第9話

 澄みわたる青い空に、暖かく心を爽やかにしてくれるような春風が吹くこの季節いかがお過ごしですか? 

 わたしが住むこの地域では、遅咲きの桜がまだその美しさを主張するかのように満開に咲き誇っています。

 春は素敵な出会いに恵まれるといいますが、あなたにもそんな幸せが舞い降りると嬉しく思いますーー、


「こういう言い回しすると、いいとこのお嬢様っぽくありません?」


「いや、突然どうした? しかも晴れてねぇし…」


 はい、残念。そんな、気持ちのいい気候わたしにはもったいないです。


 空を見上げると、一面見渡す限り灰色の空に重くのしかかってきそうな分厚い雲、そして、爽やかさとは程遠い湿った風が吹き荒れています。今にも降りだしそうな気配がたまりません。


「ふふっ…」


「気持ちのわりぃやつ…」


 



 春の休日、こんな空模様のなかわざわざ出掛けなくても、とは思いますがちょっとした野暮用もあったのでこうして出歩いています。


 ケガの調子が良くなったからなのか、リハビリがてら勝手についてきたカラスさんが塀の上を歩いたり、時折わたしの周囲を飛んだりしています。ちょっと邪魔かな。

 ご近所さんの評判に関わりますよ、まるでわたしが連れ歩いているかのように見えるので。

 

「あの…、もうちょっと離れて歩いてもらってもいいですか?」


「なんでだよ、自分から話しかけておいて…」


「ほら、いくら休日とはいえ学友に出会わないとも限らないので、うっかりカラスなんかと話してるところでも見られた日には平穏な学生生活に終止符がうたれますよ。わたしだったら、避けますからねそんな不思議ちゃん」


「カッカッカ、明日からあだなは『黒魔女』だな」


 そんな快活に笑わないでいただきたいし、

 そんな黒歴史は作りたくない。


「わかってるなら、ついてこないで欲しかったですよ…」


「そう言うな、暇で暇で仕方なくってよ、それによ、あんな猫畜生と一緒にいるのも御免だ」


「はぁ…、治ったのなら何処へでも飛び立っていても構わないんですけど、うちはもう居候は足りてるんですよ」


 猫の恩返しなんか、期待したところで無駄でしたね。食いぶちが増えたところで得しませんよこの世の中。


「言われなくても出てくっつーの、俺ぁ縛られんのは嫌いでね。ま、そのうち礼でもするさ、今日のこれだってボディーガードとでも思ってくれればいいんだぜ?」


「わたしに敵なんていないので、守ってもらう必要ありませんよ。それに、礼というならばお金になりそうなもので結構ですよ? お札とまでは言いませんが、小銭くらいなら探せば見つかるでしょう?」


 わたしだって本気で、血眼になってでも探してこい、というつもりはないです。それくらいの気概を抱いて欲しいと、そう言いたいだけなんですよ。

 恩着せがましいなんて言わせない。


「そういやぁよ、この辺なんつー名前のとこなんだ? なにぶん、初めて来たところなもんでよ」


「それは、御上町ってとこですけど…」


 そもそもーー、昔から思ってるんですけど、あなたたちに土地の名前とか人間社会の概念が存在していること突っ込んでいいものなんですかね? 


 人気のない道を選びつつもどこか気の抜けない心境で「ひとり」と「いちわ」の会話が弾んで…いるのでしょうか?

 それに、気が抜けないのはわたしだけで人目を気にしているからです。


 日が差さない桜には明るさが足りず、どこか物悲しさを漂わせているばかりです。


「桜の花びらも今日の雨と風で散ってしまいそうですね」


 揃って乱れながら揺れる桜を見上げているとーー、


「もすこし、咲いてて欲しかったんだがな…」


「へぇ、意外です。桜、好きなんですか?」


「いや、桜自体にゃ興味ねぇんだがよ、花見客が減っちまうからな。エサ場としては最高なんだよ」


 なるほど、そういうことですか。

 たしかに、気が緩んでるひとばかりなので、食べ物なんて容易にかっさらうこともできるでしょう。


「わたしとしては、そもそも花見なんてするひとの気が知れないですけどね」


 いえ、べつに散歩がてらみたりするのはいいと思いますけどね? やれ、大のおとなが桜の木の下でわざわざシート引いたりして飲んだり騒いだりするわけでしょう? 結局、だれも桜なんか見ていないというのに、これじゃあ風情もへったくれもあったものじゃあないですよね。

 道端のタンポポでも愛でてるぐらいが、まだかわいげあるものですよ。

 そんなおとなも見たくないけど。


「連れとよく荒らし回ったもんだ…」


 昔を懐かしんでいるのか、想い耽っています。

 


 


 そんなことを言い合いながらてくてく歩いていると、向かいからひとが歩いてくるのが見えました。



 曇天だというのに、まるで後光が差したかのような、きらびやかなオーラをまとった天女のような女性が降臨…、間違えました。普通に歩いてきました。

 ーーなぜか、肩にカラスを乗せて。



 肩にカラスがいるだけなのに、とたんに近寄りがたくなるんですね。

 わたしも客観的に見たら、こうなんでしょうか?

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雨のち雨 アイランド @yushinkan

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