第5話
瑞葉は全てを話し終えると、紫焔の顔を見た。
黙って話しを聞いていた紫焔はゆっくりと顔を上げた。
「瑞葉。俺の命をお前さんにくれてやる事は出来ない。だが、代わりにお前さんの手助けをしてやる事は出来るかもしれない」
「どういう事?」
「それは・・・・・・」
言いかけて紫焔は口をつぐんだ。
理由は、空から物凄い勢いで降りてくる影が見えたからである。
影は地響きを上げ、二人の目の前に降り立った。
「どうした、犬?」
犬と呼ばれてもケルベロスは怒りはしなかった。
「おい、冥王。城がヤバいぞ」
声には少し焦りが含まれている。
紫焔はケルベロスをチラッと見て立ち上がり、焔鷲丸を引き抜いた。
「眠り姫が目を覚ましたか」
「とんでもない力を秘めてな。ありゃ、魔装騎兵隊でも抑えきれんぞ」
「そいつは大変だ」
口調は全然大変そうには聞えない。それどころか愉しそうな感じが含まれている。瑞葉はそう感じた。
「それじゃ、城に戻るか。眠り姫の力が暴走する前に」
その頃、城ではティスとギガイアス、それに13番隊長であるルリアが今までに経験した事がない位の力と対峙していた。
「冗談でしょう? ただの人間がこれだけの力を備えているなんて・・・・・・」
両手を突き出し、自身の持てるだけの力を揮い相手を抑え込む事に専念している。それは総司令官のギガイアスもルリアも同じだった。
三人と13番隊の前に立つ人物、それは、仮死状態から目覚めたばかりの泉希である。
但し、その泉希の容貌が少しばかり変化していた。
髪は金になり、瞳は紅く輝いている。
「冥界の気に中てられたか・・・・・・」
ギガイアスが舌打ちしながら言うと、
「中てられたからと言ってこれだけの力をいきなり解放出来る? この力は・・・・・・」
「まさに冥王様に匹敵しますな、魔女殿」
楽しそうに言ってはいるが、ギガイアスの顔には余裕はない。
少しでも気を抜けば一気に圧される。
そんな三人と13番隊の考えを余所に、泉希は少しずつ距離を縮めてくる。一歩踏み出す毎に後退する。
「こんな時にどこで遊んでるのよ、あのバカは・・・・・・」
「そんな醜態をつけるのですからまだ、余裕がありそうですね、魔女殿は」
「余裕はないけど、退く気もないわよ!!」
目を見開き力を振り絞る。
「『白銀の魔女』の名前は伊達じゃないわよ!!」
一歩踏み出し、泉希の力を押し返しにかかった。
泉希の動きが少しだけ止まった。これをギガイアスは見逃さずに号令をかける。
「今だ!! 13番隊、全力を振り絞れ!! ここで退いたら末代までの恥だぞ!!」
人間風情に力負けしたとあっては冥界の笑い者になる。
それだけは何としても避けたい。
ルリアを筆頭に13番隊が渾身の力を振り絞った瞬間、泉希が右手を伸ばし
空を握る。全員の目が大きく見開かれた。
そこには焔鷲丸に似た刀が姿を現したのである。
「嘘でしょ・・・・・・?」
「焔鷲丸・・・・・・?」
泉希は焔鷲丸によく似た刀を大きく振りかぶった。
「全員、退避!!」
ギガイアスの一言で13番隊は散った。
同時に刀を振り下ろされティスとギガイアスに向かい襲い掛かってきた。
避けきれない。
二人の脳裏に死が過ぎる。
だが、刃は二人に届かなかった。
刃と刃が激しくぶつかり合う音が城中に響き渡る。その音は冥界中に轟いた。全員が耳を塞ぐ程の音だった。
「ぶっそうな物を振り回してるなぁ、泉希」
「紫焔!!」
「冥王様!!」
泉希の刀を弾き返すと紫焔は焔鷲丸を静かに構え直した。
「どこでサボッてたのよ、この馬鹿!!」
冥王の背に向かい、ティスが毒を吐いた。
「サボッてないし、一応、これでも冥王なんだから馬鹿はないでしょう、馬鹿は・・・・・・」
ティスの方を見ずにそう言ってから泉希が持つ刀に視線を向けた。
「成程。記憶の片隅に残っていた人間界の武器を冥界の気で具現化したか」
冥界の気を具現化するという方法は紫焔でも出来る事ではない。それを泉希はやってのけたのだ。
「め、い、お、う・・・・・・」
ゆっくりと口を動かしながら泉希が呟いた。
「た、お、す・・・・・・!!」
金の髪の毛が逆立ち、地面を蹴った。
「!!」
その場にいた全員が自分の目を疑った。あまりの速さに姿が見えなかったのだ。
一瞬で紫との距離を詰め刀を振るう。
その一撃を紫焔は受け流し、返す刀で泉希へ斬り返した。だがその一撃を難なくかわし距離を取ると再び突進して斬撃を繰り返してきたのである。その剣捌きは恐ろしく速く、恐ろしく正確なものであった。確実に紫焔の急所を狙い、斬りつけていたのである。だが、紫焔も負けてはいない。相手の切っ先の動きを正確に読み、全てを受け流していた。
「・・・・・・どっちも化け物ですね」
「えぇ。互いに相手の攻撃を読みながら、ギリギリのところで一撃を回避しているわ。でも・・・・・・」
紫焔は兎も角として、相手は人間。
体力の限界まで引っ張れば、身体にガタが来る。そこを叩けば冥王の勝ちだと、考えていた。無論、紫焔も同じ事を考えていたのだが、これが間違いだという事を瞬時に気付いた。
泉希は疲労する処か益々勢い付き、攻撃の手を休めようとはしなかった。原因はすぐに分かった。
泉希は冥界の気を吸収しながら闘ってるのである。つまり無限に回復を行う事が出来るのである。
「卑怯だろ、それ!!」
思わず声に出し、何とか距離を取った。
そして息を整えながら、刀を肩に載せ、
「全く、冥界の気を吸収しながら体力を回復させつつ、その上力を増幅させるなんて、卑怯以外の何物でもねぇぞ。冥界は他所からの方を大事にするのか?」
悪態をついてみせ、切っ先を泉希に向ける。
「冥界が泉希の味方するってんなら、俺にも考えがある。少しだけ、焔鷲丸の力を解放するぞ」
言って構え直し、膝を曲げ目を見開いた。
紫焔の身体中から剣気が溢れ出す。その気に周りにいた者達は勿論、泉希も気圧され、一歩退いたのである。それを紫焔は見逃さなかった。一気に間合いを詰め泉希に斬りかかる。だが、この一撃を簡単に泉希は受けた。
「かかったな」
言って紫焔は泉希の持つ刀の刃を握ったのである。
「ぐっ!!」
強烈な痛みが身体中に走ると同時に力を吸い取られる感じがした。だが、紫焔は踏み止まり、魔装騎兵隊に号令をかけたのである。
「魔装騎兵隊、13番隊に告ぐ!! 俺と泉希に極小結界を張れ!! 全力でだ!!」
「し、しかし!!」
「やれ!!」
王の一声に13番隊が一斉に結界を張った。
「極小結界!!」
「・・・・・っ!!」
二人の上に強力な圧力が掛かってきた。
極小結界は、広範囲に張る結界とは違い、一点集中で張る結界である。それだけにとてつもなく強力な圧力が掛かり、普通の者であればその力に押し潰されてしまう程であった。
これには流石の泉希も耐えらえずに方膝を着いた。そこに、紫焔が一撃を与えたのである。
「かはっ・・・・・・!!」
「結界解除!!」
13番隊が結界を解いたと同時に上空から龍が泉希目掛けて急降下してきた。そして泉希の身体に入ったのである。
「あとは頼むぞ、瑞葉」
言って紫焔はその場に座り込んだ。
極小結界の反動が思ったよりも大きかったのか、身体中のあちこちが悲鳴を上げている。その上、衣服もボロボロになっていた。
「紫焔!!」
「冥王様!!」
ティスとギガイアスが慌てて駆け寄って来る。だが、紫焔はそんな二人に手を挙げて見せ、ゆっくりと立ち上がり泉希を見下ろした。
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