エピローグ『エン』
4月25日、土曜日。
目を覚まし、部屋の時計で時間を確認すると、針は午前八時を指していた。
「すぅ……」
由貴はぐっすりと眠っている。彼の寝顔はとっても可愛くて、
「……好きだ」
そっと、彼に口づけをする。柔らかくて、ずっと口づけしていたい。
「う、うんっ……」
由貴はゆっくりと目を開ける。め、目覚めの口づけになっちゃった。
「おはよう、真央」
「……お、おはよう、由貴」
私がそう言うと、由貴はにっこりと笑った。
「僕、凄くいい夢を見たんだ。真央と結婚して、誓いの口づけをして。その時は本当に口づけをしているようだったんだ。その時に丁度目が醒めたんだけれど……って、顔が物凄く赤いよ! どこが具合でも悪い?」
「……ううん、そんなことないよ、大丈夫」
むしろ、とっても幸せな気分です。私なんて何の夢を見たのか全く覚えていないのに、由貴は私とのけ、結婚式の夢を見ていたなんて。朝から顔が熱いな。
「ちなみに、私のウェディングドレス姿は……どうだったかな」
「真央はタキシード姿だったよ。ちなみに、僕がウェディングドレス姿だった。真央、僕のことを凄く可愛いって言ってくれて……」
「ええええっ!」
確かに、私は男物の服の方が好きだけれど、け、結婚式ぐらいはその……ウェディングドレスを着たいな。純白の。
「ねえ、私が新郎で由貴が新婦ってオチはないの!」
「ううん、神父さんに僕が新郎で真央が新婦って言われてたよ」
「なんだってえええっ!」
もしかして、由貴は、私がウェディングドレスよりもタキシード姿の方が似合うって思っているのか? それならタキシード姿でも仕方ないか。それに、正直なところ、由貴のウェディング姿を凄く見てみたい。
「由貴がもしそれでいいなら、本当の結婚式でもそうしよっか」
「……結婚式は大切なんだから、僕はきちんとタキシード姿で決めたいけれど。それに、真央のウェディング姿も見てみたいし」
「……そうだね、そうしよう」
さっきの私の馬鹿野郎。何が由貴のウェディングドレス姿を見たいだよ。結婚式は一生に一度しかないんだぞ。由貴のウェディング姿は私のもうそ……想像の中だけにしておこう。そうしよう。
「それよりも、さ。真央。真央と口づけしたときの感触が妙にリアルな感じがしたんだけどさ、もしかして……実際に口づけしてたりする?」
「……ゆ、由貴の寝顔があまりにも可愛かったから、つい……」
やっぱり、感付かれていたか。
「……そ、そうなんだ。じゃあ、もう一度、しよっか……」
すると、由貴は目を瞑る。本当にこの顔も女の子顔負けの可愛さだなぁ。自分の方からしようって言っているのに、私からの口づけを待っているところが可愛くて。
そして、私の方から口づけをする。
「……夢で見たときと同じ感じだった」
「そっか」
「……僕が見た夢、絶対に正夢にしようね。まあ、服装は入れ替えてね」
「ははっ、そうだね」
私は服装までそのままでもいいんだけれどな。
由貴と迎える初めての朝は、結構キュンとしたのであった。
今日は土曜日。由貴の発案で外に遊びに行くことになった。具体的な場所は特に決めておらず、駅前を中心にぶらぶらしながらいいと思ったお店に入ることに。
「ねえ、真央」
「……うん? どうかしたの」
「ふと思ったんだけれど、真央と出会ったのって、何かの縁だったのかな、って。そんな気がするんだ」
「……縁、か」
同じクラスだから、あの日に出会わなくても入学式の日には会っていた。
けれど、あの日、あの場所に由貴と出会わなければ、由貴に恋心を抱くことも、由貴と付き合うこともなかったのかもしれない。
「由貴の言うとおり、由貴と私には、不思議な繋がりがあったのかもしれないな」
「……うん」
「この繋がりを大切にしていこう、由貴」
そう、出会ったときに生まれた由貴との繋がりが一度も途切れなかったから、私達は今、恋人として一緒にいることができるんだ。これから先も楽しいことはもちろん、辛いことや悲しいことなどにも出くわすだろう。でも、由貴とならこの繋がりを絶やすことなく、一緒に乗り切れると思う。
由貴はにっこりと笑って、
「うん! ずっと一緒にいようね、真央」
可愛らしい声でそう言ったのだ。男の子が着ても大丈夫そうな私の服を着ている。可愛い笑顔をしているから、ボーイッシュな恰好をしている女の子にしか見えない。だから、時折、私は女の子と付き合っているんじゃないかと思ってしまうことがある。
「ああ、そうだな」
守りたいな、この笑顔。昨日のようなことがまた起こるかもしれないけれど、彼のことだけは絶対に守りたい。
由貴と出会ってから、私はとても濃密な日々を過ごしてきたと思う。それは喜び、悲しみ、寂しさ、怒りなど……様々な感情を抱いた日々でもあった。それを一言で表すとしたら、さっき由貴が口にした「エン」が相応しいと思う。
「真央、あそこに行ってみようよ」
「うん、行ってみよう」
私はそんな「エン」を信じて、大切な人と一緒に今日という日を過ごしていく。そうすれば、自然と笑顔になって、楽しいことが増えていくんじゃないかと信じながら。
穏やかに吹き抜けていく爽やかな風が、由貴や私の背中を押しているように思えるのであった。
『EN-エン-』 おわり
EN-エン- 桜庭かなめ @SakurabaKaname
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