糸電話

逢神天景

糸電話

「健一、凧揚げしないか?」


「唐突だな」


 大学生になって、初めての正月。

 俺が久々に実家に帰ってきて寛いでいると、久しぶりに――本当に、久しぶりに、隣の家に住んでいる恵美香から、連絡がきた。


「久しぶりだな、恵美香」


「久しぶり。いやぁ、久々に君が帰ってきてるって聞いてさ。なんとなく凧揚げがしたくなってしまったんだ。と言っても、家にある昔使っていたのは、もう古いだろうから、どっかで買って、河原にでも行かないか?」


 確かに、俺には下の兄弟はいないからな。俺が最後に凧揚げしたのなんか、小6の時だから……七年前か。

 苦笑しつつ、俺は財布の中身を確認する。


「OK。じゃあ、今すぐ準備するから待ってろ」


 あいつと遊ぶのも久しぶりだな。

 少し楽しみにしている自分がいるのを自覚しつつ、俺は取りあえずズボンをはきかえる。

 と、そこでケータイを通話のままにしていたことに気づいた。てっきり恵美香が切っているもんだと思っていたんだが。

 俺が一応「切るぞ」って一言声をかけてから切ろうとケータイにもう一度耳を近づけると、


「あ、寒いから中入ってるぞ?」


「は?」


 素っ頓狂な声を出してしまう。なんだ、もう家の前にいたのか。気の早いやつだ――


「おじゃまします」


「廊下にいたのか!?」


 廊下から入ってきた恵美香に驚いて、俺は思いっきり大きな声を出してしまう。


「廊下にいたんだよ。昔と違って、お淑やかになっただろう?」


「……昔って、アレだろ。小学生の時くらいの窓伝いに入ってきていたアレだろ。そりゃ、大学生にもなってそんなことされたら。こっちが困る」


「君と違って、私は専門学生なんだけどね」


 ショートカットに、知性を感じさせるメガネ。ジーンズに、ダウンジャケット。他の連中から「イケメン」と呼称されていた恵美香だったが、ここ最近はもっとイケメン度に磨きがかかっているような気がする。

 ちなみに、こいつは凄く勉強自体は出来るんだが……看護師になりたいとかで、専門学校に行ってしまった。

 必死こいて、学歴だけで大学を選んだことをバカにされているような気がして、当時は少しモヤモヤした気分があったっけ。


「で、恵美香。取りあえず着替えたいんだが」


「ん? そうか。じゃあ私は君の漫画でも読んで待っているよ」


「部屋の外でな?」


「ん? いや、ふつうに寒いから部屋の中にいるが」


「俺、着替えるんだぞ!?」


「そうだな」


 もう嫌だ、こいつホントに俺のことを男と思ってないんだ。

 はぁ、とため息をつく。


「いいから出てけ。下の部屋なら暖房ついてんだろ」


「まあ、仕方ない。君の漫画、数冊借りていくよ」


「あいよ。まあ、そんなに待たせないで行くからよ」


 仕方なくもないと思うんだが。

 俺は部屋から恵美香を追い出し、ふと、自分のケータイを見る。


「そういや……凧揚げと言えば」


 ふと、昔のことを思い出す。アレは、それこそ正月に凧揚げしてるときだったか。

 恵美香と一緒に、紙コップとタコ糸で糸電話を作ったんだ。

 そして、河原にある小屋のようなところで話して遊んだんだよな。

 で、その日はそのままにして帰ったんだが、次の日。

 なんとなく、糸電話は回収しないといけない気がして、小屋に行くと、なぜか窓から紙コップが……つまり、糸電話が出ていた。

 なんとなく不思議になってその糸電話に声をかけたんだよな。


『誰かいますか?』


 って。

 そしたら、なんでか分からないけど、紙コップの向こうから声がするんだよ。


『はい、いますよ』


 凄くかわいい声だった。もしかしたら、俺の初恋なのかもしれない。高校まで、男子校だったから、女子との出会いも無かったし。その子の名前はめいか、って言っていた。

 それから、その子と冬休みの間、ずっと喋りに行っていた。恵美香に見つからないように、朝早く行ったり、恵美香が出かけている時に行ったり。いろいろと、小学生なりに考えて会いに行ったんだよな。

 結局、一度も会うことは叶わなかったけど、俺が中学校に上がるくらいまでは、たまに言っては、たくさん喋っていたっけ。

 中学生になって、部活とかが忙しくなって、なんとなく会えなくなって以来その子のことは忘れていた。

 ……今日、後で久しぶりにその小屋に行ってみようかな。


「さて、と」


 俺は着替え終わって、下の部屋……つまりリビングに行くと、恵美香が相変わらず自分の家のようにゴロゴロとしていた。

 ……ホント、こいつは俺のことを男子だと思ってないな。

 またため息をついて、俺は恵美香の肩をトントンと叩く。


「おい、恵美香」


「ああ、もう着替え終わったのか。ちょっと待ってくれ、これをもう少しで読み終わるから」


「……ジ○ンプくらいいつでも読めるだろ」


「私は、毎週買うのが面倒な性質だからね。こうして君の家に自動的に用意されているものを溜めてから読む方が、楽で便利でなおかつお金もかからない」


 ふざけてやがるな、こいつ。


「それは俺の兄貴が買ってきてるもんなんだから、ちゃんと兄貴の許可をとってから読んでくれよ」


 というか、さっき俺の部屋から持って行った漫画読んでねえのかよ。


「その漫画、割とおススメなんだけどな」


「知っているよ。だから、今夜はコレを私の部屋までもっていかせてもらうからね」


「そのまま返ってこなかった漫画が何冊あることやら」


「ちゃんと、シリーズが終わったら、最終巻までそろえてから君に返しているだろう?」


「お前が飽きた頃にな」


 まったく。


「じゃあ、俺も昼飯くらい食うか」


「美味しかったぞ」


「お前が喰ったのか!?」


「かなり量があってきつかったが、なんとか食べきれた」


「いや、グッ! じゃねえよ。グッじゃ。無理して喰うくらいなら残せ」


「残すなんてできるわけないだろう。君のお母さんに失礼だ」


「そもそもそれ俺の飯だからな!? 本来俺が食うもんであって、お前が食うもんじゃねえんだぞ!? 食うんならせめて少しくらい残しておけよ!」


「君は私の食べ残しが食べたかったのか。……なかなか業が深い性癖だな。まあ、仕方ない。それなら新しく作って私が食べ残すから――」


「誰もそんなこと言ってねえよな!? これっっぽっちもそんなこと言ってねえよな!? つーか、そもそもお前の食べ残しフェチとか業が深いなんてもんじゃねえよ、一歩間違えたら犯罪者予備軍だよ!」


「? 何を言っているんだ君は。君は元から犯罪者予備軍だろう? 今更何を……」


「だから犯罪者予備軍じゃねえっつってんだろうが!」


 というか、俺のどこが犯罪者予備軍なのか。


「ん? 君はよく私の裸を覗きに来ていたじゃないか。私だからいいものを、アレが犯罪者でなくて何と言うんだね」


「アレは全部偶然、もしくはお前の陰謀だろうがァァァァァァァァ!!!」


 一番ひどかったのは、俺が恵美香に「部室まで来て欲しい」って言われたからソフトボール部の部室に行ったら、なんとこいつが着替え中で「まったく。私の裸が見たいのならそう言えばいいのに。そもそも、いつも見てるじゃないか」なんて根も葉もないことを言うもんだから、学校中の噂になった。当然、俺は全校生徒から敵認定された。

 殆どがそんなんか、もしくはなぜかこいつが俺の家でシャワーを浴びていたせいで、鉢合わせしたりとか。

 ともかく、俺はそんなことをされていたせいで、見てしまうことがあっただけで、俺に非はない。


「まあ、いい。ともかく、お昼ご飯を食べたらどうだい?」


「いや、お前が食っちまったから無いんだろ?」


「そんなわけないだろう。ほら」


 そう言って、恵美香は俺にパスタをよそってくれた。どうやら、昼飯はパスタだったらしい。ミートソースがかかっていて、おいしそうだ。


「それと、コンソメスープ」


 恵美香は自分の分もついでから、さらに俺にスープをよそってくれた。こいつ、まだ昼飯も食べてなかったのか。


「さんきゅ」


 そう言って、一口つける。

 なんだか、いつもの――母さんが作っている料理よりも、味付けが濃い気がする。俺は濃い味付けの方が好きだからいいんだが。それとも、久々に実家に戻ってきたから、母さんの味付けを忘れているだけかもしれないが。

 それでも、懐かしい感じがする。


「なにはともあれ、美味いな」


「そうか、それはよかった」


 俺が一言呟くと、恵美香が少しホッとしたような声を出した。


「ん?」


「ああいや、なんでもない。そんなことよりも、さっさと食べたまえ。君が下に来るのが遅かったから、冷めてしまってるじゃないか」


 どうやら、こいつが温め直してくれていたようだ。

 相変わらず、気の利く女だよ。こいつと結婚するようなやつは、さぞかし楽できることだろう。……この思考、なんかダメ人間になりそうだな。

 自分の心の中に少し苦笑してから、俺はスープとパスタを食べてしまう。


「ご馳走様」


「食器を洗うから、流しに出してくれ。そうそう、さっき私が飲んでいた飲み物とかのコップも持ってきてくれないか?」


「そこまでしなくてもいいんだぞ?」


「なに、乗り掛かった舟だ。最後までやるさ」


 まあ、恵美香がやるって言ってるんだからいいか。

 俺は流し台のところまで俺が食っていた器と、恵美香の器、そして飲み物のコップを持っていく。


「拭いて片付けるのくらい、やるぞ」


「そうか、助かる」


「もともと俺の家のことだからな。というか、母さんたちはどこ行っちまったんだよ」


 今更ながら、家に誰もいないというのが変だなと思う。

 朝、俺は別に遅くに起きたわけでもないし、朝飯の時は兄貴も父さんも母さんも、全員いた。

 それなのに、今は誰もいなくなってる。……うーん、どこか行ったのかな。


「初詣に行ったらしいぞ」


「え。俺を置いてか?」


「君は部屋で何かしていて忙しそうだから放っておいた方がいいんじゃないか? と私が進言した」


「なんでだよ! 俺は部屋でバンドの詩を書いてただけだぞ!?」


「そうは言うが、かなりの集中具合だったぞ? 現に私が電話するまで、家族が出て行ったのすら気づいていなかったではないか」


「……だったら、部屋をノックしてくれるなりなんなりあるだろ。まあ、いいけどさ」


 俺は、恵美香が洗ってくれた皿を拭いて、机の上に並べる。こうして並べて、終わってから一気に持っていく方がいいだろう。

 俺と恵美香の二人分だったから、そんなに数は多くない。すぐに洗い物は終わったので、食器を片付けてから、よしと気合を入れる。


「で? ホントに凧揚げするのか?」


「嫌ならやめるが?」


「いや、久しぶりにやってみるのもいいかもなって思ってる。ちょうどお年玉のおかげで懐も温かいしな」


「そうか。なら、凧の代金は君持ちだな」


「いや、なんでだよ。割り勘だろうが!」


「女性に金を出させる気かい?」


「テメェみたいなイケメンは女性枠じゃねえよ。なんなら、お前が奢ってくれてもいいんだぜ?」


「そうすると、そのままスーツでも誂えてから、この辺の田舎にしては珍しい高級レストランまでエスコートして、私のプロポーズを受けることになるがそれでもいいのか?」


「どうしてそうなった」


 というか、そもそもこんなド田舎にスーツを買える場所なんてねーよ。


「いや、そうか。おさがりでいいのなら、私の父のスーツでも」


「よし、じゃあ買いに行くか」


「スーツをか?」


「凧に決まってんだろ」


 恵美香の戯言をさらっとスルーして、俺はコートを羽織る。

 なんとなく不満げな恵美香だったが、そこはイケメン。すぐさま切り替えてこちらへと歩いてきた。


「それで? どこまで行くんだい?」


「別に、近くのスーパーに売ってるだろ」


 俺はテキトーに答えて、家を出た。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「さて、買えたな」


「ああ、買えたよ。まさか恵美香がこんなに不器用だとは思ってなかったが」


「そういうな、健一。私でも出来ないことはある」


「いや、お前、こんなに不器用だったか? この程度の工作すらできないとは……むしろ尊敬するわ」


「はっはっは。そんなに褒めるな」


「褒めてねえよ、皮肉だよ気付けバカ」


「私は君にテストで負けたことは無いよ?」


「そうじゃねえよ!」


 見るも無残に砕け散った凧だったものを袋に入れて、俺は河原の土手から立ち上がる。工具もその場で買ったし、家に帰るのも面倒だったから、その場で組み立てたわけだが……まあ、恵美香の下手なこと下手なこと。正直、小学生の方がマシなレベルだ。


「お前、そんなに不器用で看護師とか大丈夫なのか?」


「練習している。私は不器用だが、その分努力さえすれば何とかなるさ。実際、今のところ不便を感じたことは無い」


「ならいいけどよ」


 俺は少し呆れて呟く。

 せっかく二つ買ったのに、恵美香がボロボロにしてしまったため、一つになってしまった。無事なのは、タコ糸くらいのもんだ。


「じゃあ、交代しながらやるかー」


「そうだな」


 最初は恵美香にやらせようか。

 恵美香がタコ糸の先を持って、俺がタコを持つ。よく考えたら、こうしないといけないわけだから、二つとも上げるのは無理だったかもな。


「じゃ、行くぞー」


「ああ」


 恵美香が走るので、俺もそれに合わせて走り出す。

 そして、ふわりと浮かび上がった瞬間を見計らって、俺は凧から手を放す。


「おお」


「おー」


 空を悠然と、泳ぐように飛ぶ、凧。丁度いいくらいに風が吹いているからか、ドンドン高度を増していく。


「上手いもんだな」


「これでも、ボランティアなどをやっていてね。その時によく凧揚げなんかをするんだ。正月じゃなくても、昔の遊びを体験、なんて感じでね」


「それなのにその不器用さか」


 というか、こんなにボロボロにするほど不器用だったかな。料理とかは普通に出来るのに。


「……過ぎた話を蒸し返すような男に育てたような覚えはないよ?」


「お前に育てられた覚えはねーよ」


 俺の育ての親は、今普通に初詣に行ってるわ。


「まったく。あることないこと言いやがって」


「いや、半ば間違っていないと思うよ? 君のご両親はよく家を空けていただろう。その度に、君のお世話をしていたのは私じゃないか」


 それはその通りだが。

 ……あれ? さっき感じた懐かしい感じって。


「もしかして、さっきの飯、お前が作ってくれて、た……?」


「なんだ、今さら気づいたのかい? 君のご両親が出かけると聞いてね。じゃあ、私が作るよという話になったんだ」


「いや、すまん、今気づいた。……なんつーか、ありがとな」


「なに、気にするな。どうせ君は毎朝私の作ったご飯を食べることになるんだ」


「なんでだよ」


「君は本当に鈍感だ」


 呆れたようにつぶやく恵美香。鈍感って、なんのことだか。

 昔っから、そうだ。こいつは何が何だかわけのわからないことをする。高校の時なんて、みんなの前で、こいつの彼氏だと勘違いされたことがある。

 理由は分からなかったが、どうやら誰かの流した噂のせいでそんなことになったらしい。誰だ、そんな根も葉もないデマを流した奴は。恵美香のやつも、強くは否定しないし。普通は、もっと嫌がるもんだろ。

 家事は普通に出来て、イケメンというかイケ女子で、気配りも出来て、運動も出来て勉強もできる恵美香が、俺と釣り合うわけないだろう。それなのに、あの時はニコニコと笑うだけだった。不可解な。


「けど、いいもんだなー、凧。なんか平和な気分になる」


「そうだね。そろそろ、代わろうか?」


「おー、さんきゅー」


 恵美香から凧を受け取ろうと手を伸ばすと、


「あ」


「おい」


 少しタイミングを間違えて、凧を受け取り損ねてしまい、凧が飛んで行ってしまった。


「やっべ、大丈夫かな」


「ふむ、私が取ってこようか」


 ヒュー、と凧が結構遠くまで飛んでいく。こりゃあ、走らないとどこまで行ったか分からなくなるぞ。


「いや、俺が行くよ」


「そうか?」


「ああ」


 恵美香は運動が出来るとはいえ、なんだかんだで文化部女子。生粋の運動部員である俺の方が、やはり体力はあるし、足も速い。

 そう思って俺が駆けだし、凧を追いかける。

 ……川の中にダイブしないといいけどな。まあ、その時は諦めよう。少し値は張ったけど、惜しいほどの値段じゃない。

 なんてことを思いながら追いかけていき……なんとか、川に入る前に凧が落ちて、それを拾うことが出来た。


「あー、やれやれ。結構遠くまで来たな。ああいや、そうでもないのか? なんか、グルグルといろいろ凧が飛びやがったからよくわかんねえな。……ん?」


 見れば、昔よく遊んでいた、小屋。というか、あの糸電話の子と遊んでいた小屋。

 一度も顔を見ることも無かった糸電話の子。ずっと来ていなかったから、とても懐かしい。


「今もあったんだなー」


 当時からぼろ小屋だったからか、あんまり変わってない。強いて言うなら、天井がほぼ無かったのが、完全に無くなったことくらいか。

 で、扉の無いこの小屋の、真ん中にあるテーブルの下に、糸電話のもう片方が置いてあって、そこから窓枠だけの窓を通って、向こうに糸電話が置いてある。んで、めいかはそっちにいたんだっけ。


「なんでか、姿を見せてはくれなかったんだよなー」


 さすがに、もう糸電話はないだろう。俺がそう思いながら中を見ると……


「え?」


 なぜか、真新しい、糸電話が。糸電話のタコ糸の色は、なぜか赤色だが。

 ……おかしくねえか? 最後に糸電話を使ったのって、小6だぞ。

 それとも、めいかはあれからも毎年来てくれてたのか……? それは、悪いことをしたな。

 さすがに、これでこの糸電話の先のめいかがいたら、偶然にしても出来すぎているだろう。

 なんて苦笑しながら、俺は糸電話を手に取ってみる。


「あー……誰か、いますか?」


『はい、いますよ』


「!?」


 俺はびっくりして、糸電話を落としそうになる。


「え、え、あ……め、めいか?」


『そうですよ、お久しぶりですね』


「あ、ああ。久しぶり。……悪いな、なんつーか、ずっと来れなくて」


『いえいえ。一度だって待ちぼうけをしたことはありませんから大丈夫です。私がしゃべりたいと思った時は、絶対いてくれるんです、あなたは』


「え……」


 そ、そうなのか。

 俺は、少しのうれしさと困惑の中、俺は自分でもわかるくらいに声に緊張を滲ませながら、めいかに声をかける。


「なぁ、その、一つ教えてもらって、いいか?」


『いえ、その前に一つ、私の質問に答えていただけますか?』


「え?」


 まさかの疑問文に疑問文で返されて少し面喰ったが、俺は気を取り直す。


「どうした?」


『その……私と、お付き合いして……くれませんか?』


「え?」


 突然の提案に、俺の心臓が跳ねる。


「お、おい……俺たちは、お互いの顔すら、知らないんだぜ? そ、それなのに……」


『私は、自分の容姿に自信がないんです。だから、私の容姿に関係なく、私の性格や、人格だけで決めてくれる人と……付き合いたいんです』


 容姿に自信がない、か……いや、よく考えたら、俺の容姿を見せたことは無い。それでも、めいかは俺と付き合いたいからこう言ってるわけか。

 それなら、俺だってめいかの容姿なんて気にすることは失礼だろう。

 そもそも、俺はめいかのことが好きなんだろうか。

 自問自答してみる。


(めいかと話していると、なんだか懐かしい気持ちになれるというか、ずっと一緒に過ごしているような安心感があるというか……)


 というか、そもそも、俺の初恋の相手だ。断る理由が思い浮かばない。初の告白なわけだし、初彼女だ。恵美香に邪魔されて今まで彼女なんてできなかったわけだし――これは、チャンス。

 そう考えた時に、ふと、恵美香の顔が浮かんだ。


(…………)


 チャンス、なのになー……。


「あー……めいか」


『? なんですか?』


「その、だな……あー……その申し出は凄く嬉しいんだが、俺、ちょっとほっとけない子がいてさ……好きかどうか聞かれると、分からないんだが、けど、他の子と付き合うってのは、あんまり考えられないんだわ」


『そう、ですか……その人の、名前を、教えてもらえませんか?』


「んー……まあ、恵美香っつーんだけどな。幼馴染で、なんていうかずっと一緒にいるからよ……なんとなく、ほっとけねえんだな」


 少し、照れながら言うと、めいかは、少し驚いたような気配がした。

 そして、ふう、と一つため息をついた。


『そうか。なら、仕方がない。私も観念しよう』


 ん? ……なんか、よく聞いたことがあるような、口調だな。


『……君の鈍感さには慣れていたつもりだが、本当にバレていなかったとはな。私としても、かなり驚きだ』


「え? あれ?」


 なんか聞いたことがある口調と、イケメンボイス。


『というか、そもそもこの辺は子供が少ないんだ。しかも、簡単なアナグラムだというのに、あの日以降一切気付かなかったのか?』


「ま、まさか……」


『そうだよ。全く、君にはほとほと呆れるよ。そして、そんな君にずっと恋心を抱き続けている私にもね』


 そして、窓から颯爽と入ってくる……恵美香。


「えええええええええええええええ!?」


「何を驚いているんだい。私だよ。ずっと気づいていなかったのかい?」


「いや、それはそうなんだが……」


「ああ、それはそうと」


 俺が驚いてしどろもどろになっていると、ニヤリと笑って恵美香が俺の目の前に顔を近づけてくる。


「さっきのセリフは、私に対する告白ということでいいのかな?」


「え、あ、え?」


 そして、しゅるりと俺の身体に糸電話の糸を巻き付けてくる。


「……運命の赤い糸ってか?」


「おや、よくわかっているじゃないか」


 なんでか、恵美香は俺と付き合いたいみたいだ。


「選択肢も、何もないって?」


「そのために君の周りから女を遠ざけていたんだぞ? それなのに都会の大学に行ってしまうから、せっかくこうして凝った告白を考えていたのに……実は私のことが最初から好きだったとは。普通に言えばよかったな」


「もう話に付いていけないんだが、結論として、お前は俺に交際を申し込んでいるということでいいか?」


「ああ、君に拒否権は無いぞ」


「……さよか」


 俺は、少しため息をついて――自分でも口もとに笑みが浮かんでいるんだろうな、と思いながら――恵美香の顎をくいっと上げた。


「ん?」


「好きだぜ? 恵美香」


「……最後の最後に、私を照れさせるのは卑怯だ」


「そうか?」


 糸電話が結んでるのは、紙コップだけじゃなかったんだな。

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糸電話 逢神天景 @wanpanman

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