第7話

「たまには、鍋もいいもんですね」


 あらかた、食べ終わったので、お腹の休憩タイムを取ろうと、椅子にもたれかかりながらそんなことを言います。


「季節外れとはいえ、こう、食べたーって、満足感がありますよね」


 満足はしましたが、やはり、鍋となると材料費がかかりますよね。家計を圧迫してくれちゃいますよ、一人で暮らすとなると、やりくりが大変なこと、この上無いないです。


「まあ、コスパ重視で生活するのも息苦しいですし、帳簿とか付けるの面倒ですからね。ほんと誰か家事を手伝ってくれる人いないかな……」


 愚痴っても仕方がないのはわかってるんですけどね。


 先程から、独り言のように喋っていますが。

 

 空虚に投げかけられたままなのですが。


「ちょっと、会話のキャッチボールくらいきちんとしてくださいよ」


 カーペットに大人しく黙ったままでいる彼らにいよいよ語りかけます。


「え、あ、ごめんにゃ……」


「お、おう」


 呆けたように、心ここにあらずといった感じですよ、にひきとも。


「まだ、さっきのが尾を引いてるんですか?」


 夕飯前の一悶着のせいでしょうか。ちょっとした腹いせに驚かしたつもりなんですが、やりすぎてしまいましたかね。


 美味しくいただいてしまったと思いました? 

 さすがに、そこまではしませんよ。

 美味しくなさそうだし。


「にゃー……、あまりの無表情さに、冗談とは思えない迫力を感じたにゃー」


 猫ちゃんは、そう言うと体を震わせます。


「それな。焼鳥の未来が見えたぜ、いや、マジで」


 こちらも同様に。


「だから、冗談だって言ったじゃないですか。それと、無表情なのは普段からあまり感情の起伏が少ないからです」


 外面は作りますけどね。こうみえて、うまいんですよ、愛想笑いとか相槌うったりとか。

 でもね、家では自然体で居たいので。


「おかげで、食欲わかなかったにゃ」


「そもそも鳥と猫に鍋ってどうよ……?」


「さっきから、何かと文句つけますよね。でもね、わたしだって、あなたたちがほとんど食べないせいで残りを頑張って平らげたんですよ? 思わぬ誤算でしたよ」

 

「なら、別で用意してくれてもよかったんだぜ? 俺何でも食うし」


 あぁ、雑食でしたっけね。


 そういえば、期限の切れかかった食品があったような……。


「いや、食卓に残飯出すとか正気を疑います。かといって、別に作るのも面倒だったんです。ということで、間をとって鍋ですよ」


「面倒、面倒とものぐさだな、お前は……」


「だって、本当に面倒なんですもの」


「その割には家事とか真面目にやってたじゃねぇか、飯とかも毎日作ってんだろ?」


「にゃーの分もにゃ」


「ま、そこは、親との約束というか決まり事ですからね。きっちり、遵守です」


「あー、独り暮らしか。カッ、いいねえ、気楽なもんさ。一人ってのはよ。……でもよ、ひでえな、一人残しておいてったのか、あんたの親はよ」


 過去を懐かしむように耽っていたと思えば、吐き捨てるようにわたしの親に食いかかってきます。


「ええ、両親赴任です」


「聞いたことねえな、その言葉は……」


「そのくだり、前にやったにゃ……」


 何度でも、言ってやりましょう。


「お前はついていかなかったのかよ」


「ええ、両親にわたしは一緒に行かない、残りたいってお願いしたんですよ。そして、なんとか承諾を得ました」


「ふーん、独り暮らしに憧れてたってやつかい」


「少し違いますが、そんな感じですね。一人になりたかっただけとか上っ面の理由を挙げればいとまないですが」


 他に挙げるとするならば、今のような状況を楽しむことが出来るというのも理由の一つなのかもしれませんね。


 人間の友達でも呼べばいいのにとか言われそうですけど。プライベート空間にああいう人たち入れたくないんですよね。抵抗感じますよ。


「なるほど、お前もそういうくちか」


「ということは、カラスさんも?」


「まぁ、な。だが、それが元でこんな様なんだから世話ねえぜ、まったくよ」


「一人身もつらいもんですねえ」


「はなから独り身だったわけじゃないがな」


「家族ですか?」


「近いが違う」


「伴侶?」


「違うし、あと、今時のやつは伴侶なんて表現するのか?」


「では、御寮人ですね?」


「それも、伴侶と同じようなニュアンスだろう……。いや、待て、だから、違うっつの!」


「じゃあ、なんなんですか?」


「あー、なんつーか、あれだ。近い言葉で言うなら……仲間?」


「それ、最初にスッと出てこなかったんですか? 勿体ぶってそれですか? ええ?」


「近いだけだ! あるだろ! そのーー」


「あー、はいはい、色々あるんですね。それで、そこから何か、いざこざでも?」


「……つまんねえ話さ」


「そうですか、じゃあ、もういいです。良く考えたら、別段と興味あるわけでもなかったし、なんだか長そうなので、また今度暇なときにでも、ね?」


「いや、もっと食いつけよ! ここまでさんざん話したのにその態度かよ! いいよ! てめえになんかもう言わねえよ!」


 なぜ急にキレるんでしょうか? だって、煮えきらないんですもん。面倒くさいですよね。え、もしかして、わたしが悪い? わたしのせい? 琴線に触れましたか? いや、琴線じゃないか。逆鱗ですかね、意味合い的に。


「ま、いいや。じゃあ、切りも良いんでそろそろ片付けちゃいますね?」


「え、もう、この話題終わりかよ!?」


「何言ってるんですか、わたしのなかではとっくに終わってるんですよ」


 それに、良い感じに一息出来たんで。


「納得いかねぇ……」


「してください。それはさておき、猫ちゃん静かじゃないですか。何してーー」


「にゃ?」


「また、ネットですか……」


 許可を得たからと、夢中ですね。ネットサーフィンくらいなら多目に見るんですが。


「この、ようつべ、っていうの面白いにゃ」


 ようつべ? ……ああ、あの、動画サイトですか。

 にしても、ローマ字読みは出来るんですね。

 賢いのかなんなのかよくわかりません。


「なにか、面白い動画でもありましたか?」


「猫の動画がたくさんあるにゃ! 『猫 かわいい』で検索するにゃ!」


 猫が猫の動画みて何が面白いんでしょう。


 メス猫でも探してるのでしょうか? 

 そもそもオスかどうかも知りませんけど。


 それとなく、予測変換を使いこなしているのもなんだか癪にさわります。


「何で人間はこんなに猫が好きなんだにゃ? やっぱり、あふれでる魔性の魅力にはかなわないということかにゃ!?」


 スターン、とエンターキーを肉球でたたいている猫ちゃんを見ると、なるほど、たしかにかわいいですね。動画にしておきたいです。


 しませんけどね? がありますから。


「んー、純粋に好きな人もなかにはいるでしょうけど、ほとんど人間のエゴだと思いますけどね」


「エゴ、にゃ?」


 そんな、純真無垢な目をむけられるといささか答えにくいものがあります。


 例えるなら、子供に現実を教えるお母さんのような役目ですね。まだ、そんな年でもないのに、そもそも相手もいないというのに。

 …いえ、苦に思ってるわけではありませんけどね?


「猫ちゃんは、そうやってわたしの暗い部分を掘り起こすんですね」


「話が見えないにゃ!?」


 それは、いつものことじゃないですか。


「コホン、そういう系統の動画をあげている人たちはですね? 猫を見てるんじゃないんですよ、猫を通して動画を評価されて…、何て言うんですかね、承認欲求とでも言えばいいんでしょうか。それによって満たされた自分を見ては酔いしれてるんです」


 猫に限った話じゃありませんけど。


「む、むずかしいにゃ…」


「簡単に言いましょうか? 我が身がいちばん可愛いんですよ」


 言うまでもありませんが、わたしだってそうですけどね。


「にゃ、にゃーはそれでも、この押し猫を見たいんだにゃー!」

 

「別に止めやしませんよ、どうぞ、再生数をふやしてあげてくださいな」


 そして、今生出会うこともない猫にどうぞ、愛を注いであげてくださいな。

 

「カカ、面白そうなの見てるじゃねえか、ちょいと、『カラス』でもやってみくれよ」


「にゃ、ちょっと待つにゃ! この、この二分八秒あたりの画がにゃ…! 最高に、サイコーににゃ!」


 興奮しすぎです。やめてくれません? 人の家で発情するとか。


「ま、ちぃとばかし小ぶりで肉付きもないが、成長すればってところだな」


 その言い回しだとカラスさん、いただくつもりですね。


「にゃーは、このくらい若い子のほうが好みにゃ! いただきたいにゃ!」


 おや、奇しくもライバル関係になってしまいました。個人的には、取り合い合戦見てみたいところです。


 いっぴきの猫をかけて戦う猫とカラス。

 かたや求愛、もう一方は補食のため。

 はい、どう見てもカラスさん悪者ですね。


「ふにゃー…、今日もよかったにゃ…」


「おい、終わったんならおれのも頼むぜ」


「自分でやれにゃ、面倒くさい」


 自分の欲求は満たしておいて、後は知らぬ存ぜぬ。好きですよ、そのスタンス。

 きっと、飼い主に似たんでしょうね、誰とは言いませんが。 


「ケッ、頼むんじゃなかったぜ…」

 

 そう言って、キーボードをくちばしで叩こうとーー、


 いや、ちょっと、ちょっと。


「だめですよ、そんな尖った先端で叩かないでくださいよ、傷ついちゃうじゃないですか」


「カッ? でもよぉ…」


 肉球と、くちばしでの威力を天秤にかけたら、まぁ、一目瞭然でしょう。


「猫ちゃん、今日のところは手を貸してあげてくださいよ」


 傷でもついて怒られるの、わたしなんですからね?

 

「しょうがないにゃー」


「ちっ、最初からそうしろっつの」


 カラスが、猫の手を借りる…。

 このことわざを考えた人も、あなやという光景ですね。


「にゃ、でたにゃ」


「ん、どれどれ。…カッ!」


 どうしたんでしょうか、叫んで固まっちゃいましたけど。


「えーと、撃退方法、駆除などなど…。あらあら、カラスって食べられるんですねー…、知りませんでした」


 カラスより、人間のほうが雑食なのでは?


「猫との格差がひどい!」


 なぜだか、唖然としています。

 すこぶる、妥当でしょうに。


 これも、人のエゴなんですかね?

 

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