第2話 二人の出会い -2-

 まだ夕方にも関わらず、村の中を歩いている人はいない。快晴の朝だった村も裏山と同じくどしゃ降りの雨となっていたからだ。ドロドロにぬかるんだ地面に足を引きずるようにハルは歩く。背中の大きなと体力、そして魔法の使い過ぎからくる疲労のせいだ。ゆっくりではあるが、確実に少しずつ進んでいる。そして、ハルの目線の先には一軒の民家があった。

 なんとか民家の前に着くと、ハルは残りわずかの力を使って、まるででるような弱い力でドアをノックした。ノックが終わるとすぐに勢いよくドアが開かれた。ハルはドアを開けた人に向かって力を充填するかの様に一度深呼吸をして一言


「おまたせ」


 笑顔でそう言って背中の大きなと一緒に倒れこんだ。薄れゆく意識の中で、薬に調合する前の状態で薬草を渡してしまったことに対して少しの罪悪感と、背中の少女を助けることができるかもしれないという大きな安堵感を感じながらハルの意識は途切れた。


 さっき失ったばかりのハルの意識が少し戻る。何がどうなっているか理解できないぐらいの曖昧さ。だが、少しだけ曖昧な意識の中、ハルは自分の状況を把握し始めた。雨の中を走っている。背中に大きなを背負って。雨の中をひた走っていると一人の老人に出会った。ハルは背中のを降ろし老人に見せる。老人はを丁寧に調べ始める。老人は調べ終わるとハルに向かって、静かに首を横に振った。ハルは泣きながら助けてあげて、と老人に縋りつく。老人はそれでも頑なに首を横に振り続ける。老人のハッキリした拒絶にハルは思わず絶叫する。


「助けてあげて!!!」


 今度は意識が完全に戻った。ハルは周りの状況を確認する。自分が寝ていたのはベッドの上、そして横にはアニエスの笑顔があった。ハルはさっきまで夢を見ていたのだと理解した。夢だと分かった途端ハルは安堵した。


「アニエス、おはよう!」


 ハルはまだしていなかった朝の挨拶を笑顔でアニエスに、それにアニエスもハルよりも良い笑顔でおはようと返した。アニエスは挨拶を終えるとたどたどしい歩みで寝室を後にした。


「ハル君、目を覚ましたのね。朝ごはん大したものじゃないけど温かいスープよ、よかったら飲んでちょうだい」


 そう言ってアニエスの母はハルに一杯のコップを差し出した。そのコップを受ける取ると、ハルは自分が目を覚ましたことをアニエスが母親に伝えたんだと納得した。だが同時に一つの疑問が浮かび、そのまま声に出た。


・・・」


 アニエスの母から放たれる強烈な殺気にハルは気づいたのか、言葉を途中で止め、一度咳払いをしてから改めて疑問を投げかけた。


「お姉さんは風邪で寝込んでたんじゃなかったんですか?」


 先ほどの殺気が嘘のような満面の笑顔でアニエスの母は答える。


「それがね、体調は悪かったんだけど、寝込んでもいなかったし、薬を飲むほどじゃなかったのよ。それをこの子ったら・・・・・・」


 そう言ってアニエスの母は横に並んで立っていたアニエスの頭をくしゃくしゃに撫でる。アニエスは頬を膨らまして、子供扱いしないでと怒った様に見せようとしているが、口元が緩んでいるせいでハルには怒っている様には見えなかった。その後もアニエスの母は娘が迷惑をかけてごめんなさいと言っているが、ハルには優しい自慢の娘です、と言っているように聞こえた。そんな微笑ましい家族を前にハルはスープをすすり始めた。


「まあでも、ハル君に取ってきてもらった薬草で二人も助かったんだから、結果オーライよね!」


 その言葉を聞いてスープをすすっていたハルが止まった。そして、の意味を考え始めた。アニエスの母は薬を飲むまでもないと言っていた、だから自分ともう一人の誰かがいる。ハルの頭には夢の中で背中に背負っていた大きなが思い浮かんだ。


「お姉さん、薬草で助かった二人って僕と全身黒の女の子ですか?」


 記憶を頼りにの特徴を伝えるハル。アニエスの母はそれに黒い軍服みたいな服の女の子よ、とさらに情報を付け足して返してくれた。ハルは少女を運んだのは現実で、死んでしまったのは夢だと、ようやく理解できた。


「女の子は今どうしてます?」

「隣の部屋で寝てるわ。雨で体温が奪われていたのと、あまり食べてなかったのかしら? 栄養不足でもう少し連れてくるのが遅かったら命に関わってたわ」


 助かったと聞いて助けることができたという想いから、ハルは長い長い安堵のため息をついた。安堵と同時に様子を確かめたくなって、残りのスープを一気に飲み干し、ハルはベッドから起き上がった。が、体に上手く力が入らずよろめいた。アニエスの母がよろめいたハルを倒れこむ寸前でなんとか支え、ベッドに座らせた。どうやら、昨日の魔法の疲労が完全に取れていないようだ。


「目が覚めたばかりなんだから、無理したらダメよ」


 アニエスの母がハルを優しくたしなめる。ハルはすいませんと一言、今度はゆっくり立ち上がり、隣の部屋に向かった。

 隣の部屋の扉を開けるとベッドには昨日大樹の根元で見た黒髪の少女が眠っていた。少女の寝顔を眺めていると、この少女を自分が助けたんだという感覚がじわじわとハルの中で生まれ、それが喜びに変わっていった。

 十分に喜びに浸った後、ハルは依頼クエストの報告をまだしていない事を思い出した。ギルド支部に向かおうと彼女に背を向けたが、最後になぜか、もう一度少女の顔が気になって振り返って少女の顔を見た。ついさっきまで眠っていた少女は目を覚まし、その真っ黒な瞳でハルを見た。ハルは彼女の瞳が、彼女の髪の色、月明かりのない夜道、この世界に溢れるどんな黒より黒く、まるで闇がそこにあるかのように感じた。


 これが二人の出会いであった。

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まほろば ケニア @yamato1214

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