シンデレラの相手は王子?―タツキ視点―

「タツキ様、お飲み物お持ちいたしました~」

 「……」


 俺の腕にまとわりつこうとする女を無視して、俺はテラスに出た。


 「タツキ様~、きゃ!」

 「来るんじゃねーよ、ブス。トウマの相手でもしてろ」


 女を突き飛ばし、扉を閉めた。


 はあ…


 ようやく息ができた。


 今日は皇太子であるトウマの社交界デビューの日だからか、ケバい女たちがこぞって城に訪れている。

 俺は欠席のはずだったのに…。

 ふざけんじゃねえよ、国王サマ。


 「タツキ様~!」


 ちっ。今度は別の女が来やがった。

 めんどくせー。


 「おい、誰の許可を得て俺に近づいている」

 「え?あの…」

 「近づくなと言っている。そのくさい臭いを振り撒くな」

 「えー、タツキ様酷いですー」


 あー、イラつく。

 もう部屋に戻ろう。


 「ついてくるな」

 「そんなこと言わないでくださいー」


 

 ガッ

 「ぎゃあ!」

 「うぜえ」

 俺は女の顔を殴った。

 無様な女は何が起こったのかわからず呆然としている。

 俺はそのまま国王サマのもとへ行った。


 「国王様」

 「タツキか、楽しんでおるか?」

 「まったく。ですので私はここで失礼しようと思い、挨拶をと参りました」

 「そうか、お前も独り身だ。そろそろ相手を決めなければいけない年だろうに」

 「ご心配なく。自分で探します」

 「頼むぞ、お前の母も心配しておる。アリサによろしく伝えてくれ」

 「はい。また伺います。失礼します」

 俺はそう言って、手配していた馬車に向かうべく、城を後にした。


 


 「あ、トウマになにも言わず出てきたな」

 まあ、今度土産でも持っていくか。


 


 「ただいま戻りました」

 「おかえりなさい、タツキ。トウマは元気でしたか?」

 「はい」

 「そうですか、それは良かった」

 「国王様が母上によろしくとおっしゃっていました。母上のことを随分と気にかけておいででしたよ」


 

 『タツキ!よく参ったな。アリサは元気か?』

 『タツキ、この鏡、アリサに渡してくれ。きっと似合うと思って取り寄せたのだ』

 『タツキ、アリサは……』


 

 「まったく、お兄様は…。いつまでたっても変わらないのですね」


 

 タツキ・ヴェルデシュタイン。

 シンデレラの住む国・サルスランドの隣国、ヴェルデシュタイン王国の王族である。


 

 「母上、ご相談があります。」

 「?何でしょう」

 「しばらく、この国を出たいのです。」

 「なぜ?」

 「国王様に言われたのです。そろそろ相手を決めなければならない頃だと。」

 「ええ、それは私も心配しておりました。」

 「この国には、おそらく私のことを知らない女性はいないでしょう」

 「そうですね」

 「私は、私のことを王族として見ない女性に出会いたいのです。私を見てくれる女性を探します」

 「……わかりました。父上には母から伝えておきます。あなたはすぐにでも発ちなさい」

 「良いのですか?」

 「父上が知れば、あなたを監禁してでも出国を阻止しようとするでしょうから」

 「…ありがとうございます、母上。必ず、良き人を連れ帰ります」

 「よろしくね。さあ、急いで準備なさい。父上が帰って来られるわ」

 「はい」


 「言って参ります」

 俺は最低限の荷物を持ってヴェルデシュタイン王国を出た。

 愛する人を探すために。


 


 

 なんていうのは嘘だ。



 あの国の女たちは俺のことを知っているから群がってきやがるんだ。

 じゃあ知らない奴らなら?

 少なくともここよりはマシじゃね?

 俺は静かに暮らしたいんだ。


 それに、俺に愛する人なんてできる訳ねーだろ。

 女なんてくそほど見てる。

 あんなめんどくせー奴ら、誰が一緒になりたいと思うか。


 

 まあとにかく、あの国を出られた。

 ようやく開放された。


 

 俺は隣国のサルスランドに向かった。

 ここは黒髪を忌み嫌う。

 ヴェルデシュタイン王国民はほとんどが黒髪だ。


 ちょうどいい。

 しばらく人に会いたくねーしな。


 俺は森に住み着いた。

 ここの森には、食料がたくさんある。

 野草について勉強しておいて良かったとこれほど思ったことはない。


 それから一年、特に困ったことも起こらず、俺は気ままに暮らしていた。


 そんなとき、お前が現れたんだ。


 


 食料採集からの帰り、


 

 ガサッ


 「…?」

 「はあ、はあ、……」


 誰かいるのか?

 こんな夜に。


 よく見ると、木の陰に誰かいる。

 …女?


 「…っ、ぐすっ、…」


 …泣いてる?


 「どうした、そんなところで」


 驚いたようにこちらを向いた。


 「怪我をしているのか?」

 なぜか、そんなことを聞いていた。


 「あ、あの、大丈夫ですので…」

 「いいから来い、俺の家すぐそこだから」


 おそらく立ち上がれないだろうから、俺は女を抱き上げた。


 軽い。


 まず感じたことだ。


 女ってこんなに軽いのか。

 いや、違うな。

 こいつが軽いんだ。


 

 家に入り、灯りをつける。

 すると、さっきまではよく見えなかった女の容姿が目に入る。


 美しい黒髪。

 いや、黒に見える茶色か。


 胸が痛い。

 心臓がうるさい。

 俺は初めて、女を美しいと思った。

 ヴェルデシュタインの女たちにはこんなこと思ったことないのに。

 全員が同じに見えていたのに。


 「…お前、名は?」

 無意識に尋ねていた。


 こいつの名が知りたい。

 俺のことも知ってほしい。


 言葉を交わしたい。


 

 「シンデレラよ。あなたは?」


 シンデレラ。


 

 「…タツキ。お前はこんなに暗い森のなかで何をしていたんだ?靴も履かずに」

 シンデレラは裸足だった。


 「…早く家に帰らなければいけないの。この森を抜けたところに私の家があるのよ。近道にと思って入ったの。靴は走っている途中で脱げちゃった。」

 「そうか。だが、こんな夜に森を抜けるのは危険だ。俺は明日、この森から去る。ついでにお前を近くまで送ってやる。今日はここに泊まれ。」

 良い人を見つけたら連れ帰ると母上と約束したしな。

 とりあえずは報告だ。


 「…いいの?」

 「嫌ならこんなこと言い出さな

  い。」

 「…ありがとう」


 シンデレラはまだここにいる。

 俺の心臓の音は、さらに速くなった。


 

 「先に足の手当てするぞ。少し滲みるが我慢しろ」

 彼女の足には、裸足で走ったためにできた傷と、小さな古傷が無数にあった。


 「うん、っ、いたい…っ」

 可哀想に。こんなに傷を作って。


 「知ってる。とげとかは刺さってないから、これで大丈夫だ」

 「ありがとう」

 「もう夜も遅い。寝るぞ。明日は早くに出発する」

 「うん。私はどこで寝たらいいかしら?」

 「そこのソファーで寝ろ。俺はベッドで寝るから。これかけてろ」

 俺はシンデレラに毛布を渡した。


 「ありがとう。これで寒くないわ。おやすみなさい」

 「ああ」


 


 シンデレラが寝静まった頃、


 「やはり少し寒いな。」

 暖炉に火をつけた。

 これで暖かくなれば良いんだが。


 硬いソファーに寝かせてしまって申し訳ない。

 寝室の暖炉は使えなくて、ここより寒いんだ。


 「こんなに傷を作って。可哀想に」

 足しか確認できていないが、おそらくまだまだあるだろうな。


 シンデレラの頬を撫でる。


 「お前のことは俺が守るよ、シンデレラ」

 だから少しだけ、待っていてくれ。


 


 

 よく寝ている。

 だが、そろそろ起こさなければ。


 「おい、起きろ」


 「…ん、タツキ…?…もう時間?」

 「出るぞ」

 「ま、待って」

 「早くしろ」

 シンデレラは急いで支度をした。


 外に出ると、空はまだ白かった。


 …寒そうだな。


 「寒いからこれ着てろ」

 「私は大丈夫よ。あなたこそ寒いでしょう」

 「いいから着てろ」

 「…ありがとう」


 もう少し、時間がほしい。


 

 「ねえ。あなたは木こり?狩人?」

 突然、シンデレラが尋ねてきた。


 「別に。ただ森で生活してるだけ」

 悪い。まだ言えない。


 「そうなの。これからどこへ?」

 「この国を出て隣国へ行く」

 「…じゃあ、もう会えないのね」

 「……」


 まだ言えない。


 

 「俺が送れるのはここまでだ」

 本当は、最後まで見送りたい。


 「…そうね。これ以上行くと見られ

  てしまうものね。あなたの髪」


 …やはり、お前もそう思うか。

 俺は大丈夫だ、そんな悲しい顔をするな。


 

 すると、シンデレラは突然顔をあげた。

 「私、あなたのこと好きになってしまったわ。だって、あんなに優しくてしてもらったの、生まれてはじめて。あなただけだったの」


 

 死ぬかと思ったほどの衝撃だった。


 

 ああ、シンデレラが泣いている。

 俺と別れることを悲しんでくれているのか?


 これだけは言わなければ。


 

 「…シンデレラ」


 涙に濡れた瞳が向けられる。


 「必ずまた会える。少し時間がかかるかも知れないが、待っていてくれないか」


 「…本当?」

 「ああ、本当だ」

 「…うん、待ってる、待ってるから」


 せめて、これだけは伝えなければ。


 「俺もお前が好きだ」


 


 

 「タツキ・ヴェルデシュタイン、ただいま戻りました。」


 「タツキ!」

 「…父上」


 

 「今までどこに行ってたんだ!心配したんだよ!」

 「…申し訳ございません」

 「もうどこにも行かないでー!」


 ああ、この人はいつまでも鬱陶しい!


 「父上、母上はどちらですか?」

 「アリサ?っ、アリサは、いつもの部屋に…」

 泣いている父上をほっといて、母上のもとへ向かった。


 

 「母上、タツキ・ヴェルデシュタイン、ただいま戻りました」

 「まあ、おかえりなさいタツキ!あなたが帰ってきたということは良い人を見つけたと言うことですね?」

 「はい、共生きたいと思える人を見つけました。ですが、まだここには連れて来ていません。」

 「あら、そうなのですか。では、また迎えに行くのですね」

 「はい、彼女は隣国サルスランドの方です」

 「サルスランドの…」

 「彼らはまだ黒髪を持つ人々を害し続けています。私の思う人も、それによって、長い間苦しめられてきました。開放されるべきです」


 「うん、連れてきなさい。」

 ドアの方から父上の声がした。


 「タツキが選んだ人だ、きっと良い子なのだろうね。私も会いたいよ」

 「母もですよ、タツキ。用意が整い次第、すぐ迎えに行きなさい」

 「はい!」


 シンデレラを身請けるために必要なものを集め、俺は再びサルスランドを訪れた。


 まだ数日しか経っていないのに、シンデレラに会いたくてたまらない。


 心臓は、早く早く、と歩を進めさせた。


 


 ここが、シンデレラの家。


 今行く、待っていろ。


 すると、中から聞くに耐えない暴言が聞こえてきた。


 


 

 「こんなみすぼらしい娘にはすぎた靴だ。彼女はそのような娘ではない。それに、その髪はなんだ。不幸の色をしているではないか。そのような者、私の運命の人であるはずがない」


 


 

 …よくもそんな非道なことが言えるな。

 いや、俺も以前はああだったか。

 シンデレラはそのことを知ったら、俺を軽蔑するだろうか。


 いや、そうだとしても、もうお前と別れることなどできないが。


 


 


 ガチャ


 「では、その娘は私がもらい受けよう」


 サルスランドの王子がこちらを見た。


 「異論はあるまい」



 そして、



 「…タツキ?」


 シンデレラ、


 


 「待たせてしまったな」


 


 

 俺と共に生きてくれ。

 

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シンデレラの相手は王子? 琴春 @kotoharu

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