第10話序章8

 「このような経緯で人間の方々は滅び魔族がこの世界を完全に支配する形となったのですがここである問題が生まれてしまったのです」


 そのまましばらく絶景を傍観して、擦り切れた心癒しておこうかなとも思ったが涙目のティアが本気で助けを求めてくるのを無視できるほどの度胸もSっ気もなかったので、どんなに暴れまわっても何1つ暴れるものを持たないシャルを引きはがし、なだめてどうにかその場はいったん収まりをみせた。

 その後泣き止んだティアが、まだ鼻声が治らないまま話の続きをしているというのが今の状況だ。


 「問題? 人間との戦争で魔族の数が大きく減った……とかはないよね。力の差が圧倒的だったわけだし」


 ティアは滅ぼしてしまっているのを心の底から気にしているようで申し訳なさそうに僕の言葉に頷く。


 「ワカナさんの言う通り戦争での被害は問題ありませんでした。ここでの問題は戦後。魔族が世界を支配している現在の問題です。お恥ずかしい話になりますが、私たちゴブリンは基本的に建築と略奪、この2つによって生活が成り立っていました。しかし戦争によって人間の方々が滅んでしまった今、そのうちの1つが欠けてしまったのです」


 「自業自得じゃないですか」


 「はーいシャルさん黙っていようね」


 正論を言っているはずなのだが、ティアの態度とシャルの態度を見比べるとどうしてもシャルの方が悪いことを言っているように聞こえるから不思議だ。


 「建築の稼ぎだけではとてもじゃありませんが里民全員分の生活など賄えません。そこで考えに考え抜いた私の両親はある考えに思い至ったのです」


 「それが人間との共存ってことだね」


 「そうです。滅んだとは言っても完全に絶滅するほどの掃討を行ってはいませんでしたので、まだ人間の方々はどこかで必ず生きているという望みを持って、これまでずっと探し続けていました。嬉しいことにまだかなりの方が生き残っていました。その方々に私たちの事情を話し生活の絶対安全を保障する条件付きでこの里に来てもらい食料の生産や私たちには到底不可能な技術の提供をお願いしています」


 確かにゴブリンたちが自分たちで食べ物を作っている姿は想像できない。それにそうゆう事情があったのならメイちゃんたちが言っていた「人間は尊重しなさい」と親から言われているということにも納得がいく。


 「なるほど、だからメイちゃんたちが荒れ野原を駆け回っていたってことか」


 「そうゆうことになります――本当に私はいろいろな方たちに助けられてばかりですね」


 自嘲気味に言った言葉とは裏腹にティアのその表情はどこか嬉しそうだった。


 「それにしてもまさか魔王が3P――じゃない、人間の子孫繁栄を見たのが原因で絶滅危惧種になっちゃうなんてねェ」


「後に魔王様はその時の行いをこう言っております。『ムシャクシャしてやった。今も反省していない』と」


 どうやら魔王様はその名に恥じない猟奇的な方みたいだ。

 ツッコミどころが多くて色々と疲れる話だったがここで手に入れることができた情報はかなり有意義なものだったと思う。


 「お二人はまだなにか私に聞いておきたいことはありますか?」


 「いや、僕からはもうないよ。シャルは?」


 「私からも特にはありませんね。強いて言うならあなたの弱みくら――」


 「うん、シャルも何もないって、ティア本当にありがとうね」


 またバカなことを言いかけたシャルの口に手をあて無理やりその先を遮る。


 「いえ、お礼を言われるほどのことなんて……その厚かましいお願いだとは重々承知ですがワカナさんたちもこの里に住んではもらえないでしょうか。もちろん無理にとは言いませんお二人がよろしければですが……」


 「もちろん。むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。これからよろしくねティア」


 「まぁ、あなたのことは気に食わないですが私たちも他に行く当てもありませんしね……とりあえずよろしくお願いします」


 「はい、よろしくお願いします」


 僕とシャルの二つ返事にティアも嬉しそうに返す。


 「それではお二人にはこのさ――」


 ぐぅーーーーーーーー


 その音はこの薄暗くわずかな音でも響き渡る地下空間に間違いなく響いた。いや響いてしまった。

 その音の主は一瞬のうちに顔をリンゴのように真っ赤に染め、口をあわあわと動かし手を体の前でぶんぶんと交差するように振り回していた。


 「ち、違うんです! その、決して私のおなかの音なんかじゃ――」


 ぐぅーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さっきよりも明らかに規模の大きな二発目がさく裂した。


 「「「……」」」


 ここで三者三様の反応が生まれた。一人はかける言葉も見つからず口を開け呆然としている者。一人は嘘のように静かになり俯いてしまっている者。そして一人は望んでいたものを手に入れて満面の笑みを浮かべる者だった。だれがどの反応を示したかは言うまでもなかった。


 

 その後耳まで赤くしたティアは消え入りそうな声で「すいません……軽く食事でもしませんか」と僕たちに食事を振舞うと申し出てきた。流石にその真意を問いただすのは野暮というものだろう。


 (長で、温和で、巨乳で、腹ペコキャラで。もう何て言うか――ごちそうさまです!)


 そんなに時間もかからないうちにティアは異世界特産の野菜を使ったシチューを完成させ僕たちに振舞ってくれた。


 「すみません。大変お恥ずかしいところを見せてしまって。その……久しぶりに初対面の方と話したので緊張してしまって……話もいい感じに終わりそうだったので、その……緊張が解けて……」


 「うん分かった! 大丈夫だよ! そうゆうことってよくあるものだよ、僕も時々あるし気にすることはないよ!」


 ティアが消え入りそうな声で細かな事情を説明しだしたのでそれを覆い隠すように大げさにフォローを入れる。


 「ワカナさん……!」


 「でもとってもとーっても恥ずかしいことには変わりないですよね」


 僕のフォローを鼻で笑うかのようなシャルの追い打ちで再び心が閉じそうになるティアを励ましてなんとか普通に会話できる状態までもっていくことに成功する。


 「それにしてもティアって料理上手いんだね。今のシチューすっごくおいしかったよ」


 「ありがとうございます。私料理だけは得意で、それに新しいレシピを作るのも大好きなんです」


 ティアの顔は本当に好きなものを話す時に人が見せる、生き生きとした顔をしていた。本当にこの子は僕のおなかだけじゃなく心までも満たしてくれる。


 「そうなんだ……また今度食べに来てもいい?」


 「ぜひ来てください。その時は今回のようにあり合わせのものではなく、しっかりとしたおもてなしをさせていただきますので」


 今後の楽しみもでき、腹ごしらえも済んだことだしさっきの話の続きに入る。


 「ところで話は戻るけど、僕たちってこの里で何をすればいいの?」


 「そのことなら大丈夫です――もうじき来ると思いますが……」


 「「?」」


 僕たちから視線を外したティアは部屋の中央に垂れ下がっている梯子に目を向ける。それにつられて僕たちも視線をそちらに移すとゆっくりと大きな影が降りてくるのが見えた。


 「おぉー、まだ生きてる人間がいやがったんだなぁ。嬉しい限りだねェ」


 そういって現れたのは岩を削って作ったようなごつごつとした顔、きっちりと刈りあげられた黒髪、威圧感を本人の意思と関係なく与えてしまうような眼光、そして鎧と形容したくなるような見事な筋肉の上から木こりのような服を羽織っている大男だった。


 「ダニエルさんこんにちは。こちらのお二人が今日から新しくこの里で暮らしていただく方々です」


 「……初めまして、ワカナです」


 「シャルです……」


 僕もシャルもダニエルのその圧倒的存在感を放つ風貌にしり込みして話し方がたどたどしくなってしまう。


 「おう、俺は人間側の長を務めているダニエルって者だ、よろしくな」


 ダニエルはリンゴどころかスイカでも軽々と握りつぶせそうな大きな手で力強く握手を交わしながら豪快な笑みを浮かべる。


 (早く放してもらえないだろうか。指先が真っ青じゃないか)


 ダニエルのあまりの力に肌色が抜け落ちてしまった指を見て危機感を抱いたところでようやく放してもらえ、横にいたシャルとも同じように握手をしてただでさえ白い肌が危険な濁りを含んだ白さになったところでようやく放してもらえていた。


 「ワカナさん、おそらくこの方はゴブリンです。あの力……人間ではありません」


 「いや、あのサイズはゴブリンなんて可愛いものじゃない、僕の見立てではおそらくオークが人に扮しているはず」


 僕の予想にシャルも納得したのか互いにコクリと頷きブラックリストに「ダニエル」という名前を書き込んだところでティアの温和な声が僕たちに呼び掛ける。


 「ワカナさんたちのことについてはダニエルさんにお任せするということでよろしいでしょうか? 同じ人間同士ですし、その方がなにかとうまくいくと思いますので」


 「ってーことだ。そんじゃーお前ら俺についてこい」


 「「……は、はいー」」


 このとき僕はNOと言える強い人間になりたいと心から思った。

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