遠い背中を追い越して

本陣忠人

彼の背中を追い越して

「錆び付くよりも燃え尽きたい」


 それは中学時代に好んで聞いたアーティストの遺した最期の言葉。

 身に余る才能故に身の丈以上の栄光を勝ち取った末、自ら幕を引いた一人の男の今際の言葉。


 そんな彼とは対象的に、身の丈にあった才能と結果を不本意ながらも惰性で甘受する自分はと言えば、最近事ある毎にその言葉を思い出し、宙ぶらりんの自分に度々問い掛ける。


「お前は今正に、日に日にくすんで錆びてはいないか?」と。


 平凡で普通とは名ばかりの最低の生活。

 別にとびっきり不幸な身の上だとは思わないが、自分と比較してより善い幸福くらしを過ごしている人間が、掃いて捨てるほど無数に存在しているのだと、そんな当たり前を考えだすと怨嗟の羅列に身を引き裂かれる醜い感覚がある。


 単調な生活、単純な毎日。

 起きて、会社に行って、帰ってきて寝る。


 起きる変化はマイナス方面ばかりが幾重にも重なって、流石に気が滅入る。

 たまに思い付いた様に怒鳴られ、そこそこ嫌な思いをして―――を恋人との快楽行為で発散する。


 そうして年月を重ね、一つまた一つと歳をとった。

 気が付けば彼が没した年齢に追いつき、なんと一時間後には追い越してしまう。


 その中で様々なことが起こったような気もするし、全然そんなことは無かった気もする。


 つまりは無意味の積み重ねだった訳だ。


 誰の心にも残らないどころか、自分の記憶あたまにも精神こころにも、一欠片も残っていない。全部すり抜けて、一つ残らず流れ落ちてしまった。


 これが虚無以外の何と言う?

 地獄の螺旋を繋いだメビウスの輪に隷属出来るのか?



「塵も積もれば山となる」


 昔の――多分それなりに徳の高い人はしたり顔でドヤ顔で、そう言った。


 現代のありふれた人間も偉そうにそう告げることが多い。


「塵も積もれば山となる。山に成らないのは努力が足りないからだ」


 そんなの糞喰らえ。


 何も知らないくせに良くもそんな口が叩けるものだと、呆れと通り越して、感心すらも飛び越えて、嫌悪の対象に変容する。



「塵も積もれば山となるのかも知れないが、それは所詮ただのゴミの山。予想外の強風で敢え無く崩落してしまう霞の楼閣」


 これは自身の感じた全て。


 嘘だ。詭弁だ。


 こんなのただの言葉遊びで、世間のルールに則った常識的な反論イチャモンに過ぎない。


 或いはただの時間稼ぎ。若しくは詮無き時間潰し。


 そうこうしている内に時計の針は長短ともに頂上テッペンに辿り着いた。


 ハッピーバースデー自分。

 二十八歳の誕生日おめでとう。

 これにてアガリだね。


 彼と違って、自分にも他人にも。

 取り巻く世界に対して何の爪痕も、些細な影響も、小波の一つも残せなかったが、無意味であっても無価値では無い、意味のある一生だった。


 何故なら彼を超えたから。

 彼より一歳長く生きた。彼が果たせなかった未来を過ごしたから。


 有象無象の自分にはそれで十分だ。それだけで満ち足りる。



 ガラス製のローテーブル。

 その机上に並ぶのはテレビのリモコンと灰皿と。


 様々な種類の医薬品と―― 



 どしりと重たい金属製の審判を手に取った。

 首を固定し、幕を引く。



「You Know You're Right…」



 鉛が脳に行き当たり、花が咲いた視界で燻ぶるように筒から煙が上がる。

 散華寸前、正真正銘最期の物思い。

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