33 誕生パーティー  その2

「でも」勝利は、納得しきれない一面に疑問を呈する。「ダブルワークさんも、ライムさんと同じ第二世代の最上位神格ですよね。何で今回、対象外なんでしょう」

「だろ? そこが気に入らねぇんだ」緑のパートナーが上半身を回し、今も燃え続けている壁の炎を一瞥した。「本来、ライムの問題は俺の問題でもある。縫修は、俺達二人で行うものだからな」

「だったら、別の用件って事じゃないの? そういう事もあるわよ~」

 部屋に残していた勝利のコートを、ミカギが持ち主に手渡す。

「ありがとうございます」と受け取る勝利の礼に、短髪の男神の怒声が被った。

「別って、何があり得る?」

「気にはなりますよね、それ」ダブルワークに同意し、勝利も知る術のない鍛冶神の狙いに思いを巡らせた。「元々、あの二人の間に何かあったりしませんか?」

「はぁ? 何もありゃしねぇよ」

 さも訳知りな様子で、パートナーが全力の否定を投げ返した。どうやら今の尋ね方は、今一番回避すべきものだったらしい。

「すみません」反射で謝ってから、帰り際の表情を思い出しつつ付け加える。「だって、ライムさんが嫌そうにしている感じだったから。何の事なのかをライムさんは予想しているんだな、って思ったんです」

「予想? あ……」それは正に、何かを思い出した時に漏れる一音だった。「まさか、蒸し返すつもりなのかよ」

 霧が晴れたにしては不機嫌なダブルワークが、一度だけ勝利と目を合わせた。溢れ出ていた怒気は急速に衰えたものの、相変わらず表情は厳しい。

「安心しろ、ライムはすぐに戻って来る。その間に俺達は、湖守さんに報告だ」

「え? 何ですか? 俺にも教えてくださいよ」

 その要求を軽く無視し、緑髪の男神が勝利の左肩に手を乗せ玄関に誘導しようとする。

「ダブルワークさん!!」乗せられていた手を払うように外し、大真面目な顔で彼と対峙する。「……もしかして、俺と関係あるんですか?」

 勝利の気持ちを受け止めたのか、そうとも違うともダブルワークは断言しなかった。

「お前が工房に招かれる直前、ライムと鍛冶神の間でちょっとした口論があった。ただ、本当にその時の事なのかはわからねぇ。後で、ライム本人に訊くぞ」

「はい、俺も知りたいです。はっきりさせないと、今夜寝れる気がしないんで」


          ※ ※ ※


 四人でぞろぞろと湖守の部屋を出た後、安堵と感謝の思いの中で、勝利は不二をリングに戻した。携帯端末のカバーにはめ込む間、階段室にまで入り込んでくる冬の外気が全員の皮膚を乾燥した冷気で歓迎する。

 乃宇里亜が、内側から鍵をかけた。

「俺は、すぐに着替えて下に行きます」

 勝利が着替えに使っている部屋は、三階だ。

「じゃあ、俺達は先に下に下りてるぞ」

「はい」

 ダブルワーク達に見送られ、勝利は一人上に向かう。そこでも開鍵は少女が行い、エプロンをつけた姿になると急ぎ部屋を飛び出した。

 まんぼう亭に下りる途中、二階のドアをちらと見る。今開けば湖守への報告はライムと共に行う事ができるのだが、そう上手くはいかないようだ。

 勝手口を開けるタイミングで、「ただいま戻りました」と元気に頭を下げる。

 店内は、湖守と霧崎、そしてカウンターの定位置を占めるダブルワーク達がいるのみだった。

 十二月最初の週末だというのに、モーニング・サービスの時間帯が終わった途端、店内は身内による貸し切り状態と化している。

 いつもの事とはいえ、勝利は寂しくなった。すぐ報告するのに都合が良いとしても、それは都合が良い、以上の意味を持たない。

 味の良い飲食店なのだから、人通りのある昼に客が入る事こそ勝利の望みだった。

 左から右へと、若い男女が店の窓ガラスに映ったまま素通りする。

「じゃ、報告を聞こうか」

 勝利が着席するのを待って、湖守がビーフシチューの仕上げに入る。

 霧崎が勝利達一人一人に飲み物を提供する中、工房を訪れた者全員で起きた事の全てを語った。聞こえている筈なのに霧崎は相槌一つ打たず、キッチンで料理を続ける湖守の代わりに店内の全てをこなす。

 二階の部屋に戻って来たところまで伝えた後、ようやく店の主が「決断、ね」と最初の一言を口にした。「僕も、それは必要ない気がするよ。鍛冶神が以前どんな衝突を目の当たりにしたのかは知らないけど、みんなの判断の方がおそらくは正しい」

「湖守さんに心当たりはないんですか? 鍛冶神の言っていた『湖守さんの方は覚えていないが、湖守さんの事を知っている神』について」

「正直、全然だよ」と、神々のリーダーがダブルワークにこぼした。「もし、その闇神が過去の全てを覚えているなら、鍛冶神や勝負神と同様、神造体に入る事を望まなかった可能性がある。第一世代の高位神か。……確かに、敵に回して戦ったら地上は大変な事になるかもしれない。そもそも、こちらで武器らしい武器を持っているのは不二だけだからね」

 コーヒーで喉を潤しつつ、勝利は工房で話した事を店内でも繰り返す。

「俺が不二を預かるまで、闇と戦っていたのは縫修専用機だけだった訳ですし。もし闇に元々その気があるなら、何年も前に地上は火の海になっている筈です」

「それ、僕も思った」と、湖守が大きく頷く。

「かと言って、白スーツみたいな高位が出てくるようになったのは、ここ数日の事です。変化がない訳じゃないですよね」

 鍛冶神の懸念に近いものを、ミカギが代弁する。湖守が、僅かに眉を寄せた。

「もし、今まで以上に後手の不利を強いられたら、今後だいぶきつくなるのは避けられない。鍛冶神がヴァイエルの能力上昇の為に何をしたのか。それを知りたいところだな。具体的に、なるべく早く」

「湖守さん」右手で持ち上げたコーヒーカップから視線を外し、チリが顔を上げる。「鍛冶神の言う闇神と、会いたいですか?」

 光域の神々を束ねる者が、そのタイミングで微笑んだ。

「ああ、会ってみたい。……勝利君との縁が結ばれた闇を、僕も、僕の事情で訪れる事になるのかもしれないね」



          -- 「34 誕生パーティー  その3」 に続く --

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縫修師ライム・ライト 野中炬燵 @Nonaka_Kotatsu

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