「僕」が引っ越した、海沿いの崖の上の白いマンション。
事故物件ではないはずなのに、そこでは謎の現象が続いていた。
クロイゼルング、ドイツ語で「漣」という意味の名前のマンション。
紹介するのに乗り気でなさそうな不動産屋は、実害はない、と言う。
同じマンション上階には、会社の先輩が住んでいた。
慣れてしまえばどうということはない、と先輩は言う。
水音。なぜか開く鍵。廊下の気配。
しかし、真下の部屋に住む小学生の男の子に、異変が生じ始めて――。
鈴木光司『仄暗い水の底から』とか。
小野不由美『残穢』とか。
そういうのお好きな方、ぜひ読んでみてください。
できれば、雨の降る夜に、ひとり静かに。
漣《さざなみ》という語感は独特で、
水面を描写する言葉ではあるけれど、
本能的、反射的な「何か」が体を走るときにこそ、
多く使われるのではないかと思う。
その物件は、いわゆる事故物件ではない。
さざなみという意味を持つドイツ語の「クロイゼルング」が、
「僕」が住むことに決めた岬の白いマンションの名前だった。
内側から何十個もの錠を掛ける以外は、ごく普通の物件だ。
そう聞いていたのに。
一つ、二つと怪異が重なっていく。
少年の異変、住人の不審死、「見える」彼の助言。
語り聞かせる口調には、無念も後悔も大袈裟には表れない。
一見平然としているかのようなその口調が、むしろ怖い。
渦潮に巻き込まれれて絶叫するようなホラーではない。
さざなみ、という独特の語感が確かに似合う。
仄暗いアイツの正体は、一体何なのか。
密やかに背後に迫ってくる怪談には、奇妙で空虚な魅力がある。