第3話
黄昏時、部屋に茜の斜陽が差す。他の家よりも高い場所で住んでいる老夫婦は一人の少女の帰りを待っていた。
「やはり
心配するお婆さんの元に複数の馬蹄の音が近付く。勢いよく開いた扉にはラティアと白衣の男がいた。
「お連れしました!」
ラティアの後に入ってきた医師はお爺さんの診察をする。
「うん、大分良くなっている。聴いていた通りの症状……低血糖症だね。対処が早かったから命に別状はないよ」
ほっ、と息をつくラティアとお婆さん。静かに老婆は涙を流した。
「ありがとうございます。ありがとうございますっ」
医者の診察と処置を終え、暫くしてお爺さんは起き上がれる状態までに回復した。
「あんた、起きて大丈夫かい。まだ横になってた方がよくないかい」
「いやぁ、大丈夫だ。また婆さんが『あなた』と呼んでくれんなら、横になろうかねぇ」
「バカ言ってんじゃないよ」
老夫婦は笑い合う。お爺さんはラティアに顔を向けた。
「いやぁ、助けてくれてありがとうなぁ。名は何と言うんかえ?」
「ラティアと言います」
「そうか、そうか。良い名じゃなぁ」
「爺さん、俺には何もないんかい?」
「忘れてはおりゃせんよ。ありがとうなぁ」
その言葉を聴いて、医者は薬の用法や症状が出た時の対処を伝えると帰る支度を始める。
「キミも帰るだろう? ここから下るまで時間が掛かる。暗くなる前にもう出た方がいい」
「あ、はい」
そう言われ、ラティアは少し考えた。
(帰りたくても何処だか分からない。それに、時間が進んでる……?)
注射の練習後の着替えはまだ正午前。医者の言葉と1時間程かけて山を登った事から考えて、今は午後だろう。
ここで、何処だか分からない事を伝えたら、医者の所に行くまでの経緯を訊かれるのは確実。また、逆に意味もなく居座るのは余計に怪しまれる。
ラティアは医者に言われた通りに帰る支度するフリをした。
老夫婦には見送りはしなくてよい旨を伝え、ラティアと医師は外へ出る。
「あぁ、キミはそっちの馬のを取ってくれ」
家屋の雨どいに結んである馬の手綱を指差す。医師は近くの馬のをほどいていた。
ラティアも言われるがまま手綱に手を伸ばす。そこに何かが刻まれているのに気付いた。
(……アーロン?)
手綱をほどき、ラティアは医者を見やる。彼は既に馬に乗っていた。
「キミはその馬で帰ったらいい」
「えっ!?」
「返しにくるのはいつでも構わないさ」
「あの、こんな高価なのは…… 」
黒い毛並みに体格も申し分ない。色での格付けとしては上から数えた方が早かった。
「そんなに高価でもないから。なに、ここいらじゃあその馬は少し有名だから、場所が分からなくとも私の診療所まで辿り着ける」
「あ、ありがとうございます!」
「途中まで送るか?」
「いえ、方向が違いますので、ここで大丈夫です」
「そうか。気を付けろよ」
そう言って医師は真っ直ぐ下っていく。
(危ない……いつどうなるか分からないから一緒には居られない。それに長く居たら何か言ってしまいそう…… )
自分の居た場所が変わる条件は何となく気付いた。そして医師と離れる事で自ら墓穴を掘るのを防ぎたかった。
「……さて、どうしよう」
ひとまず馬に乗ろうと鐙に足を掛けた時だった。
──頭に突き刺すような痛み。
ラティアと別れ、少し山を下る途中で医師はふと疑問に思う。
「そういや、彼女、何であの家に居たんだ? って、もう居ないな…… 」
振り向けば遠くに家屋しか見えなかった。ラティアも帰ったのだと医師は前を向いた。
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