5話_イケメンと共闘した俺は


 草原の綺麗な緑はまばらに踏まれ、食われていた。

 明らかに最近やられた跡だ。

 ネロ曰く、少し前までこの辺りは花や草木が綺麗でちょっとした観光地だったらしい。

 被害届を出したくもなるくらい無残な姿だ。

「ひどいもんだな」

 えぐられた地面の傷跡を見るとターゲットの大きさがわかる。3mというのは大げさな話ではないらしい。

「何か情報とかはないわけ? 弱点とか」

 生々しい跡を見てアイリが不安げに言った。

「俺自身も詳しくは知らないんだ。強いて知っていることを言うなら、そいつがメスらしいってことくらいかな」

 キラキラとエフェクトがかかるくらい爽やかにしょうもないことを言った。

 んなことはどうでもいいんだよ。

 強めに突っ込みを入れようとする直前、急に空気がひりついた。

 血が冷たくなるような緊張感、間違いなく来る。

「二人とも、下がれ」

 来た。

 俺は反射的に前に出る。

 一見すると大型のシカだがその体格、角、爪いずれも凶悪になっている。

 一直線に俺たちの方へ向かってくる。

 できる限り高くジャンプした。魔獣の頭を軽々と飛び越えて回避。けど、この速度は俺以外だと相手をできない。

 今は避けたけれど、腕力で止められないほどではないか。攻撃の威力はかなり強そうだけど問題ない。

 勝てる。

 って、え?

 なんでお前が敵に突っ込んでるんだ、ネロ。

「うぉぉぉぉ」

 うぉぉぉぉじゃねえんだよ。

 勝てる相手じゃない、というか命にかかわる。おまけに足が震えて迷走しているのが見てわかる。

 案の定、角で弾かれて踏まれそうになっている。

「危ない」

 地面に着地したと同時に全力で走ってネロを掴んだ。ギリギリのところで間に合った。

 後一秒遅かったら……。

 抉られた地面を見た。

 俺はともかくネロは確実に命を落としていただろう。

 ネロを草の生い茂っているところにぶん投げた。

 魔獣の足を狙って手加減抜きの蹴りを入れる。しっかり決まった感触はあるが、折れていない。かなりの耐久度だ。

 だが、流石に痛むらしい。魔獣はその場に倒れこんだ。しばらくは動けないだろう。

 自力で回避していたアイリも小脇に抱えて一度避難した。岩陰に隠れる。

「何やってんだ。馬鹿か」

 本気で怒鳴った。思っていたよりもこいつのことを気に入っているみたいだ。

「馬鹿は承知の上だ。俺は強くならなきゃいけないんだ。すべて守れるくらい、強く」

「どういうことかしら」

 同じようなセリフはアイリからも聞いたことがある。同族と見て興味を持ったらしい。

「別にそんなに面白い話じゃないぜ」

 と、前置きをして話し始めた。

 魔獣の気配はない。ネロの語りを聞いていても大丈夫だろう。

「俺はこの近くの街の名家の一人として生まれ、北の国で育った」

 あれは嘘じゃなかったのか。

「生まれた瞬間は貴族の跡取りとして期待されていた。けど、俺は弱かった。そして、親父も」

「俺は北の田舎町の遠縁の親戚に預けられた。親父は今もどこかに追放されている。だから、強くなって取り戻すんだ。親父を、俺自身の意地を」

「だから、魔獣に挑むわけか」

「ああ」

「たとえ勝ち目がなくても、か」

「ああ」

 俺、そういう奴好きなんだよな。

 ザッザッと音がした。残念ながら気のせいじゃなさそうだ。

「また魔獣の群れ?」

「いや、何かもっと、嫌な感じがする」

 悪意を持った足音。

 人の集団の話し声。

 段々と波のように近づいてきた。その中でひと際、偉ぶった歩き方をしている奴、ゴリラと人間の中間点のような男がリーダーらしい。

「よお、ネロ。どんなインチキ使ってその魔獣を倒したんだ」

「倒したのはコイツだ。ただ、クエストは俺の仲間がクリアしても問題ないだろ」

 ジメッとした嫌な視線を感じた。あくまでも見下す意識を持っている目だ。気分が悪い。

「そうか、自分じゃ何も出来ねーからいつもみたいに人に頼ったのか。情けない野郎だぜ」

 ドッと笑い声が沸いた。

 胸糞悪いことこの上ない集団だ。

 その中に一人、見覚えのある顔があった。先ほど声をかけたヒーラーの女だ。どうやら向こうも気づいたらしい。

「あ、あいつ。あの男、あたしをスカウトしてきた奴だ」

「あぁん。テメーもちょっかい出してきたのかよ。あー、もうめんどくせーしまとめてやっちまうか。お前ら、かかれ」

 典型的な悪役の振る舞いにもはや笑いが出てきそうになる。

 対人戦は力のセーブに気を遣うんだけど、と思っているとネロが手で制した。

「ここは、俺に任せてくれないか」

 その手の震えは止まっていた。

「勝ち目はあるのか?」

「策がある。任せろ」

 自信に満ちた声だ。普通に戦えば人数差に押されて袋叩きにされるのがオチだろう。何を考えているんだろう。

 俺とアイリは数歩引いて待った。

 ネロに対して集団はジリジリと距離を詰めてきている。

「さて、やるとするか」

「何をおっぱじめるつもりなんだ」

 相手さんはもう剣を構えて襲い掛かる直前といったところだ。

 最悪、やばそうなら助けに割って入るか。などと思っているとネロが動いた。

 俺の予想の斜め下の行動だった。

「俺と遊びたい女の子はこっち側においでー」

 服の胸元をグッと開いてそう叫んだ。キラキラしたエフェクトを周りに振りまいている。

「キャー」

 数は少ないが敵ギルドの女は全員ネロに向かって行った。

「何だあれ」

「おそらく特殊スキル、ね。本人は自覚していないみたいだけど。強く異性を引き寄せる力、《魅了》」

 それを聞いて俺は唇を噛んだ。

 なんて羨ましい能力だよ。俺も欲しい。

 あれさえあれば女の子が寄ってきて言うことを聞いてくれる。モテたい放題じゃないか。

 ただ、今は戦いの最中だ。

「あれだけだと太刀打ちはできないだろ」

 男女比は9:1ほど。女の子が寝返ったところでネロの圧倒的不利は変わらない。

「《魅了》の効果範囲は異性すべて、種族は関係ない。つまり」

 地響きに似た鳴き声が辺りを制した。

 先ほどおとなしくさせた魔獣が立ち上がってネロの元へ歩き出した。かなり本気の一撃を入れたはずなのに、なんてタフさだ。

 魔獣はネロの横に立った。

「おっと、お前さんも仲間になってくれたのか、いい子だ」

「ま、魔獣を従えるなんて汚いぞ」

「汚いのはテメーの面だろうが。どうするんだい、やるか?」

 魔獣の参戦で相手がひるんでいるのに気が付いたネロはそう言った。

 偉ぶって無法者を気取っていても命は惜しいらしい。

「引き上げるぞ、こんな奴に構っている暇はない」

 各々、武器を持って引いていった。

「ほら、君たちも帰りな。今度お茶でもしようぜ」

 なんてセリフでネロに与した女の子たちも返した。名残惜しそうにしている女の子に向かって爽やかに手を振っている。

 うまく手なずけたらしく、魔獣も山の方へ帰った。

 スキルのおかげとは言え、ネロは自力で場を乗り切った。俺が手を出すまでもなかった。

「あー、怖かった。漏らすかと思ったぜ」

 ネロの手の震えが戻ってきていた。そんな状態でも挑んでいたんだ。

「やったな」

「ありがとう、俺一人なら魔獣にやられてくたばってたよ。助かった」

「あんたも頑張ったじゃん。ボロボロにやられると思ってたよ」

「そんなことないさ。俺はまだまだ魔獣にすら通用しないのはわかったから、鍛えなおして魔人に挑む。また機会があれば飯でも行こうぜ」

 アイリの方を見た。黙って頷いてくれた。同じ気持ちらしい。

「待ってくれ、ネロ」

「どうした。デートのお誘いか? 俺はソッチでも行けるぜ」

「違う」

 いざ言うとなると照れるな。

「俺たちと組まないか? パーティーに入れよ」

「マジでいいのか?」

「もちろん」

「よっしゃ、そしたら今日からよろしく頼むぜ」

 一瞬の間も置かずに返事が来た。この決断の早さは見習うべきところでもありそうだ。

「それじゃあ、俺の行きつけの酒場があるからそこに行こうぜ」

 と言って連れられてきたのは町の少し外れの方にある店だ。

 アイリは用事があるからと席を外している。

 酒場と言いながらも普通の料理もあるし、ロッジ調で作られた店は広くて良い雰囲気だ。

 おまけに安くておいしい。お腹にもお財布にも優しい。

「だけど、これは気に食わねー」

 ネロの行きつけというだけあってネロ目当ての女の子が次々群がってきている。

 おこぼれに預かれるならともかく、単純に目の前でネロがいちゃついているのを見るだけだ。

 アイリがいればネロの方を見ずに回避できたけれど、この場はどうしようもない。

「あー、やっぱり俺はお前が嫌いだ」

 はは、子猫ちゃんたちめ。

 とか言っているネロの真正面で俺は暴飲暴食に走った。

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最初の村でレベル100になった俺は 七咲 @sasakuto

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