5.3 定常偏差

五月一〇日 一二二〇時 統合術科学校第三学生食堂




「混んでるな」


「ああ、過密状態だ」


「暑いな」


「ああ、外部と比較して気温、湿度、共に高い」


 俺と龍次の二人は、延々と続く購買部の列に並んでいた。


 学食で定食を食べるか購買部でパンを食べるか悩んだが、結局行列に負けこちらに並んだ。


 金欠という理由もあるが、それは龍次には秘密だ。


 さすがにゴールデンウィークに秋葉で使い果たしたとは言いづらい。


 秋葉が悪いんだ。


 真空管が破格の安値で売っていたと思ったら新型のマイコンボードが特売価格で売っているのが悪いんだ。


 購買部でルートピアと焼きそばパンを買うと、タバコの煙の中を通り抜け、いつもの席へ向かった。


「じゅんくーん!

 こっちこっち―」


 先に届く声。


 いつもの席には、先客が三名いた。


 波音さんと、テルラさんと、そして茜だ。


「お待たせ」


「おう、お待たせ」


 俺は茜と龍次に挟まれる様に座る。正面には学食でスパゲッティ―を注文した波音さん。左前にテルラさんと茜は、お手製の弁当を食べていた。


「今日も作ってきたのか」


「最近は一緒に作っている」


 無表情に食べている。


 テルラさんの弁当は、見た目は普通。


 しかし、食べた事が無いので味は分からない。


「うわぁ、二人ともおいしそう」


 ハムカツサンドと牛乳という、いつものメニューを頬張る龍次が、興味を示す。


 どうやら、狙っている様だ。


「はい」


 先に龍次に出したのは、テルラさんだった。


 小さなハンバーグだ。それが、龍次……でなく、俺の焼きそばパンの上に乗る。


 えっ、俺?


 ハンバーグを置いたテルラさんは、無言でこっちを見つめてくる。


 食って感想を聞かせろって事だろうか?


「うわっ、ズルいぞ、純太郎だけ」


 となりで喚く。


 少しは静かに食べられないかの……とおもっていたら、焼きそばパンの上に載っていたハンバーグが消えた。


「ひひ、さすがに純太郎ばっか良い思いしちゃぁいけないと思ってね」


「ちょっと……」


 テルラさんがばっと上がったが、その頃には龍次はハンバーグを食べていた。


 シャリッ


 何か、ハンバーグで聞こえてはいけない音がした気がした。


 龍次の眼が変わる。


「龍次、どうだ?」


「……テルラさん、とりあえず、ちゃんと中まで火を通そうか。


 血の味がする」


 涙を垂らしながらハンバーグを飲み込んでいる。


 それを見たテルラさんは、白い頬を真っ赤に染め上げていた。


「ばっバカ!


 なんてことをもう……でも、良かったけど」


 視線を落とす。


 凄い、落ち込んでいる。


「こら、龍次君も勝手に食べちゃだめでしょ。


 純太郎君、せっかくだから、私の食べてみる?」


 純太郎君。


 テルラさんをなだめる茜は、確かにそういった。


 あの時、俺がした判断は正しかったのか、いまだにわからない。


 でも、後悔はしていない。


 これは、まぎれもない正真正銘の茜なのだから。


「はい」


 焼きそばパンに置かれたウィンナー。


 それを、食べる。


 途端、口の中に広がる味。


 程よい焼き加減と調味料。


 でも、ちょっぴり胡椒の量が多い気がした。


「随分と贅沢な身分だな」


 背後から聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、雪江先輩と夏美先輩がいた。


「しょっ書記長!」


 テルラさんが立ちあがり、敬礼をする。


「今は休み時間だ。そうかしこまらなくていい。それより、藤本。君に礼を未だしていなかったな。今度、委員長室に来てくれ」


「はい、喜んで」


 俺の返事を聞くと、微かに笑みを浮かべ、立ち去って行った。






 五月一〇日


 最近、いろいろな事があって、自分の中で整理しようと思って日記を初めて見ました。


 昔の私の事は思い出せなけど、親切な友達がいっぱいいて楽しい。


 テルラちゃんは勉強できるし、波音ちゃんはおしゃれに詳しい、純太郎君はいろいろと詳しい。


 それに、純太郎君と話していると、なんだか昔から話していた気分になる。


 さて、明日も一日頑張るために、今日は寝ます。                          完

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一九七四年 Wadatumi @wadatumi

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