第6話

 キレイさっぱりとしたところで、お風呂上がりの一息を楽しもうとリビングへ戻ります。

 

「決着はつかなかったわけですか」


 にひきとも、ぐったりした様子でソファーと寝床でそれぞれ休憩中。カラスさんに至っては、おやすみですかね。連れてきた身としてはなんですけど、くつろいでますよね。


「暴れるなって言われたからにゃ、なんともぬるい死闘を延々と……」


「あー、言いましたっけね。そういえば。律儀なんですね、ほんとに」


「……君、あんまり考えて会話してないよにゃ」


「違います。昔から少し忘れっぽいだけですよ。よくあることなんです、気にしないでください」


 これはもう、性格というか性分なので直しようがないといいますか、別にこれが原因で困ったことなんてないですし、そもそもどうやったら改善するんですか。メモとかですか? いや、そんなことに労力割きたくないですし。時間の無駄というか、ね? なら、逆転の発想で個性といいかえましょう。そう、人間、少々欠点があった方が可愛いげが生まれるんですよ。そういえば、クラスでもどこか抜けてる女子とか、天然な子ってモテてましたねー。完璧よりも不完全な方が、愛嬌あるってことですよね。ということは、わたしもそのカテゴリに含まれると。知らぬうちにモテ道に足を踏み入れていたとは。これからは不完全燃焼女子としてやっていけますね。


 ーー我ながら長い言い訳ですね。


「これも性格ということですかね」


「にゃ? なんの話?」


 声に出てしまっていたのか呟きが猫ちゃんに聞かれてしまったようです。


「いえ、不完全燃焼女子でも目指そうかと」


「意味がわからないにゃ」


 わたしだって、よくわかってない。


「誰しも欠点のひとつやふたつで人間性は図れないということですかね」


 とりあえず、言い繕っておきます。


「余計、わからないにゃ。あと不完全燃焼は出来損ない的なイメージにしかとれないにゃー」


 この猫、人の理想像にケチをつけてきましたね。もしくは、わたしのことを出来損ないと呼んでるんですかね。なるほど、合ってますよ。ずっと、出来損ないですとも。

 まぁ、でも、この猫ちゃんのことですから、深い意味は無いんでしょうけど。普通に嫌ですしね、つぶらな瞳で黒い感情吐き出されたら。幻滅ですよ。


「あ、もしかして気にしてたのかにゃ? 忘れっぽいこと」


 ……猫ちゃんって表情の機微に聡いですよね。


 顔に出る方では無いと思ってたんですけど、猫に見破られるようではやっていけませんね。


「いえ、大丈夫ですよ。仕方無いですし、よく考えたら大したことでもないですしね」


 気にしてたのは、もっと、別のことですから。


「そういえば、猫は、飽きっぽいっていいますよね。集中力が低いんですかね」


 あからさまに、話題を変えます。これ以上は億劫なんでね。


「にゃ? そうにゃー、そう言われると移ろいやすいにゃ」


「そんな季節みたいな」


「似たようなもんにゃ。当たり前を、ずっと、繰り返してる。そんな感じにゃ」


「変なこと言うんですねえ。猫らしさがどんどん消えていきますよ、あなた」


 それとも、猫って普段からこうなんでしょうか? 見方が変わってきますね。


「にゃ、でもこう見えて記憶力はずば抜けていいんだにゃ」


「わたし、そんなこと聞いてませんよね? というか、記憶力が弱いわたしへの当て付けですか」


 猫の記憶力なんて知れてるでしょうに。


「いや、猫らしさって言うからにゃ……」


「それ、まったく関係ないと思いますけど、あなたに残っている猫としてのアイデンティティーなんて語尾のにゃ、だけですからね」


 ーー今時、安直な。という感じですがね。


「語尾? なんのことにゃ?」


「今、まさに、にゃって言ってるじゃないですか」


 なにを言ってるんですか、この猫ちゃん。

 三味線にしちゃいましょうか。


「にゃーとは鳴くけど、にゃ、とは付けてないにゃ」


「いや、出会った時から付けてたじゃないですか。最初なんか、にゃーにゃーと聞き取りづらいったらなかったんですけど」


「にゃにをいってるにゃ、そんにゃのつけてにゃいにゃ」


「あぁ、聞き取りづらい……」


 わたしがそう聞こえるだけで、猫ちゃんは喋ってるつもりはないという訳ですか。にゃーと鳴くくせに。

 それが事実なら、アイデンティティー崩壊じゃないですか。いいんですか、それで。


「もういいです。今後は気をつけて喋って下さいね」


「え、なにに? 話が見えないにゃ」


「これも、わたしの問題なんで気にしないでもらえますか、あなたは猫らしさを高めておけばいいんですよ」


「どうやってにゃ?」


「まず、普段の行動からでしょう」


「普通に暮らしてるにゃ! いまだに、昼ごはんも外で調達して、トイレも外でしてるというのににゃ!」 


 そこは、合意の上で決めたことでしょうに。


「そういうところではないんですよ。知ってるんですからね、わたしが居ない間にネット使ってるの。なんですか、ネット社会に溶け込もうとするのやめてくださいよ、猫でしょう。第一、どうやって押すんですか、その肉球で」


「ば、ばれてたのかにゃ!」


「当たり前でしょう」

 

 最近、検索履歴に猫関連が多いなと思っていたので、犯人は一発で決まりです。

 ちなみに、猫が猫カフェ調べてどうしたいんですかね。働くんですかね。バイトの要領で。 

 それとも、行きたかったのでしょうか。合コンの気分で。


「にゃー……、君が使ってるのを見て面白そうだにゃー、と」


「それで、見よう見まねでさわってみた、と。最近やたらと妙な知識を持ち出してくると思ったらネットから仕入れていたわけですか」


 学習能力が高いんですね、パソコンを扱う猫なんて聞いたことありませんけど。

 端から見たら、可愛いんでしょうねその光景。


「ダメだったかにゃ?」


 心なしか、反省したかのような顔。いやよくわかりませんけど。猫の表情とか不変ですよね。見た目で気づくの怒った時くらいじゃないですかね。


「ダメって訳じゃないんですがね、猫として如何なものかと」


「気にしたら負けにゃ」


「あなたが、それを言いますか」


 プライドとか無いんでしょうか、猫の。


 わたしが気にしすぎなのかもしれませんね。

 なら、もう、放っておきましょうか。


「わかりました、使うのはいいですけど、使いすぎはやめてくださいね。通信料とか、色々あるんですよ」


「了解にゃー!」


 なるほど、表情だけではなかったですね。

 嬉しそうです、わたしでもわかるほどに。

 しかし、本当に、使いすぎないかは心配ですが。


「そうだにゃ、ネットで気になる単語があったんだにゃ! ねこ鍋ってなんだにゃ!? すごく不穏な響きにゃ!」


「ねこ鍋ですか? そんなの調べたらいいじゃないですか、すぐ出てきますよ? 動画とか、写真とかで」


 ねこ鍋、だいぶ前に流行ったんですよね。土鍋とかに猫が入って丸まって寝てるのが可愛いんですよ。猫って狭いところとか好きですからね。


「動画……、そんな恐ろしい光景をわざわざ、動画でにゃんて……」


 猫ちゃんがショックを受けたようになにか、ぼそぼそと呟いています。


「調べないんですか?」


「怖くなってきたにゃ……。この目で確かめるのが……」


「なにも怖いことなんてないですけど……」


 むしろ、癒されるんですけど。


「き、君はやったことあるのかにゃ……?」


 恐る恐るといった感じに、猫ちゃんが聞いてきます。


「わたしですか? やったことはありませんけど……。そうですねー、一度は生で見てみたいですよねー」


 そして、出来ることなら癒していただきたい、このすさんだ心を。


「にゃんですと!? み、見てみたいって、そんな、君まで……、ということは、にゃーを使って……?」


「まあ、せっかくいるんですし、やるとしたらそうなりますよね。じゃあ、この際やってみますか?」


「え」


「準備しますね。じゃあ……、土鍋は……と、あれ、無かったかな? 普通の鍋でもいいですかね」


 ステンレス製の鍋しかないですね……。ここに、入ってもらっても、微妙ですね……。


「鍋で一体なにをする気ゃ!」


「いや、なにって、撮るんですよ」


「取るのかにゃ!!」


 なにを、そんなに驚くことがあるんですか。カメラが苦手なんですかね。シャッター音とか?


(やばいにゃ……!! 出汁を取られるにゃ!!)


 猫ちゃんがなんだか震えてるんですけど、そんなに、嫌なんですかね。わたしもそこまでしたい訳でもないですし、協力してくれないならやめますけど。


「無理しなくていいんですよ? やめますか?」


「そ、そうにゃ! やめておくにゃ!! うん、それがいいにゃ! 他の具材もないことだしにゃ!」


「いえ、別に他になにもいれませんけど」


「まさかの、単品でいただくと!? 通にも程があるにゃ! いや、通っていってもわかんにゃいけど!」


 さっきから、なにを喚いてるんですかね。ネットの影響ですかね。やっぱり、禁止した方がいいんでしょうか。


「やらないなら、片付けておきますからね」


 残念ですけど、またの機会ですね。土鍋買っておこうかな。


(気を付けないと、やられるにゃ……! 御上町猫集会でも連絡を回しておくにゃ!)


「なにを、言ってるんですか? 呻き声みたいに」


「人間とは恐ろしいにゃ! また実感したにゃ!」


「はぁ、そうですか」


 猫ちゃんの心はいつにもまして穏やかじゃありませんね。きっと、良くないものでも食べたんでしょう。消費期限ギリギリのものを与えすぎたのかもしれません。


「さっきから、うるせぇなぁ……」


 騒ぎすぎたのか、カラスさんお目覚めです。

 若干、機嫌が悪そうなのは、まぁ、わたしたちのせいでしょうね。


「すいません、うるさかったですか?」


「うるさすぎんだよ! こちとら、病鳥だっつーのによ。もすこし、気を使えよな!」


 うるさいカラスですね。


「にゃあ、カラス」


 猫ちゃんがカラスさんに話しかけます。


 どうでもいいですけど、普通にカラスって呼ぶんですね。どうでもいいですけど。


「んだよ、猫」


「人間とは恐ろしいにゃ! お前も気を付けないときっと、焼き鳥にされるにゃ!」


 まだ、言ってるんですかね。


 まさかとは思いますが、その人間ってわたしのことですかね。さすがに、ねぇ?


 あっと、そろそろ、ご飯作りますかね。


 キッチンへと向かいます。


「カッ、そんなのわかりきったことじゃねえか。あいつだって、自分の都合で連れてきたようなやつなんだぜ?」


 リビングからそんな声が。


 ちょっと、そんなこと思ってたんですか。手当てしてあげた恩はどこへやら。


「やっぱりかにゃー……、にゃーもいつ鍋にされてペロリといかれるか不安だにゃー……」


 猫ちゃんまでそんなことを言い出します。


 なるほど、それで恐怖してたと。まさかと思ってたことが大当たりだったとは。今日までの信頼はどこへやら。まったくもって、納得いきませんね。


「でも、今日まで一応夜ご飯作ってくれたしにゃー、そういうところは好きだにゃー。同じだにゃ、律儀なんだにゃ。性格ひねくれてるけどにゃ」


 おや?


「ケッ、そうかい。……ま、ケガの手当てしてくれたやつだからな、そうなんだろうな。包帯巻くの下手くそだけどな」


 おやおや? 


 まさか、こんな展開になるとは。いや、なんというか、そう思ってくれてたのは素直に嬉しいですね。そりゃ、自分勝手に連れ帰ったんですけど、それでも、わたしだって好きですからね、好きでやってますからね。知らず知らずのうちにかれらにも気持ちが伝わっていたということですか。


 うーん、好意に馴れないですね……。普段からあまり、誉められたことしてませんしねえ、この言い方だとダメな人間ですけど。


「ま、お互い良いやつに拾われたってこったな」


 と、カラスさん。


「そうだにゃー」


 猫ちゃんも同意します。


 なんだ、可愛いところもあるじゃないですか。

 じゃ、美味しいご飯でも作ってあげますか。


「ま、でも」


「にゃー」


 ん?


「「人間性はあれだけど」」


 前言撤回です。


「あー、そういや、腹へったなー」


「そうにゃー、お腹すいたにゃー! ご飯まだかにゃ!」


 あら、偉く図々しいですね、居候の分際で。なら、こっちにも、考えはありますからね。

 

「すぐに出来ますよ。ええ、すぐに」


 メニュー変更です。


「今日はなんにゃー?」


「お手軽料理ですかね。調達から始まりますが、煮る、焼くで済みます」


 包丁片手にリビングへと。食材ならそこにありますからね。


「カッ?」


「にゃ?」


「お望み通り、ねこ鍋と焼鳥ですよ」


「「ギャーー!」」


 騒がしい日常です。お隣さんごめんなさい。










 


 


 


 















 

 






 




  




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