第3話
女性は、僕とそう歳は離れていないように見えた。けれど、何処か手慣れた雰囲気が伝わってくることから、在学生に間違いないだろう。何回生かまでは定かではないけれど。
髪型はショートボブで茶髪、ジャージを着ているし、スポーツ科の学生かもしれない。
この学校は、幼稚園から大学までの教育機関や、研究施設を含めた巨大な学園都市の一部だ。エスカレーター式に進学する学生が多いため、ここでの暮らしが長い、というだけかもしれない――と彼女を観察して導き出した考えは、あまりにも平凡であったことを痛感する。
さして気にする素振りもなく、この部屋に立っている人間が普通な訳がない。
扉を開いて、すぐに僕を出迎えたのは、アンティーク調にまとめられた豪奢な内装、そして天鵞絨に包まれた一人掛けソファだった。やはり学生寮の一室と称するには、常軌を逸していたが、それだけでは済まないのだ。
自己主張の激しい学生だったら、ここまでの改装もしてしまうかもしれない。僕の人生最大の譲歩をしたとしても、この部屋は異常だった。
異常。異常なまでの電話の数。
あのソファの近く、サイドテーブルの上にダイヤル式の黒電話がひとつ置かれている。それに懐かしさに覚える余裕を与えない程に、更に古い時代の固定電話がいくつも部屋に設置されていた。
磁石式電話機、ガワーベル電話機まである。ここは電話の資料館かよ、と言いたくもなる。最早映画やドラマの世界でしかお目にかかれないようなものばかりだ。
壁を覆う程の大きな棚には、卓上ホルダーで充電されたガラパゴス携帯だったり、最新のスマートフォンなんかも並べられていた。
これらが装飾として、骨董品としてただ置かれているだけならば「変わった趣味だなあ」と若干引くぐらいで済んだのだろう。
部屋中に、コードが張り巡らされている。電話線が、全て繋がれている。どういった工事をしているのか、その仕組なんかは全くもってわからないけれど、部屋の中を縦横無尽に這うコードたちは、最終的にひとまとめにされている。
この部屋にある全ての電話が、使える状態にされているのだ。
気味が悪い。
「ごめんねー。」
女性が唐突に謝罪を口にする。
嫌そうな顔をしてしまっていたのだろうか。人の部屋にどうこう言える立場ではないことを思い出し、表情を繕う。
「もうすぐ帰ってくるとは思うからさ、座ってお茶でもどうぞ。」
申し訳なさそうに笑いながら、彼女は続けた。どうやら僕の杞憂だったようだ。
部屋の片隅に、応接スペースのような場所が設けられており、そこで待つように手で促される。
僕が椅子に腰掛けたのを見ると、彼女は隣室へと姿を消す。寮の一室にしては広いし、もしかしたら壁をぶち抜いてまで改装したのかもしれないな、と再び僕は無遠慮にも主のいない部屋を観察し始めた。
これまたドラマでしか見たことはないのだが、どこか探偵事務所のような雰囲気がある。
そういえば部屋の前で、僕は彼女に何と声を掛けられただろうか。依頼? そんなもの僕にはない。ふかふかのソファで待っていても、何一つ意味はないのだ。
女性はまだ戻ってきそうにない。カチャカチャと食器の音が聞こえるだけだ。
――このまま逃げてしまおうか。もし部屋の住人が帰ってきて話をするはめになるくらいなら、そちらのほうがマシだ。彼女には申し訳ないが、ろくに確認もせず招き入れる彼女も悪い。
そうと決まれば善は急げだ。
ゆっくりと、極力音を立てないように動き出す。一歩、二歩と、爪先で静かに扉を目指す。良かった、身体は自由に動くし、やはり気のせいだったのだろう。
あと少し、あと少しでドアノブに手が掛かる。古いものだから軋みそうだし、気を付けて開こう。
がちゃり
扉が開く。僕が開けるよりも、先に、扉が勝手に開いた。否、ひとりでに開くようなものではない。つまりは――
「戻ったよ。」
この奇妙な部屋の主人が、帰ってきたのだった。
Phantom Line 鬼火りん @02be
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