第6話
紫焔は煙管をくわえ、泉希の横に転がっている刀を見た。
刀身は紅玉にも似た魅惑の輝きを放っている。その輝きに魅入られ、紫焔が刀の柄に手を伸ばし掴もうとした瞬間、紫焔の襟首を何かが引っ張ったのである。振り返るとそこには誰もいない。代わりに焔鷲丸が浮いていた。瞬間、我に返り自分の頬を両手で思い切り叩いた。
「紫焔!?」
「冥王様!?」
ティスとギガイアスが驚いて声をかける。
顔中に走る痛みで自我を取り戻すと、
「コレはヤバいですねぇ。どんな奴でも虜になってしまいそうだな」
言いながら二人を見た。そして、
「二人ともお疲れ様でしたね。あと、ルリア隊長と13番隊もご苦労様でした」
右手を挙げて労った。
ティスとギガイアス、それにルリアを始めとする13番隊は方膝を着いて頭を垂れた。
「勿体無いお言葉。我々、魔装騎兵隊は冥王様の命に従うのが仕事。しかしながら、結局は冥王様のお手を煩わせてしまい、汗顔の至りであります」
ギガイアスはそう言って詫びを入れた。これに続き、ルリアも、
「その上、冥王様の命とは言え、極小結界にて御身に傷を与えた事、深く陳謝致します」
「気にしない気にしない。極小結界は、普通の結界とは違い攻撃型の結界。こうなる事は最初から分かっていた事だし、服は新しいのを新調すればすむ話しです」
言いながら煙を吐き出した。
それに極小結界でなければ、泉希の動きを封じ冥界の気を断ち切る事は出来なかったはずである。
無尽蔵にある冥界の気で力と体力を回復させながら自分と対等に渡り合った。それだけでも驚愕の事実なのに、その気を使って武器を具現化させた。しかも、焔鷲丸と同じ様な刀をである。
「それより紫焔。聞きたい事があるんだけど?」
ティスが詰め寄りながら言ってきた。
「さっき、この人間の身体に龍が入っていったわよね?」
ジト目でしかも、言葉には毒が含まれている。
「そう、ですね・・・・・・」
「アンタ。あの龍を倒すんじゃなかったの?」
「えっ、とですね。色々と思うところがありまして・・・・・・」
「色々? それ、説明してもらえるのよね?」
「は、はい!!」
背筋を伸ばして返答した。
一方、泉希の中に入った瑞葉は、泉希の精神世界へと降りようとしていた。
死んだと思っていた泉希が生きているとなると、精神は深層部にいるはずだと、瑞葉も紫焔も考えていた。その深層部へ向かう途中、泉希が産まれて今日までの記憶が瑞葉の中に流れ込んできた。その記憶はあまり幸せとは言えないものであり、瑞葉はその記憶に耐えながら最下層まで向かった。そして最下層まで降りると、暗い世界で膝を抱え座り込んでいる泉希を見つけた。
ここにいる泉希も外界と同じく金髪で瞳は紅く輝いている。
「誰?」
顔を少しだけ上げ、瑞葉を見た。
「泉希。私が分かる?」
この問いに首を横に振る事で答えて見せた。
瑞葉ゆっくりと進み、泉希の前に来るとその場に座り、泉希と同じ目線に合わせた。
「こうして話すのは初めてね、泉希。私は瑞葉。貴女が巫女をしていた水神よ」
笑みを浮かべて言った。
「水神様?」
「えぇ」
そして、瑞葉はそのまま泉希に頭を下げたのである。
「許して、と言っても、許してもらえないかもしれない。私は私の我儘で、貴女を利用し、この冥界まで連れてきてしまった。しかも、自分の用が済めば私は貴女の亡骸を冥界に置き去りにして天へ帰るつもりだった。でも、貴女は生きていた。しかも、こんな姿にまでしてしまった。どんなに償っても償え切れない事を私はしでかしてしまった」
懺悔しながら瑞葉は震えた。
やってはいけない事だと分かっていたにも関わらず、瑞葉は罪を犯したのである。
「私は自分の父を助けるため、貴女を利用した。私はどうすれば貴女に許しを乞う事が出来るのかしら・・・・・・?」
涙が溢れてきた。
止める事が出来ない位の涙が溢れ出てくる。その涙を拭おうと目元に手を伸ばした時、その手を泉希の両手が包んだ。顔を上げ泉希の顔を見ると、泉希も涙を流し、微笑んでいた。
「やっと、会えた・・・・・・」
一人ぼっちだった泉希の心を癒していたのは湖の守り神だった瑞葉だけだった。
湖に向かい、その日あった事を言うだけで心が少しだけ楽になっていく。泉希にとってはそれが唯一の救いだったのである。どんなに話しかけても返答はないが、それでも泉希にとってそれがどれだけの憩いの時であったか。
「やっとお話しできた。有難う、水神様」
泣きじゃくりながら泉希は瑞葉に抱き着いてきたのである。痛い位に抱きしめられ、瑞葉は最初何も出来なかった。だが、彼女をゆっくりと抱き締める事でその気持ちが瑞葉の中に流れ込んできたのである。
暗く冷たい世界を淡く青い光が優しく包んでいく。
「泉希。私と一緒に行きましょう」
「はい」
この時、泉希と瑞葉の精神が一つになった。
それは、外界にいる冥王達にも分かった。
「さぁ、泉希。本当の意味で生まれ変わる時だ」
紫焔が呟くと泉希の身体は青く輝いた。それに呼応するかのように、紅玉色の刀もその刀身を青玉色へと変貌したのであった。
ゆっくりと目を開け、泉希が目を覚ます。
「おはよう、冥王」
「あぁ。おはよう。そして、初めまして。ようこそ、我が冥界へ」
互いに笑みを浮かべ握手を交わした。
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