恵方巻き専門店

アブライモヴィッチ

恵方巻き専門店

 親父が急に恵方巻き屋を開こうと思うと打ち明けたのは、ある秋のことだった。

 当然、母親は大反対、論争が始まった。


「一時のブームなんだから、うまくいくわけないでしょ?」

「これだけ定着してればブームとは言わない」

「恵方巻きなんて、売れるの節分の時期だけなんだから……」

「節分っていうのは年に四回あるの。知ってる?」

「食べるの2月だけでしょ?」

「今はね。でも最近は、2月以外にも食べさせようとしてんの。夏とか秋にも。俺見たから。ガイアの夜明けでやってんの、見たから」

「うまくいく保証なんてないのに……」

「誰がこれだけ恵方巻き広まるなんて予想した? いないでしょ? 俺さぁ、創りたいんだよね。日本中、いや世界中の人が、好きな時に好きなだけ恵方巻き食べられる――そんな世界を」



 親父が開いた恵方巻き専門店は、物珍しさもあって好調な出だしだった。

 父、母、バイト、とフル稼働の日々がしばらく続いた。

 さすがにオープン時の賑わいは次第に衰え、不穏な空気も一時は流れた。

 が、ランチタイムは大学生や会社員、夕方からは単身者や共働き家庭向け――この中食なかしょく特化戦略が功を奏し、来客が途絶えるようなこともなかった。


 また、ネタや米だけでなく、海苔のり、酢、醤油に至る親父の細心のこだわり。

 これは食通たちをも引き寄せた。

 タウン誌への掲載、アド街ック天国で23位にランクインなど、嬉しい出来事にも恵まれた。



 決して大きな店じゃない。

 それでも経営の安定はゆとりを生み、今では数人の弟子もできた。


「もう吉岡や三国も育ってきたし、若いのもたくさんいるから、好きなことしたらいいよ。ありがとう」


 親父は母親に苦労を掛けた手前もあるのだろう。

 その勧めもあり、母は手伝いから身を引いて、旅行やフランス語教室通いというセカンドライフを送り始めた。


 母が店から離れて間もなく、親父はバイトのみっちゃんに手を出して強制わいせつ容疑で逮捕された。

 被害者は他にも数人いるらしい。

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恵方巻き専門店 アブライモヴィッチ @kawazakana

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