第1話

 薬液を吸い上げ、中指一本で注射器の押し子を引いていく。目盛りの指定の数字まで薬液を満たすとアンプルの薬瓶から抜き、注射針にキャップをする。


「終わりました。次、皮下注射にいきます」


 ラティアは声を発しながら患者役のケンを見る。オレンジ色の短髪の男子、ケンは患者として椅子に座って待っていた。先の注射器を乗せたワゴンを引き、ラティアはケンに近付く。


「こんにちは、ケンさん。これから薬の注射をしますね。準備するので、そのままお待ち下さい」

「分かりました」


 消毒液で手を濡らしている間、ケンは真剣な表情でラティアを見ていた。


「ラティア、その注射……本当に打つのか?」

「え?」


 ケンの声に振り向くラティアの手には、肌色のスポンジ製の物を持っていた。


「何だ? それ」

「これは注射練習用パッドだよ」


 そう言うとラティアはケンの腕にそれを取り付けた。


「ここに打っていくんだよ。直接はまだ出来ないよ? 見習いだからね」

「あっ、そうか! そうだった! ……あー、良かった!」


 ほっ、と息をつくケンだった。


「……また先生の話、聞いてなかったのか。ちゃんと聞いといた方がいいぞ。……ラティアも困るだろ」

「いや、私は…… 」

「シルヴァに言われなくても分かってる!」


 同じ班のシルヴァにケンは声を張り上げた。今は皮下注射の練習で四人一グループになっている。茶髪で長身のシルヴァはラティア達の班長として動いていた。

 お互い注射を打つ流れや声掛けを確認し、授業が終わるとそれぞれ服を着替えに更衣室に向かった。女子更衣室の個別ロッカーでラティアは青のナース服から私服に着替える。団子状に一つに纏めていた髪を下ろすと金の髪が揺れた。


「ラティア。シルヴァ達と何か言ってたけど、どうしたの?」

「どうせ、またケンが人の話を聞いてなかったんじゃない?」


 黒髪で耳下に二つ縛りのユリカが訊ね、茶髪でポニーテールのイルが的を射て話に入ってきた。


「本当に注射を打つんだとケンは思ったみたい」

「ほらね」


 イルは肩をすくめた。その後イルとユリカが話を続けるけど、ラティアは別の方に意識が向いていた。視界の端に突然光が灯ったのだ。無意識にその光へ顔を向けると、その光は規則性なく動き回り、でも確実に近付いてきていた。


(何だろう、あれは)


 ふと周りの着替えてる女子を見てもその光に見向きもしない。話しているイルとユリカも気付いていなかった。


(誰も気付いてない……え? 今、あの人見たよね? まさか、見えていない?)


 光を見たと思えるような、顔を確実に向けている人がいたのに、その人は表情変えることなく過ごしていた。


「どうしたの? ラティア。ぼーっとして」


 イルが訊ねる。


「えっ……ううん、何でもないよ」

「そう? なら先に行っちゃうよ」


 イルとユリカは支度を終えて次の教室へと歩を進める。そして、光の前を通りすぎた二人。


(やっぱり見えてないんだ)


 ラティアは慌ててロッカーの扉を閉めて二人の後を追う。


「待ってよ、二人ともっ」


 光を一瞥し、横切ろうとした時だった。


「痛っ!」


 ズキッと鋭い痛みが頭を襲う。


「……ラティア?」


 イルとユリカが振り返ると、そこにラティアの姿はなかった。

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