第2話 慰謝料半額にするぞ
あれだけ眠気と戦って産んだはずなのに夜はまったく寝付くことができず、うとうとしているうちに朝になった。
すごく痛い思いをするとアドレナリンが出て興奮状態になるっていうけど、やっぱりそれの影響なのかな。
そんなことを考えつつ、朝ごはんが運ばれてきたのでよろよろと体を起こす。
腰から下はあらゆるところが痛くて座ることもまともにできない。
今日からは体重管理からも解放される…股関節のゆるみも元に戻る…なんて素晴らしいんだ…。
そのとき、看護師さんが病室に入ってきて言った。
「ミンミさん、赤ちゃん連れて来ましたよ」
「あ、ありがとうございます」
せっかく産んだのにあまりの痛みで起き上がれなかったため、昨日は一瞬分娩台で頬擦りしたきり顔を見ることもできなかった。
私はワクワクしながらユイがいるベッドの中を覗きこんだ。
天使…マジ天使…。
この現実離れしたかわいい生き物は一体どこから来たんだ?
え?私が産んだ?
まっさか…そんなファンタジーなことがあるわけがない…。
もはや顔を見るだけで天にも昇る気持ちだった。
世界一かわいい親指姫に恵まれて、私は初めての育児ライフをスタートさせた。
楽しいことがきっとたくさん待ってる。
きっと幸せな毎日が訪れる。
…と思った数時間後、私の幸せな気持ちに見事なヒビが入った。
「慰謝料半分にするって言われたの?」
私は青い顔でスマホを握りしめる母を見た。
母は用件がかかれているメールを見て呆然としている。
「離婚目前にしてもお金にがめついねぇ、あの人」
私の父は典型的な亭主関白で、加えて自己愛も非常に強い人物だった。
俺が稼いだ金は俺のもの。
家族のために使うというのは極力避ける人だった。
「なんで急にそんなこと言い出したの?」
「わかんない…。ユイが生まれたこと報告しなかったからかな…」
昨夜、陣痛が来たことは私から父にメールした。
でも出産直後は疲れていたのと入院に関する説明などを聞いていたため、生まれたことはまだ報告していなかった。
母は母で父を嫌っているので報告していなかったらしい。
うーん、確かに父にはちょっとかわいそうなことをしてしまった。
でもそれで慰謝料半額とはいかがなものか。
「なんか怒ってるし…私帰る…」
母は立ち上がり荷物をまとめ始めた。
「えー!でもこれさぁ…」
私は母に来たメールを読み直した。
「慰謝料を半額にして、半分はお母さんにあげて、もう半分は私とオトウトの奨学金返済にあてるって言ってるよ。お父さんから受け取ったらお母さんに渡すから今日も泊まっていきなよ。オトウトもお母さんがもらうべきお金だって考えると思うよ」
私と弟は奨学金返済の義務を負っているため、確かにお金をもらえるのはとてもありがたい。
だが慰謝料は本来母がもらうべきものであって、そこから子供の返済分を捻出するというのはおかしな話だ。
「いや、でも…とにかく帰る…」
母は混乱していて、このまま泊まったとしても落ち着いて過ごすことはできなさそうだ。
あーあ、せっかく片道4時間の距離を来てくれたのに…。
私だってまだまだ「出産頑張ったね」って誉められたいのに…。
母は生気が抜けたような顔をして病室を出ていった。
さっきまでの幸せな気持ちが一転して、ベッドで横になったまま天井を見上げる。
なんでこうなるの。
出産直後くらい頭の中お花畑でいさせてよ。
赤ちゃんとの愛しい毎日だけを想像する呑気な母親でいさせてよ。
それから半日、旦那が仕事を終えてお見舞いに来てくれるまで、子供時代から見つめ続けた父と母の関係を振り返った。
貧困世帯の子育て事情 ミンミ @ice411
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