第7話

 翌日、紫焔は冥王の名の許に冥界の四卿を王宮に召集した。

 四卿とは、初代冥王ハーデスがこの地を統治する時に一人で冥界全てを見る事は不可能と考え、自分が連れて来た腹心の中から四名を選び、領地を与えたのである。この四名はあくまでも冥王ハーデスの腹心である事から、冥王選出にはこの四家から出る事は無かった。冥王を補佐する事こそがこの四家に課せられた責務なのである。言うなれば生き字引的存在であった。その四家の名は、グレイス家、ラフィルス家、マクラウス家、ギガイアス家と言い、全員に侯爵の位が与えられていた。因みに四卿の筆頭はグレイス家の当主である。

 四卿は王宮にある謁見の間に設置された円卓に着き、紫焔の到着を待っていた。

 「ギガイアス候。一つ良いかな?」

 「なんでしょう、グレイス候?」

 席に着くなり、グレイスがギガイアスに質問してきた。

 「貴公は魔装騎兵隊の総司令官として、この中央にいる方だ。だから、今回のこの召集に関する何らかの情報を持っているのだろう?」

 威圧的な態度も無ければ言葉に毒がある訳でもない。純粋に今回の召集が何かを聞きたいだけの質問だった。

 「私からそれを答えていいかどうか。まぁ、情報の共有として、お答えいたします」

 ギガイアスは昨日起こった出来事を事細かに説明した。

 「・・・・・・とまぁ、そんな感じです」

 説明を聞き終えた三人は大きくため息を吐いた。

 「まさか、冥王様が玉座に着いてこうも早く暗殺を謀るとは・・・・・・」

 「天界の者達は何を恐れているのでしょうな?」

 ラフィルス候とマクラウス候は二人とも天を仰いだ。

 「して、冥王様はこの件をどの様に処理しようとお考えなのか?」

 「多分、その事に関しての我々四卿の召集だと思われます」

 目の前に置かれた茶器に手を伸ばしながらギガイアスはそう答えた。それから少しして、謁見の間の扉が開き、ティスにアルゴ、そして紫焔が部屋へと入って来た。

 四卿は静かに立ち上がり、紫焔が上座の椅子の前に立つと深々と頭を下げた。

 「四卿の皆様にはお忙しい処、足をお運び頂き誠に申し訳ない。今回の召集の件、もう耳にはされましたか?」

 紫焔はそう言いながら四卿に座るよう、手振りで示した。

 四卿は一礼してから着席し、

 「大体の事はギガイアス候からお聞きいたしました」

 「それで、今回のこの件、冥王様のお考えは如何に?」

 グレイスが答えマクラウスが尋ねた。

 紫焔は懐から煙管を取り出すと指に挟み、

 「今回のこの暗殺未遂、どうやら、天界における派閥争いか権力争いのどちらかだと俺は思っています」

 「ほう?」

 「竜族と言えば、天界における四神の一角であり、攻守の要。それに強大な軍事力と権力を持ち合わせている。その竜族の長を投獄するとなると、それなりの実力者でないと無理。つまり、後ろで竜族を操り俺を消そうとしたのは・・・・・・」

 「残りの三神のいずれか」

 「もしくは、それに準ずる者達でしょうな?」

 ギガイアスとラフィルスが言う。

 これに紫焔も静かに頷き、肯定した。

 「そこで四卿の皆様に一つ提案したい事がある」

 「拝聴いたしましょう」

 「俺、自ら天界に赴き、事の真相を暴いて来ようと思っています」

 不敵な笑みを浮かべて冥王は言った。

 この発言に四卿は顔を強張らせ、声を荒げたのである。

 「な、何をおっしゃるか!!」

 「仮にも冥王ともあろう方が天界に赴くなど、前代未聞ですぞ!?」

 ラフィルスとマクラウス両名は、四卿の中でも温厚な考えの持ち主であり、温和な人柄で冥界に知られた人物であった。そんな二人が血相を変えたのである。

 「よろしいか、冥王様!! 貴方は今やこの冥界を統治する身なのですぞ!! 昔の様に影として暴れていた時分とは違うのですぞ!!」

 唾が飛ばんばかりに声を荒げてマクラウスが言うと、

 「まぁまぁ、マクラウス卿。そんなに声を荒げて騒ぎ立てると血管が切れて倒れますよ?」

 ギガイアスがなだめようとしたが、逆効果だった。

 「だまらっしゃい!! ギガイアス候、貴公も四卿の一人なら冥王様の考えをたしなめるのが我々の任務じゃろうが!!」

 怒りの矛先がギガイアスに向かったのだった。

 そして、この怒りに巻き込まれたのがあと二人いた。

 「ティス!! アルゴ!! お主等も冥王様の側近ならば、止めぬか!!」

 「と、言われましても・・・・・・」

 言って、アルゴがティスを見ると、

 「私達が言って考えを改めるような方でもないですし。と言うか、私達も今初めて知りましたから」

 言いながら肩をすくめてみせる。

 「な、何・・・・・・?」

 息を切らしながらマクラウスは紫焔を見た。

 「ティスが言う様に今、言いました」

 あっけらかんとした口調で紫焔は言った。

 この軽い発言にマクラウスは口を開閉させながら震えた。

 呆れと怒りが交互に襲って来たのだ。

 「マクラウス卿、とりあえず落ち着きなさい」

 それまで黙って聞いていたグレイスが座るよう手振りで示す。

 「し、しかし・・・・・・」

 「言う事が聞けぬと申すか、マクラウス卿?」

 目と言葉に力が籠る。

 「・・・・・・っ!!」

 グレイスに気圧され、マクラウスは席に着いた。

 「さて、冥王様。マクラウス卿やラフィルス卿がこうまで言うのは、御身を大事に思う故であります。それはご承知願えますか?」

 「勿論」

 「宜しい」

 「でも、考えを改める気はないですよ、グレイス侯爵」

 「どうしても?」

 「ええ」

 紫焔とグレイスの間に火花が飛び交う。

 「俺が玉座と王冠を戴いた時、こう宣言したはずです。俺は俺のやり方で冥界を統治する。意見は聞くが、最後に決めるのは自分だと」

 この言葉には冥王として、ハーデスの名を継いだ者としての決意が込められていた。

 冥界の統治者が、他人の意見に左右され自分の考えをコロコロ変えるようでは人の上に立つ資格はない。それならばいっそ、冥王の座を捨て王宮から出て行けばいい。それ位の覚悟が無くて玉座に座る事は不可能なのである。

 「グレイス候。冥王様はそれなりの覚悟を決め、今回の事をご思案なされたのだと思います。その辺りを汲んで差し上げるのも我々四卿の仕事かと・・・・・・」

 「わかってますよ、ギガイアス卿」

 やれやれという表情を浮かべ、グレイスは紫焔の顔を見た。

 「冥王様がお決めになった事に我々は反対しない。ご助言するのが我々の仕事」

 と呟き、

 「一つ、天界で大暴れなさると良い。非は天界にある。いざとなれば、冥界をあげて、天界と戦争するのもまた一興」

 楽しそうに言って三人を見る。

 「如何かな?」

 「筆頭侯爵がそう言っては、我々は何も言えないでしょう?」

 盛大なため息を吐きラフィルスが言うと、

 「冥王様自ら天界に乗り込むのは、冥界の歴史でも初でしょうな。何でも最初は良い事だ」

 豪快に笑いながらマクラウスが言った。

 「有難う御座います。四卿」

 言って、紫焔は頭を下げた。

 「冥王が頭を下げるものではありません。堂々と胸を張って天界へ殴り込んで下さい」

 ギガイアスも楽しそうにそう言ったのだった。

 

 

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冥王ハーデスの王宮日誌 たにやん @taniyan

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