第7回
妹は、兄の「呪う」と言う言葉に強く打ちのめされていた。
兄への愛情ゆえに取った行動が、
笑えない皮肉ではないか。
本当に笑えない。
絶望にも似た気持ちが、彼女の虚弱な心臓をきつく縛り上げ、その鼓動を不規則に乱れさせた。
手足が震えて力が入らない。
こんな悲しい気持ちになったのは初めてだ。
もう死ぬしかないと思った。
生き抜こうと言う思いは、完全に途絶えた。
地下室の薬品棚には、
終わる事のない悪夢の世界へ、
だが、その前にやらねばならない。
兄の遺言は、必ず
彼の魂だけは、きちんと救って死のう――
そう言って婦人は、長い息を
ここまで一気に語って、少し疲れた様子だ。
顔色もあまり良くない。
――ご気分が悪いのですか?
僕が問いかけると、大丈夫と言って手を振り、再び話に戻ろうとする。
彼女は……いえ、今更他人の事のように語るのは
ずっとずっと、罪は罪。
私は――残された兄の骨も肉も、庭の焼却炉に入れて、完全な灰になるまで
そして、その灰を兄の好きだった薔薇園に全て
すると、兄の灰を吸った薔薇は、どんな作用かグングンと伸び続けました。
いつしかそれは庭園全体を、更には館の壁まで
そして薔薇たちは、どんな種類も等しく青い
いつしか世界は、
実際、今こうして、あなたがここへ迷い込むまでは、私自身も青薔薇の一部だったのです。
ご覧なさい、そう言って指差す窓の外は、あの色取り取りの鮮やかな庭園ではなく、いつしか一面、緑と青だけの寒々しい光景に変わっていた。
窓の縁まで、青薔薇が押し寄せている。
あり得ない事に陽光までが青白く輝き、その光は婦人の姿をしっくり包んで、色白の肌や質素なドレスを神々しく照らすのだ。
もはや私は一輪の青薔薇でした――。
婦人は
彼女は椅子から立ち上がり、静かに僕の前まで歩み寄ると、四角い小箱を手渡す。
僕は
箱を受け取り、恐る恐る
吹き出したものは、ヒラヒラと軽やかに空気の流れに乗って、周囲一面に舞い落ちて行く。
――薔薇だ。
真っ赤な薔薇が、僕を取り囲んでいた。
やがて濃厚な香りが、思考を曖昧にさせる。
香りは僕の
意識は
目覚めると、電車はホームに停車していた。
どうやら目的の駅へ到着したらしい。
いつ開けたのか、窓が大きく開かれていて、そこから激しく雪が吹き込んでいる。
ホームの外は大雪で、狂ったような猛烈な吹雪が吹き荒れている。
凍えるような冷気に、僕はブルリと震えてコートの
電車から降りて改札を抜けると、北の町は空も地面も真っ白で、まるで何もない白紙の世界に降り立ったように見える。
吹きつける雪の嵐に顔をしかめながら、まだまだ続く長い
ゴウゴウと吹く風に混じって、歌が聴こえる。
あれは彼女の歌だろう。
この真っ白い虚無の果ての何処かで、今も歌っているに違いないのだ。
けれどポケットの中には、確かにあの四角い小箱があって、甘い香りと甘美な幻想を僕に求めていた。
僕はその幻想に逆らう事は出来ない。
おそらく僕は、これをあの人に贈るだろう。
美しい姉の、その唇へ。
(終)
青い館の神秘 こもり匣 @jet002
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