第9話序章7
「お二人もご存じだと思いますが、人間と魔族は何百年も昔から対立し大なり小なりの争いを続けてきました」
本当は全く存じていないがここで知らないというと話がこじれそうになるのでいかにも知っている風に頷きながらティアの話に耳を傾ける。
「しかし正直なところ魔族と人間との戦力差は歴然、魔族がその気になれば人族はいつでも滅ぼせたのですが、わざわざそうする必要もないので適当に相手していたのです。もっとも人族の方々はそう思っていなかったみたいですが……」
ちょうど小さな子供が躍起になって大人に反抗しているような感じだったのだろう。ティアはそのことを僕たちに気を使いながらなるべく自慢や嫌味に聞こえないようにオブラートを何重にも包んだ調子で話す。しかしぶっちゃけたところ僕とは何の関係もないので「人間情けなッ!」という感想しか浮かんでこない。
「しかしその均衡を崩すこととなった事件が数年前に起きたご存じ『レイラの怒り』です。」
「……『レイラの怒り』」
初めて聞く単語だったがいかにも忌々しい思い出を思い出している風の人間の顔を装う。ティアにはさっきから嘘をつきっぱなしで本当に申し訳ない。ちらりと横目でシャルの顔を見るとシャルも僕と同じように俯いて悔しそうな表情をしていた。
「シャル、どんな事件だったか知ってるの?」
ティアに聞こえないように顔を近づけて小声で質問する。
「えっ? 私も知りませんけど、ただ何となくこんな顔をしておくべきかなと」
シャルはあっけらかんとした顔で答える。
(おなじかよ)
まさかのところでシンクロしたシャルに不快な視線を送っていたがそれに気づかなかったティアは話を進める。
「この『レイラの怒り』はその名前と人間を滅ぼしたという結果だけは有名ですがその概要はある理由で公表されることがありませんでしたのでお二人はご存じないと思います」
「その言い方だとティアはその理由を知っているってこと?」
「はい、長特有の情報筋から得た間違いないものを」
「それって聞いても大丈夫なやつ?」
下手に聞いてしまって「へへぇー知ってしまったからには生かしておくわけにはいかねーなー!」なんて展開になってしまうのは絶対にごめんだ。
「はい、もうだいぶ時間も過ぎたことですし少なくとも普通に生活していたらこの情報を知ったからといって何か罰せられるようなことはありません」
思いのほかあっさりした回答に拍子抜けしたが、ティアは「ただ――」と言葉を続ける。
「本当にこの理由を聞きたいですか?」
ティアは渋り進んで話したくないといった様子だったがここまで聞いて聞かないというのは僕の好奇心が耐えられない。
「もちろん。だって僕たちがこんなことになってしまった発端なんだから」
まるで悲劇の主人公のような発言をする自分に鳥肌が立ちかゆくなってくるが、それをぐっと我慢する。横のシャルは頬を引くつかせ笑いをこらえているようであったがそれもぐっと我慢する。
「分かりました。……その、話を聞いた後にやっぱり聞くんじゃなかったって私に当たったりしないでくださいね」
「僕ってそんな風に見られてたの」
「いえ、ワカナさんがそうというわけではなくって……前に一度この話をした人間の女性の方につかみかかられたことがありましたので……」
「そんなことしないよ。ねぇシャル」
「内容によりますね」
「うぅ」
フォローを求める相手を間違えてしまった。その後シャルの発言を撤回させ何とかティアを安心させるとやっと人間滅亡の裏の事情について話し始めてくれた。
「私たち魔族の頭は当然のことながら魔王様です。その魔王様は日々とても多忙な方なので息抜きとしてたまに人間の村にお忍びで訪れその暮らしを観察していたそうです。」
人間が犬をみて心が癒される感覚と同じようなものかと頭の中で勝手に解釈する。
「その日も魔王様はいつものように何となく目についた村に入ったのですが……そこで事件は起こってしまったのです。」
「「(……ゴクリ)」」
ティアの話し方が上手いのか、妙な緊張感が立ち込め僕だけじゃなくシャルも息を飲む。
「魔王様は普段人間の里に入るときは自身に透化の魔法をかけます。それによって人間の方々から姿を見られることは無いのですが、その時はそれが悪い方に効をそうしてしまったのです」
「悪い方って……?」
「魔王様が路地裏に入った時に若い男女の恋人たちがそれはそれは濃厚な……その、恥ずかしくて口では言えないようなことをしていたそうです」
(チッ!)
顔も名前も知らないカップル。いやその男に本能的に敵意を抱いてしまう。
(落ち着け前田和奏17歳(童貞)。どこの馬の骨ともわからない人たちがどんなことをしていても僕に何か被害が出るわけじゃないじゃないか。ここは一度考え直して…………うん、ムカつく)
脳内会議の結果、満場一致で本能の勝利。やはり人間の嫉妬というものは業が深い。
そんな益体のないことを考えている間にもティアの話は先へ進む。
「もちろんその恋人たちには魔王様の姿は見えていませんから、その行為の過激さはどんどん増していきます。魔王様はそれを見て「ちっ、人間どもが盛りやがって、だがあの体位――興味深い」と後学のために真剣に観察なさっていたそうです」
(――この世界ダメだ)
まだ話の途中だというのに頭が痛くなってくる、ちなみに横のシャルはかなり真剣な顔で話に聞き入っていた。
(いや今話してること、とんでもなくくだらないことだよ。というかこの話どうやってオチつけるんだろう?)
ここからどうやって人間滅亡の流れに持っていくのか、変な意味で予測不能な展開に一周回って興味が湧いてくる。
そしてティアの話も大事な局面といった様子で自然と語調が強くなる。
「これだけだったら何も問題はなかったのですが、この後事態は大きく動くことになります。それは――」
「「それは……?」」
「――第2の女の登場です」
「「………………は?」」
――ドウユウコトデスカ???
言葉の真意を全くつかめない僕とシャルは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ただただティアの口から出てくる音を聞き流すことしかできなかった。
「魔王様の前で行為をいたしていた恋人たちの前に新たな女性が現れたのです」
(昼ドラだな)
「その女性は何やらその男性と関係が深かった方らしく、もう修羅場も修羅場、下手をすれば男性は殺されるのではないか、というくらいの状況だったそうです。」
(めちゃくちゃ昼ドラだな)
「その様子を見た魔王様はその男性に深く同情していました。実は魔王様もつい最近、正妻との約束を断って愛人と会っているところを、あろうことか正妻に見つかってしまったのです。その時魔王様はあわや、その……男性を辞めさせられるところでした」
(こ、怖ェェ―、魔王の正妻、超怖ェェーー)
「そんな悲惨な結末が目の前で起こると確信していた魔王様だったのですが、事態は予想だにしないエンディングを迎えることになったのです」
「それっていったい……?」
ついにクライマックス。穏やかな話し方のティアもここぞとばかりに熱が入る。僕もシャルも拳をギュッと握り、ことの結末を、人間絶滅の真相とはいったい――
「再開しました」
「………………え?」
言葉の意味が分からずに頭の中で反復し、かみ砕く。
(……さいかい…再かい……再会ッ!)
「いやーティアったらもー、本命の彼女が出てきたことはもう聞いたよ――で、その後その3人はどうなったの?」
要領を得ない僕の言葉にティアは戸惑いを見せ、
「いえ、ですから3人で始めたのです。その……口で言えないようなことを……」
呆然、唖然、開いた口が塞がらない。同じ意味の言葉を3回使ってようやく今の僕の放心具合を表すことができるだろう。それほどまでにティアの言ってることは童貞の僕には異次元の話だったのだ。
「……シャルさん」
「なんですか、ワカナさん」
数十秒の時間を費やし自分の中で出た考えが正しいか横の天使と答え合わせをする。
「つまりティアの言ってる『さいかい』ってMeetじゃなくてFu――」
「ワカナさん、その先はダメです。絶対に言ったらだめです! 色々なところに引っかかってしまいます」
僕の言いかけた考えを途中で遮りはしたが決して否定はしないシャル。つまりそうゆうことなのだろう。
「ハ、ハハハ、ハハハハハ! わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! クソリア充、〇ねェェェェェェェェェェェ!!!!!」
魂からの怨嗟……いや、嫉妬の叫びが穴倉の中に反響し、反響し、反響する。こうなることを予想していたのかシャルはあらかじめ耳に手を、全く予想していなかったティアは小鹿のように体を震わせていた。
我を忘れ叫び散らしていた僕はようやく心の平穏を取り戻し、いきなり叫んで驚かせてしまったことに関してティアに頭を下げる。
(ちくしょう、僕何て、未だ1人も、1人もないのに……)
エッチなビデオやそうゆう本ならそうゆうことをしていてもこんな嫉妬は抱かなかった。しかし実際にそうゆうことをやっている奴らが存在するという事実は僕のガラスのハートではとても耐えられるものではなかったようだ。
あれほどの狂乱を見せた僕に対してもティアは変わらずに優しく語りかけてくれる。
「魔王様も今のワカナさんのように大変激高なさったそうです。「なぜ魔王であるこの儂が死ぬ思いをした修羅場をたかだか人間ごときが」と」
(うぅ魔王か、正妻、愛人持ちのところは気に食わないけど根っこの部分では分かり合えそうだよ)
倒すべき相手に変な情、というか仲間意識が芽生えてしまい、万が一魔王と対峙したときの感情に困る。
「それで怒りに任せて人間を滅亡させたと……」
「お恥ずかしい話そうゆうことです。流石にこんな短絡的な動機を公表することもできませんから」
(くだらない。本当にくだらない! でも悔しいかな、その時の魔王の気持ちがほんの少しだけわかってしまう自分がいる)
「ワカナさん」
「ん?」
心に妙な虚無感を抱えボーっとしていた僕の袖をクイクイ引っ張ってシャルは僕に呼び掛ける。
「もう落ち着きましたか?」
「うん、とりあえずはね」
僕の心を心配してくれたのか、シャルは本当に天使にしか見えない表情で僕に語り掛けるように話す。
「それにしても意外だなぁー」
「何がですか?」
「いや、あんな話を聞いた後だっていうのにびっくりするくらいシャルが冷静だなぁって」
「あぁー」と何かを納得するように相槌を打つシャル。
「だってワカナさんに先を越されてしまいましたから」
「?」
「では次は私の番ですね。あまりにもふざけた理由で私、とってもとーってもイライラしていたんですよ」
「へっ?」と僕がシャルの言ったことを理解するよりも早く天使は僕の予想外の行動をとる。
「なんですかその理由はぁぁぁぁ!!!! 私たちはそんなくだらない理由でこんな目にあっているっていうんですかぁぁぁぁぁ!!!!!」
「やめ、やめて下さい! ワカナさんに続いてシャルさんまで、だから私は事前に言っていたではないですか。どんな理由であっても私に当たらないで下さいねって」
「そんな話すっかり忘れましたね!」
「ヒドイ!」
一瞬で机に身を乗り出していたシャルが向かい合っているティアの胸倉を掴んで前後にこれでもかと言わんばかりに力強く振る。
どうやらシャルは僕の方が先に壊れてしまったから自分の怒るタイミングを逃していただけで腸はしっかりと煮えくり返っていたようだ。それにしても――
「ワカ、ワカナさん! 助けてください!」
「おぉぉ」
シャルがティアを振り回すたび暴れまわるその巨乳(猛獣)につい見入ってしまい、ティアの言葉も耳に入らずただただ感嘆の声を漏らす。
シャルも当てつけのように自分の目の前で暴れだす巨乳(猛獣)に気づくと、さっきよりも手に入る力が強くなったのが明らかに見て取れた。
(あ、今変わった、絶対今、人間の滅亡とか関係ない私的な理由でぶち切れてるよこの子)
本能のままに暴れる天使とそれを何とかして落ち着かせようとするゴブリン――もうどちらが魔族なのか全く分からなかった。
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