求む変化

糸目

求む変化

 それは偶然の出来事。誰もがそれを予想していなかった。そもそも予想などが出来ていれば、世の中というところは、もう少し呼吸が楽な場所になるはずだ。


 片山隆はトラックの運転手。いつもの長時間労働に愚痴を言いながらも、それが日常へと変化した今になっては、さしての問題だとも考えなくなっていた。いや、正しくは、考えることを放り投げた、と言った方がいい。

 改善する余地はいくらでもあるのかもしれない。上司に話したり同僚に話したり家族に話したり。話しただけでは解決しないけれど、それをきっかけに何かが起こる可能性は、ある。しかしその可能性に縋る気が失せてしまうほどに、片山は疲弊していた。運転をしているのはもはや奇跡、と思える程身体は悲鳴を上げている。いつ居眠りしてもおかしくない。

 俺は何のために働いているのだろう、と根源的なことを考え、その考えは、お金、家族、という現実的な考えに着地し、最後は、深いため息。

 俺なんて、いてもいなくても変わらないよな。




 葉山サツキは女子高生。今日も今日とて授業のために学校へと自転車を走らせる。しかし授業の為に学校へ行くなんて思うの、私くらいだよな、と自虐的に笑ってみせる。共感は得られない。

 学校という閉鎖的な空間に嫌気が差している。嫌気は差すけれど、それを打開する方法がまるで思いつかない。私のクラスはまだ、穏やかな方だ、と他クラスと比較してその場しのぎの安堵を得ようとする。もちろん、その安堵は長続きしない。

 いじめ、まではいかない。嫌がらせ、とまでは及ばない。だから私が自意識過剰なだけなのかなと無理やり納得しようとしてみるけれど、それが上手くいかない。

 きっかけは些細なものだったと思う。一緒にトイレにいかなかった。放課後の遊びに付き合わなかった。相手の弁当を褒めなかった。たぶん、そんなささやかな。しかしそのささやかな、が学校というコミュニティーでは重要視されるのだと、今になって葉山は気付いた。というか、今の状況になってみて、その恐ろしさに気付いた。

 強く撥ね退ける、ようなことはしない。変につっかかってくる、わけでもない。適度に無視されるだけ。その適度、がまた嫌らしい。

 葉山は考える。突破口は意外と数多くあるのではないか。思い切って担任に相談する。面と向かって無視をするなと言ってみる。こちらから関係の断絶を計る。策は色々と考えられた。でもどれも、実行する勇気がない。考えはいつも考えで終わり、最後は、深い、ため息だ。

 私なんて、いてもいなくても変わらないよな。




 それは本当に偶然の出来事。片山隆はほんの一瞬、意識が飛んだ。それは睡魔のせいであり、睡魔を引き起こしたのは重労働のせいであり、元を辿れば片山に全ての責任があるわけではないけれど、その瞬間に目を瞑ってしまったのは、他でもない片山自身だった。

 その瞬間は、交差点で起こった。しかし片山にとって幸運なことに、信号は青色を示していた。一瞬の眠りに陥った片山にその色の判断はできなかったが、赤信号に突っ込むよりは、事は大きくならなくて済む。せいぜい、信号無視をとやかく言われるだけだ。まして、目撃者がいなければ、誰にも咎められることはない。そんな日常の風景に溶け込むような一場面。

 そこに、葉山サツキが入ってきた。彼女の言い分としては、考え事に没頭していたからだ。具体策を実行しようかしまいか考え、結局先送りにするのだけれど、その時は真剣に考える。ほとんどそれは、朝の日課になっていた。

 その朝の日課が、信号無視をさせた。赤信号であることを、葉山は確認しなかった。する余裕も無いほどに、葉山は考えていたのだった。




 だからその悲劇は、偶然起こってしまった。大型トラックが女子高生を撥ねてしまうという、偶然がもたらした悲劇。不幸中の幸いとして、二人とも命が脅かされることはなかった。しかしこの瞬間、二人の共通の諦めは吹き飛ぶ。

 いてもいなくても変わらないよね。その諦めが、吹き飛んだ。

 二人は二人共、共通のことを思ったからだ。


 いてもいなくても変わらないんじゃない。

 生きているだけなら、何も変わらないんだ。




 死という変化に期待し怯え、明日もやっぱり生きている。

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求む変化 糸目 @itome

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