほどしか、使っていないような感覚だった。

 おそらく、本人の魔法の実力に関わらず、全員一定の値以上の魔法が使えなくしているので、俺よりも魔法が使えたり、その逆の人もいるのだろう。

「出発進行!」

 長めの警笛を鳴らし、列車を前に進めた。

 定刻を十分ほど過ぎての運転再開。

 ここから、どこまでダイヤをもとにもどせて行けるかが、運転士の腕の見せ所だ。

 制限速度ギリギリで南街へと向かう。

 周りの景色が、あっという間に後方に流れて行くように、俺の時もどんどん流れて行く。

 景色は戻って見ることができるが、時は戻ることができない。

 だからなるべく後悔をしないように、生きていきたい。

 人助けの精神を受け継いだ、魔法使いの一人として。


    ※    ※    ※


 桜の花が、空に映える、四月一日。

 温かな日差しが、新入社員を迎え入れている。

 俺ら三人は、とある人物を待つために、本社一回のロビーにいる。

 すでに何人もの新入社員が、ロビーを通り、地下の入社式の会場へと向かって行っている。

 しかし、俺らのお目当ての人物は、なかなか姿を現さない。

「なんか、遅いね」

「でも、俺らも入社式の日は、五分ぐらい前に来ただろ」

「今は三分前ですよ、白兎さん」

「遅刻か?」

「時間は守るタイプですよ、田中君は」

「じゃあ、迷子とか?」

「駅降りたら、すぐ本社だろ。誰が迷うんだよ」

 東都高速鉄道の本社は駅を出たら、右に一直線に進めばいだけだ。迷う方が逆に難しい。

「もしかしたら、そうかもしれませんね。高校に入った時も、入学したと思ったら、二週間ぐらい教室にこなくなって、不登校になったって思われてたんです。だけど実際は、家から学校に来るのに迷って、さらに校舎の中でも迷って、教室に辿りつけてなくて、授業を受けないで帰っていただけなんですけどね」

 想像を超えた方向音痴だ。百歩譲って、家から学校までの道のりで迷うのは理解しよう。

 しかし、学校で迷うとはどういうことだ?有馬たちの学校は、ダンジョンだったのだろうか。

 まさか、そんなわけもあるまいし。

「それ、大丈夫なの?てか、人に聞いたりしなかったの?」

「田中君は全部自分で解決しようとしますからね。彼のプライドが許さないんだと思います」

 面倒くさそうな性格だな。ここで働くなら、教えられたことを、こなさなきゃならなくなるのに。

「そろそろ探しにいくか?」

 腕時計は、既に入社式の開始時刻を過ぎている。

 初日から遅刻とは、きっと名前が覚えられるのは早いだろう。

「大丈夫だとは思うんですけどね。二回ほど彼もきたことあるので」

 あれだけの方向音痴で、二回来ただけでおどうにかんるなら、最初からどうにかなっているだろ。

「あっ、来ましたよ!」

 有馬が指さす先には、遅刻しているのにも関わらず、ゆっくりと自分のペースで歩いてくる、田中君の姿がった。それにしても、なんで駅とは反対側くるのか…。

「有馬じゃねーか。どうしたんだよ、こんなところで?」

「田中君のことを待ってたんだよ、三人で」

「今日からよろしくね、田中君」

「よろしくな」

「…どうも」

 ぶっきらぼうな挨拶。

 本当に鉄道会社でやっていけるのだろうか。

「とりあえず、もう入社式始まってるから、下に行って。怒られるかもしれないけど、いれてくれるから」

「わかった」

 田中君が階段を降りて行くのを見守り、俺らはそれぞれの仕事の戻るため、本社をあとにする。

「それでは、僕は上北台駅なんで」

「じゃあな」

「バイバイ」

 有馬は一人、駅舎へと向かっていく。

 彼の背中は、これから昔からの友達と一緒に仕事ができるのを喜んでいるかのようだった。

「私達も行こうか」

「おう」

 俺らも仕事場である、乗務区に向かう。

 今日の乗務は、秋榎線が中心で、一回だけ、福生市~新宿を往復する。

 秋榎線は榎宿線や村山線に比べると、利用客が少なく本数も、福生市を境に檜原口方面は、少なくなる。

 それも全区間地上なので、風景に飽きることはない。どちらかと言えば、あたりの乗務だ。

「最近運転はどう?」

「絶好調だよ。そろそろ、特急の乗務に入れてもらえるかもしれないな」

「羨ましいなぁ。私ももっと上達しなきゃね」

「でもお前、運転士見習いと乗務することになってるんだろ?」

「まあね…。きちんと教えられるか心配だけど。

「桃花なら平気だよ。学校のときだって、俺に勉強教えてくれてたし、有馬に魔法を教えてただろ」

「まあ、頑張りますよ」

「頑張りたまえ」

 そんな感じで乗務区に到着した。

 今頃は本社で田中君たちの入社式が行われている。

 田中君は、有馬と再会を果たし、警察に捕まったのち、出所して今にいたる。

 中身は実際にすごく真面目らしく、これ以上問題を起こさないだろうと、早めに出てきた。

 そしてそのタイミングで、俺らが東都高速鉄道への入社を進めたら、見事試験に合格してきた。

 まあ、人事部には事前に田中君のことを話しておいたので、ほぼほぼ受かる手はずだったのだが。

 ちなみに、俺が今日の乗務を終えたときに聞いた話によると、田中君は今日の入社式を欠席したらしい。

 理由は、言うまでもない…。


    ※    ※    ※


 新入社員が入ってきて、賑やかになった東都高速鉄道。

 この鉄道会社に、他に何人の魔法使いがいるかは知らない。

 この国に魔法使いがどれだけいるのかもわからない。

 だけど、これだけは言える。

 全ての魔法使いには、人助けの精神が受け継がれていると。

 過去の出来事から学んだ結果が、魔法使いの力を封印するもであっても、魔法使いは魔法使いなのだ。

 もしかしたら、隣に座っている人は、魔法使いかもしれない。

 昨日、交差点で肩がぶつかった人は、魔法使いかもしれない。

 付き合ってる相手が、魔法使いかもしれない。

 日本の魔法使いは人を助けるために魔法を使っている。

 でも人助けをしているのは、魔法使いだけではない。

 きっと彼らにも、人助けの精神を受け継いでいるのだろう。

 本当の魔法は、人助けなのかもしれない。



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