さよなら、バイバイ、また明日

深水えいな

さよなら、バイバイ、また明日。

「またね、美嘉みかちゃん」


 サッカーのユニフォームを着た少年が泣きそうな笑顔で手を振る。


 ――待って。待ってテッちゃん!


 私は手を伸ばし、必死で引き留めようとした。けれど体はどうしても動かない。


「またね」


 だめ。この後、テッちゃんは。


 テッちゃんは――。


 ピピピピピピピピピピ。


「テッちゃんは……ってあれ?」


 ピピピピピピピピピピ。


 私はアラームの音で目を覚まし、ガバリと飛び起きた。


「夢?」


 窓の外はもうすっかり明るい。

 目の前では、うさぎ型の目覚ましがやかましく音を立てている。


「また、この夢……」


 私はアラームを止めると、パジャマの袖で目尻をぬぐっった。頬には知らないうちに涙がつたっている。


 最近、いつも同じ夢を見る。テッちゃんが死んでしまう、悲しい夢を。この四月に高校に入学してからずっと。


「一体、どうして?」


 ***


「単刀直入に言う。付き合ってほしい」


 照れるでもなく、真っ直ぐ私を見つめて言う宮部みやべくん。


 風が吹いて、カーテンを揺らした。午後の日差しが、誰も居ない教室を優しく照らす。


 放課後、誰もいない教室で、私は隣のクラスの宮部くんに告白された。


「えっ」


 信じられない。頭が真っ白になって言葉を失ってしまう。


 すらりとした長身。サラサラした黒髪。知的に光るメガネ。


 宮部くんは、テストではいつも学年一位、品行方正で、クラスでは学級委員長という絵に書いたような優等生。そんな彼が、何で私?


 だって私は飛び抜けて美人ってわけでも可愛いわけでもなく、成績も運動神経も普通でなんの取り柄もない女子。


 クラスも違うし、ろくに話したこともない。何かの罰ゲームだろうか。そうとしか思えなかった。


「ごめんなさい!」


 考えた末、私は勢いよく頭を下げた。


「なぜだ」


 宮部くんは私の返事を聞くと不満そうにした。なぜだと言われても。


「だって私、宮部くんのことよく知らないし、あまり話したこともないし」


 しどろもどろになりながら答える。

 宮部くんの目が、メガネごしにギラリとひかった。


「ほお?」


 私は思わず肩をすくめた。な、何?


 私みたいな冴えない女子なら断られないだろうと思っていたのに、断られたから不満なのだろうか。


 確かに、宮部くんは頭もいいし学級委員長だし、見た目も悪くなくて、条件だけ見れば私には勿体無いくらいの人。


 だけど――私は宮部くんの顔をちらりと見た。


 この自信満々な態度、堅物っぽい口調、鋭い目線。申し訳ないけど、私、この人ちょっと苦手かも。


 宮部くんはそんな私をよそにニヤリと笑った。


「ほう。一応、僕の名前は知っていたわけだ」


「だ、だって、目立つから。学年一位だし、クラス委員だし」


 冷や汗をかきながら答える。


「でも、宮部くんだって、私のことなんかよく知らないはずです」


「知らなければ恋に落ちてはならないという道理はあるまい」


 あっけらかんとした顔で言う宮部くん。まあ、それはそうかもしれないけど。


「それに僕は君に関していくつかの事柄を知っている。まず第一に、君は几帳面で責任感が強い」


「なんでそんなこと分かるんですか」


「教室に置きっぱなしにされたプリントや空になったペットボトルを掃除をしているのを見かけたことがあるからな。それにサッカードイツ代表が好き」


 宮部君は私が持っていたブンデスリーガドイツ1部リーグの選手のクリアファイルを指さした。


「それに最近顔色が悪い。どうやらよく眠れていないようだ。何か悩み事があるんじゃないのか?」


 探るような宮部くんの目。返答に困る。なぜそんなことを宮部くんに相談しなくてはいけないのか。


 私が黙っていると、宮部くんはふう、と息を吐いた。


「まあいい。付き合うのが駄目ならお友達はどうだ? 君は僕と友達になる。それ位ならいいだろう?」


「ま、まあ、それぐらいなら」


 宮部くんの推しの強さに根負けして、私は渋々お友達になるのを承諾する。


 友達くらいならなってもいいよね。そう安易に考えていた。だけど――。


「なら決まり。学校帰りに喫茶店で、なぜ君が眠れないのか相談に乗ろう」


 宮部くんは強引に私の手を引く。


「えっ、なんでそうなるの!?」


「だって僕たちは友達だろう? 友達の相談に乗るのは当然だ」


 私の手を握ったまま教室を出る宮部くん。隣のクラスの子が、私たちを指さしたのが分かった。顔がかあっと熱くなる。


 やられた。


 校舎の階段を降り、下駄箱へ。流れる景色。外靴に履き替えると、宮部くんは高校のすぐ近くにある喫茶店に私を引っ張っていった。


「安心しろ。必ずや、君の悩みを取り除いてやろう」


 ニヤリと笑う宮部くん。


 どうしてこうなるの?


 巻き起こる思いもよらぬ展開に、私はついていけない。


 そう、あの時だって――。


 頭の中に、夢の中の光景がフラッシュバックする。


 私はいつも、自分の言いたいことも言えないまま流されていくんだ。


 ***


 私は、宮部くんの後について、高校の向かいにある喫茶『プラム』に入った。


 カランコロン、と軽やかな音を立てるステンドグラスの扉。中にはアンティークのランプや人形がたくさん飾ってあって、古めかしいけど雰囲気のいい喫茶店だ。


「ここ……」


「良いだろう。行きつけの喫茶店だ」


 宮部くんは迷うことなく一番奥の席に腰掛けるた。その慣れた動作から察するに、本当に常連なのだろう。


 緊張しながら宮部くんの向かいの席に座る。ゆったりと足を組み、赤い栞を挟んだ文庫本を取り出す宮部くん。


 こういった古めかしい喫茶店の雰囲気に宮部くんはピッタリで、悔しいけれど絵になるなあ、と思った。


「すみません」


 店員さんを呼び、彼はエスプレッソ、私はカフェラテを注文した。


 やがて注文したカフェラテが運ばれてきた。


 あ、おいしい。

 コーヒーは苦手だけど、このカフェラテはミルクの味が濃くて優しい味だった。


「やっと緊張が解けたみたいだね」


 宮部くんが笑う。


「どうしてそんなに緊張していたんだい?」


「だって、喫茶店に入ることなんてめったにないし」


 それに宮部くんがいるから、と言いかけてやめる。


「でもこの店、すごく雰囲気いいね。学校のすぐ近くにあるのに、全然気づかなかった」


「雰囲気、いいと思う?」


 宮部くんの眼鏡が光った、ように見えた。


「うん、すごく」


「そうか。僕の友達はたいてい気味悪がるから。ほら、ここドールとか置いてあるだろう?」


 ドール。私は店に飾られている美しいお人形さんたちを見た。少しリアルな顔つき。ガラス玉みたいな綺麗な目。フリフリのドレス。


「私は、綺麗だと思いますけど」


「そう、それはよかった」


 彼は少しほほえんだ。


「っていうか、宮部くん、友達とかいたんですね」


「失礼な」


 すると水を足しに来た店員さんがプッと噴き出した。


「笑うところじゃありませんよ、内藤さん」


 内藤さん、と呼ばれた白シャツに黒いエプロンの若い店員が笑う。


「ごめんごめん。なんだかおかしくってさ。ひょっとして君、宮部くんの彼女?」


「ち、違います」


 私は慌てて首を振った。


「そうなの? 結構お似合いに見えるけど、仲良さそうに見えるし」


「これから仲良くなるところだ」


 内藤さんはそれを聞くとふふふ、と笑った。


「そう。仲良くなると思うよ。君たちにはね、赤い糸が見える」


「あ、赤い糸?」


 私が困惑していると、宮部君はほとんど表情を崩さず言った。


「あ、この人霊能力者だから」


「え?」


 内藤さんの顔をまじまじと見る。内藤さんは照れたように笑った。


「あそこのドールとかも元々霊が宿ってたのをこいつが除霊したんだからな」


「ええっ!?」


「除霊ってほどでも無いんだけどね、ただ彼らの魂をあるべき場所に帰してやるだけ」


「そ、それって凄くないですか」


「だからさ、何か霊に関する悩みがあったら彼に言いたまえ」


 あ、それでこの喫茶店に私を呼んだんだ。


 宮部君が私の顔を見つめる。私は唾を飲み込んだ。


 この人、どこまで知ってるんだろう。


 こぶしをギュッと握りしめる。ええい、この際だから言ってしまうか。


「あのっ、話があるんですけど――」


 私は意を決して、あの夢のことを内藤さんに相談してみることにした。


「実は、ここのところ毎日夢の中に幽霊が出てきて――」


「夢の中に、霊が出てくる?」


 内藤さんが心配そうに私の顔を見やる。

 私はこくり、と頷いた。


「霊って、どんな?」


「交通事故で亡くなった、小学生の時の友達なんですけど」


 内藤さんはうつむく私の顔をじっと見た。


「そうだねぇ。僕には霊っぽいのは見えないけど」


「ふむ、やはりそうなのか。僕も霊だという意見には懐疑的だ」


 宮部くんはそう言いながらノートに何か書きつける。


「良ければ詳しく聞かせてくれないか?その夢のこと」


「最近、何度もこの夢を見るんです。小学校の時、同じ少年サッカーチームに所属していたテッちゃんの夢を――」


 私は今朝のことを話し始めた。


 うーん、と内藤さんがうなる。


「一つ質問していいかい」


 手を上げたのは宮部くんだった。


「君は、その子のことを好きだったの」


 宮部君の心臓を射抜くような真っすぐな瞳。


「……告白、されたんです」


 私はうつむいた。


「でも私にとって彼は友達で――断りました」


「そうか」


 宮部くんは息を吐くと、またもや何かメモを取り始めた。


「よし、決めた」


 彼は言う。


「明日も時間あるかい? 放課後、図書室へ行こう。夢占いの本を調べにね」


「はあ」


 私はあっけにとられながら返事をした。


 夢占い?


 占いを信じるだなんて、宮部くんにも一応可愛いところがあるみたい。


 でも彼なりに必死で私の悩みを解決しようとしているみたいだし、とりあえず図書館には行ってみようかな。


 ***


 テッちゃんは幼馴染で、小三から小六まで同じ少年サッカーチームに所属していた仲間だ。


 少年サッカーチームには女の子は私一人しかいなくて、私は毎日テッちゃんや他の男の子たちと遊んだり、登下校して過ごした。


 当時サッカーアニメが大流行していて、私たちはよく帰りがけにそのアニメのテーマソングを歌って帰った。

 

 曲のタイトルは『さよなら、バイバイ、また明日』


 私はこの曲が大好きで、特に「また明日になれば 一緒に会えるよ笑えるよ またね。さよなら、バイバイ、また明日」というサビの部分が大のお気に入りだった。


 家の前で、テッちゃんと私が別れるとき、私たちは決まって 


「またね!」

「さよなら、バイバイ、また明日!」


 と挨拶を交わしていた。


 だけれどもその日に限って「またね」と言われた私は「さよなら、バイバイ、また明日」と返さなかった。


 そして、テッちゃんに明日は来なかった。


 テッちゃんはその日、家の前でトラックに轢かれて死んだのだ。


 ***


 次の日の放課後、私と宮部くんは約束通り図書室にやって来た。


「意外だね。宮部くんは占いみたいなオカルトっぽいのに興味ないと思ってたのに」


 私が言うと、宮部くんはくい、と眼鏡を指で押し上げた。


「いや、夢は深層心理を映すものだ。心理学には少し興味があるしな」


「そ、そうなんだ」


 心理学。宮部くん、将来はカウンセラーにでもなるんだろうか。全然似合わないけど。


 私たちは占いのコーナーへと向かった。


「ふむ、どれどれ、『人が死ぬ夢は吉夢です。一見縁起が悪いですが、あなたに幸運が訪れることを知らせる夢です』だそうだ」


 幸運かあ。

 さらに宮部くんは続ける。


「サッカーやバスケ、バレーなどの球技をする夢は貴方がかかえる困難や葛藤、打ち勝ちたい気持ちを現しています」


 困難、葛藤。うーん。


「幼馴染が出る夢は、過去を懐かしく思ったり、できることなら昔に戻りたいと思っているようです」


 昔に戻りたい。これは、あるかな。


「初恋の人。素敵な恋をしたいと思っているようです」


「べ、別に初恋とかそんなんじゃ。ただ――告白されただけで」


 私はとっさに否定した。


「ふむ」


 宮部くんはさらに本のページをめくる。


「あったぞ。『告白される』の項目が。好きな人や誰かからのアプローチを期待していたり、誰かからの好意を薄々感じ取っていたり、予感めいたものを感じている」


 誰かからの好意を薄々?


「これは当たっているのではないか?」

 

 宮部くんが「告白」のページをトントンと叩く。

 

「どういうこと?」


「それはもちろん、僕が君に告白したことだ。予感めいたものがあったのではないか?」


 あ。そういえば私、宮部くんに告白されたんだった。


 でも予感なんて――私は思い出す。


 そういえば、学校内ですれ違う時、何度か宮部くんと目が合うことがあったっけ。


 こっちを見てるような気がすると思ったことが無いわけではなかった。


 それで私は宮部君の名前を覚えたのだ。よくよく考えると、予感はあった。


 うんうん悩んでいる私の顔を、宮部君は興味深そうに眺めた。


「でも」


 私は顔を上げた。


「私、あれはやっぱり何かテッちゃんからのメッセージだと思うんだ」


「ほう」


「テッちゃんが、私に何か伝えようとしてるんだと思う」


 宮部君は夢占いの本を閉じると、急に真剣な顔をして言った。


「これは僕個人の意見だが――僕は逆だと思う。ならばどうしてそのテッちゃんとやらは君に何も言ってこないんだ?」


「それは……」


「僕が思うに、言いたいことがあるのは君の方じゃないか?」


「私が? 何を?」


 私が困惑していると、宮部くんは横を向き、眼鏡をくいと押し上げた。


「それを考えるのは君自身がすることだ」


 ***


 その夜、私はまたあの夢を見た。


「俺、お前の事が好きだ」


 夕暮れ。家の前で、テッちゃんは私にそう告げた。


 私はこの予想外の出来事に、恥ずかしいやら、困惑やらで頭の中がグチャグチャになって、声も出なかった。


 告白だなんて、少女漫画の中だけの出来事だと思っていたから。


「ご、ごめん。テッちゃんは友達だから。その――」


 私が下を向くと、テッちゃんは苦笑いした。


「そっか。ごめんな、困らせて。嫌な思い、しただろ」


 テッちゃんはそう言うと大きなカバンの肩紐をギュッと握り走り出した。


「あ!」


 私は何かを言おうと手を伸ばす。ダメ。行っちゃダメ。この後あなたは、トラックにかれるんだよ!


 言おうとしたけど、声が出ない。


 テッちゃんが去っていく。どうしよう。


 ――言いたいことがあるのは君の方じゃないか?


 その時、宮部君の言葉がふいによみがえってきた。


 そう。私は伝えたかった。それなのに、伝えられなかった。だからこの夢を繰り返し見るんだ。


「テッちゃん!」


 声の限り叫んだ。


 テッちゃんが振り返る。


 やった。声が出た。テッちゃんも立ち止まってくれた。


 でも、私は一体、何を伝えれば?


 告白の返事? 好きだったかなんて良く分からないのに。


 ああ、何を話していいんだろう。


「あの……えっと」


「またね」


 戸惑っている私に向かって、テッちゃんは寂しそうな目をして手を振ると、くるりと背を向けた。


 あ。


 テッちゃんが行ってしまう。


 テッちゃんが行ってしまう前に、伝えないと!


 私の本当の気持ち。伝えたかった気持ちは何?


 私は大きく息を吸い込み、無我夢中で叫んだ。


「あ……ありがとう。私、すごく嬉しいよ!」


 好きかどうかは分からない。でも告白されて嫌なんかじゃなかった。そりゃ、少しは困ったけど、ただ恥ずかしかっただけ。私は――。


 はあはあと肩で息をする。茜色に染まった通学路。


 テッちゃんは目を丸くした後、少し頬を染めてこくり、と頷いた。


「さよなら、バイバイ、また明日!!」


 そして私が声の限り叫ぶと、テッちゃんは眩しい笑顔を見せた。

 

 そう、私は心残りだったのだ。テッちゃんと笑顔でさよならできなかったことが。


 私はあの日、「またね」と言ったテッちゃんに何も返せなかった。


 私もテッちゃんも、不機嫌な顔をしたまま別れてしまった。それが心残りで、きっと私は何度も同じ夢を見ていたのだ。


 さよなら。テッちゃん。さよなら、私の初恋かもしれなかった人。私を好きになってくれてありがとう。


 ピピピピピピピピピピ。


 アラームの音で目が覚める。


 私の頬は、涙で濡れていた。だが、嫌な感じではなかった。


 私はすっきりとした気分で朝を迎えた。


 ***


「おや、今日はやけに上機嫌だね」


 喫茶『プラム』で私を待っていた宮部君が微笑む。


「うん。多分だけど、もう夢にテッちゃんは出てこないと思う」


「それはどうして?」


「テッちゃんに、言いたかったことは言えたから」


 宮部くんは黙ってコーヒーを飲み干す。


「言いたいことって?」


「それは――」


 すると店の奥からこんな声が響いてきた。


「あらテツ、お友達と一緒なの?」


 バタバタと走ってくる中年の女の人。あれ。この人、どこかで見覚えが。


 っていうか、テツって――。


 私はとっさに宮部君のノートを見た。

 そこには『宮部徹』と書かれている。ずっと『ミヤベトオル』だと思っていたけど、宮部君も『テツ』って名前だったの?


 すると中年の女性が私の顔を見てアッと声を上げる。


「美嘉ちゃん? 美嘉ちゃんじゃないの。昔近所に住んでた!」


 え?


 宮部君はすました顔で答えた。


「そうだよ、母さん。同じ高校なんだ。初めて会ったときはびっくりしたよ」


 えっ、どういうこと?

 私があっけにとられていると、宮部くんは呆れたようにため息をついた。


「はじめから『幽霊じゃない』って僕は主張していただろう? 確かに、あの時トラックに轢かれて生死の境を一週間ぐらい彷徨ったけどさ」


 確かに、宮部君は最初からそう主張していた。幽霊じゃないって。


 私の脳裏に様々なことがよみがえってくる。


 なぜ宮部くんは私の方をあんなに見ていたのか。なぜ私もあんなにも宮部くんのことが気になっていたのか。


 それは、元からお互いを知っていたから。


 なぜ私のファイルをちらりと見ただけでそれがサッカードイツ代表のものだと分かったのか。クラブチームのユニフォームを着ていて国旗も付いていないのに。


 それは、彼もサッカーが好きだから。


 それに、あの夢。


 夢は深層心理をうつすもの。


 最近になってテッちゃんの夢を見るようになったのは、無意識のうちに宮部くんの正体に気づいていたからだったのだとしたら?


 宮部くんの顔をまじまじと見た。


 すらりとした背。サラサラとした黒髪。黒縁眼鏡に、その奥で笑う、奥二重の目。その姿が、テッちゃんのものと重なった。


「ええええええっ。だ、だって名字が」


 私が宮部くんを指さしたままワナワナと震えていると、宮部くんはわざとらしくため息をついた。


「あの事故のあとすぐに離婚して引越ししたのだよ。ちなみに近々、母さんは内藤さんと籍を入れる予定だ」


 内藤さんがやってきて、宮部君のお母さんの肩を抱く。照れたように笑う二人。


 クラクラとめまいがした。


 こんな……こんなことってあり? 死んだと思っていたテッちゃんが生きていて、それが宮部君だなんて!


「それで、僕に言いたかったことってなんだい?」


 頬杖をつき、ニヤニヤといじわるそうな顔で聞いてくる宮部君。まったくもう!


 私は恥ずかしさのあまり、席を立って店を出ようとした。すると背後から


「またね!」


 という爽やかな声が降ってくる。


 だから私は顔を真っ赤にして、思い切り叫んでやったんだ。


「さよなら、バイバイ、また明日!!」 







 







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さよなら、バイバイ、また明日 深水えいな @einatu

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