カレーうどん
うだるような暑さも萎んでいき、いつしか夜には鼻通りのよい風が吹く季節になっていた。
僕は仕事の予定も済ませ、夕飯を取る店を探していた。だがなかなか見つからない。
時間が問題か。いや時刻は午後9時、まだまだ空いてる店はある。ならば場所か。半分違うが半分当たり。違う点は周りに二軒目の飲み屋に行くサラリーマンがごった返している。それに伴い飲食店はかなり立ち並んでいる。当たってるとしたら、普段の行動場所と違うのだ。ここは名古屋市中区の錦。それも、栄えに栄えた3丁目。繁華街のど真ん中に僕はいる。
秋の名古屋、美味しいものを食べるには時期としてはまだ早いだろうか。もっと寒くならないとあの八丁味噌の染みたコシが強いうどんも、より一層美味しく感じることができないだろう。
学生の頃、何気なく1人できた名古屋。季節は冬で、当時は名古屋といえば味噌煮込みうどんだと思い込んで、寒空の下列に並び体が冷やしてやっとの思いでありついたうどん。アレは美味しかったな。
"でも、味噌煮込みうどんは名古屋発祥じゃないって後から知ったっけな"
そんなことを考えてるうちに、どんどん腹が減ってくる。
昨日から来てるため、大体の名古屋めしや、ご当地飯は平らげてしまっている。
台湾ラーメン、台湾まぜそば、味噌カツに手羽先唐揚げ、移動中には天むすも食べ、昨日入った飲み屋では田楽やどて煮を食べてしまった。
逆にここまでご当地飯を食べてしまってると、舌も疲れてきてる。気がする。
それもそのはずで、高確率で味噌を食べてるからだ。挙げた中でも、まず味噌カツ、どて煮、田楽。考えみれば、昼に食べたミックスフライのソースも味噌が入っていた。
なんか新しい味を知りたい反面、食べ慣れてるものを食べたい。なんとも無茶な課題だと浮かべた時。
どこからか嗅いだことがある匂いが。
「カレーだ。しかもかなりスパイシーなやつ。」
僕は辺りを見渡した。
酔っ払い…邪魔、キャッチも…邪魔、お、上りが見えるが、味噌煮込み…申し訳ないけど今は無理。あの上りは…うどん…いや今は…
そう思ったがよく見ると、カレーうどんと綴られている。
名古屋でカレーうどん、いや考えても仕方ない。新しくなくとも、チェーンでもなんでもいい。カレーの匂いを嗅いでから、脳みそはカレーのことでいっぱいだ。
僕は人をかき分け店に駆け寄り戸を開けた。
「いらっしゃいませー、お一人ですか?こちらへどうぞ。」
テキパキとした接客で、僕は席につき、スタッフの女性が水とおしぼりを持って来た時に、
「すいません、カレーうどんください。」
と食い気味に言ってしまった。彼女は少し目を丸くしたが、すぐに笑顔に戻ると
「かしこまりましたー」
ハキハキと厨房に入っていった。
ここまで急スピードで来て注文を終えると、やっと僕は店内の雰囲気を確認した。するとまぁまぁ僕は浮いていた。
というのも、僕の隣のカップル、反対隣のサラリーマン達、その他ほとんどの人の顔が赤い。
そう、みんな呑んでいる、もしくは呑んできた人なのだ。
それに比べて僕は、いつも通りの顔色である。これは、メニューを、いや店も間違えて来てしまったか。と内心焦って、心の中で葛藤を繰り返してると
「お待たせしました。カレーうどんです。こちらの紙エプロンはご自由にお使いください。」
"来た"
もはや考えてる内心はどこへやら、眼前にある料理に僕の目は喰らいつかれて離れない。
目の前に運ばれて来たそれは、芳しくも懐かしい香りの湯気を放っており、表面のスープは見てわかるくらい濃くテラテラと輝いている。その見た目はとても濃厚で、もはやスープではなくカレーである。そんな表面からはコシが強そうで、しっかりと角の立ったうどんや、よくカレーと絡み、ターメリックに染められたかまぼこや、ネギと豚のバラ肉などの具が見えている。
僕は食い気を悟られないように、紙エプロンを急いで着け、レンゲでそれを吸い込んだ。
途端に、口の中から鼻へとスパイスの豊かで、爽やかな辛味がカレーの熱と共に抜けていく。そして舌の上には辛さも居るが、それ以上に出汁の味、風味が残っている。よくよく味わうと魚介の出汁以外のとても深い味を感じる。鶏ガラと野菜だ。ルーを伸ばしているスープだけで、かなり完成されている。鶏ガラの動物性のコク、野菜類の甘味、もはやこれでカレーができるくらいだ。
次に僕は麺に手を伸ばそうとした、しかしまだ箸すら持ってないことに気づき、よほど空腹だったのかと自分に驚いていた。
ようやく箸を持った僕は、レンゲと箸で麺を混ぜ込む。混ぜ込むたびに幸せの蒸気が立ち昇る。
そして、いざ麺を持ち上げ啜る。
口の中で嵐が起きたようだ。さっきカレーをレンゲで口に運んだ時と違い、今度は啜ってるからか外気と共により一層の美味しさ香りを感じる。外の空気が上手くなったのかと思うほどである。
うどんも、やはり見立てた通りで、噛むたびにうどんが反発をするかのようなコシの強さ。角も立ってるからか中はモチモチとしていて、讃岐うどんとはまた違った旨さが見えて来る。
麺とカレーをある程度楽しんだ後、具をレンゲでグワっとすくって口に運ぶ。ネギはシャキシャキとトロトロ両方の食感と共に甘味と、香味野菜という名のとおりの食欲をそそる匂いが口に広がっていく。それをかまぼこの魚介の旨みと、豚バラの脂の甘みが包み、喉の奥へと消えていく。
しかし何より美味しかったのは、油揚げだ。
これでもかと濃厚なカレーのスープをギチギチに吸い込んだ油揚げ。これがなによりも旨い。これを食べてみると、味噌汁や鍋ものに入ってる染み染みの油揚げを思い出し、油揚げが好きなんだなあとおもいかえされるほどだ。
一通り麺を食べ、具を食べつつ、残るであろうカレーのことを考えていた。すると
「あのー、プラス150円で追い飯といって、ご飯を入れて皆さん〆られるのですが…」
と先程の女性スタッフが尋ねてくるや否や
「ください、追い飯いただいてもいいですか。」
またもや食い気味に回答してしまった。が
「かしこまりました!」
彼女は一度経験したからか、予想していたのか、にこやかに厨房へ入り、数秒ほどでホカホカの白米と水のピッチャーをもって来てくれた。
僕は持って来てくれたご飯を、カレーの中にドボンと落とし入れ、残っていた具とまた混ぜ込む。
まさか、こうやって〆が出来上がるとは。そう思いながら口に運ぶと、今まで食べて来たカレーとは違っていた。ベースのスープがしっかりしてるからだろうか、カレーのルーよりも、一層ご飯に合うのだ。ただでさえ複雑なカレーという料理が、水ではなく、スープで作るだけでここまで複雑になる。また複雑とはいえ、パッとしないようなものでなく、全て、一つ一つが合流しあって大きな旨味の要素となっているのだ。僕はそんな人生初体験のカレーを夢中で平らげた。
食べ終わった僕は水を1杯のんだ。温かい麺類を食べた後の水はどうしてこうも美味いのか。と考えながらカレーうどんの余韻に浸り、額にいつまにか浮かんでいた汗を拭いレジに向かう。
先程の彼女が会計をしてくれながら、話かけてきてくれた。
「ウチのお店というか、こっちではカレーうどんは〆の料理って感じの人もいるんですよ。でも普通に食べても美味しいですよね。ただ炭水化物めっちゃ取るから後が怖くて、私は最近…」
と彼女は笑いながら話していた。
カレーうどん、今まで食べて来ていたものだったけど新しい発見もあったし、食べたかったものの結果としてはかなり良かった。
食事としても食い納め、名古屋の出張のいい〆になった気がする。
そう思いながら、名古屋駅に僕は向かった。
まだまだ辺りは人の活気に溢れていた。
空腹 暗井 明之晋 @Beyond
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