魔法使い鉄道

めんつゆは飲み物

前編

 魔法使い。それは人間を超越する力を持ち、魔法という普通の人間が使うことのできない、不思議な力を持つ者。時には人々の力となり、あるいは恐れられてきた。とある国では魔法使いの育成に力を入れ、別の国では魔法使いを排除している。魔法使いが自由に暮らせる国もれば、隔離させられている国もある。魔法使いはこのように、様々な扱いを受けている。

 それには一つの理由がある。

 あまりにも魔法使いという存在に対して、謎が多すぎるからだ。

 魔法使いの歴史はとても浅く、約百年前のヨーロッパのとある国で突如として現れた。レイナと名乗ったその魔法使いは、多くの人々の前で様々な魔法を繰り出し、驚かせたという。

 そして彼女が現れたのを皮切りに、全世界で魔法の力を持った子供が生まれるようになった。ある国では神の力と讃えられ、またある国では悪魔の力と恐れられ、また別の国ではその力に驚き、隔離された。

 魔法使いの扱いが国によって異なるのは、これらが原因だ。その国の魔法使いへの第一印象が、今現在も受け継がれている。

 ではこの国、日本はどのような印象を持ったか。それは、「力に驚き、隔離する」だった。


    ※    ※    ※


 国立魔法学校。

 あまりにもシンプルすぎるこの名前。

 そのまんますぎるし、普通にダサい。名前を考えた人は何も思わなかったのだろうか。まあ、思ってないのだろう。思っていたらこんな名前にはならなかっただろうし。

 日本のどこかの山の中に、このダサい名前の学校はある。ここに通っている俺ですら、どこにあるかわからない。知っているのは国の偉い人と、この学校で働く人だけ。生徒には一切教えられない。ここに連れてこられた時の記憶があれば問題ないが、残念ながらここに来たのは生まれた直後。いくら俺が、魔法使いだとしても、そんな頃の記憶などあるわけがない。まあ、そんなことを知っても、どうにもならいから、深く追求する必要はない。

 冷えた空気が身に染みる。窓から覗く空はどこまでも高く、澄んでいる。カサカサと枯葉が転がる音が、寂しい朝を迎えてくれる。

 年が明けて三週間ほど経ったとこの場所は、山の中だけに朝はかなり冷え込む。布団にくるまりながら、この日を過ごしたい。

 しかし、そんなわけにもいかず、今日も一日が始まる。

 俺の一日は魔法がメインの生活だ。朝の七時に目を覚ますと、まず顔を洗い、そして魔法使いらしさの欠片もない学校の制服着替えて、朝食のトーストをトースターに入れて、焼きあがるのを待ちながらテレビをつけて朝のニュースを見る、なんてことはしない。全部まとめていっぺんにやる。顔を洗いながら制服に着替えてトーストを焼いてテレビをつける。魔法を使えばこのぐらい、まさに朝飯前である。

 ソファに座りながら焼きあがったトーストに、魔法を使いバターとジャムを塗り、手が汚れないように、魔法で宙に浮かせながら食べて行く。テレビのニュースでは、西洋の国で飛行機が墜落し、乗員乗客全員が亡くなったと報道されている。これが魔法を使えない人からしたら、深刻な事故だろう。だけど、魔法使いの俺からしたら、良くわからない話である。たとえ俺の乗った飛行機が墜落しても、俺は死ぬことはないだろう。魔法使いは、不死身と言っても過言ではない存在である。

 実際にとある国で、魔法使いを殺す実験がされた。密室の中で、首にロープを巻かれたり、火あぶりにされたり、銃で撃たれたり、真上から車を落としたりしたらしい。だが、実験に利用された魔法使いはそれらすべてを魔法でかわし、死ぬどころか、かすり傷さえなかったという。とは言っても、魔法使いは死ぬときは死ぬ。心臓が動かなくなったら死ぬし、首を切られたら死ぬ。まあこれらは、相当なことがない限り、魔法使いなら簡単に避けられるものだ。

 八時になると、俺は学校へと向かう。住んでいるのは学校の寮なので学校まではすぐに着く。というか、寮の隣が学校だ。外履きを履き玄関を出て、階段を使い二階から一階まで降りて、徒歩三十秒で学校に着き、校内履きに履き替えて、校舎の三階まで上る、なんてことはしない。わざわざ歩く必要などないからだ。学校に行く準備が整ったら、校内履きを履いて、魔法の箒に乗り、直接校舎三階の教室に突っ込む。以上、飛行十秒の登校である。

 ちなみに箒は高級品である。それぞれの好みやスタイルに合わせて作られる、オーダーメイド品だ。ただの箒で十分だろ。とか、思われることもあるが、それだと宙に浮くことすらできない。魔法の箒には、使用者の魔法を感じ取り、それを効率良く宙に浮く力に変えている。それがない掃除用の箒は、またがってジャンプするのが限界なわけだ。そのため魔法の箒は一本五万円ほどかかるのだ。

 窓から教室に入ると、すでに俺以外の全員が登校していた。八時二十分までに登校で、今は八時である。十秒で登校できるというのに、なんとも早い登校だと感心する。

「あっ、おはよー。白兎」

 何かの本を真剣に読みながら椅子に座っていた赤髪のポニーテールの少女が、俺に気がつき読んでいた本を閉じてニコニコと手を振ってくる。

「おはよ、桃花。相変わらず早いな」

「意識高いからね」

 彼女は山形桃花。俺らの学年で唯一の女子である。だが、同学年の男子からは、人気がない。なぜなら男子は、この宇奈月白兎しかいないからだ。

 俺たち国立魔法学校第十二学年は、俺と桃花のたった二人である。

 第十二学年は、普通の学校の高校三年生にあたる。そう考えるとかなり少ない人数に思えるが、魔法使いからしたら特別少ない人数というわけではない。

 日本で最初の魔法使いが生まれてから、約百年が経った今。何人の魔法使いが生まれてきたか?

 それは千人にすら届かない、651人である。年に六人~七人ほどしか生まれていない計算になる。日本では年に約百万人以上の子供が生まれている。これと比較すると、俺たちの年代の魔法使いが少ないことに納得がいくだろう。

「何読んでたんだ?」

「ん?魔法の本だよ勉強してたの」

「なんでお前がそんなに真面目なのかよくわからん。授業なんか受けなくても生きていけるのに」

「知識はいくらあっても損はしないと思うよ。それに楽しいし」

「やっぱりわからん」

 俺たちは今年で魔法学校を卒業する。進路は生まれたときから決まっていて、魔法学校を卒業した魔法使いは、全員同じ進路に進んでいる。進路先はとある企業である。具体的にはなにをする企業かはわからないが、社員の七割が魔法使いだという。

 つまりは、勉強しなくても行ける、魔法使いのための企業である。なのになぜわざわざ勉強するのか、入学して十二年が経つが、相変わらずわからない。

 朝のショートホームルーム。

普段なら担任教師が教室にきて、俺ら二人がることだけを確認して、挨拶もなく終わっていたのだが、今日は違うみたいだ。

いつもならとっくに教室を立ち去っているころだが、そのような感じではない。

すると担任教師は、咳ばらいを一つ挟み、珍しく話し始めた。

何事かと隣に視線をおくれば、桃花と目が合った。何事かと彼女の目が訴えかけてきている。

わからないと目で返事すると、久々に聞いた低い声が耳に流れてきた。

「急だが、明日このクラスに転校生がやってくる。名前は有馬翔で年齢はお前たちと同じだ。世界的に珍しく、生まれた直後ではなく、今日魔法使いになった者だ。まだ魔法に慣れていない。お前らが基礎を教えてやれ。以上だ」

 数か月ぶりに喋った担任の言葉は、頭から消えることなく、残り続ける。

 担任の声が珍しかったのではない。その内容だ。

 転校生がくる。

 これは、どう考えてもありえないことだ。魔法使いは生まれたその瞬間に魔法使いになる。それが世界の常識であり、そういうものだと誰もが思っていることだ。生まれてから数十年経って、初めて魔法使いになるなど、聞いたことがない。

 一体何が原因でそんなことが。

 担任はすでに教室を立ち去っており、それでもなお、いろいろとその可能性を考えていた。

 そしてその思考が断ち切られたのは、隣から声が聞こえてきたからだ。というか、話しかけられたのだ。

「どういうことなんだろうね、転校生なんて」

 桃花の声は明るく、転校生が来るのを楽しみにしているかのようだ。確かに転校生は珍しい。むしろ、本来は存在しないはずだ。

 少し楽しみなのは、実際俺も同じだ。

「さあな。まあ、明日になれば詳しく本から事情も聴けるだろうし」

 担任のあの話じゃ分からない部分も多いそれを担任に聞くのは抵抗があるし、知っているかも怪しい。態度からして、魔法使いのことはあまり好きではないみたいだし。

「有馬くんって、どんな子かな?イケメンかな?」

「そんな都合の良いことがあるかよ。漫画の見すぎだ」

「えー。そんなことないよー。それで転校生はイケメンで、白兎が有馬くんに魔法を手取足取り優しく教えて、そこから発展する男同氏の恋愛!」

「…」

 もはや、何かを言い返すことさえも躊躇した。どういう思考をしたら、こんな展開を想像できるのか…。

それから何を想像しているのか、肘を机につき、顎を手に乗せ、ニヤニヤと笑っている。

気持ち悪い。

どうやら桃花の頭の中はお花畑のようだ。

 このまま関わるのも面倒なので、箒にまたがり、寮へと戻った。


    ※    ※    ※


 そして翌日の早朝。

 まだ日も完全に昇っておらず、夜の静けさを残したこの時間に、車の音が聞こえれば、目を覚ましてしまうのも当然だろう。迷惑な目覚まし時計だ。

 窓から顔をだすと、車が二台敷地内に入ってくるのが見えた。車は引っ越し屋のトラックと、シルバーのワゴン車が一台ずつだ。きっと、例の転校生がきたのだろう。昨日魔法使いになり、翌日の早朝にはここにくるとは、なかなかの高速移動だ。

 まあ、俺たちも生まれたその日にここに来てるので、むしろ転校生は遅いといったところか。

 どんなやつなのか気になり、車から出て来るのを待とうとも思ったが、どうせあと数時間過ぎれば嫌でも顔を合わせることになる。別に急ぐ必要もないな。

 そう思い、窓から離れようとしたとき、ワゴン車から降りてきた、おそらく転校生らしき少年と目が合ってしまった。

 彼は俺らと同じ年齢らしいが、見た目はどこか幼く、朝から元気いっぱいといった感じだ。

 彼とはそこそこの距離があるので、顔まではハッキリ見えないが、少なくともイケメンではないことはわかる。まあ、顔面崩壊というわけでもない。まあ、普通ってことだ。

 目が合った彼は、俺に向かってぶんぶんと腕から手を振っている。そして何かに気がついたかのように、その動きを止めて、ぺこりとお辞儀をしてくる。どうやら、挨拶をしているみたいだ。それを無視するほど俺は冷たい人間ではないので、会釈だけして返した。

 それに答えるようにして、もう一度お辞儀をこちらにする彼。

 そして彼は一緒に来ていた、おじさんを駆け足で追いかけて、寮へと入っていった。

 なんとも朝から元気である。何がどうしてあそこまで元気なのか。

 朝と言えば、まだ眠くぼーっとしているのがこの世の常のはずなのだが。つまり、朝から元気だと、生まれて数十年経ったにも関わらず、魔法使いになるということなのか。

 などという、くだらない思考が頭をめぐるほど朝はボーっとしているのだ。

 二度寝しようかと思い、時計を見ると、おそらく起きれずに遅刻するであろう、中途半端な時間だ。もし二度寝をしたならば、遅刻フラグが立つだろう。

 まあ、なんとかなるうだろうと思い二度寝した俺は、無事にフラグを回収したのであった。

 本日二つ目の目覚まし時計は、八時二十分の登校完了を伝えるチャイムだった。スリリングな目覚まし時計の効果は抜群で、一瞬で俺の脳味噌は元気百倍になった。

 人間には火事場の馬鹿力という言葉があるが、自分がその言葉の意味を体験するとは思わなかった。ありとあやゆる魔法を一気に使い、全てのことを数秒で一気に終わらせた。自分でもびっくりである。瞬きをしたら、制服を裏表逆に着ており、箒にまたがっていると思っていたら、おたまにまたがっていたというありさまだ。

 本当にびっくりである。

 急いで制服を着直して、箒にまたがり教室に着いた時には、すでに担任が教室に入ってきていた。

「すみません、遅れました…」

「…」

 軽くうなずいただけの担任。本当に昨日喋ったのか、疑問に思うぐらいだ。

 いつもならこのままホームルームが終わるが、今日は違った。理由はもちろん、例の転校生だ。

 担任が俺たちが普段、ほとんど使わない教室のドアの方に目を向けると、ドアが豪快に開き、転校生が現れた。

 早朝見たときと同じように、相変わらず元気もりもりの彼。なんか面倒くさそうなきがする。

「はじめましてっ!今日から魔法学校第十二学年に転校してきました、有馬翔ですっ!よろしくお願いしますっ!」

 無口の担任の後のこの溢れんばかりの元気。この温度差はどうにかならないのだろうか。

「あっ!もしかして、今朝の方ですかっ!?同じ学年だったんですねっ!」

「お、そうだな」

「クールなんですね、えーっと…」

「私は、山形桃花。そんでこっちが、宇奈月白兎で好きな飲み物はめんつゆだから。ちなみに私はアイスティーが好きだから。よろしくねっ」

 良くわからない自己紹介を俺の分までやりやがった桃花。変なテンションなのは、転校生が嬉しいのだろう。残念ながら彼女の望んでいたイケメンではないが。

「めんつゆって飲み物なんですかっ!?魔法使いってやっぱりすごいですねっ」

「いや、めんつゆなんて飲まないから。コイツの適当な冗談だから気にするな」

 めんつゆが飲み物とか、明らかにおかしいだろ。本気でそんなことを思っているやつがいたら、正気を疑うぞ。

 そのままホームルームが終わり、次の授業までの短い休み時間に入った。いつもは桃花と適当に話したり、静かに窓の外を眺めているのだが、そんな穏やかな平穏な日々も今日で終わりの様だ。

 ああ、あの頃に戻りたい。

「白兎さんって、魔法がとっても上手なんですよねっ!?いろいろ聞いてますよ!」

「えっ?誰からそんなこと聞いてるの?俺たち魔法使いに関する情報って、基本的に報道されない法律だろ?」

 魔法使いはその特別な立場のため、俺らがどういう魔法を使えてどれほどの実力なのかを報道や他人に教えることは法律で禁止されている。それに確か、名前も一般人は誰も知らないはずだ。俺の親は自分達の子供が魔法使いだと知っているが、名前はこの学校がつけたもの。苗字も含めてだ。だから親ですら俺の名前を知らない。もちろん、俺も親の名前は知らない。これは一部を除く魔法使いには必ず適用されている法律だ。もし破った場合、かなり重い罰を受けると聞いている。

「いえ、報道ではなくて、ここに来る途中でもらった資料を読んで知ったんです」

「そうか」

 なるほど、学校からのものだったか。それなら、報道はしていないし学校は魔法使いを管理している場所。そこが必要と思ったのなら他人に伝えても問題ないとうことか。

「有馬くんは、どれぐらい魔法使えるの?」

「ほとんど、というか全く使えません。昨日いつもの日課で、十キロ走ってたら、急に魔法が使えるようになって。そしてそのままここに連れてこられたんです」

 走ってる途中にそのまま連れてこられたとか、事情を知らない人がみたら、ただの誘拐事件だろ。てか、そんなにもすぐに魔法使いを見つけて連れてくるとか、どんな技術を使ってるんだ。

「てか、なんで十キロも走ってたんだよ?」

 魔法使いの感覚が特別おかしくないかぎり、十キロは走る距離ではないと思うのだが。どう考えても箒で移動する距離だ。

「僕、陸上部に所属してたんで、よく走ってるんです」

 なるほど。陸上部か。魔法使いとはほとんど関係のないスポーツだ。なにせ、魔法使いは地面の上を長距離歩くということはほとんどない。あるとしたら、いつも使ってる箒が壊れたりしたときだ。だがまあ、箒が壊れるなどほとんどないこと。人生で一気に一キロ以上歩くことなく死んでいく魔法使いも相当数いるはずだ。

「有馬くん、まだ魔法に慣れてないんでしょ?だったら、白兎に教えてもらいなよ。私なんかより上手だからさっ。ねっ?」

 昨日のおかしなテンションに近づきつつある桃花。可愛そうな有馬。勝手に桃花の頭の中で物語が作られてしまっているぞ。

「えっ、いいんですか!?よろしくお願いします!」

「勝手に話を進めるなよ。俺は教えるのが下手だから、桃花に教えてもらえよ」

 桃花の妄想に付き合いたくないのもあるが、実際桃花は他人に教えるのが上手い。俺が勉強をしていてわからなことを桃花に聞くと、必要なところを的確に教えてくれ、こんな俺でもすぐに理解できるほどだ。俺は彼女のおかげで、何度赤点を回避してきたことか。

「いやいや、ここはやっぱり白兎が教えなきゃ」

「無理だよ。だから、有馬。魔法は桃花に教えてもらいな」

「は、はい!よろしくお願いします、山形先輩!」

「まあ、白兎がやらないなら私がやるしかないからね。それじゃ、よろしくね、有馬くん」

 結構強引に押し通したつもりだったが、すんなり通ってしまった。

 根っこは優しい桃花に感謝である。

 一人増えた十二学年の教室は、以前よりも数倍明るくなった。


    ※    ※    ※


 いつも私は下だった。

 白兎と魔法の実力でいつも比べられ、数字で表された成績はいつも五段階評価で2だった。

 魔法使いの実力は普通以下。

 対して白兎は5。

 当たり前だ。彼は日本国内だけでなく、世界に通用する実力をもった魔法使い。

 彼の場合、きっと五段階では表せられないだろう。それ以上の力がある。だけど私は、なんとか2をキープしている。いつ1に落ちてもおかしくない状態。

 だから余計比べられる。

 それが嫌で、勉強を頑張った。

 国語や数学といった基本的な教科を。

 だけど無意味だった。逆に勉強を頑張るなら、魔法の練習をしろと言ってくる始末である。

 これで、魔法について比べられることが多くなった。

 魔法担当の先生の態度を見ていれば一目瞭然。

 白兎のときは、期待するかのようにその様子を見ており、私のときは見ているのか怪しい状況だ。

 白兎はきっと、私達が比べられていることを気にしていない。どうでもいいと思っているのだろう。

 私にもいつも、気にするなと言ってくれる。

 それはとても嬉しいし、気持ちが楽になる。

 だけど、白兎がどれだけ優しくしてくれても、周りから比べられることには変わりない。

 そしてここまで耐えてきた。今年でここを卒業できる。

 そんなときに、担任から聞いたのは、転校生がこのクラスにやってくること。

 普通ならありえない、その存在。白兎はそれを不思議に思っていた。何かを考えるように、壁の一点を見ていた。

 それは私も同じだった。だけど、考えていたことは違う。

 私は、転校生の存在が私が下という概念を無くしてくれるのではないかと。

 だって転校生は私より魔法が使えない。いくら私が魔法は苦手だとしても、転校生は元々は一般人。魔法に対しては素人だ。

さらに転校生に上手く魔法を教えられれば、周りからの評価も上がるかもしれない。

でも、自分から転校生に魔法を教えたいなんて言っても、きっとダメと言われるに決まっている。どうせ、白兎が教えろと言ってくる。

なら、白兎が私に教えるように言ってくれれば、周りは何も言えないだろう。そこで作戦を考えた。白兎がなぜ、転校生が来るのかを考えている横で。

結果は大成功。まあ、白兎から少し気持ち悪がれたけど、それで嫌ってこないと思う。なにせ、白兎は優しいから。

そんなわけで、転校生に魔法を教えることになった私。

これからはきっと、明るい学校生活が待っているだろう。


    ※    ※    ※


有馬くんが転校してきた初日。早速今日から、魔法の練習がはjまる。

「じゃあ、早速始めようか」

「よろしくお願いしますっ!」

 魔法を教えると言っても何をすればいいのだろうか。魔法はいつも教えられる立場なので、わからないことがおおい。

「じゃあ、まずは使える魔法をやってみて」

「はいっ」

 そう言うと有馬くんは、足元に落ちていた木の枝を、魔法をつかって、自分の手元まで持ってきせてみせた。

 彼が使ったのは、操作魔法。魔法の中でも一番基本的なもので、慣れてくれば、複数のものを同時に動かすことができる。

「他には?」

「違うのですね」

 今度は彼の足元の落ち葉が、渦を描くように、宙に浮いて行く。

 次に見せてくれたのは、風魔法だった。これは操作魔法とは違うが、物を風を使って操ることができる。操作魔法よりも高度なため、使いこなすには時間がかかる。しかし、使いこなせれば、操作魔法よりも強力な魔法になる。

「箒は乗れる?」

「まだ、自分の箒が届いていないんで、わからないです」

「そうかぁ…。じゃあ、今日は操作魔法を練習しようか。一番基本的な魔法だから、慣れればいろいろできて便利だし」

「わかりました」

 こんな感じで、有馬くんに魔法を教える特別授業がはじまった。

 授業は放課後限定。私と有馬くんだけがこの授業の参加者。

 授業時間は長くても一時間。

 まずは簡単な魔法から教えていき、徐々に難しいのを教えていく。

 有馬くんの箒が届いたら、優先的に箒の乗り方を教える方針にした。

とりあえず、今日は操作魔法を教える。今日の進度次第で、明日の内容が決まってくる。

すぐに上達すれば、今日にでも風魔法なり、少し難しいやつを教える。時間がかかりそうだったら、明日の放課後も同じ魔法を教える。その間だったら、明日から別の魔法を教えていく。

授業の進め方はだいたいこんな感じ決まり。

「操作魔法は、とにかく対象のものに魔法を送ることに集中して。最初は手を対象物の方に伸ばして、引き寄せるようにやると、いいよ」

「はいっ」

 有馬くんは手を伸ばして、対象物である、空のペットボトルに魔法を使う。するとペットボトルは、有馬くんの手の中に納まるように、飛んできた。

「うん。完璧だね。じゃあ次は手を使わずにたやってみようか」

 有馬くんからペットボトルを受け取り、元あった位置に戻す。

 有馬くんは一生懸命、ペットボトルに魔法を使っているが、カタリと音をたてて、浮いたと思ったらすぐに落ちてしまった。

「難しいですね…」

「慣れだからね。誰だって最初からできるわけじゃないから」

 もともと私は魔法が苦手だから、一つの魔法を使いこなすのに、時間がかかった。

 時には白兎にも教えてもらいながら、何とか今の状態になったけど、やっぱり足りないところが多い。特に隣に白兎がいると、なおさら感じてしまう。

 それから有馬くんは、一時間みっちり操作魔法の練習をして、五目メートル離れたものなら、自分のところの持ってこられるようになった。

手元物は浮かせたり、地面に置いたり、くるくると回らせたりするようになった。

ここまでできれば、次の魔法に移っても大丈夫だろう。

「それじゃあ、今日はこれでおわり。明日からは別の魔法を教えるから」

「わかりました。今日はありがとうございましたっ」

「明日も頑張ろうね」

 これで今日の放課後魔法練習会は終わり。

 また明日になれば、別の魔法を教えることになる。

 部屋に戻り、今日の私が上手く有馬くんに魔法を教えていられたか、振り返ってみる。

 最初の授業ともあり、簡単な魔法を教えたからか、全体的にスムーズに進んだ。

 これから難しい魔法を教えて行くにつれて、スムーズに進められるか心配になってくる。

 明日は何を教えようか。

 この流れだと風魔法が丁度いいかな。

 そんな感じで、翌日は風魔法を教えた。

 風魔法は名前の通り、魔法で風を発生させ、それを自在に操る魔法。風さえ操れれば、いろいろなことにつかえる。

 有馬くんは、最初はなかなか自在に操ることができず、風が生き物のように暴れていた。

 しかし、時間が経つにつれ、コントロールが上手くなり、風魔法で落ち葉掃除ができるようになった。

 ここまでできれば、風魔法は心配ないので、また明日からは、別の魔法に切り替えることにした。

 有馬くんは授業と授業の間にも、教室で自主練している。

「操作魔法と風魔法か。結構うまくできてるな」

 その様子を見ていた白兎。

 私からみても、有馬くんは上手に魔法を使いこなせている。

「山形先輩が丁寧に教えてくれるので、わかりやすいんです」

「やっぱり、桃花に頼んでよかったな」

「私はまだ、白兎が教えたほうがよかったと思ってるけどね」

 その日の放課後。今日は水魔法を教えようとしていたところ、担任から届いた有馬くんの箒が渡された。

 なので今日は、箒の乗り方を教えることにした。

「じゃあ、試しにどれくらい乗れるか試してみようか。落ちそうになったら支えるから、心配しなくていいからね」

「わかりましたっ」

 箒にまたがった有馬くんは、軽く地面をけり、宙に浮かんだ。

 まだ不安定で、見ているこっちが恐ろしいが、初めてにしては問題なく乗れている。

「うん、上手く乗れてるよ。しばらくそのままの状態でキープしてみようか」

「は、はい」

 三十秒ほど同じ状態でいると、有馬くんも慣れてきたのか、動くことなく、その場に留まることができるようになった。

「もう大丈夫みたいだから、前に進んでみようか。箒ごと体を少し前に倒す感じで」

 私は有馬くんの隣にならび、説明した通りに動いて見せる。

「あんまり傾けすぎると、速くなるから気をつけてね。止まるときは反対に、後ろに箒ごと倒すような感じで操作すればOKだから」

「やってみます」

 有馬くんは自身の箒をゆっくり前に倒していく。最初は浅い角度で、だんだんとその角度を深くしていき、速度を出していく。五メートルほど前に進むと、ブレーキをかけて止まった。急ブレーキな感じもしたが、一応は乗りこなせていた。

「もう完璧だね。試しに、教室から寮まで、箒で行ってみる?」

「やってみたいですっ」

 そんなわけで、練習をしていた校舎裏から、教室に戻ってきた。

 有馬くんは今日まで箒を持っていなかったので、階段を使って登校していたが、明日からは箒での登下校になるだろう。

「じゃあ早速行ってみようか」

 それぞれの箒に乗り、窓から教室を出た。私は有馬くんの後ろをついて行く形だ。

「なんか、変な感覚ですね。窓からでるなんて」

「慣れれば平気だよ。私からしたら、玄関使って家に入るほうが、違和感あるもん」

「じゃあ、玄関使わないんですか?」

「ううん。玄関は宅配便が来た時に使ってるよ。ここ山の中で、生徒は学校の敷地外に出るのが禁止されてるからね。そうなると、買い物はコンビニか、そこでも売ってないもは、どうしても宅配便かな」

 不便極まりないが、この学校の生徒である以上、どうしようもないことである。

 翌日の朝から、有馬くんは箒登校になった。

 窓から教室に入ってくる有馬くんはどこか誇らしげだった。

 それから毎日のように、魔法の練習を放課後にやり、頑張った。

 有馬くんの転校から一ヵ月ほどが過ぎた。

「明日の魔法の授業で、時間停止の魔法やるんだけど、予習しとく?かなり難しくて、私も苦手なんだけど」

「やってみたいです」

「じゃあ私も練習がてらやってみようか」

 時間停止の魔法は学校で教わるものの中で、一番難しいもの。

 私も苦手で、あまりいい記録はだせていない。

「まずやってみせるから。私から、目を離さないでね」

「はい…って!あれっ!?山形先輩っ!」

「後ろ後ろ」

「びっくりしました。急にいなくなって」

「時間停止の魔法は、使った本人以外の時間を止めるからね。有馬くんは気がついていないけど、実際は私の方が、五秒くらい年取ってるから」

 その後に、有馬くんに、やり方を教えて、実際にやってもらった。

 何度も試してみて最高記録を測った。

結果は三秒ほど止められていたらしい。

 こればかりは、本人にしかわからないことなので、どうしようもない。

「三秒も出来れば上出来だよ。私は初めのころ、一秒もできなかったから」

 私は明日の授業が楽しみだった。

 有馬くんが、魔法担当の先生を驚かすところを想像するとにやけてしまう。


    ※    ※    ※


明るくなったと同時に、騒がしくなったこの教室。もはやあの頃の落ちついた雰囲気は過去の幻想である。

有馬はとっくに、というか転校初日に馴染み、時間があれば桃花から魔法を教わっている。

例のごとく、孫座価値の問われる朝のホームルームが終わり、つまらない六時間が始まる。この学校の授業は、国語や数学といった普通の科目に加えて、毎日一時間の魔法の授業がある。この授業の内容は、俺たちが使える魔法の制御を目的としたもので、あえて弱く魔法を使ったり、全力で使ったりしてコントロールしている。

 だが、魔法の制御というのは表向きの名目。実際は俺たちがどれだけの魔法を使えるかといった実験だ。魔法の制御なんてわざわざ教わるようなものではない。なにせ、魔法学校があるのはこの日本だけだ。つまり他の国の魔法使いは自分で勝手にやっていること。先生に教えてもらっているのはこの国だけだ。

 最初は魔法の授業は楽しかったが、このことを知ってからは、自分たちの立場を知りやる気をなくしたものだ。とは言っても、真面目にやっていないわけではない。この授業は俺たち魔法使いにしかできない特別なものだ。これだけは、本気でやる価値があると思っている。

 今日の魔法の授業は、時間停止の魔法の制御だ。これは全ての魔法の中でもトップクラスで難しく、苦手とする魔法使いも多いと聞く。

「有馬はまだ無理だろうから、今回はなしだ。それじゃまずは、山形から。自分でストップウォッチを持って、魔法の開始と終わりの時にボタンを押してくれ」

「はい。わかりました」

 いつもの授業なら担当教師が目視で俺たちの魔法を見ているが、こればかりはどうしようもない。時間停止の魔法を使うと、使った本人と本人が手で触っているもの以外のものが止まってしまう。つまりは本人以外、時間が止まっていることを確認するのが難しいのだ。

「じゃあ、始めます」

「ふぅ…、終わりました」

 間髪入れず、始まりと終わりの声が教室に響く。

「え?なんかあったんですか?」

 有馬が疑問に思うのも当然だろう。

「時間停止の魔法は本人しか基本的にわからなからな。周りからみたらこんなものだよ」

 一見ふざけているように見えるが、彼女は大真面目である。

 実際、彼女の息は少し荒くなっている。

「五秒か…」

 どこか上から目線の教師。魔法使いじゃないくせに、よくもそんな態度が取れるものだ。

「それじゃあ次、宇奈月だ」

「はい」

「頑張ってください!」

 ストップウォッチを担任から受け取り、魔法に集中する。

「行きます」

 言葉と同時に周りの時が止まり、ストップウォッチが時を刻み始める。

 この魔法は時を止めている間、魔法に対して常に集中していなければならない。少しでも気を抜いてしまうと、効果が切れて時が進みだしてしまう。なので時が止まれば、あんなことやそんなことができると思われがちだが、それどころの話しではないのだ。

「くっ…」

 少し呼吸が乱れたと同時に、時は進みだしてしまった。ストップウォッチを押し、こちらの時を止める。

「ほう…、十四秒か。日本タイ記録じゃないか?」

 十四秒。桃花の倍の記録である。

 我ながら、魔法にはそこそこ自信がある。水魔法では、二十五メートルプールの水を一度に操った。これは過去を含め日本一の記録だ。火魔法では、燃やさない程度に学校の校舎を火で囲った。箒での最長浮遊時間は十五時間で、その後ふらふらになったのを覚えている。

「相変わらずすごいねっ、白兎。私も白兎みたいに上手くやりたいなぁ」

「すごいですね!やっぱり白兎さん!」

「ドヤァ」

「ウザさも相変わらずだね」

 欲を言うと、もう一秒ほど記録を伸ばしたかった。そうすれば日本一の記録になる。今なら行けそうな気もするが、残念なことに授業中である。他にもやることがあるので、できるはずがない。まあ人生はまだまだ長い。チャンスはいくらでもある。記録はきっとすぐにでも越えられるだろう。

「次は時を止めて、教室の後ろに置いてあるチョークを取ってもらう。それじゃあ、山形から」

「は、はい」

 俺たちが座って授業を受けているのは、教室の前より。チョークが置かれている場所までは、七メートル程。普段なら何も問題ない距離だが、これが時間停止の魔法を使いながらだと恐ろしく難しい。

 この魔法はかなりの集中力を必要とする。俺みたいに少し呼吸が乱れた程度で、解除されてしまう。そんな状況で歩けというのだから、相当難しい。出来ないのが当たり前レベルのものだが、やるしかない。無理だとわかっていてもやらされるのは、これが実験だからだ。

 桃花は席から立ち上がり、魔法に集中し始める。

「始めます」

「あっ…」

 再び間を開けずに聞こえた桃花の声。

 多少は動いていたが、その距離約一メートル。チョークまでは程遠い距離だ。

「へぇ…、もう、無理…」

 その言葉と同時に床にぺたりと座りこんでしまう。仕方のないことだ。

「山形先輩!?」

「大丈夫か、桃花?ほら、捕まれ」

「うん、ありがと…」

 桃花の手を掴み、立ち上がらせ、自席に座らせる。すると彼女は軟体生物のように、机にべったりと伏せてしまった。

「山形は少し休んでろ。次、宇奈月行くぞ」

「はい」

 桃花の結果が気に入らないのか、明らかに少し不機嫌だ。お前は魔法使いじゃねーから俺らの苦労なんてわかりもしないだろ。偉そうな口ききやがって。

「それじゃあ、行きます」

 魔法に集中すると、まもなく先程と同じように周りの時が全て止まった。ここからは自分との闘い。常に魔法に集中し、チョークのもとまでたどりつかなければならない。

 普段なら二、三秒で行ける距離。だが今は、同じ時間でまだ一本も進んでいない。この魔法の最中は、一本足を踏み出しただけで、魔法が解けてもおかしくない状況だ。

 一本踏み出し、少し間を開ける。時は止まったままだ。だが、まだ安心は出来ない。一歩進んだだけで、まだチョークまでは距離がある。意を決し、連続で、二歩三歩と前へ進む。流石にダメかと思ったが、まだ時は止まったままだ。

 ならばと思い、一気に進んでみることにする。

四、五、六、七歩。

これで手を伸ばせば、チョークを掴むことができる。

そう思い、手を伸ばした瞬間―。

目の前のチョークがかたりと音をたてて、倒れてしまった。

魔法が解けてしまったのだ。

「クソッ…」

「白兎さん頑張って下さい!…ってあれ?終わっちゃいました?」

 後ろを振り向くと、有馬が呆然と立ち尽くし、教師が感心したような目でこちらを見ていた。

 桃花は相変わらず、軟体動物状態だ。

「流石、宇奈月だな。あともう少しだったな」

「…ですね」

 最後の最後で油断してしまい、魔法への集中力が途切れてしまった。あとほんの数ミリだったというのに。

「はぁ…はぁ…」

「宇奈月も休みなさい。今日の授業はこれで終わるから」

「ありがとうございました…」

 俺も軟体動物になるほどではないが、かなり疲れた。事実、呼吸もかなり荒い。

「白兎さんすごいですね!気がついたら、あんなところにいて、びっくりしました!」

 一人だけ元気もりもりの有馬。今回だけはその元気が羨ましい。できることなら少し分けさせてもらいたいものだ。

 桃花の隣の自席に座り、天を仰ぐように背もたれに寄りかかる。

 この授業が六時間目なので、担任教師のテキトーなホームルームを終えれば、十秒で寮の自室へと戻ることができる。だがその十秒でさえ、今ではとても辛いように思える。

「あっ、白兎も終わったの…?」

「…ああ。あともう少しのところでダメだった…」

「もう少しって?」

「手が触れるか触れないかのところ」

「えっ!?そこまで行ったの?すごっ」

「だけど結局できなかったからな」

「やっぱりさ、白兎ってすごいよね。魔法なんか私より数倍できるし。私なんか練習してもちっとも上手くならないし」

 物心つく前から俺たちは一緒に過ごしてきていた。もちろん俺らは友達でもあったが、よく比べられる存在だった。常にどちらが上でどちらが下か。小さいころから、魔法は俺の方が得意だった。だから周りからは、魔法に関しては俺の方が上と言われ続けてきた。

 対して勉強は、桃花の方が圧倒的にできる。毎回テストでは、十教科の合計が四百点ほどの差がついている。もちろん、俺が下だ。

 だが実際に魔法使いとして求められるのは、勉強よりも魔法のほうだった。だから彼女はなにかあるたびに、俺より下だと言われ続けている。だから彼女は、魔法の練習を人一倍頑張り、俺より真面目に授業を受けている。

 俺からしたら、彼女の方が上だと思っている。どちらが上で、どちらが下なんて比べるのは好きではない。だけどあえて比べるなら、そういう結果だと思う。

昔から彼女ことを知っている俺から見た彼女の努力は並大抵ではない。だけど結局は結果で比べられてしまう。俺はそこが何とも気に入らないところだ。

「俺と桃花は全く別の人間なんだ。比べたって仕方がない。比べるなら、過去の自分と比べろよ。そう方が、自分がどれだけ成長したか、すぐにわかるぞ」

「学校もそうしてくれたらいいんだけどねー」

「まあ、無理だな」

「だよね」

「おい、ホームルーム始めるぞ」

 タイミングを図ったかのように教室に入ってきた副担任。

 今日は午後は担任が出張で帰りのホームルームは副担任の仕事だ。

 副担任はすぐにわかると思うが、無口ではない。普通に喋るのだ。

 これで俺らの会話は終わり、あってもなくても変わらないホームルームが始まる。

 ちなみにいつもは、俺の通学時間といい勝負を繰り広げる短さだ。

 いつもの流れなら、このあとすぐに「これで終わるぞ」の合図で俺たちが「さようなら」と言って終了だ。

 しかし、今日は違った。珍しく副担任が、話すことがあるようだ。

 明日にでも天変地異が起こるのだろうか?

「三人に話さなければならないことがある。三人の将来に関わるかもしれないことだ」

 それは思っていた以上に重そうな話だった。

 咳ばらいを一つ挟み、副担任は続けた。

「君たちの先輩である魔法使いが、魔法を使い、一般人を殺した」

 魔法使いの俺たちを、普段はどうでもいいように見ていた副担任だが、今は違った。魔法使いではなく、また別の何かを見つめるような視線を受け取った。

「それじゃあ、これで終わる。挨拶はいらないから」

 そう言ってそそくさと、副担任は俺たちの前から去っていった。

 残された俺たちは、何も話すことなく、ただ椅子に座っていた。

 そして、どれだけ時間が経っただろうか。右に席から桃花の声が聞こえた。

「嘘、じゃないんだよね?」

「あの服担任のことだ。嘘はつかないだろ」

「そんな…」

 魔法使いが魔法を使い、人を殺す。

 これは俺たち魔法を使いにとって、一番やってはいけないことだ。

 俺たちは人間を超越する力を与えられた。その力は今日までの人類の発展に、大きな力となってきた。

 しかし、その力は時として暴走もしてきた。国からの命令で、戦争に駆り出され、敵国の人々を何千人と殺した魔法を使いがいた。

 その魔法使いは、国の勝利に大きく貢献したが、魔法使いとして人を殺したことの自責の念により、自らの首を切り、自殺した。

 魔法使いはそれだけ、人を殺すということに、一般人とは計り知れないような思いを抱いている。自らが、あまりにも途方もない力を手に入れてしまったが故だ。

 日本では今まで、このような事件は起きてこなかった。

 殺人はもちろんのこと、日本の魔法使いは犯罪を過去に一度も起こしたことがなかった。

 だが、魔法使いの歴史は変わってしまった。

それも大きく、元に戻せないほど、形を変えて。

「俺、そろそろ寮に戻るけど、二人はどうする?」

「うん。私も戻ろうかな」

「…」

 桃花から返事があった。だが、有馬は気がついていないのか、俯いたまま動かない。

「おい、有馬。聞いてるか?」

「…え?ああ、すみません。聞いてませんでした…」

「俺たちは寮に戻るけど、お前はどうする?」

「僕も戻ります」

 いつもの元気はどこへやら。こんな時こそ持ち前の元気さで場を明るくしてほしいのだが、そうはいかないみたいだ。

 おぼつかない箒の操作をする有馬。まだ慣れていないということもあるだろうが、それ以上に心が不安定なのだろう。

「有馬、大丈夫か?俺の箒に乗れよ。寮まで送ってやるから」

「いえ、大丈夫から。ご心配なく…」

 とてもご心配なくという状況ではないのだが。

 桃花も箒に乗ったところで、窓を開けて、外に出ようとすると、何やら窓の外から怒号のようなものが聞こえてきた。

 桃花と顔を見合わせて、首をひねる。喧嘩でもしているのだろうか?魔法使いの喧嘩だったら恐ろしい。なにせ魔法を使っての喧嘩だ。恐ろしいに決まってる。

 箒に乗り、窓の外に出ると、怒号の正体は簡単に判明した。

「あれって、一般人だよね?」

「だろうな」

「え…?」

 そこには、学校の門の前で、「魔法使いは出てけッ!」とか「お前らんか信用できんっ!」とか「ふざけるなっ!」などと、怒号を叫びながら、似たようなことが書かれたプラカードを持った、おそらく一般人であろう人が二十人ほどいる。

 この学校の場所は公開されてないはずだろ…。大丈夫かよ、この国の情報管理は…。

「この人殺しっ!」

「魔法使いは消えろっ!」

 どうやらこの怒号の原因は、先程伝えられた事件のことのようだ。

 一般人たちは、今すぐにでも門を突き破って敷地内に入ってきそうだが、この学校の教師と、たまたまそこに居合わせたのであろうと思われる生徒が抑えていた。

 教師は物理的に手で押さえ、生徒は魔法を使って門を抑えている。直接一般人に魔法を使えば解決だが、状況がそれを許さない。

「白兎、行こう」

「…ああ、そうだな」

 そう思い、箒を進めようとしたとき。

「違うっ!魔法使いは人殺しなんかじゃないっ!」

 あの怒号に向かって突っ走っていくやつの声が聞こえた。

「有馬っ?お前っ!」

 俺の制止を振り切り、その集団の真ん前に降り立つ。

 なにをやってるんだ、あいつはっ!

「桃花は先に戻ってろ。あいつを連れ戻してくる」

「連れ戻さなくても、魔法を使えばいいんじゃない?」

「この状況じゃ、一般人の怒りを買うだけだ。魔法のことを嫌ってるんだから、使わない方がいいだろ」

 あいつらの目的は魔法使いの排除。ならば、魔法使いはもちろん、魔法も嫌いだろう。そんな状況で下手に魔法を使ったら、何をしてくるかわからない。なので魔法は控えるべきだろう。どうしようもないときが訪れたら、初めて魔法を使う。

「私も行くよ。友達だし」

「そうか。ただ気を付けろよ。何をしてくるかわからない」

「大丈夫だよ。私だって、伊達に魔法使いやってるわけじゃないんで」

「確かにそうだな。じゃあ行くぞ」

「うん」

 俺らはゆっくりと箒を下ろし、地面に足をつける。久々の土の感触を踏みしめ、有馬の元へと歩き進める。

 彼は相変わらず、一般人を説得している。だがそれは一般人には効果がなく、罵声がかえってくるなかりだ。

 流石にそろそろやばい。いつ有馬に拳が飛んできてもおかしくない状況だ。

 しかし、それに気がついていないのか、説得を辞めない有馬。

 何をそんなに必死なのなか。ほっとくのが一番最善策だというのに。

「誤解です!魔法使いは酷い人なんかじゃないっ!」

「うるせーんだよっ!」

 その言葉を合図に、有馬の顔をめがけて拳が飛んできた。

 もう我慢の限界だ。

 意識を魔法に一気に集中させ、そして時を止める。

 時間停止の魔法だ。

 この間に、拳と有馬の間に手の平を出して、拳を受け止める形にする。

 準備が整い、魔法を解除すると、強い衝撃が手の平から全身に伝わってくる。念のため、肉体強化の魔法を自分にかけておいてよかった。もししていなかったら、全身がしびれて動けなくなってただろう。

「なんだよテメェ?お前も魔法使いかよ?」

「白兎さん!」

「怪我はないか?」

「大丈夫です。それより、白兎さんこそ大丈夫ですか?」

 多少掌が痛むが、問題ないだろう。

「平気だ。それより、早く戻れ。桃花、有馬を連れて行ってくれ」

「うん」

 短いやり取りの間に、すぐそばに来ていた桃花。おそらく彼女も時間停止の魔法を使ったのだろう。

「えっ?ちょっと、山形先輩!?」

「ほら行くよ」

 襟を捕まれ、強引に連れて行かれた有馬。これで彼に危険が及ぶ機会はないだろう。

「お前も魔法使いなんだろっ?ならさっさと消えろっ!どうせ魔法を使って悪事ばっかり働いてるんだろっ!このバケモノがっ!」

 思わず魔法を使って灰一つ残さず焼き殺したい騒動にかられるが、ここは我慢する。だがその代り、口が悪くなりそうだ。こればかりは我慢してほしい。

「テメェらに何がわかる?魔法使いでもないくせ、適当なことほざきやがって。一般人に魔法使いの何がわかるんだよ?」

 自分でも驚いたぐらい、口が悪かった。ちょっと自制したほうがいいかもしれない。

 向こうがまた何か怒鳴ろうとしたとき、今度は俺の襟が引っ張られ、ぐいぐいと周りの景色が後方に流れていく。

 誰だ?桃花は明らかに違う、流石にこんな馬鹿力ではない。

 有馬のはずもない。

 振り向き、顔を見た俺は驚いた。

 俺の襟を引っ張っていたのは俺らの担任だった。

「せ、先生?」

「馬鹿なことをするな」

 珍しく、俺個人に話す担任。今までこんなことがあっただろうか。

 しかし、俺がそれよりも驚いたのは、その手に持ったものだった。

「先生、それって…」

「…ああ、箒だ」

 担任が持っていたのは、俺たち魔法使いが使う、魔法の箒。デザインは違うものの、普通の箒でないことは誰もが見ただけでわかる。

「お前らには言ってなかったが、私も魔法使いだ」

 知らなかった。十二学年だけでなく、一学年のころから担任だったというのに。

 きっとこの馬鹿力も魔法なのだろう。俺が使った肉体強化の魔法を使ったのだろう。それにしても、ここまでの力とは。俺が同じ魔法を使って、ここまでの力を発揮できるかといえば、微妙だ。

 もしかしたら、相当な魔法使いなのかもしれない。

「それより、今はアレについてだ。もう一度言うが、アレには関わるな。絶対にだ」

 普段は喋ったとしても、感情があるのかないのかよくわからない話し方だが、今は違った。親が子供に言い聞かせるような、厳しさの中に優しが含まれた、そんな感じだ。

「はい、わかりました」

「なら、他の二人と寮に戻ってなさい」

 そう言われ、やっと解放された。

「それと、これを渡しておく。きっと必要になるから、よく読んでおきなさい」

 去り際に担任は、一冊の本を俺に渡し、手に持っていた箒に乗り、再び一般人の集団の方に向かった。箒の使い方はとても上手く、無駄が一つもない動きだった。

 桃花と有馬は、担任が箒に乗っているのを呆然と眺めていた。

「二人とも、寮に戻るぞ」

「あ、うんそうだね」

「はい」

 それぞれ自分達の箒にまたがり、寮へと向かう。

 相変わらず背後では、怒号が飛び交っている。

「私達の担任って、魔法使いだったんだね」

「二人も知らなかったんですか?」

「知らなかった。今さっき知ったばっかりだな」

 なんで隠していたのかわからないが、まさか今まで魔法使いだと気付かずに関わっていたとは。改めて、思い返しても担任が魔法使いだと思わせるような場面はなかったように思える。もしそんなことがあったら、覚えていることだろう。あんなに魔法を使いこなしているのだ。忘れるわけがない。

「てか、かなり疲れたな…。ただでさえ時間停止の魔法で体力を使い果たしたのに、今度はアレだもんな」

「言われてみれば、なんか一気に疲れがでてきかたかも…」

「そうですね」

「そんじゃ、また明日」

「お休みー」

「お疲れさまでした」

 窓からそれぞれの部屋へと入っていく。有馬は最初は抵抗があったみたいで、わざわざ玄関まで回っていたが、今では俺たちと同じく窓が玄関になっている。

 ちなみに俺は、正式な原価を使って外に出たことはない。宅配便を受け取るときに使うぐらいだ。

 制服から部屋着に着替え、ベッドに倒れ込む。

 それと同時に、一気に疲れがこみ上げてきた。時間停止の魔法の訓練と、先程の精神的な疲れ。この二つは、俺に容赦なく襲いかかり、あっさりと負けてしまった俺は、そのまま深い闇に連れて行かれるように、眠ってしまった。


 お腹が空いた。

 頭に浮かんだ感情はそれが一番だった。

 ベッドから体を起こし、あたりを見渡す。

 真っ暗だ。

 時計を見ると、時間は午前三時過ぎだ。もう一度確認したが、午前三時過ぎだった。

 深夜ではないか。

 微かな記憶をたどり、寝る前の状況を思い出し、嫌なことを思い出した。

 流石にもう、一般人はいないだろう。そう思い、箒に乗り窓から出ると、校門の前にテントがいくつも張られていた。

 どうやら相当、ここを離れたくないらしい。

昼間は「人殺しっ!」とか叫んでたくせに、その人殺しの前で堂々と寝るとは、あいつらは自殺志願者なのだろうか。

魔法を使って、炎でテントの周りを囲ってもいいのだが、それはそれで面倒なことになりそうだし、俺としてもなるべく関わりたくない。

部屋に入り箒を降りると、冷蔵庫の中を確認し、食料を探す。

だが残念なことに、俺の冷蔵庫は空っぽであった。

魔法で料理をしていると、食材を使った量などがわかりにくい。自分の手で直接作るなら、それはわかるが、魔法だと把握しにくい。

「しかたない、買いに行くか…」

 生徒は基本、この学校の敷地の外に出ることは許されていない。だから買い物などは、ほとんど通販で済ませている。因みに俺たちはここの住所を知らないので、国立魔法学校と名前を入力すれば自分の部屋まで届けてくれる。とても楽なシステムだ。

 だが、急に物が必要なときはいつしかやってくる。例えば、今の状況がそうだ。なので、この学校の敷地には、二十四時間営業のコンビニが存在する。そこはこの学校の中で、唯一の商店なので普通のコンビニには売ってないものも取り揃えている。どちらかと言えば、コンビニというより、何でも屋といった感じだ。

 箒にまたがり、これまた十秒ほど飛ぶと、コンビニに到着する。このまま店内に突っ込んでもいいのだが、コンビニ内は魔法の使用が禁止されている。

 これは外の世界でも同じようで、人が多く集まるような、コンビニやスーパーマーケット、公共施設では魔法の使用が法律で禁止されている。

 こちらからしたら、とても不便な法律だが、仕方のないこと。世界的に見ても、魔法使いは一般人に比べて圧倒的に少ない。つまり、魔法に対しての耐性が全くないのだ。

 そんな人たちが多くいる場所で、魔法使いがむやみやたらに魔法を使ったら、一般人はたまったものじゃない。

 こういうわけで、魔法を使ってはいけないことになっている。

 もちろん、俺もこの法律をきちんと守っている。まだ十八にして、この先の人生が終わるなどということは避けなければならない。

 そんなわけで、箒は外の傘立てに置いて来た。因みに家や学校も同じく、箒は傘立てに置いている。箒専用のものがあればいいのだが、そんなものは残念ながら存在しない。

 どっかの企業が箒立てなんてものを売り出せば儲かると思うかもしれないが、魔法使いの人数は極端に少ない。そのため販売したとしても値段がバカ高くなるだけなので、どこも作ろうとしないのだ。

 コンビニの店内は、異様に商品が少なかった。まあ、なんとか食料は確保できたが、これが最後の食べ物というような状況だ。

「なんか商品少ないですか?」

 少し気になったので、店員さんに聞いてみることにした。

 七十ぐらいだろうか、おそらく定年を迎え、働く場所がなく、このコンビニでアルバイトをしているのだろう。

「ああ、商品が届かなくてねぇ。校門の前でデモやってるでしょ?あの人たちが下の街に続く道路を塞いじゃってるから、トラックが入ってこれなくて」

「あ、そうなんですか」

 なんなんだ、あいつらは。

 迷惑そのものではないか。

 そんなことをしても何も変わらないのに。

 自分達がただの迷惑行為をしてるだけだと気がつかないのだろうか。

 店を出て、傘立てに立てておいた箒を手に取る。しかし、箒がどこかに引っかかっているみたいで、俺は思いっきり箒を引っこ抜いた。すると、箒は無事に抜けたが箒を立てていた傘立てが、衝撃でバランスを崩し、ガッシャーンと大きな音を暗闇に響かせ、倒れた。

 思わず舌打ちをしそうになったが、我慢し静かにそれを戻した。

 俺は箒にまたがり、いつもより強く地面をけり飛ばし、部屋へと戻った。


    ※    ※    ※


 三月の半ば。

 気温は日に日に上昇し、この冬で冷え切った心を徐々に常温へと復活させてくれる。静かな学園は、俺たちとの別れを惜しんでいるのだろうか。

 数時間前、俺と桃花の卒業式が行われた。校長の話を長々と聞き、卒業証書を受け取り、担任からの心のこもってない別れの言葉をいただき、とても短い卒業式は終了した。

 歌を歌ったり、後輩からのメッセージとは存在しない。俺ら三人で歌を歌うわけもないし、卒業式は自分達がいつも使ってる教室で行われた。もちろん、親もきていない。卒業式に参加したのは、俺と桃花、有馬、校長と担任の五人だけだ。

 ここまで卒業式らしくないのは、全国探してもここだけだろう。

 一時間もかからず終了した卒業式。三人だけの生徒には広すぎる教室に、俺らは残っていた。

式が終わって三十分経ったてもここを離れられないとは、意外にも自分がここに思い入れがあることを知った。

「今日で登校、最後なんですよね…」

 寂しげな有馬の声が、静かな教室に溶けるように染みわたる。

 この教室には、そんな声がたくさん染み込んでいるのだろう。

「そうだな。今日でこの校舎とおさらば。明日の朝にはこの学校ともおさらばだ」

 卒業式の翌日に新たな土地へと旅経つことになる。なんともせっかちである。もう少しゆっくりさせて欲しいが、すでに予定は決まっている。これは変えることはできない。

「俺さ、ここになんも思い入れがないと思ってた。だけど、こうやって卒業式が終わると、やっぱり悲しいな」

「僕も同じです。この学校にきて一年も経ってないのに、ここを離れたくないって思っちゃいます。なんででしょうね」

 この学校に、体育祭や文化祭といった行事はなにもない。だから思い出ななんてないと思ってた。だけど、普通の今までの毎日が、俺たちにとって、一番の思い出になっていた。

「そろそろ、帰るか。いつまでいたって、しょうがないし」

「はい、そうですね」

 それぞれの箒に乗り、窓の外に出ると、春の心地よい静かな風が通り過ぎていった。前髪がふわりと揺れた。

 他の学年は未だ授業中。ここはどこよりも静かだ。

 いつぞやの迷惑一般人もいなくなり、静かな時が流れるこの学校。ここを離れると、このような場所には二度と出くわせないような気がする。

 俺はもしかしたら、この学校ではなく、この雰囲気が好きだったのかもしれない。テレビで見るような、一般人がひしめく都会。そこと隔離されたこの静かな場所。そんな場所は全国ここにしかない。

 

―魔法使いが魔法使いでいられる、唯一の場所なのだ―


 外に出れば魔法の使用は制限される。というか、使えないと言っても過言ではない。魔法が使えない魔法使いなど、意味がないじゃないか。なんで俺たちは、一般人扱いされなければならないのか。

そんな扱いを受けるなら、俺は一生この学校にいたいぐらいだ。

 明日になれば、ここを出ることになる。それはつまり、魔法使いでなくなるということではと、俺は思っている。

「じゃあ、また明日ね」

「ん?ああ、またな」

「はい、山形先輩っ」

 窓を出たところで桃花と別れる。男子寮と女子寮は離れている。男子寮は校舎を出たら右方向、女子寮は反対の左方向だ。

 有馬は明日の準備があると言ってさっさと寮へと戻っていった。

 桃花が校舎の脇を曲り、見えなくなると、俺は一人静かな時が流れるのは感じていた。

 校舎に向き直り、自分達の教室の窓に軽く手を触れる。

 冷たい感触が、指先から伝わってくる。

 深く一回深呼吸をして、寮の方へと体を向きなおし、いつもより少し速く、箒を進ませた。


 学校を去る当日の朝がきた。

 温かな日差しが、俺たちの旅立ちを祝うかのように、明るく照らす。気持ちの良い風が木々の葉を揺らし、さよならと言っているようだ。

 だが俺にとってそんな別れのあいさつなんか望んでいないこと。できることなら、強風で気を倒し、学校から下の街に続く唯一の道を通行止めにしてほしいものだ。まあ、そんなことをしても結局誰かの魔法によって、すぐに木はどかされることになるのだが。

 ガラガラと服などが入ったキャリーバッグを右手で引きずり、愛用の箒を左手に持って、校門まで歩いて向かう。最後ぐらいは地面にしっかり足跡を残したかった。

 たっぷりゆっくり歩くこと、約一分。集合場所である校門の前に到着した。そこを出たすぐ先に、俺たちを迎えに来たシルバーの7ワゴン車が止められている。

 振り返り、校舎を見上げると、四階建てのくせにかなり大きく見えた。

「あっ、白兎ー!おはよー」

 声の主はそちらを見なくとも誰だかわかる。その声と共に足音が聞こえてくる。どうやら彼女も歩いてきたようだ。

「おうっ」

「何見てんの?」

「校舎だよ。下から見てみると、意外と大きかったなぁって」

「ふーん」

 隣に立った桃花も同じように校舎を見上げる。

 この魔法学校の校舎は特段変わったところはない。どこにでもあるような普通の鉄筋コンクリート製のものだ。最近になり、地震対策の工事がされ、窓のところには斜めに支えが追加されている。

「じゃあ、行こう?」

「…だな」

 校舎に背を向け、再び足を進める。不思議と重く感じる自分の足。どうやら俺の体は全体で、ここから離れるのを拒否しているらしい。

 素直すぎるぞ、俺の体よ。

 自分の体なのに無理やり動かし、校舎を離れる。

 歩く速度は少し速め。

 離れたくなかったが、長くここにいると、離れられなくなってしまう。だから、無理やり、早歩きだ。

 一本ずつ、確実に地面を踏みしめる。

 こんなに真剣に歩くのは、初めてだ。

 まもなく校門の前に到着した。

 ここを出れば、俺はこの学校の生徒ではなくなる。

 あと一歩踏み出せば、この学校ともさよなら。

俺たちを実験道具として使ってた学校とさよなら。

 何もない辺鄙な場所ともさよなら。

 そんな学校でも、俺はここに残りたいと思ってしまう。実験されていると知りながらも、やはり魔法を自由に使えるのは楽しかった。   

桃花と比べられるのは嫌だったが、俺の魔法の実力が認められるのは嬉しかった。

 魔法さえ使えれば何でもできたこの空間が好きだった。

 だけど、ここを出れば魔法は禁じられたも同然。

 公共の場での魔法は禁止。これが法律で決められているかぎり、どうすることもできない。

 公共の場以外なら使ってもいいじゃないかと、思ったときがあったが、むしろ公共の場以外の場所が思い浮かばなかった。しいて言うなら、自宅だろうか。

 これから、魔法使いが魔法使いとして生きられない生活を送らなければならない。

 もうちょっと、魔法を使っておけばと、多少の後悔が残る。

 だが、いつまでたってもそんなことを考えていては、先に進まない。

 俺は一度校舎を振り向き、そして校門を超えた。

 この瞬間、俺は魔法使いではなくなった―。


    ※    ※    ※


 今日でやっとこの学校を出て、外に行くことができる。

 魔法を使うことを強制され、それで成績を付けられるこの学校を。

 外の世界は魔法がほぼ使えない世界。法律で公共の場での魔法の使用が禁止されているからだ。

 つまり、いくら魔法が使える魔法使いでも、一般人同様の生活を送ることになる。魔法の実力は関係なく生活できるのだ。

 魔法の実力ばかり見られてきたこの学校。

 有馬くんが転校してきて、彼に魔法を教えることで周りからの目も変わると思っていた。しかし、良くならなかった。むしろ、教えるのは白兎に任せて、お前は自分の魔法を上達させろと言われた。

 何をやっても自分のためにならず、自分を苦しめてしかいない。いろいろ考えても、本当にこれで大丈夫なのかと、心配になってしまう。

 最近はそれの繰り返し。

 有馬くんに魔法を教えていても、この教え方で伝わっているのか、間違っていないか、これが正しいのか、何もわからなくなることも多くなった。教えるのには自信があり、もっといろいろ教えて、周りからの評価を上げようとしたが、無理だった。

 それでも、有馬くんは私の教え方に何も文句をつけず、頑張ってくれた。それが嬉しくも、辛くもあった。

 彼は私なんかに教えられていていいのだろうか。本当は白兎のほうがいいに決まっている。白兎のほうが魔法は断然うまい。私なんかと比べ物にならないくらいに。

 だから、一度だけ有馬くんに聞いてみたことがある。

「私より、白兎に教えてもらう?」と。

 嫌味に聞こえるような、酷い質問だったと思う。今思い返せば取り返したくらいだ。

 いっそのこと、白兎の方がいいと言ってくれれば楽だと思った。

「…?そんなことないですよ。山形先輩の説明はわかりやすいですし、一つ一つの動作が丁寧で目でも確認しやすいです。白兎さんは魔法の動作があまりにも速くて、何がどうなってるかわからないんで。山形先輩教えてもらって、良かったと思ってます」

 だけど願いは叶わず、真逆の答えが返ってきてしまった。

 有馬くんは本心で言っているのか、気を使ってくれているのかわからない。だけどこんな言葉を聞かされたからには、私は教えなければならない。彼のためにも、私のためにも。


    ※    ※    ※


 あれから数分。一生乗ることがないと思っていた車に揺られている。最初の感想は、狭苦しく、乗り心地が悪い。

 箒は開放的で、優雅に飛ぶことができる。てか気持ち悪くなってきたぞ。これがいわゆる車酔いというものか。てっきり一般人に転生しないかぎり体験できないと思っていたが、意外にも魔法使いでも体験してしまった。しかし、地面を乗り物で走るとは、こんなにも大変なことなのか。一般人を関心してしまう。

 ガタガタと揺れながら山道を下る車。いつまでこの状態が続くのだろうか。てか、どこんなところに学校作ってんだよ。

 二十分ほど揺られただろうか、そろそろ限界が近づいてきている。何かと聞かれれば、物理的に口から答えが出て来るだろう。

 そう、俺は今、大きな危険にさらされている。

 すると、まもなく車はゆっくりと止まった。

周りはまだ森の中。なにかあったのだろうか。というか、もうそろそろヤバいのですが…。

「そこにトイレあるから、行ってきな。どうせもうヤバいだろ?」

そう俺たちの方を振り向く運転手。なんと、俺の現在置かれている最悪に近いのを察してくれたのか。

「すみません…、行ってきます…」

「…私も」

 どうやら桃花も同じ状況だったらしく、俺の跡に続いて車を降りていく。トイレは車を降りた目と鼻の先にあり、急ぐ必要はなかった。

 車に運転手と残った有馬と言えば、ケロっとしており、俺たちのことを不思議そうに見ていた。あいつはもともと一般人だ。車には乗り慣れているのだろう。今回だけは、一般人が羨ましいと思った。

 出すものを出し切り、車に戻った。またあの揺れを体感するのかと思うと、また気持ち悪くなってきた。

 まもなくして、桃花も戻ってきて、再び車は動き出した。変わらぬ乗り心地の悪い乗り物。もう、法を犯してもいいから、箒に乗って移動したい。

「もうしばらくの辛抱だ。ちょっと我慢してくれ」

 答えようとしたが、言葉と共に余計なものまで出てしまいそうな予感がしたので、何もかものみ込んだ。話したその先に見えるのは地獄ただ一つだ。

 それから五分ほど走り、車の揺れは少なくなった。山道を抜けて、舗装されたアスファルトの道に出たようだ。ここまでくると、大分楽になった。

 どうせならあの山道も舗装して揺れを少なくしてほしかった。まあ、もう通ることはないだろうし、関係なことだ。

 気持ち悪くて、あまり外を見れずにいたが、揺れも少なくなり、それも収まったので外の景色を見ることにした。

 そこには、木造の歴史を感じさせる建物が三割、畑が七割といった状況だ。建物はどれも二階建て程度のあまり高くないものばかり。それらが道の両側に並んでいるのだから、タイムスリップしたような感覚だ。

 一体ここはどこなのだろうか。学校の外に出るのは初めて。だけど、テレビなので何度も見ていたので、特に感動とか、そういうものはなかった。

 桃花も同じようで、外を見ているが、あまり長く見ていると気持ち悪くなるので、長い時間は見ていない。

「あの、ここってどこなんですか?」

 まだ話すのが難しい二人とは違い、相変わらず余裕の表情を保つ有馬。できることなら立場を変わってほしいものだ。

「ここか?まあ、一応国家機密ってことになってるけど、もうネットで拡散されてるからな。言っても構わないか」

 それは国家機密というのだろうか。うん、言わないだろう。

「ここは埼玉県秩父市荒川白久。近くに三峰神社とかがある場所だ」

 埼玉県は知っている。日本の首都である東京都に隣接する県。それだけしか知らない。なにか有名なものでもあっただろうか。

「秩父市ですか。それで、これからどこへ向かっていくんですか?」

「悪いがそれは答えられない。これに関してはどこにも流出していない国家機密なもんで」

 普通はどこにも流出しないのが、国家機密なのだから、これが当たり前だろう。

 それにしても何処に連れて行かれるのかわからないのは、意外と不安になるものだ。

 そしてさらに十分ほど走り、到着したのはこれも木造の古い建物だ。だが、他の建物と違うのが看板があり、玄関の扉が開けっぱなしだ。お店かと思ったが、どうも違うようだ。

「さあ、降りてくれ」

「ここが目的地なんですか?」

 俺たちが喋れない分、有馬が代わりにというのは変だが、いろいろ聞いてくれて助かる。

「最終目的地ではないな」

「チェックポイントみたいな感じですか?」

「そんなところかな。とりあえずついて来い」

 俺らは運転手の後に続き、その建物中に入った。そこで何となく、この建物が何なのかがわかった。

「…駅?」

「車酔いは治ったのか?」

「まあ、何とか」

 本当は気を抜いたら大変なことになりそうだが。

「あんまし無理するなよ?」

「それでここは…」

「ああ、ここは三峰口駅。秩父鉄道の終点だ」

 疎らな数字が並んだ看板に、駅名と運賃が書かれたボード。時刻表と運賃表だろう。ここも当たり前だが初めて繰る場所だ。

 てか、駅って電車に乗るところだよな。そんで俺たちは駅にいるんだよな。てことは、電車に乗るのか…?

「あの、もしかして、電車に乗ります…?」

「乗るよ。次の九時十分発の影森行きに」

「…」

 また乗り物か…。考えただけで気分が悪くなりそうだ。車と電車だったら電車の方が乗り心地は良いと聞くが、実際はどうだろうか。

「多分酔わないよ。今までに何人も魔法使いも同じルートで送ってきたけど、誰も電車じゃ酔わなかったよ。まあ、電車で酔われたらこっちも困っちゃうんだよね」

 なるほど。ということは、俺たちが車酔いをして、途中トイレ休憩を挟んだところが限界だと知っていたのか。わかってるなら、限界まで待たなくて、途中で止めて欲しかったが。

 運転手から貰った切符を駅員に渡し、パチンと切れ込みを入れる。

 再びそれを受け取り、ホームに足を進める。そこには俺たち以外誰もおらず、静かに電車と乗客を待っている。

 静かなこの空間は、どこか学校を連想させるような雰囲気だ。

 しばらくホームで待っていると、目的の電車が入線してきた。

 銀色の車体に水色のラインが引かれた電車。特徴的なライトと各停 影森と表示された正面。初生電車だ。

 早速車内に乗り込むと、くすんだ色の長い座席が十個ほど設置されている。その一つに俺らは座った。

「へー、これが電車か。なんか思ってたよりシンプルだね」

 このころには、桃花の車酔いも完全に治っていた。

「客が乗るところはどの電車もほとんど変わらないけど、特急列車とか新幹線、寝台特急は豪華だったりするから、驚くかもな」

「その豪華な電車にも乗れるんですか?」

「今日は乗らないかな。豪華になればなるほど、値段が高くなるからな。乗りたかったら、自分で払って乗るんだな」

 豪華ってどのくらい豪華なのだろうか。寝台特急というのは、つまり電車の中にベッドがついていて寝ることのできる電車のことなのだろう。だけど、どうしてわざわざ電車の中で寝る必要があるのだろうか。絶対に家のベッドで寝たほうが良く寝れるだろうに。

 そんなわけで、九時十分。時刻表通りに電車は動き出した。

 静かで滑らかに動き出す電車。ところどころ大きく揺れる場所があるものの、全体的には揺れは車より少ない。それでもって、車より速い。

 運転手が言って言っていた通り、確かにこれは酔わないかもしれない。

 あっという間に後方に流れて行く景色。箒では体感できないスピードだ。

 二分程電車は走ると、隣の駅に到着した。止まるときも、発車時同様、滑らかにスピードを落とし、揺れがほとんどなく停車した。

 まるで、箒を連想させるような乗り心地だ。

 三峰口駅から電車に乗り、途中の影森駅で乗り換えて、約二十分。御花畑駅に到着し、駅舎を出た。駅名のわりに、花はほとんどなく駅が名前負けしてるような気がする。想像していた駅前の雰囲気と現実が違うのは、言うまでもない。

 そこから六分程歩き、別の駅に到着した。西武秩父駅と書かれた看板が目立つように貼り付けてある。こちらの駅は今まで見てきた駅とは違い、大きな木造の駅舎とそれに繋がるように商店がいくつもならんでいる。改札も自動だった。薄い長方形の紙を、改札に設けられた口に差し込むと、そのまま吸い込まれ、反対側からでてきた。この改札のなかで、何が行われているのか…。電車に乗る場所なのに、どの駅もそれぞれ特徴があって面白い。全部同じデザインなら、それはそれで気持ち悪いかもしれないが。

「今度は西武秩父線だ。これで東飯能まで行って、そこでまた乗換えだ」

「えっ?また乗り換えるんですか?」

「そうだ。今までのを含めて全部で四回乗り換える」

 すでに影森駅とここで乗換えをしてるわけだから、残り二回ということか…。流石に多すぎませんかね?

 改めて箒の利便性を感じる。電車はあまり揺れずに、箒よりも速い速度を出すことができる。だがその代り、乗換えが多い。こんだけ乗換えが多いと、やはり一直線で行ける箒の方が速いきがする。

 次に乗る電車は、白色をベースとした四両編成の電車。正面には細い赤と緑のラインが入っており、側面には青も追加されている。それぞれのラインの間には白のラインが入っている。ドアの数は二つだけ。秩父鉄道の電車は四つあったが、半分になってしまった。

 車内も全く違い、長い椅子があっただけの秩父鉄道とは違い、こちらは二人掛けの座席が向かい合わせるように並んでいる。いわゆるボックス席というやつだ。座席まで違うとは、電車ってのはそんなにも種類が必要なものなのか。

 ボックス席は丁度四人掛けなので、俺たちはそこに座った。

「さっきと全然違うだろ?秩父鉄道で乗った電車は通勤や通学時間帯に、たくさんのお客様を乗せるのを目的に作られた電車。対して今乗ってる電車は、秩父を中心とした観光地に向かうお客様をメインにして作られた電車。前者は座席を一直線に並べることで、お客様が乗れるスペースを確保している。後者はボックス席にすることで、一緒に出かける家族やグループのお客様が利用しやすいようにつくられてるんだ」

「つまり、乗るお客さんの目的が変われば、電車も違ってくると?」

「そういうことだ」

 乗客に合わせるのが電車なのか。そこまで乗客はわがままなのだろうか。別にこの電車も秩父鉄道みたいな座席にしてもなにも問題がないと思うのだが。

 十時過ぎに発車した電車は、山中を駆け抜けていく。トンネルをいくつも通り抜けて、住宅が立ち並ぶ平地にやってきたころには、西武秩父駅出発して五十分が経っていた。

 東飯能駅で降りた俺たちは再び改札を通り抜けて、JR東飯能駅と書かれた改札を通り抜ける。この駅は初めて見るタイプで、ホームの上に改札が設けられていた。今まで通ってきた駅はほとんどホームと同じ高さにあった。駅のバリエーションも豊かだと感心する。

 次に乗る電車は、正面は黒色をベースとし、オレンジ色と緑っぽい色のラインが入っている。黒色の周りは白色になっているが、電車の側面は銀色がベースだった。そこに同じようにオレンジ色と緑っぽい色のラインが入っていた。

 車内は秩父鉄道とおなじで一直線に長い椅子が配置されていた。

 この電車も通勤、通学ように作られた電車なのだろう。

 東飯能駅から二つ目の箱根ヶ崎駅で俺たちは電車おりた。ここでも乗り換えるようだが、ぱっと見電車は俺たちが乗ってきた、八高線しか走っていないようだが。

「次で最後の路線だ。少し疲れたかもしれないが、もう少しだけ我慢してくれ」

「あの、次の電車ってのは…」

「地下に走ってるんだ。だから一見他の路線が走ってないように見えるがな」

「そうなんですか」

 いわゆる地下鉄というものか。東京では地下鉄が網目のように走っており、東京都民でも迷子になってしまうことも珍しくないと聞く。いまから乗る電車は大丈夫だろうか。

 地下に続く階段を降りて行くと、改札があり、さらにその先に地下へと続く階段があった。おそらく、こんなにも階段を使っているのは今日が初めてだろう。箒があれば上下の移動などいとも簡単である。

 階段を降りきると、地上よりは明らかに暗いが、そこにも電車のホームがあった。ホームは二つあり、一番線から四番線まである。俺たちがいるのは、一番線と二番線があるホーム。一番線にはすでに電車が止まっているが、どうやら俺たちが乗る電車とは別の様だ。

「乗るのは次の十一時二十一分発の、快速急行 新宿行だ」

「一番線に止まってるのは違うんですか?」

 俺たちが乗る電車は二番線から発車するみたいだが、すでに一番線には電車が止まっている。この電車も同じく新宿行きとなっている。

「そっちは各駅停車で、快速急行の後に発車する列車だ。快速急行の方が先に目的地に着くからな」

 つまりは、俺たちの乗る電車は途中駅を通過するタイプなのか。

 今までは各駅に止まる電車ばかり乗って来ていたが、そういう電車もあるのか。

 俺たちが乗る電車はすぐにきた。正面には非常用かわからないが、扉がついており、運転席とその扉を挟んだ反対側が、青く塗られている。今までの電車と違い、縦に色がついているのが特徴的だ。電車は全部で八両編成。三両と四両しか乗ってこなかったものなので、とても長く感じる。車内は秩父鉄道や八高線と同じ、長い座席のタイプだ。

 車内のドア上には二つのモニターがついており、正面右側には停車駅や駅の案内、左側には広告が流れている。これも初めてみるものだ。

 今まで乗って来た電車に比べると、近代的な雰囲気を感じる。

 電車は俺たちが乗ると、すぐに出発した。

『本日も、東都高速鉄道をご利用いただき、ありがとうございます。この電車は、榎、南街方面、榎宿線経由、快速急行 新宿行です。北榎、上北台方面、村山線には参りませんのでご注意ください。途中停車駅は、瑞穂、榎、南街、新小平、小平中央、田無北、北裏、東都中野の順に停車します。次は瑞穂に止まります。北榎、上北台方面、村山線は乗り換えです』

 車内放送が終わると、一気に静かになる。地下を走っているので、音は籠りやすく、うるさくなるのが普通だが、音など最初からなかったかのように、この電車は静かだ。

 箱根ヶ崎駅を出て五分が過ぎた頃、電車は地下区間を抜けて地上へと昇ってきた。

 窓の外を見ると、なにか異様な街並みだった。今電車が走っている場所は、周りは低い住宅ばかり。たまに五階建てくらいのビルも見えるが、ずば抜けて高い建物はない。しかし、目を少し先に向けると、明らかに不自然な建物が建っている。それは、三十階から四十階建てはありそうな、高層マンションが五つほど建ち並んでいるのだ。どう見ても、建てる場所を間違えたかのような異質さ。

 電車はどんどん、そのマンションへと向かって近づいていく。

『まもなく、榎、榎です。お出口は左側です。お忘れ物、落とし物なさいませんようにご注意ください』

 どうやらあの異質なマンションは榎駅の近くに建っているらしい。

「ここで降りるぞ。これでほとんど移動は終わりだ」

 そして降りる駅もここらしい。

 駅に着いた瞬間、俺は呆気にとられた。

 二十メートルはありそうな手の届きようのない天井。白で統一された清潔感あふれるホームに駅舎。ホームの上にある改札口へと向かうと、多くの商店が立ち並び、おそらく電車に乗るためではなく、これらの焦点を目的にきた人もいる。

 異質に続く異質。今まで見てきた駅とは比べ物にならないぐらい、発展した駅だ。

 人がひっきりなしに行き交うそのさまは、恐ろしくも感じた。

「ここが榎駅だ。乗り入れてる路線はこの東都高速鉄道の榎宿線と秋榎線の二路線だけ。だけどここまでの発展をとげ、多くの人が利用している。なぜだと思う?」

 唐突な問いに戸惑う。急にそんなことを聞かれても、初めて着た場所だ。何も知らないのにどうかと聞かれても、答えようのないことだ。

「えっと、新宿まで一本で行けるので、利便性が高いからですか?」

 それらしい答えを出す桃花。流石優等生である。

「それも少しあるだろうけど、だったら東都高速鉄道沿線ならどこでも同じだし、新宿に乗り入れてるのは複数路線あるから、それが大きな理由ではないかな」

 だが答えは違ったようだ。では何だろうか。俺たちにわざわざ聞くということは、俺たちでもわかるということか?

「お店とかが沢山あるからですか?」

「それも小さな一つの理由だけど、もっと答えは違うかな」

 なぜこんなことを聞いてくるのか。それにはやはり、理由があるはずだ。俺たちの共通点とか…。

「…魔法使い、ですか?」

「正解だ、宇奈月くん。これは魔法使いの力が大きくかかわっている。君たちが箱根ヶ崎駅から乗ってきた、東都高速鉄道は裏では別の名前で呼ばれているんだ。それは…」


  ―魔法使い鉄道だ―


    ※    ※    ※


 駅舎を出ると、目の前には先程の高層マンションが目の前に建っている。それにどうやら、駅舎の上にも一つ高層マンションがあるらしい。

 運転手の後をつけて到着したのは、駅の真横にあるこれまた二十階はありそうな高層ビル。そこへと連れられていく。

「ここが最終目的地の東都高速鉄道の本社だ。そこで三人に話がある」

 話しの内容はあらかた予想できる。

 それにしてもこの運転手は誰なのだろうか。ただの運転手ではないことは確かだ。ただの運転手が鉄道会社の本社まで案内するはずがない。

 エレベーターに乗り込み、最上階近くまで連れて行かれる。箒である程度の高さまでは慣れているが、ここはかなり高い。下を歩く人が豆粒のように見える。

 エレベーターを降りて、白を基調とした廊下を進む。あまりにも静か過ぎて逆に落ち着かない。

 しばらく進み、一つの部屋に通される。会議室のような場所で、大きな窓が設けられている。そこからは、良く景色が見渡せ、東京スカイツリーまでも見える。

 俺たち三人は並んで座り、運転手は向かい合うように席に座った。

「それじゃあ、改めて。私は東都高速鉄道榎地区新人魔法使い育成担当の高橋 誠治だ。よろしく」

 長くて良くわからなかったが、結局はなんなのだろうか。

「そして、君たち三人にはこの東都高速鉄道の社員として働いてもらう。無理やり働いてもらうことになって、申し訳ないと思う。だけどそこは我慢してほしい。そういう決まりで、君たちの先輩も同じ道を通って来てるから」

「もし、嫌だ。と言ったらどうなりますか?」

「それはわからないけど、君たちが有利に進むことはまずないかな」

「…そうですか、ありがとうございます」

 桃花は何でこんなことを聞いたのか。他にやりたいことがあったのだろうか。少なくとも、彼女から卒業してからやりたいことについての話しは聞いたことがない。

「それで続きだけど、早速明日に、適正検査を行う。誰がどの部門に適しているか、それを調べるものだ。部門は主に三つ。駅員、列車の運転士、列車の整備員だ。全員同じところになるっていうことはまずないだろう。だけど、会えなくなるというわけではない。そこら辺は心配してもらわなくて構わないから」

 全員がばらばらの場所に配属される可能性もあるというわけか。

 それより、個人的にはそんなことより気になることがある。

「一つ聞きたいんですけど、なんで東都高速鉄道なんですか?何か特別な理由でも?」

 これがはっきりしない。どうしてこの会社なのか。全国各地、無数の会社がある。鉄道会社だけでもそれなりの数があるはずだ。でもこの東都高速鉄道という会社が、魔法使いが働く会社になった。

 きっとそれなりの理由があるのだろう。

「それにはいくつかの理由がある。まずはどこの鉄道会社でも言えることだが、接客業であり人命が第一だからだ。君たち魔法使いは生まれてっから十年以上、あの学校の中で暮らしてきた。人と話す機会は明らかに私達と比べて少ない。そこで接客をして多くの人と関わってもらう。二つ目の人命が第一は、魔法使いは自らの手でか重い病気ぐらいでしか、死ぬことがない。例えば、宇奈月君。君が万が一、ホームから線路に落ちてしまった。ホームに上がろうともすぐ目の前に電車が来てしまって、上ってる時間もない。そうなったらどうする?」

「そもそもホームから落ちないと思います。その前に魔法を使って落ちるのを防ぎます」

「なるほどね。まあどっちにしろ、魔法を使って回避するだろ?ナイフで襲われても銃で撃たれても、魔法を使えば回避できる。だけど、そんなことができるのは君たちを含めたごくわずかな人達だ。ほとんどの人は列車に轢かれるだろうね。そういうことがあって、君たちは人の命について、どこか軽く思っている部分がある。そこで一日何千万人のお客様の命を預かる鉄道で、命の重さを知ってもらうということだ」

 まあ確かに魔法使いは事故で死んだり、他殺されたりということはまずないだろう。それに一日に何千万人も乗客がくれば、魔法でどうにかできるかと言われれば難しい。流石にそんなに途方もない数の人の命を魔法で守れと言われても、無理に決まっている。

「それで、この東都高速鉄道が選ばれた理由だが、新宿という大ターミナルに乗り入れているのにも関わらず、あまり経営状況が良くなかったんだ。東都高速鉄道は比較的新しい路線でね、競合する路線が多くてなかなかお客様が増えなかったんだ。それに岡山県の田舎を走る、宮野川鉄道っていう路線も管轄してて、それも赤字路線だったんだ。そこで、魔法使いの力を借りて、どうにかできないかと考え、国や魔法学校に魔法使いの自立を促すいい機会だと、アピールして、なんとかこういう風に君たちを迎え入れるようになったんだ。それから魔法使いの力を借りて、お客様を増やすことに成功した。まあ、宮野川鉄道は向こうでなんとか解決してくれたみたいだけどね」

 それって大丈夫なんですかね…。なんか魔法使いを良いように使ってるだけに思えるんですが。てか、その田舎のローカル線が自力でどうにかなったなら自分達も何とかできたんじゃないですかね?

 とは流石に聞けない。なんか国家権力にも匹敵する力を持ってそうだ。

「まあ魔法使いについてはこのくらいにして、処遇とかについて説明するから。資料取ってくるから、ちょっと待ってて」

 そう言うと、高橋さんは部屋を出てどこかへ行ってしまった。

「なんか、二人ともすごいですね。いきなりここで働くって言われたのに、そんな平然として、いろいろ質問しちゃうんですから」

「俺たちは生まれた瞬間に魔法学校に連れてこられたからな。いまさら急に状況が変わっても、それが当たり前みたいなものだからな」

「僕には難しいですね…。さっきの話しも何が何だかわからなかったですし」

 あの話は所々無理やりなところがあった気がするが、きっと気にしてはならないのだろう。ここで働くとなった以上、ある程度のことは無視したほうが、働きやすいだろう。

「私、嫌だな…。ここで働きたくない…」

 彼女のらしくない、冷たく辛そうな声が静かに響く。

「どうした?らしくないぞ。急に言われて戸惑ったかもしれないけど、お前ならどうにかなるだろ」

 少なくとも俺の知ってる彼女はそういう人物だ。いつも彼女の自身の力で何とかしてきていた。魔法があまり使えないと周りから言われていたが、それを彼女は勉強で補った。

 有馬に対して魔法を教えるのも俺はほぼ関わることなく、彼女の力だけでやり遂げた。

 だから今回も彼女に関しては問題ないと思っていた。

「私らしくないって、なに…?そんなの白兎が勝手に思ってた私の想像でしょ?そんなこと、押し付けないでよっ」

「桃花…?お前っ!」

―ガシャンッ―

 その時にはすでに遅かった。

桃花はここからいなくなっていた。

彼女が口を閉じた時、微かに魔法を使うような動作をしていた。その魔法は、使うのが難しい、時間停止の魔法。それを使い、彼女は俺たちの時を止め、窓を突き破り箒にまたがり、自分だけここを立ち去った。

「有馬はここに残って、適当に誤魔化しといて。俺は桃花を追ってくる」

「え!ちょっと、どうすれば?」

「じゃあ、俺が桃花を投げ飛ばしたとでも言っておけ」

 俺も魔法で撮り出した箒に乗り、外へと飛び出した。あたりを見渡すが、彼女の姿はどこにも見えない。すでに見えないとなると、彼女の時間で十秒は時を止めたことになる。もしくはそれ以上。そうなると、かなり遠くまで行けてしまう。見つけるのは無理だろう。

 だが、おそらく遠くまでは行ってないだろう。魔法使いは公共の場での魔法の使用を禁止されている。彼女も法を犯すほど馬鹿ではない。それに空を飛べば少なからず、かなり目立つことになるだろう。そうなると、近くで見つかりそうにない場所を探せば、彼女のはいるはずだ。

 そいうわけで、俺は目の前にある、人目につきそうにない場所めがけて箒を飛ばし、魔法の命令式を実行させる―。


    ※    ※    ※


 学校を出たら魔法を使わなくていいと思ってた。そういう法律があるのだから。だけど、現実は何一つ、思い通りに行かなかった。

 やっぱり、魔法使いは魔法使いだ。

 魔法使いは魔法が普通に使える、それがこの世の常識で、誰もそうでなければならないのだ。

 だけど、私は?魔法が普通に使える?魔法を使いこなせてる?

 答えはNOだ。魔法使いなのに、魔法が苦手。だから私は、一般人に憧れている。魔法が使えないのが当たり前なのだから。だけど私は魔法使い。魔法が使えて当たり前の存在なのだ。

 学校を離れられ、もしかしたら魔法なんて一生使わなくていいんじゃないかと、淡い期待を抱いた。だけど、現実は冷たくて悲しい。

 これがしかたのない運命なのなら、あまりにも私は不幸ではないだろうか。魔法が苦手な魔法使いが魔法を強いられる世界。

 この会社もそう。この眼下に広がる榎の街が郊外にも関わらず、目覚ましい発展を遂げているのは、魔法使いの力によるものだった。つまり、ここでも魔法を使わなければならない。

 私は一般人になりたい。魔法使いになれた一般人はいるのに、どうして魔法使いは一般人になれないの?

 きっと、魔法使いとして自分の力に誇りを持てればこんなことは普通思わないだろう。白兎も有馬くんも自分の力に誇りを持っている。だから私みたいにはならない。

 会社で働くのは、学校に通ってる時間よりはるかに長い。ただでさえ学校でも辛かったのに、この会社で働くことは、私には無理だ。

 ならどうしようか。このまま何処かで別の仕事を見つけて暮らす?

 それは無理だ。魔法使いはあいにく魔法使い専用の身分証明書しか持っていない。住民票は国で管理されているので、どうしようもできない。つまりは仕事も出来ないし家も借りられないのだ。

 なら山に籠って生活するのは?

 これも無理に近い。飲み水、食料の確保。野生動物への対応。これらすべては魔法が使えれば、何も問題がないこと。だけど私は魔法が使えない、愚かな魔法使い。こんなこと、できるはずもない。

 だったらどうする?魔法使いとして存在しても意味のない私。だったら、使ってみようかな。今まで勉強して魔法を。授業では決して教わらない、そして誰も使ったことのない魔法を。本でその原理と、使い方が載ってるだけの魔法。

 それを使えば、私はきっと楽になれるし、これから魔法が普通に使えない魔法使いなどと言われることは無くなる。

 今使うしかない。白兎たちに見つかる前に。そうしなければ、思ってしまう。白兎たちと一緒にいたいと。私がこの魔法を使えば、きっと白兎たちと会うことは二度とないだろう。

 私は、本に書いてあった命令式を実行する。授業で習ったり、箒に乗ったりというのは、もともと魔法使い自身が持ち合わせてるもの。なので普段は命令式など考えて実行などしない。だが、それ以外の魔法使いが作った魔法は、そういうわけにいかず、自分の意思を持ってその命令式を実行しなければならない。これは、通常の魔法よりも時間がかかる。本に書いてあった通り、順調に進めば五分ほどかかるらしい。

 その間は、見つかってはならない、きっと白兎の姿を見てしまえば、上手く命令式を立てることができなくなる。白兎に見つかってしまえば、今までの努力が無駄になってしまう。

 今のところ、命令式は順調。残り二十%といったところ。このまま行けば、私は魔法使いで無くなる。

 この魔法は、自分自身の魔法を封印する魔法。これを使ってしまえば、魔法は使えなくなる。そしてこれを解くことはできない。これは自分の力を制御する魔法。自分自身の魔法でしか解除できない。しかし、魔法が封印された私は魔法を使うことができなくなる。

 つまりはもう、私は魔法が使えなくなるということ。そして、私は一般人になれるということ。私の長年の願いが叶うのだ。

 空を見上げると、届きそうなところの雲が浮かんでいる。どこまでも広がる青い空に、一つ取り残された雲。他の雲は風に流されて何処かに行ってしまったのだろうか。一人残された雲。誰からも見つかることなく、きっとこの雲は誰にも気づかれることなく、この広い空に消えてしまうのだろう。

 そして、命令式の実行は終了した。その瞬間、体が重くなるような感覚が全身を襲う。きっと、魔法である程度強化されていた体の筋肉が、魔法を失ったことによりその力を十分に発揮できなくなったのだろう。体が怠くなってくる。

 辛い。

 だけど、それ以上に私は一般人になれたのだ。魔法使いという枷から解放された。体は重いが、反対に心は軽くなった。魔法使いとして存在を破棄し、新たな自分として生きて行く。私がずっと望んできた瞬間。

 …そうだったはず。なのに、何故か上手く喜べない。なんでだろうか。軽くなったはずの心は、魔法使いとしての重みとは別の重みが積み重なり、なぜかそれよりも重くなってしまう。

「どうして…。私はもう、魔法使いではないのに…。何ですごく辛いの…?」

 誰にも言うわけでもなく、空に向かって呟いた言葉のはずだった。

 だけど…

「桃花は魔法使いで、俺の大切な幼馴染で、有馬の力になった先輩なんだ。その魔法はそれらを全て奪う魔法。そりゃあ、辛くなるよ」

 見上げていた目線を声の方に向けると、いつもの箒に乗った白兎が、優しい笑顔で雲のように浮かんでいた。


    ※    ※    ※


 悲し気に雲が一つだけ浮かんだ空を見上げる少女。風で揺れる赤いポニーテール。それは余計に彼女の存在を寂しくさせた。

 やっと見つけた彼女は、すでに封印の魔法の命令式の実行を終了したようだ。彼女の様子を見る限り、それは見事に成功したようで、辛そうな様子だ。

「…私はもう一般人だよ。一般人の前で魔法を使ったら犯罪だよ…?」

「知ってる。だけど、犯罪って知ってても桃花に会わなくちゃいけないんだ」

 彼女使った封印の魔法。それは自身の魔法を封印させ、使えなくするもの。箒にも乗れないし、魔法が使えなければ、封印の魔法を解除することはできない。使った本人にのみ、影響を与える魔法は使った本人でないと、解除は難しい。

「…もう行って。白兎のことは誰にも言わないからさ。ごめんね…」

 今にも消えてしまそうな、儚い声。彼女は俺が思っていた以上に、魔法が苦手なことに悩んでいた。きっと、あの学校で俺の知らぬ間に教師たちから嫌味でも言われていたのだろう。

 だけど、今の彼女は明らかに違う。魔法が使えないなどと言われるようなことはない。

「まだ、自分が魔法が苦手って思ってるのか?」

「…私は一般人だよ。魔法なんて…」

「いい加減気づけよ。俺たちの前から離れる時に、お前は時間停止の魔法を使った。俺らが気がついたときには、お前の姿はどこにも見えなかった。つまり、少なくとも十秒は時を止めていたってことだ。いいか?お前は授業の時は何秒だったか覚えているか」

「…四秒」

「だろ?六秒以上長くなってるんだ。それに十秒は全国的にみても長い方だ。平均が七秒そこらだからな」

 六秒も伸びてなぜ気がつかなかったのか。きっと、それだけ彼女は追い詰められていたのだろう。そして周りから、魔法があまり使えないと散々言われ続け、ゆえに気がつかなかったのだろう。

「…たまたまでしょ」

「それじゃあ、今さっき使った封印の魔法。それは自分で意識して命令式を実行しなければならない、授業で教わってきた魔法とは全く別のもだ。その中でも封印の魔法は桁違いに難しいと言われ、過去に何人か試して成功したのは一人もいないんだ。それをお前は成功させた。これが魔法が苦手なやつにできることだと思えるか?」「…」

「桃花が答えないなら教えてやるよ。お前は魔法がものすごく得意で、誰も成し遂げたことない魔法を世界で初めて成功させた、優秀な魔法使いだ」

「…そんな」

 彼女は周りの影響を受けすぎた。それ故自身の力に気づけずにいた。周りの影響で目がくらみ、自分自身が見えていなかった。周りばかりを気にしていた彼女の、ミスである。

「だから、一緒に働こうぜ。桃花」

「でも、私。封印の魔法使っちゃったよ…。もう、魔法使いには戻れない…」

「それなら心配いらねーよ。俺が解くから」

「えっ…?」

 封印の魔法のように、自分自身に使う魔法は自分でしか制御できない。俺が以前使った、肉体強化の魔法も同じで、他人が俺の肉体強化の魔法をどうにかすることはできない。だから彼女の封印の魔法も同じかと聞かれたら、答えは違う。まだ何処にも発表されず、使われていない未知の魔法がある。それが、他人の封印の魔法を解く魔法だ。

「できるんだ。桃花の封印の魔法を解くことが。お前は以前から、魔法の本を読んでただろ?俺は一回しか見たことがないけど。でもその光景を何度も見てたって人がいたんだ。そしてその人は気がついた。彼女が封印の魔法を使おうとしていることを。その人は封印の魔法の命令式を考えた人でもあった。だから、どうすれば他人がそれを解除できるか、真剣に考えた。自分の作った魔法のせいで、魔法使いという立場を捨ててしまう者が出てしまう。これはその人にとってとても辛いものだった。そして、封印の魔法を他人が解除することのできる、命令式をその人は作り出した。だが、考えたはいいが、その人はいつ封印の魔法が使われるか、わからなかった。そこで桃花と一番近い存在である、俺にその魔法を託した。そして俺は、桃花がいなくなった直後からその命令式を実行させ、もう少しで終わるころだ。そしてそれを桃花に使えば、元通り魔法使いになれる」

 他人の魔法を解除する命令式はとても複雑だった。何度か本で難しい部類に入る命令式を見たことがあったが、それとは比べ物にならないぐらい複雑だった。よくもまあ、こんな複雑な魔法を考えついたものだと思った。だが、あの人の魔法の実力だ。それを鑑みれば、納得がいく。

「その人って、もしかして…担任?」

「ああ。そうだ。俺たちの担任だ。ほとんど喋らなかったくせに、俺たちのことはしっかり見てたってところだな」

 一般人のデモがあった日、担任から一冊の薄い本を渡された。そこには四ページに渡り、魔法の命令式がびっしり書かれ、最後のページには封印の魔法についてと「いつか必ず必要になる。その時に使えるように覚えておきなさい。山形君を頼む」と書かれていた。

 きっとあの出張はこの命令式を作るための物だったのだろう。

「なんか意外。あの担任が私達のことをこんなに考えてくれてたなんて」

「一応俺らの担任だからな。それにあのデモの時とかも、俺たちのために止めにはいってくれたしな」

 何も喋らず、いつも何を考えているのかわからなかった担任。

 そんな担任が考えていたのは、俺たちのことだったのだ。

「じゃあそろそろ、封印解くぞ?」

「うん、お願い。…ゴメンね、迷惑かけて」

「本当だよな、全く。今度から何かあったら、相談してくれよ?桃花が一人で苦しんでるのは、もうたくさんだからな」

「うん、ありがと」

「それじゃあ、行くぞ」

 箒の先を桃花に向けて、命令式をもとに魔法を箒に流していく。すると箒の先端から、青白い光が現れ、桃花を包み込んでいく。青白かった光は、だんだんと濁った色になっていく。それは、封印の魔法で使った魔法だ。光はそれを彼女の体から吸い取っているのだ。

 全てとり終わるころには、光りは真っ黒になっていた。役目を終えたその光は、天高く昇っていき、消滅した。

「桃花、どうだ?」

「うん。体が軽くなった。それにほら、魔法も使える」

 彼女は手のひらに小さな炎を現せて見せて。どうやら成功したみたいだ。

「じゃあ、もどるぞ。そろそろ高橋さんも戻ってきてるだろうし、有馬一人だと心配だ」

「そうだね。あっ、ガラスどうしよ…」

「もうお前なら、魔法使って直せるだろ」

「そうかな…?でも、やってみるね」

 彼女は進んで魔法を使うのをあまり好んでこなかった。だが、今の彼女は違う。どうやら、魔法を使いたくて仕方がないようだ。

 例の会議室に戻ると、二人が困ったような表情をして立ち尽くしていた。

「すみません。迷惑をかけてしまって」

「帰ってきたか。それより、山形君は大丈夫?宇奈月君に投げ飛ばされたって聞いたけど」

「えっ…?」

 有馬を見ると、白兎さんの言われたとおりに言ったんですがと、俺にしか聞こえるぐらいの小さな声で、そう言ってきた。

 確かに俺が桃花を投げ飛ばしたことにしておけとは言ったが、まさかそれを本当に言うとは…。

「ちょっと、喧嘩してしまって、その流れで投げ飛ばしてしまいました…」

「まあ、喧嘩するほど仲が良いっていうしね。でもあまり度が行きすぎるのは良くないよ?」

「すみません。次からは投げ飛ばさないように気を付けます」

 なんかよくわからないが、この意味不明な理由で納得してくれたらしい。こちらとしてはありがたいことだ。

 隣の桃花はあまり状況が呑み込めていないらしい。そりゃそうだ。俺だって良くわからない。

「それで、この窓ガラスなんですけど、私が割ってしまったので、魔法で直してもいいですか?」

「まあ、構わないけど、山形君は投げられたわけだから、宇奈月君の方がいいんじゃないか?」

 どうやら高橋さんも桃花がまだ、魔法を苦手としていると思っているらしい。今に見ておけ。

 彼女が窓に向き直ると、霧が窓を覆ったかと思うと、霧が晴れてそこにはもとに戻ったガラスが貼られていた。完璧だ。

「おお。流石、魔法使いだな」

 完璧にやり遂げた桃花の顔は、自信に満ち溢れていた。抑え切れていない笑顔が、眩しく輝いている。

「上手いな、桃花」

「当たり前じゃん。私を誰だと思ってるの?」

「これは失礼いたしました」

 桃花が直した窓ガラスは青い空と、そして雲を映し出す。屋上から見た雲は一つだったはずだが、いつの間に周りにいくつかの雲が集まっていた。

 これからは風に乗って、全員でこの大空を旅していくのだろう。


    ※    ※    ※


 翌日は言われた通り、朝から適正検査が行われた。クレペリン検査と呼ばれる延々と足し算をやらされるものや、健康診断などだ。

 健康診断では、目に関することが多かった気がする。視力や色覚や遠近感を捉えるものなど。他にも様々な検査を行い、全て終わったころには、すでにあたりは薄暗くなっていた。

 これらで何がどう適正かわかるのか良くわからないものばかりだった。結果は明日に言われるらしい。

 適正検査を行った東都高速鉄道の本社を後にし、支給された寮へと向かう。本社から寮までは歩いて五分。はっきり言って遠い。箒は使えばあっという間に着くが、歩かなくてはいけない。実際、昨日のは結構まずかった。数人に俺と桃花が箒に乗っているところを目撃されてしまっていた。だが特に大事にはならずに済んだ。不幸中の幸いである。

「ねえ、みんなでご飯食べに行かない?ここだったら何でもありそうだし」

 これも支給された腕時計を見ると、時刻は午後六時半。少し夕飯の時間にしては早いが、いろいろ慣れないことをやって、腹が減ったのも確かだ。

「俺は賛成だけど、有馬は?」

「もちろんっ!僕も行きますっ!」

「じゃあ、決定だね」

 俺らは寮に向かう道とは反対方向に進み、榎駅がある方に方向転換した。見上げるだけで首が痛くなりそうなぐらい、高いマンションの下に広がる駅と多くの商店。少し遠くに目をやれば、畑がちらほら見える。田舎なのか都会なのか、混乱しそうな街並みだ。

 駅は相変わらず、多くの人が行き交っている。帰宅時間ということもあり、スーツをきたサラリーマンの姿が目立つ。この駅で降り立ったほとんどの人が、東都高速鉄道で働く魔法使いの力によって吸い寄せられてのだ。何だか、まるで操り人形のようだ。

 それにしても、どのような魔法を使って、これだけの人を呼び寄せたのだろうか。俺の知識では人を特定の場所に集める魔法は知らない。おそらく、命令式を立てて実行する魔法だろう。つまりは誰かが考えた魔法を使っていることになる。俺もそんなことをやらされるのだろうか。

 駅の真上に建つマンションは六階までは商業施設が入っている。その五階はレストランフロアになっているので、俺らもそこに向かうことにした。

「外でご飯食べるなんて初めてだなぁー。楽しみ楽しみ」

「学校に居る時は自分が作った料理か、コンビニ弁当ぐらいだったからな」

「そうですよね。学校は外出禁止ですし。じゃあ、今日は僕に任せてください!わからないことがあったら何でも聞いてくださいね!」

 確かに有馬は魔法使いになる前は、一般人だったわけだ。こういう外食は何度もしたことがあるのだろう。いつもは頼りにならないが、今回ばかりはそうじゃないかもしれない。

「何処にしますか?それにしても、いろいろありますよね」

「本当だよね。榎に住んじゃえば、ここだけで生きていけるんじゃない?」

 桃花の言うように、この榎駅周辺には様々な商業施設が建ち並んでいる。俺たちがいる駅直結のビルには、コンビニや本屋、幼稚園まで入っている。駅前には家電量販店が構え、カラオケ店が二軒、洋服店が複数。ビジネスホテルも二軒。コンビニが三軒。逆に何がないか探してしまうほどだ。

「ここってファミレスなの?」

「はいっ。安いのが売りで、イタリア料理がメインですね」

「ふーん。じゃあ、こっちは?」

「そこもファミレスですね。ハンバーグが有名ですね」

「なるほどなるほど。あ、あれは?」

「あそこもファミレスですね。中華料理が有名ですね」

「中華か…。ここは、何?」

「ここもファミレスですね。ハンバーグが中心ですね」

「さっきもなかったっけ、ハンバーグのファミレス?」

「そうですね。ハンバーグは人気ですから」

「そうなんだ」

 いや、多すぎだろ、ファミレス。一体何軒あるんだよ。それに同じジャンルのファミレスが二件あるとか、もう少し整理できないのだろうか。

「ねえ、有馬くん」

「なんでしょうか?」

「もうお店決めてくれない?」

「あはは…。ですよね」

「俺からも頼む。わけがわからなくなってきた」

「任されましたっ!それじゃあ、あそこでいいですか?」

 有馬が指さした先には確かに人が沢山集まった店があった。だけど、その光景は異様だった。全身黒づくめで、サングラスにマスクをつけた男が、ナイフ手に持っているではないか。そしてその男を止めようと、大勢の警備員が集まり、取り押さえようとしている。だが、警備員が男に一斉に飛びかかった瞬間、警備員は塵のように吹き飛ばされた。

「白兎、あの人…」

「ああ、間違いなく魔法使いだ」

「どうしてこんなことを…?」

 その光景を見ていた野次馬たちは一目散に逃げだした。男が魔法使いだということに気がついたのだろう。一般人はとうてう魔法使いにはかなわない。他人を傷つけるようなことをする魔法使いからは逃げるのが最善の策だ。

「ふざけるな…」

 聞いたことのないぐらい、低い声が男に向けていた視線を逸らす。声の主は、ゆっくりと前に進み、男へと迫っていく。

「有馬っ危険だ!」

 腕をつかみ、前に進むのを辞めさせる。相手は魔法使い。俺らも魔法使いだが、相手は明らかに年上。今は一般人と同じく逃げたほうが得策だ。

「今は逃げるぞ!」

「じゃあこのまま放っておけって言うんですかっ!人が魔法で傷ついているのにっ!?」

「このままここにいたら、俺らも傷つくだけだっ!そうなったら元も子もないだろ」

 男の様子を確認しようとし、顔を向けると、サングラス越しに男と目が合ってしまった。その眼は直接見えはしなかったが、恐ろしかった、常人の目ではない。俺の脳味噌は警鐘をならしている。早く逃げろと。

 振り向き、有馬の腕を引っ張り走り出そうとした瞬間、背後から足元にかけて何かが動く気配を感じた。すぐさま有馬を遠心力を使い、走り出したほうに投げ飛ばす。その直後、床の下を通ってきたであろう、鉄の壁が俺と有馬たちを遮る。

「白兎っ!?大丈夫っ!?」

「ああ。そっちは?」

「うん、有馬くんも無事だよ」

「良かった。じゃあ二人は逃げてろ。俺もすぐに追いつくから」

「白兎は平気なの?だってあの男がいるんでしょ?」

「なんとかする。それに魔法ならある程度の自信がある。心配するな」

「…うん、わかった。絶対戻ってきてね」

「当たり前だ」

 壁越しに聞こえていた声が聞こえなくなり、二人分の足音が遠ざかっていくのが聞こえる。とりあえず、桃花たちは安全なはずだ。

「何が目的が知らないが、俺はここで飯を食べようとしてここに来た。そしたらお前がいて夕飯を邪魔されたわけだ。できれば早く夕飯を食べたい。ここはお引き取り願いませんかね?」

 だが男は何も言わず、こちらを無言で見ている。気味が悪い。

「なにも返事がないなら、こっちから退場させてもらいますよ」

 そう言って、肉体強化の魔法を使い、床をたたき割って下の階に降りようとしたとき、先程まで十メールほどあった距離が一瞬で縮まっていた。

 俺は急いで飛び下がり、体制を整える。時間停止の魔法を使い、男は一気に距離を詰めよってきた。箒を魔法で取り出し、構える。魔法の箒はただ乗るためではなく、時には武器としても使えるようになっている。もちろん、本来の用途は乗るものなので、相手が本気で挑んできたら勝ち目はない。それに箒を使っての戦闘練習などやったことがない。こちらからはあまり攻撃せずに、守り続け、隙を見て逃げ出すのが最善だろう。

 相手が攻撃魔法の体制に入り、俺も箒を構える。

 次の瞬間には、男の前の前にナイフがこちらを向けて、何本も浮かんでいる。小物を扱うときにつかう操作魔法だろう。これは魔法使いの中では基本中の基本の魔法だ。俺も家事で主に使っている魔法だ。

 そんな魔法でナイフを操っているとは…。基本の魔法だということは、それだけ操作がしやすく、慣れれば高度な使い方もできる、便利な魔法だ。だがそれは今、凶器となって立ちふさがっている。

 操作性に優れ使いやすい魔法。しかし、弱点はある。魔法そのものの力は弱いというものだ。例えば、操作魔法で操っていたものが、何か別のものに当たるとする。そうなると、コントロールを失い、地面に落ちてしまう。まあこれも、操作を上手くやれば回避できることだ。

 ナイフは俺に向かって容赦なく飛んでくる。男は俺を殺す気でかかってきている。先程みたいに壁を出現させ、ナイフの攻撃を防ぐのも手だが、おそらく通用しないだろう。ならば…。

 俺は箒を使い、風魔法を発動させる。これならば、ナイフの進路を妨害するのではなく、そのものの進路を変えることができる。これは操作魔法より高度な技術が必要だが、使いこなせれば操作魔法より強力なものになる。

 作戦は上手くいき、ナイフどうしを風で操作し、ぶつけさせ、破壊させた。流石に粉々になったナイフを操り、攻撃はしてこないだろう。

 再び箒を構え、男に向き直る。向こうは攻撃してくる気配はない。

 相手はきっと俺の実力に気がついた。風を自在に操り、全てのナイフを破壊した。操作魔法よりも高度で、正確性が求められる。

 向こうから何もしてこないなら、こちらから攻めるか。

 そう思い、箒に魔法を送ろうとした瞬間、轟音ともに俺と男の間に天井から瓦礫が落ちてきて、廊下を塞いでしまった。俺は男が出した鉄の壁と瓦礫に挟まれ、身動きがとれない状況である。男の姿は見えないが、もう立ち去ったのだろうか。

 しかし、そうではなかったようだ。すぐに違和感を感じた。上下左右から何か音が聞こえるのだ。何か硬いものを砕きながら進むような音。

「まずいっ!」

 その時には一斉に上下左右から複数のナイフが飛び出してきていた。どれも物凄い勢いで回転し、地面を掘り進んできたらしい。

 流石にこの狭い空間で、風魔法を使い全てのナイフを操るのは無理だ。だからと言って、このまま大人しく串刺しにざれる俺ではない。

 箒を使い、風魔法を発動させた。作りだした風は、無数のナイフではなく、俺を中心にして渦を巻くように吹きだす。ナイフは容赦なく俺に向かって飛んでくる、だが風の渦は突破できず、しまいには渦に身を任せていた。ずべてのナイフが渦に巻き込まれると、風の流れを変え、ナイフを飛ばし落ちてきた天井を突き破らせた。

 しかし、そこには男はおらず、瓦礫と男に吹き飛ばされた警備員だけだった。男の姿はどこにもなかった。どうやら逃げられたみたいだ。

「白兎っ!大丈夫っ!?」

「ん?桃花か、俺は平気だけど男には逃げられた」

「えっ!?逃げちゃったの?白兎一体なにしたの?」

「ナイフを飛ばしてきたから、風魔法でかわしてただけだぞ」

「なんだ、よかった…。魔法使って攻撃でもしたのかと思ってた」

「流石に俺もそこまで馬鹿じゃねーよ。てか有馬は?」

「そろそろ警察の人連れて来るんじゃないかな?」

「そうか」

「あと、警察には自分が魔法使いだって言わないでね?ここにいた一般人の目撃情報で、犯人は魔法使ってのが知られてるから。変な疑いがかかるかもしれないからね」

「了解。そんじゃあ、逃げ遅れたとでも言っておくよ」

 周りに二十本ほど転がっているナイフの状況で、逃げ遅れて襲われて助かったというのが通用するのかわからないが、魔法使いと名乗るのより、数倍ましだ。

 その後、有馬とここの職員らしく人物が警察を連れてきて、俺たちはいくつか質問されたあと、解放された。魔法使いだとは気がつかれていなかったようで、適当な理由も通ってしまった。

 駅前は野次馬とマスコミがわんさか集まっていた。リポーターはまた魔法使いが残酷な事件を引き起こしたと、魔法使いを非難するような言い方をしている。隣に魔法使いがいることを教えてやろうか?

「白兎さん、本当に大丈夫ですか?殺されかけたんですよね?」

「そうだな。相手は完全に俺を殺しにかかってた。だけど、使ってくる魔法は全部基本的な操作魔法だけ。風魔法で簡単に防げるものだから、大したことはなかったな。実際、そこまで実力がある魔法使いじゃないかもな」

「いや、操作魔法で何本ものナイフを正確に操れたら、結構な実力の持ち主ですよ…」

「白兎は朝の準備は全部魔法でいっぺんにやっちゃうからね。着替えかと料理とか朝ご飯食べたりとか」

「えっ!?違うものを違う動きで複数操っているんですか!?」

「そうだな」

「すごっ!」

「白兎は魔法が得意ってことだけが取り柄だからね」

「嫌味かよ」

 結局夕飯はコンビニで弁当を買い、それぞれの寮の部屋で食べることになった。五階建てのアパートの最上階。もちろん、箒を使って窓から帰宅、などということはできない。そのため、これからは階段を使って昇り降りしなければならない。疲れるし面倒だ。

 部屋は十畳のワンルーム。風呂トイレ付きで家具、電化製品はすべて備え付け。家賃は会社が全額負担。水道光熱費は、一定の金額までは会社負担で、超えた差額は自己負担となる。

 聞いたことがない好条件である。寮に入るか入らないか聞かれたのだが、この条件で断るやつはいないだろう。もちろん、俺ら三人は即答だった。

 結局、飲食店襲った魔法使いの目的はなんだったのだろうか。でも魔法使いということなら、この東都高速鉄道で働いている社員の一人という可能性が高い。だが、俺らの担任のように例外もある。というか、その例外であってほしい。東都高速鉄道の社員なら、何処かでばったり会ってしまうかもしれない。そうなれば、どうなるかは、言わなくてもわかる。

 あの魔法使いは東都高速鉄道にいないということを願いながら、俺は一日を終わらせることにした。


    ※    ※    ※


 俺たち三人は、例の会議室に集まっている。昨日行われた適正検査の結果をもとに、どこに配属されるのか。それを聞くために集まったのだ。電車の運転士、駅員。整備員。このどれか一つに配属されることになる。

 しばらく待っていると、高橋さんが入室してきた。この間と同じように、俺たちの向かいに座る。

「さて、それじゃ早速誰が何処に配属になったか、伝えていくね。まずは宇奈月君。君は運転士だ。次に山形君。君も運転士だ。最後に有馬くんは駅員だ。以上、これが君たちの配属先だ」

 有馬だけが駅員。俺と桃花が運転士か。どうやら一番責任が重そうなやつに選ばれてしまった。それに覚えることも多そうだ。

「それじゃあ、それぞれの仕事について説明していく。まあ、詳しくは配属先の先輩が教えてくれるだろうから、わからないことはそっちで聞いて。まずは駅員。仕事内容は駅の窓口に、ホームに立って列車への合図をだしたり、案内放送が主な内容かな。運転士は一番大変だから。まずは駅員から始まって試験に合格すれば、車掌になる。そこで今度は国家試験に合格し、動力車操縦者免許を取れれば、運転士デビューだ」

 嘘だろ…。すぐに運転士になれるわけではないのか。それに途中に突破しなければならない難関が二つほどあった。どんだけ試験をやらされるんだよ。

「運転士は一人で、最大何千人という命を預かるんだ。試験を合格して、信頼できる人にしか任せられないよ」

 俺の考えていたことを察したのか。確かに運転士の責任は重い。自分が少し間違えてしまえば、多くの命が一瞬で奪われることになる。

「最初はまず全員この本社で一ヵ月ほど研修期間としてお客様への言葉遣いや接客を勉強してもらう。これは四月になってから始めるから、まだ二週間ぐらいあるから、その間に少しでも勉強しておいたほうがいいよ。この研修期間は君たちと同じ、別の高校を卒業してきた子たちと一緒にやってもらうから。その子たちは、言葉遣いとか接客とは高校で勉強してきてるからね。いくら君たちが魔法使いだからといって、その子たちの方が優秀なら、どんどん越されていくからね?」

「接客とかを専門的にやってる学校があるんですか?」

「接客も含めた、鉄道に関する勉強かな。池袋と上野にあるんだよ。君たちがこれから必死になって覚えることを、すでに学校で習ってたりするからね」

 なんだその学校…。鉄道の勉強をするって、どんなことを勉強するんだよ。駅名とか覚えたりするのか?まあ、俺には関係のないことだ。

「それと、魔法を使うことは原則禁止だ。たとえそこが、お客様見られてなくて、周りが魔法使いだけでも。ただし、例外がある。それは人命にかかわるときだ。その時は魔法を使ってもいい。だけど条件が一つ。自分が魔法使いだと、お客様から気がつかれないようにすることだ。もし、魔法を使って人命を救ったとしても、お客様に気がつかれたら、人生は終わるだろうね」

 最後の一文は脅すような感じだった。過去に魔法を使い、バレた人がいるのだろうか。

「それじゃあ、今日はこれで終わり。四月の入社式までは自由にしてていいから」

 などと言われ、急にやることのなくなった俺たち。今日まで次から次へとやることを片付けていたのだが。

 本社を出た俺たちは真っ直ぐ寮に向かっている。

「僕だけ、駅員なんですね…。なんか寂しいです…」

「それぞれに合ったところに配属されるって言ってたから、有馬くんには私達より、駅員に向いてるってことだよ。それに会社も同じで寮も同じだから、心配する必要ないよ」

「別に今生の別れっていうわけじゃないから平気だよ」

「でもやっぱりお二人がどんどん先に行ってしまう感じがするんです」

「まあ、別の場所に配属されたんだから、先も後もないんじゃないか?駅員は駅員で目指すべきものがある。それは俺たちが目指すものとは違うんだ。有馬は自分の目指すべきものに進まなきゃいけない。確かに寂しいかもしれないけど、俺らは切っても切れない仲だ。寂しいって思えないぐらい、一緒にいる時間は多いと思うぞ?」

「…白兎さんって、意外と良いこと言うんですね」

「いや、一言多いだろ…」

「そうそう、本当にたまになんだけど、良いこと言うんだよね。これが毎回だったら、なおさら良いんだけけどね」

「毎回だったら、ありがたみが無くなるだろ?時と場合に合わせてんだよ」

「つまり、言おうと思えば、いつでも言えると…?ならば毎回言ってもらうよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる桃花。何を企んでいるんだ?

なんなんだ、こいつ。

「毎回ってなんだよ?その毎回の基準は?」

「会話毎」

「まともに話せねーだろうが」

「ふふっ」

 今度は彼女らしい、明るい笑顔が浮かぶ。あの一件から彼女は変わりつつある。何より彼女は笑顔が増えた。時にはあの悪戯っぽい笑みも浮かべるが、やはりそれも彼女の笑顔だ。

 桃花がこういう風に変わってくれたのは嬉しい。なにせ、ゼロ歳からの幼馴染だ。もう家族みたいなもの。そんな彼女が幸せで嫌なことは、何一つない。

「じゃあ、白兎さんの名言も聞けたわけですし、帰りますか?」

「そうだね。名言も聞けたことだし」

「名言言うな…」

 有馬を元気づけようとしたらこれだ。それも有馬から名言とか言いだすし…。まあ、どうやら元気は出たみたいだし、結果オーライと言ったところか。

 それぞれの新しい道が開けようとしている今。この先、俺たちは何を目指し、何になっていくのか。それは、神でさえ知るこのできない、俺たち自身が築き上げる物。どんな道ができ、何処に続くのかは俺たち次第なのだ。


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