第8話序章6
「いきなりなんだけど、いくつか質問してもいいかな?」
あれほど失礼な態度をとられたにも関わらずあくまで客人として僕たちをもてなそうとしたティアは「立ち話もなんですから……」と壁際に配置してあった簡素なテーブルと椅子に目を向け僕たちと向かい合う形で席に着く。
座ったら座ったで、今度は一切目を合わせずそっぽを向くシャル。そのシャルに困った笑みを浮かべるティア。そのティアに質問をしている僕。というのが今の構図だ。
「あっ、はい、どうぞ。私もいくつか聞きたいことがありますがここは客人を優先すべきですからね」
嫌悪感むき出しのシャルから視線を外しティアは腕を前に出し僕へ話の先行を譲る。
「それじゃー最初の質問ね。えーとー、さっきシャルを叱っといてなんだけどティアって本当にこの里の長なの? いやほらゴブリンの長って言ったらどうしてもごっつくて不細工な男をイメージしていたから……」
なるべくティアを傷つけないよう配慮して聞いてみたが正直なところ配慮できていたか定かではない。もしかしたらどんな聞き方をしても触れてほしくないところだった可能性もある。しかし聞かずにはいられなかった。
(こんなか弱そうな女の子に里のトップを任せるなんて一体どんな複雑な事情が)
そんな考えを巡らせながらティアの顔色を窺っていたがティアは何も気に病む様子もなく何でもないことを言うように自然に経緯を語る。
「確かに先代である私の父まではワカナさんの想像されるような方が代々長を務めていました。しかしどうゆうわけか私の父と母の間には男の子が一人も生まれなかったのです。ゴブリンの長は代々世襲制なので父が隠居した今、例外的ではありますが長女であった私が一時的に長の代行を務めさせていただいています」
「一時的にってことはティアが交代するってことがあるんだ」
「はい、私の両親の間に長男が生まれたその時に――父が隠居した理由もそのためですしね……」
「ん? どうゆうこと?」
「えっと、そのー、非常に申し上げにくいことなのですが、私の両親は今ちゃんとした後継者を産むために夜な夜な、その、精力的な活動にいそしんでると言いますか……里の今後のために体を張っているといいますか、ええっとー――」
「分かった。理解したよ。そのなんていうか……ごめんね」
「い、いえそんな謝らないでください。その……こちらこそすみません」
顔を赤らめ俯き気味に話すティアに自分の無神経さを呪いたくなる。
「フッ、お猿さんですか」
(君もう黙ってて!)
いらんシャルの一言でさらに場の空気が悪くなる。
(気まずい。ここは何とか話を変えて――)
「ッ、そういえばこの里って随分大きいよね、ほら、外壁とかも立派だし」
「あっ、はい、私たちゴブリンは建築を得意としていますから、それに魔族の中では最弱の部類の私たちは、あれくらいは守りを固めてないとあっという間に他の魔族に攻め込まれてしまいますので」
「へぇー、そんな理由が」
空気を変えるための思い付きの質問だったが、思いのほかしっかりとした回答に少しばかり驚いてしまう。
(やっぱりどこの世界でもゴブリンってそうゆう立場なのかなぁ……あれ、でも――)
「さっき案内してくれた子からティアってすっごく強いって聞いたんだけど、それでも他の魔族の方が強いの?」
(もしそうなら魔王の強さの上限が本当に見えないのだが)
僕の不安もない混ぜになった疑問にティアは自嘲気味に笑う。
「私は強くなんてありませんよ。ただ他のゴブリンよりも少し魔法が扱えるくらいです」
「魔法!? ティアって魔法が使えるの?」
「はい、簡単なものに限りますが……」
椅子からバッと立ち上がり異常な食いつきを見せる僕にティアは目を丸くして驚く。
「そ、それって僕にも使えたりするの?」
(加護が当てにならない今、役に立ちそうな力はぜひ習得しておきたい)
「すみません。残念ながら私が使える魔法はゴブリンにしか扱えないので人間であるワカナさんにお教えすることはできないのです」
「そ、そうかぁ……」
期待が空振り、椅子の上に力なく腰掛ける。その様子を見て気が咎めるティアにこっちの方の気が咎めてしまう。
(でも魔法って概念はちゃんとあるみたいだからいつかは使えるようになる……といいなぁ)
また重くなりかけた空気を今度はティアの方から一新する。
「あの、私からも質問させてもらってよろしいでしょうか?」
「ん、ああ、全然いいよ! 何でも聞いて!」
「それではお言葉に甘えて――お二人をここまで連れてきたのはメイだったのですか?」
何で分かったんだろうと思ったが、そういえばさっきシャルを叱るためにその名前を出したことを思い出した。
「うんそうだよ。活発ですごい可愛らしいこだったよ」
「やっぱりワカナさんはロリコ――イッターいッ!!」
(話が進まなくなるから、この子は本当に黙っててもらえないのだろうか)
バカなことを言いかけたシャルの太ももを思いっきりつまんでその先を遮る。
「最初は門をくぐってすぐに他の子たちから置いてきぼりにされて焦ったけど――本当にあの子には助けられたよ」
「そうですか、メイが――あの子には後で何か労ってあげなくてはいけませんね」
後半部分は独り言のように小さく呟いたティアだったがその表情はメイが感謝されていることが自分のことのように嬉しかったのか、作り笑いではない本当の笑みを浮かべていた。
「すいません。私からは後一つだけ質問させてもらっても構わないでしょうか?」
さっきまでのプライベートな表情を消し里の長としての顔に戻ったティアはそんなに気を使う必要はないのに実に申し訳なさそうに許可を求めてくる。
「どうぞどうぞ――なんていうか、そんなに遠慮しなくても大丈夫だよ。なんだかこっちが逆に気を使っちゃうし」
「すいません。昔はこうではなかったのですが里の長として皆さんの話を聞いていくうちにいつの間にかこうなってしまいまして……」
トップというのも色々と大変なんだなぁーと心の中で同情しティアに話の続きを促す。
「えっと、答えにくいことだったらよろしいんですが――お二人は今までどこでどのように生きてきたんですか?」
「ッ! それってどうゆう……」
「いえ、正直なところ今のこの世界の環境はとてもじゃないですが人間の方々が生きていく上では厳しすぎますのでそんな中お二人は一体どうやって今まで生き延びてきたのかなぁと――あ、これは私のただの好奇心ですので仰りたくないのでしたらもちろんそれでも構いません」
口ではそんなことを言っているが僕たちの素性に興味津々に目を輝かせているティアに言葉が詰まってしまう。まさか「えっとー、今日異世界から転生したからー、この世界で言ったら今日はハッピーバースデーの0歳なんですよー」なんていうわけにもいかない。かといってこんなワクワクを露わにしている少女の期待を無為にするのも忍ばれる。
「え、えっと、そのー……」
(ちょっとシャル助けて! ヘルプミー!)
今までそっぽを向いていたシャルにごくごく小さい声で助けを求める。すると目を合わせ不気味なくらいの笑顔で僕にこれまたごくごく小さな声で囁く。
「――自分でなんとかしてください」
(この根腐れ天使めッ!!!!)
助け舟は渡ってくることもなく、見事に僕の目の前を鼻で笑うかのように通過していったので苦し紛れにその場で適当なことをでっちあげる。
「僕たちって今まで、ここからちょっと離れた洞窟の中で隠れて暮らしていたんだ。でも最近になってその辺りの食べるものが無くなってきたから新しい住処を探していた時に偶然メイちゃんと会ってここに連れてきてもらったって感じかなぁ」
「そうだったのですか……それはとても大変でしたねー。」
(あぁーこの眼、本気で同情してくれてる人の眼だ。どうしよう、良心が痛い)
「ワカナさん、よくもまぁそんな嘘をあの一瞬で思いつきましたね。その詐欺師のような口八丁、敬服します」
シャルは僕の耳に顔を近づけ小馬鹿にした口調で囁いてくる。
「それはどうも、ありがとねッ!」
「ッ!」
シャルの賞賛に対して足を踏むというのをセットにしてお返しを済ませる。涙目になっているシャルを無視しティアの方に目を向けると何やらこちらに尊敬のまなざしを向けていた。
「どうしたの?」
「あっ、すいません。やっぱり外からくる人間の方たちはすごいなぁーと思いまして」
嘘偽りで塗り固められた生い立ちを賞賛され、ものすごく居心地が悪いがティアの言葉に自分が一番に聞きたかったことを思い出す。これ以上この話を引っ張ったらボロが出てしまいそうなので無理やり話題をそっちの方へと持っていく。
「そう、人間。この里に人間が住んでるって聞いて来たんだけど、それって本当なの?」
ティアはもう少し僕たちの生い立ちを聞きたかったのか少し残念な顔をしていたが思いのほか真剣な態度で迫る僕を見て、1拍間おき、語り掛けるように口を開く。
「はい、確かにこの里には人間の方がいらっしゃいます。私たちゴブリンはこの里にいる人間の方々と共存関係を築いていますから。」
「「ッ!?」」
ティアの言葉に二重の意味で驚かされる。一つはまだ人間が生き残っていたこと。けどそれよりも――
「共存関係ってどうゆうこと?」
これまで大して会話に関心を示していなかったシャルも横でコクコクと頷く。どうやら全く同じことに疑問を持ったようだ。
ティアは少し考えるようなそぶりを見せた後、「長い話になるのですが――」と、この世界で起こった大きな変遷について語り始めた。
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