第8話

 無性に甘いものが食べたくなるときってありますよね? ですよね、ありますよね? それは、良かった。


 普段、間食をあまりしないわたしではありますが、疲れてるんですかね、からだが糖分を欲しているということなのでしょう。

 これは、いけませんよね。学業にいそしんだり、家事を淡々とこなすためにも糖分、ひいてはカロリーなるものの必要性を説きたいところですが、なにぶん栄養学の知識には乏しいものでして。しかしですよ、それだけじゃありませんとも。甘いものを摂取することで、日々のストレス緩和を目的としたーー、そう、カンフル剤としても重要な役割を果たしてくれるのです。あれ、そもそも、カンフル剤ってなんなんですかね? あ、いえ、そうではなくて。つまりはですね、


「というわけです、理解していただけましたかね」


「……、ふにゃ…、途中から聞いてなかったにゃ」


「ちょっと」


 長々と饒舌に話していたわたしがかわいそうになりますね。


「あの量を平らげておいて、まだ食べるのかにゃ? 太っても知らないにゃ」


「みなまで言わないでください。せっかくの言い訳が無駄になったじゃないですか」


 まったく、時間を返していただきたい。


「自覚あったのかにゃ…」


 夕食をほぼひとりで処理したおかげで、わたしの胃袋はもう入るスペースがないと叫んでいたのですが、甘いものは別腹です。

 知ってます? 別腹って仕組みとして存在するらしいですよ? 


 とは、言ったもののこの時間帯に食べてしまうのは年頃の乙女には罪が重い気がー、


「…あなたにも少しあげますよ」


「いいのかにゃ!?」


 これであなたも共犯者、なんてね。


 買い置きしていおいたプリン。ささやかな贅沢なんですが、これが日々擦れていく心に彩りを加えてくれます。


「では、猫ちゃんには上に乗っている、この生クリームを差し上げます」


 決して、わたしがケチだから意地の悪いことをしただとか、そういえば生クリームのほうがカロリー高そうだなとか思い直したわけではありません。ありませんとも、ええ、…本当ですよ?


 ほら、クリーム好きですもんね、猫って。


「え、そんにゃ、そ、そんにゃ、メインをいただいていいのかにゃ!?」


 思った以上に食いつきました。


 それと、一般的にはプリンのほうがメインで、生クリームはサブでは? 後、さくらんぼなんかもサブですね。はて、…サブとは一体?


「ここに来てよかったにゃ! 最高だにゃ! ニャンダフルだにゃ!」

 

 あの、そんな、潤んだ目で見ないでください、罪悪感が尋常じゃないんですよ。

 

 猫ちゃんが、喜びで胸踊らせている最中、人知れず心を痛めているわたし…。


「しかし、そんな小さなことで喜べて幸せですね、あなたの生き方」


 それを、羨ましいと思うかどうかは別として。


「良いことづくめの人生なんてつまらないだけですよ?」


「それでも、悪いことがない一生のほうが幸せだと思うにゃ。つらさを知ったら乗り越えるために成長して強くなる、なんてただの詭弁だにゃ!」


 あら、一丁前によく回る舌ですね。


「そうですかね? 悪い面を知らない分、幸せの価値の大切さに気づかないと思いますよ。そのうち、持ってるものの価値も知らないで、飽きて、自分で捨ててしまうんですよ。そうなったら愚かここに極まれり、って言ってあげますよ」


 性格の差なのか、動物としての価値観の違いなのか、意見が合わないですね。


 おかしい、プリン食べようとしただけなのに…。


「止めましょう、こんな話したってお腹は喜びやしませんよ」


「そうだにゃ、早く食べるにゃ!」


 こういうところは気が合うんですけどね。


「カラスさんも食べますかー?」


 寝床でうずくまっている黒い物体に呼び掛けます。出会ったときを思い出しますね。


「………」


 この数時間の間で無視された回数多くありませんかね? 


 あれからもいろいろと調べたらしく、更にネットで得た情報から、種族格差を思い知らせてからまだ立ち直れないご様子。ご愁傷さまです。


「なんにゃ、あいつ。ケガの具合でも悪くなったのかにゃ?」


 いや、あなたは、察してあげてくださいよ。


「溺れそうになってるんじゃないですかね」


「どこでにゃ!?」


 知りませんよ、情報の海とかじゃないですか? まったく、自ら進んで入っていったんでしょうに…。


「…フン。今までの行いを悔いるつもりもないし、改めるつもりも微塵もないとはいえ、こうも、一方的だと考えさせられるものがあるな…。カッ、これも、俺たち一族が受けるべき罪なのか…。」


 そんな、大げさに言うことですか。それか、深い深い悩みでも抱えてるんでしょうね、聞きたくありませんが。聞いてみたらって? 無理です、わたしに悩みを聞き出せるような、そんな包容力求められても困りますもの。


「えっと、ほら、さくらんぼ食べます?」


「気ぃ遣わなくてもいいんだよ、まぁ、遣うくらいならプリンのほうを寄越せとも思うが…」


「すいません、わたし優先度でいうならあなたの悩みよりプリンのほうが大切なので。だいたい、せっかく冷やしておいたのにぬるくなってきたんですよ、一刻も無駄には出来ないんですよ。また今度聞いてあげますから、ね?」


「腑におちねえ…」 


そう言われましてもね、プリンに罪はありませんし。

 

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