第2話

 突然の頭痛に思わず眼を閉じた。ほんの少し視界を暗くした。ただ、それだけの筈だった。


「え……」


 ラティアの目の前に広がる景色は、先まで居た学院の更衣室内ではなかった。


「ここ、どこ?」


 見慣れない風景。山の中腹付近にいるのか、なだらかな勾配と遠くに集落が見える。木々に囲まれ、人里から離れた民家が一軒ポツリと建っていた。

 ラティアはその民家の広い荒地に突っ立っていた。元々は畑として利用していたのだろう、荒地といってもそこまで酷くはなく、手を付けなくなって暫くの事だと伺えた。


「何で? 私、学校にいた筈……」


 ラティアは酷く混乱した。訳も分からず

たたずむばかりで動こうとは思わなかった。


「あなたっ? あなた……っ!」


 しゃがれた女の人の声が耳に入る。民家の方向からだった。その声には焦りが混ざっている。

 気付けばラティアは駆け出していた。その間にも聴こえてくる掛け声には落ち着きは一切なかった。


「しっかり、あなた! 誰か、誰かぁ!!」


 慌てて扉を開けると老夫婦がいた。泣き崩れるお婆さんはラティアを見て驚きを隠せない。周りに人が住める場所はなく、呼んだ所で誰も来ない事はお婆さん自身分かっていたからだ。金髪の少女が現れた事にお婆さんは状況をすぐに把握出来なかった。


「えっ……?」


 戸惑うお婆さんを余所にラティアは倒れているお爺さんに駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


 僅かな応答でお爺さんに意識があると分かるとラティアはお婆さんに訊ねる。


「どうされたのですか!? こうなった理由は」

「分からないんじゃ。気付いたら倒れとって……」


 お婆さんは不安げに話す。ラティアは倒れた原因の手がかりとなる情報収集を始めた。


(発汗に手足の震え、それに顔面蒼白と口唇乾燥)


 親指側の手首に指を押し当ててみる。


(__頻脈。……これは、間違いない)


 お爺さんの身体の観察や実際に脈を測り、ラティアは一つの疾病に辿り着く。


「あの、この方は何か薬を飲んだりしていますか?」

「えぇ、糖尿病の治療の薬を飲んでおる」

(やっぱり……低血糖の症状だ)


 お婆さんの返答にラティアは確信した。理由が分かれば対処出来る。


「お手数ですが、お砂糖を持ってきていただけますか?」

「あ、あぁ、ちょっと待っとくれ」


 奥の台所から砂糖の入ったケースを持ってきた。ラティアはお爺さんに砂糖を口に含ませる。


「これで少しは良くなると思います」

「ありがとうございますっ……」


 お婆さんは安堵するがラティアの表情は険しかった。


(これでいい筈だけど、私は見習い……)


 医者ではない為、容易に終わりに出来なかった。


「私、念の為、お医者さんを呼んできます! 10分頃経っても回復しないようでしたら、お砂糖をこの大さじで2杯口に含めて下さい」

「あぁ、分かった。しかし、お前さん医者ん所まで結構掛かるが大丈夫かえ?」

「大丈夫です! すぐ呼んできますね!!」


 一歩外に出てふと気付く。ここは山の中腹。今から下ってそれも医者を探して戻ってくるとなると相当時間が掛かる。


(せめて馬があれば……)


 交通手段でもある馬でさえ居ない状況。ラティアは意を決して走り出した。その時。


「い…っ」


 再びあの頭痛。顔を歪ませ、眼を開けると。どこかの路地裏にいた。目の前には人の行き交う道。山から一瞬で人里に下りてきたようだ。


(と、とりあえずお医者さんを捜さないと)


 この不可思議な現象について考えたくなるが、今は最優先である医者捜しにラティアは人通りに出る。


「えっ!?」


 看板には「診療所」の文字。捜す必要がなくなった。眼前に建つ建物へラティアは歩を進めた。

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