第11話序章9

 ダニエルに続いてティアの家を出るとさっき来た道とは反対の方向、おそらくこの集落の中心部へと向かっていた。


 「あのー、僕たち今どこに連れていかれてるんでしょうか……?」


 どこかに待ち伏せでもしているオークの群れの中に連れていかれそうな不安からつい行き先を聞いてしまう。


 「そりゃーもちろん人間(俺たち)が暮らしてるところに決まってんだろ。ゴブリンと共存してるっつっても生活風習が全く違うからなぁー、人間側とゴブリン側できっちりそこんとこの領域を分けてんだよ」


 僕らの方を振りかえり、後ろを見ながら歩くダニエルはその風貌に見合わず丁寧な説明をしてくれた。よくみると鼻歌交じりで上機嫌に見えるのは新しい仲間が増えるのが嬉しいからだろうか、そう思うとこんなオークにも好感がもてる。


 「あのー、この里には人間の方々はどのくらいいるんですか?」


 「そうだなー、だいたい200~300人くらいか? まっ二人とも仲良くやってくれや」


 「すごい……思ったよりもずっと多いんですね。もっと少ないものかと思ってました」


 ダニエルの答えにシャルが素直に驚く。それもそうだろう、いくら人間が生き残っていると確信していた彼女でもここまでの数が一か所に集まって暮らしていたなんて到底予測できるものではない。


 「まぁな、こんだけの人間が一緒になって暮らしてる場所なんて世界中探してもここぐらいしかないんじゃねーか? ガハハハハハッ!」


 人間が絶滅したと言われている世界の中で、それだけの同族たちと共に生きているということが嬉しく、そして誇らしいのだろう。自慢を含ませた豪快な笑いを見せるダニエルしかし――


 (ッ! つッ、唾がめっちゃ飛んで、うわぁぁぁぁ!!! 目にぃ! 目がぁぁぁぁ!!!!)


 その大きな口から散弾のごとく打ち出された弾丸(体液)が鎧(まぶた)の間を抜けて眼球にクリーンヒットする。そんなことは露知らず、物理的に汚い笑いを続けるダニエルに上がりかけていた株が一気に暴落する。

 

 (ちくしょう。ぶん殴ってやりたい……そう言えばシャルは平気なのだろうか)


 僕の隣を歩いているシャルも十分、散弾(唾)の射程圏内に入っている。あのシャルがその上で大人しくしているわけ……


 横を見るとそこにいた天使は、僕が梯子を降りるとき目隠しするように渡した布切れで完璧な装甲を作り上げていた。


 (この偽天使! 自分のときは有効活用しやがったな!)


 シャルの顔に巻かれた布はダニエルからの散弾(唾)の一切を見事に受け止め完全に無効化していた。布越しに見えるシャルのドヤ顔に、もうダニエルの唾とか一瞬でどうでもよくなった。




 「おう、お二人さん、ここが俺たち人間側の生活領域だ」


 あの後、抵抗するシャルから奪い取った布で唾を拭き取りながら歩いている途中に大きな川に架けられている橋を渡った。ダニエル曰くその橋がゴブリンと人間の国境らしい(最も簡単にみんな簡単に出入りしているらしいが)。その橋を渡ってすぐ、僕たちの目的地である人間側の領域に到着した。


 「「おぉー」」


 周囲をぐるりと見渡すとさっきまでのゴブリンたちの竪穴式住居とは打って変わり、外観は中世のヨーロッパ風だが造りは木造という和洋折衷の街並みが広がっていた。


 「なんかいかにもファンタジーって感じの風景気だね」


 「まぁ実際にここってそうゆう世界ですから、お嫌いですか」


 「嫌いではないんだけど……ぶっちゃけたところ現代人の僕には色々と不便そうだなーって」


 「そんな情緒のないこと言わないでくださいよ。私は好きですよ。こうゆうドラ●エみたいな街並み」


 「おう、お二人さん、なーに二人でコソコソと……さてはテメェ―らの愛の巣でも品定めしてたのか? あいにくこの通りには空き家はないからなぁ、後でちゃんとしたところ紹介してやるよ」


 「「ッ!!!!」」


 何の気なしに言った言葉だったろうが僕とシャルには核ミサイル並みの爆弾だった。明らかに挙動がおかしくなる僕たちにダニエルはニタニタと下品な笑い顔を浮かべ


 「なんだ? お前らまだ何もしてないのか? うぶだねぇー、おうワカナとか言ったか? 何なら俺が教えてやろうかぁ?――淡い果実の食べ方ってやつをよ」


 「結構です!」


 「ガハハハハハッ! 振られちまったか、まぁいつでも教えてやっから気が向いたら来いよ」


 セクハラおやじ同然の……いや、ただのセクハラおやじはその後何のフォローもすることなくその会話を終了する。


 (そっちはそれで終わりでいいかもしれないけどこっちはそうはいかないんだよ! どうしてくれるんだよこの状況!)


 俯いたまま一言も発しないシャルに恐る恐る語り掛ける。


 「……シャル、今のダニエルさんの言葉なんて気にすることないからね、ほら僕って絵にかいたような人畜無害だし――」


 「……ワカナさん」


 「ッ! はい!」


 (怖い! 僕が何かしたわけではないのに、理不尽すぎる)


 ぼそりと呟くように僕の名前を呼んだシャルは伏せていた顔をゆっくりと上げ、


 「もちろん私はワカナさんのことを信じてますよ」


 「シャル……!」


 シャルは当たり前じゃないですかと言わんばかりの満面の笑みを浮かべていた。


(そうかぁ、男としては複雑だけど、短い付き合いの僕をそんなに信頼してくれて――)


 「ですから、万が一私に何かしたら――その先は分かりますよね?」


 (――るわけありませんでしたね、ハイ)


シャルはあくまでも笑顔だった。たださっきと唯一、しかし決定的に違うのはわずかに開いた瞼の隙間から見えた瞳が、彼女がなんの天使かを体現するするには十分すぎるほどの冷気を宿していた。


 「このあたりでいいかねぇ……おーい! お前らー、新しいやつら連れてきたぞー!」


 和洋折衷の建築物に挟まれた大通りに沿って歩くこと数分。街の中心と思われる大きな広場につくや否や大声を上げるダニエル。するとそこら中からその声を聞きつけ、ぞろぞろと集まった人たちにあっという間に囲まれてしまった。


 「新しい人なんて久しぶりだねぇー」

 「おぉぉぉぉ! 超かわいい子いるじゃん!」

 「んふっ、私あの子結構タイプよ……食べちゃおうかしら」


 ヒュッ


 「ヒィッ!!」


 「ひょっひょっひょー、やっぱ若いもんの尻はええのー」


 聞き逃せない発言や行動の標的になり手荒いというよりはただ失礼な歓迎を受けたが不思議と嫌悪感はなく、むしろアットホームな風景気がとても居心地のいいものに思えた。

 シャルもいきなり囲まれ戸惑った様子ではあったが、決して嫌そうな顔はせず、むしろ歓迎されていることに対してどう対応していいかわからないといった感じだった。


 「はい、下がった下がった、そんなに近づいちまうと暑苦しいったらありゃしねー」


 流石は人間側をまとめる長と言うだけある。あれほど興奮していた人たちが軽口をたたきながらもしっかりと一定の距離を置くように下がっていく。

 「一番暑苦しいのは誰だよ」と心の中で思ったがそんなことを言う度胸や勇気が僕にあるでしょうか? いやない。と言うことで素直にお礼を言って、余計な考えは呑み込むことにした。


 「さてと、お二人さん、お前らには立派な愛の巣を提供してやろうと思うんだがぁ、その前に……」


 「またこの人は」と抗議をしようとしたがどうもさっきの軽い風景気とは違い、何かを見定めるようなじっとりとした眼でダニエルは僕たちの顔を見て、ゆっくりと口を開き、


 「お前ら、何ができんだ?」


 「「……?」」


 余りにも唐突であいまいな質問に僕もシャルもキョトンとする。それを見たダニエルは太い笑みを浮かべ自分の質問を補足しながら再度問いかける。


 「わりぃわりぃ言葉足らずだったな。俺たちがゴブリンたちと共存して食料やらなんやらを供給してるってことはティアさんからもう聞いてるよな?」


 首を縦に振り肯定を示すとダニエルは話を進める。


 「つまり俺たちはこの里の食料やら日用品までいろんなもんを作らねーといけねーわけなんだが、何かやったことがあるやつはあるか? 畑耕したり、鉄打ったり。」


 要するに自分たちが得意な仕事をやらせるから言ってみろということだろう。しかし現代人の僕にそんな経験なんてあるわけないし……


 「……特にないですね。」


 このとき、僕たちを囲み、お祭り騒ぎしていた人たちからは感情の一切が消えていたが僕はそのことに気づくことはなくシャルにも答えるよう目で訴えかける。


 「私ですか? うーん、私もそういった特技は持ち合わせていませんねー」


 このときに気温が下がったと錯覚するほどの寒気でようやく自分たちと周りの人たちに目に見えない壁ができ始めているのを感じる。


 「えっと、みんなどうし――」


 「一応聞いておきたいんだが、お前ら行商の経験はあるか?」


 そんな僕の懸念を遮り、ダニエルは無表情でもう一度問いただす。まるでそれが遺言を聞くかのように


 「……ないですが」


 「ふー」っと息をはいたダニエルはそれを最後に、僕たちを視界から外すと集まっていた人たちに視線を向け、


 「お前らなんでこんなところに集まってんだ? ほら自分の持ち場に散った散った」


 「ほんとだわ、あたしなんでこんなところに居たのかしら?」

 「俺も何で――やっば! 親方に早く来るように言われてんだった!」

 「私も今日中に仕立てないといけないのが山のようにあるわぁー、ふーほんと仕事ができすぎるってのも考え物よねー、あぁ――いい男と遊びたい」


 「ほえ? なぜかわしの手が妙に臭いぞ――ぎょう虫でもついたのかのー?」


 「さてと、俺も仕事に戻るとすっか」


 その瞬間、僕たちの存在が世界からなくなった。

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はたらけバカども! ~異世界負け組の英雄記~ 麻上アキ @akkii

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