5.2 初期化
四月二八日二〇三一時 統合術科学校 第一実験棟地下
幻月に乗って学校に帰ってきた頃には、既に日は落ちていた。
直ぐに素戔嗚にたどりついたのは良かったが、幻月の修理に時間がかかっていた。
とはいえ、あれから僅か半日で直してくれたのだから、文句は言えない。
学校についた後は、全ての報告はテルラさんに頼み、この地下室に茜を連れてきていた。
終始、機兵を着た状態でた。
最初は尿意とか、空腹とかが心配だったが、それが全くしない。おそらく、生理機能も制御されているからだろうが。それはそれで恐ろしい。(ただし、充電が必要になったのでそれは充電器を自作して対処した)
作業台の上に置くと、スパコンの中に隠されたコンピュータを取り出し、茜につなげた。
《信号をキャッチした。どうやら、成功した様だね》
コンピュータから声がする。
鈴鹿先生の声だ。
既にコンピュータは通信機につながれているらしい。
「接続はしています。茜をよろしくお願いします」
《じゃぁ、解析に移ろう。少し時間をくれ》
「わかりました」
スピーカーに、キーボードを叩く音が聞こえる。
しかし、その音も直ぐに消え、音源がなくなる。
静かな地下室。
何も、音がしない。
知覚できる音がしない。
《できた。解析が終わった。結果は……》
そこで声がとまる。
「結果は……結果はどうなんです?」
《――非常に残念だが、一部失われている。
これで復元する事も出来るが、どうするかい? 茜さんを主体とした人格なら形成できるけど》
「……」
なにも、言葉が出なかった。
全身から力が抜ける気がする。
「もう、本当に無理なんですか?」
「残念だが、一部のデータは既に上書きされて消えている。上書きされたものは、直せない」
「でも……でも、茜は、苦しんでいたんです!
自分に入り込む、無数の個性に。
それを、取り除くことは出来なんですか?」
「それは……出来ない。どれが茜さんで、どれが茜さんじゃないかというものが区別出来ない。リソースのデータも無ければ比較対象もないからね」
「そんな……」
その場に崩れ落ちた。
別のデータに埋もれたデータ。
それから元のデータを復元するには……元あった状態を知らなければならない。しかし、当然そんなデータはどこにも存在しない。おそらくこの機兵の中に入っているデータ量はこの世界の技術で開発された、この世界に存在する全ての電子記録媒体を持ってでも記録は不可能だろう。
《あとは……もう一つ。フォーマットだ》
「フォーマット?」
《そう。フォーマットをかけて、最低限の要素のみにする。一種の記憶の削除だ。
全てを無に帰し、一から作り始める。
幸い、記憶に関する分野もいくつかに分かれているから、勉強や日常生活に必要な知識は残す事が出来る。
今までの茜さんではないが、その結果として生み出されるのは茜さんに他ならない。》
「その、二択ですか?」
《そうだ。茜さんと相談してみてくれ》
あまりにも無責任な言葉が届いた。
俺が思う茜か、新しい茜か……
そんな選択、出来る訳ない。
「少し、茜と話します」
ケーブルを差し込む。
「茜、聞こえるか?」
《うん、聞こえる。
助かったのね。おめでとう。
ううん、ありがとう》
「実は、礼を言うのは未だ早いんだ。
今、茜の中から茜だけを抽出しようとしているんだが、それがうまくいかなくて……それで、茜は、どっちがいい? 今まで、人に見られていた、本当の自分じゃないけど、自分に近い自分になるか、全てをリセットして、新しい自分になるか……」
《新しい自分になると、純太郎の事も、忘れちゃうの?》
「そうなる……かな。リセットしても、勉強とか日常生活に必要な知識は忘れないみたい」
無理やり声を絞り出す。
《そうか……どっちも、私の本心は、残らないのね》
「ごめんな……俺が、無力で。何にも、出来なくて」
《ううん、純太郎は、すっごい良くやってくれた。純太郎は、アタシの為に尽くしてくれた。
それだけでもすっごくうれしい》
何て、俺は無力なんだろうか?
結局、当初の目的は何も達成できない。
無意味だ。
《じゃぁ、純太郎。一つ、お願いしていい?》
「なに?」
《純太郎が、決めて。
どっちにするか、純太郎が決めて。
純太郎が決めたらな、アタシ、どっちでもいい》
「……良いのか?」
《うん。それがどんな結果になっても絶対に、憎んだり、怒ったりしない》
「そうか……」
俺が、決めるのか。
でも、茜がそれを望むなら、最大限それを実現した。
最善の選択をしたい。
「じゃぁ……」
《待って。
その……一度、USBを取ってくれる?
大丈夫。もう、計画が失敗したという事は理解しているから。命令が達成できないという事は、分かっているから》
「分かった」
USBを抜くと、茜は上半身を上げた。
ヘルメットに手をかけると、カポッと取り外す。
時間にしたら三〇時間程度だろう。しかし、久しぶりに見る茜の顔だった。
「純太郎も取って」
「えっ?」
「いいから」
言われるがままに外す。
直接見る茜は、長時間マスクを着用していたせいなのか、少し赤くなっていた。
柑橘系の芳香が漂う。
すると突然、茜が顔を近づけてきて――
ッ―――――
何が起こった?
わからなかった。
しいて言うなら、物理的な距離が〇になった。
唇に、柔らかい感触がする。
これが……
事態を把握した頃、茜は既に顔を離しており、再びヘルメットをかぶっていた。
「はいはい! 純太郎、早くやって!
もう知らない!」
背を向ける。
でも、これで分かった。
心の中で、どちらにするか確信がついた。
「鈴鹿先生、では――」
はっきりと、しっかりと、要望を伝えた。
「良いんだね? 変更は効かないよ」
「良いんです。それが、一番正しい選択だと思います」
「分かった。じゃぁ、実行しよう」
キーボードを叩く音が聞こえた。
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