手紙

あなたは誰ですか?

名前も姿形もなにもかも忘れてしまって、

消えてゆく世界に愛情があるのなら、

私は今の気分に身を任せ、

全てを否定してやるだろう。


〈前提条件〉

・この手紙は明日世界が終わるという前提のもと読まれている

・あなたは私の知らない人で、これからあなたに訪れることを理解していないということ

・私はあなたに恋をしているということ










すごく、とても不気味なクロコダイルとか蛇みたいな、なんだかよくわからない皮の質感をした便箋にはよく分からない。理解できない。でも多分。

僕に宛てられた内容と推測できるその手紙は僕の家の投函口に放り込まれていて、貴重な休みの日に起床した僕が投函物のチェックをした際によくわからない不動産のチラシとかピザ屋のチラシとかの間に挟まっていた。

「まったくこれは、なんのイタズラなんだろうな」

と僕が口を動かしていると適当に点けていたテレビから"第九"が流れてきた。

おっと、こんなイタズラの手紙に目をくれている暇なんてないのだった。

僕は手紙をゴミ箱に捨ててリビングに戻るのだった。




「音が聞こえる」

明け方目が覚めた。

空はまだ明るくなかった。

その音には聞き覚えがあった。

静かで重いその重低音は昔動画サイトで観たアポカリプティック・サウンドと酷似していた。

寝ぼけ眼で半覚醒の僕はその音がとても心地よくて、意識がまるで宙に浮いているような感覚に陥った。

深く。

蕩けるように意識の糸がはらりはらりと空気中に溶けて、睡眠より深いところに僕は一体化していく。

ふかく。

なによりも気持ちがよく、抵抗することなど必要はなかった。

おちていく。




「音が聞こえていた」

その音が止まったとき、僕の糸はもう一度織り込まれて一枚の意識に戻った。

空は星ひとつない暗闇だった。

依然として半覚醒の僕はゆっくりと目を動かした。

視覚がインプットされていく。

僕は僕の部屋のベッドに身体を沈めていたはずだったけれど砂の上に身体を預けていた。

僕は僕の部屋にいたはずなのに何もない砂漠にいた。

ここはどこだろう。

「意ないコないど?あなたてきのよ」

その不可解な声にはっとして僕の頭の上に少女の顔があることに気付いた。

発声したのはおそらくこの少女と思われるが彼女には声帯があるであろう"首"が存在しなかった。

おそよ人間という体型ではなく怪物キマイラがこの世に具現化しているかのような体躯をしているのであった。

「...愛しているワ」

慈愛に満ちたかろうじて僕の知る言語で語りかけてくるそれが声帯ではない場所から発せられた刹那。銃声が響き、怪物の顔が吹き飛んだ。

怪物を撃ち抜いた存在は僕の知るような人間...ホモ・サピエンスではなかった。

「なぜ今旧人類がここにいるかはわからんが」

蟹のような手で器用に銃を握って僕の方に三つ目を向けて声をかけてきた。

「君のことを拘束させてもらうよ」

ここはどこなのだろう。


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孤独潰し とりをとこ @toriwotoko

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