シンデレラの相手はあなた

「…タツキ?」


 「待たせてしまったな」

 だめだ、涙で顔がよく見えない。

 タツキ。


 「貴様、何者だ。無礼であるぞ!」

 王子の後ろに控えていた男が言った。


 「おい、まさかあの方って…」

 「いや、そんなはず…」

 年配の従者たちがざわめき始める。


 

 何?


 「貴様こそ無礼であるぞ」

 タツキの後ろから一人の男性が現れた。


 「この方はタツキ・ヴェルデシュタイン様。ヴェルデシュタイン王国の王族でいらっしゃる」


 「!」


 「ヴェルデシュタインの王族…?」

 「そんな方が、一体この娘に何の用が…」


 王族?

 木こりではなかったの?


 「ダグラス、下がれ」

 「はい」

 男性に声をかけ、タツキはこちらを向いた。


 「シンデレラ」


 タツキが私の名を呼んだ。


 「隠していてすまなかった。俺はヴェルデシュタイン王国の人間だ」

 「…ええ。」

 「お前はまだこの国にいたいか?」

 「…え?」


 タツキはシンデレラの前に跪いた。


「シンデレラ、どうか私と、共に生きてはくださいませんか」


 そう言って、タツキは胸元から小さな箱を取り出した。

 そこに入っていたのは、チョーカー。


 「俺の国では、愛する人に思いを告げるときにチョーカーを渡すんだ。自分の瞳の色と同じ宝石で飾って」


 そのチョーカーについていたのは、碧い宝石。

 タツキの瞳と同じ色。


 「綺麗…」

 「ブルームーンストーンだ。お前によく似合うと思ってな」


 ブルームーンストーン…。

 でも、私なんかが、受け取っていいもの?


 「タツキ、あの、やっぱり私…」

 お断りしよう。

 私なんかがタツキのそばにいられるわけがないわ。


 「残念だが、お前に拒否権はもともとねーんだ。一緒に国に帰るぞ」

 タツキは立ち上がり、私を強く抱きしめた。


 「もう、父と母に話は通してある。二人ともお前のことを心待ちにしている」

 「…本当に、私でいいの?髪だって、こんなに黒に近いのに」

 「それを言うなら、俺は真っ黒だ。大丈夫、ヴェルデシュタイン王国の人間は皆黒だ。ここのように黒髪を忌み嫌う文化はねーよ」


 タツキは微笑んで言った。


 「この国でその髪を持って、今まで辛いことばかりだっただろう?俺はお前を苦しみから解放してやりたい。お前を幸せにしてやりたいんだ」


 「俺と共に生きてくれ、シンデレラ」


 

 もう、この人の手をとるしかなかった。


 

 「…はい」


 私は、タツキの背に手を回した。


 


 「さて」

 タツキは私の腰に手を回したまま、王子と対峙した。


 「おい、そこのくそ王子」

 「わ、私?」


 王子は慌てたように返事をした。


 「ああ、お前だ。よくも俺の嫁にあんなふざけたこと言ってくれたな」

 「ふん、本当のことだろう。そんなみすぼらしい娘を嫁にと言う貴殿の気が知れない。しかも言葉遣いも荒い。よくもそれで自分は王族だなどと言えるな」

 王子は、タツキをバカにしたように、言葉を吐きつけた。

 だが、その言葉に反応したのはタツキではなかった。


 「お、王子!それ以上は、」

 「ヴェルデシュタインの王族になんということを!」


 王子の従者たちだった。


 「なにがだ?どうしたんだお前たち」

 「お前は本当に愚かだな、何も知らねーのか」

 タツキは呆れた。


 「どういうことだ」

 「この国の最大貿易相手国はどこだか知っているか?」

 「…まさか」

 「ヴェルデシュタイン王国だ。そこの王族を侮辱したのだ。当然、貿易にも支障が出るだろうな。お前の親は俺の機嫌を取りに来るのに、息子のお前は…」

 だんだんと王子の顔が青くなってくる。

 「そのうち、この国にヴェルデシュタインからの使者が来る。楽しみに待ってろ」


 王子はそれ以上、言葉を発することはなかった。


 「貴様らだな、俺のシンデレラをいじめていたのは」

 タツキはお義母さまとお義姉さまのもとへ行った。

 ふたりは怯えて俯いている。


 「相当の報いがあると思え」

 「ひっ!」

 「シンデレラ」

 タツキが私を呼んだ。

 「お前がこいつらに会うのはこれで最後だ。何か言いたいことはあるか?」

 私の答えは決まっていた。


 「いいえ、何もないわ。だってこの人たち、私の家族ではないもの」


 「そうか」

 タツキは嬉しそうに微笑んだ。


 


 私たちは、すぐに出国した。


 「ねえ、タツキ」

 「なんだ」

 「聞きたいことがあるの」

 ずっと気になっていたこと。

 「どうして森に住んでいたの?」

 「…ひとりになりたかったんだ。俺は早く婚姻を結ぶように、母や国王から急かされていた。女たちは今だと俺にすり寄ってきた。それに耐えられなくなって国を出たんだ。」

 「じゃあ、私に結婚を申し込んだのは…」

 「愛する女など、一生現れないと思っていたのにな。なぜかお前は他のやつらとは違ったんだ」

 「…」


 …恥ずかしくて、タツキの顔が見られないわ。


 


 「ただいま戻りました。彼女も一緒です」


 「まあ!あなたがタツキのお嫁さんね。お待ちいたしておりました。タツキの母のアリサと申します。」

 「僕はトキサダ、タツキの父だよ」

 目の前の紳士とご婦人が私に話しかける。


 「私はシンデレラと申します。お会いでき光栄ですわ」


 私はタツキに肩を抱かれながら、にこやかに応えた。


 「シンデレラ!まあまあなんて可愛らしいお嬢さんでしょう。それに綺麗な髪だこと。」

 「アリサ、シンデレラが困っているよ」

 「ああ、私としたことが。ごめんなさいね、シンデレラ。私のことはお母様と呼んでくださいね」

 「僕のことはお父様と呼んでね。君を歓迎するよ、シンデレラ」


 お父様とお母様は何度もシンデレラ、シンデレラと名前を呼んでくださった。

 私は思わず涙が出てしまいそうになった。


 「今日から私たちがあなたの家族よ」


 「はい、よろしくお願いします。お母様、お父様」


 お母様は私をきつく抱き締めてくれた。


 


 


 

 今まで私は、ずっと、辛かった。


 

 誰も私を見てくれなくて


 私を、認めてくれなくて


 

 あの時、くつを落としてよかった。

 森に入ってよかった。

 あの木を選んでよかった。


 あなたに出会えたのだから。

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