最終話「スーパーフラッシュラブトルネードラブ」

 エルア達が旅に出てから、三ヶ月が経った。

 数え切れない戦いがあった。犠牲があった。

 設立当初から備蓄していた弾薬は目減りし、未だにルシフェルやタルシエルの予備パーツさえ作れない。にも関わらず天使はやってくる。

 その度にルシフェルが傷つき、弾薬が減る。補給のあてはない。

 誰かが、決断しなくてはならなかった。

「撃墜作戦」

  レオンがホワイトボードを叩いて告げた。

 緊急呼集がかけられて呼ばれたのはエルア、ジャム、そしてロディ。

 狭い会議室には、緊張感が、そして終末感が張り詰めている。

 ホワイトボードに書き殴られたその四文字は、レオンにしては勢いが無い。

 早朝、基地中枢から遠く離れた隔離施設だった。

「先週、我々レジスタンスの備蓄弾薬料、装備、資材、兵器に至る総戦力についての通達が総務部からあった」

「三ヶ月前、エルア達が来た時にあった総戦力の7割がこの三ヶ月で消耗した。先日のタルシエルの1件を見て分かる通り、今後襲撃はさらに勢いを増すだろう。そのため昨夜レジスタンス上層部では天使との最終決戦、”撃墜作戦”が決議された」

「まだワシらは……」

「口を開くなッ!」

 レオンの叱責だった。三ヶ月前、自信と余裕に満ちた彼はいない。

「今朝8:00よりレジスタンス管理区域内に総動員体制を発令。金属類の私物を全て回収し、これを軍事転用することで戦力の補填に充て、全ての人間はその補填のための労働に従事させる」

「具体的な作戦内容についての説明に関連して、今日お前達だけを呼集した理由を話す」

「レジスタンスは、総戦力の大半を陽動にした核攻撃を行う。目標は、天使勢力の中枢。統治神の破壊を目的として行われる」

「ふざけっ…!」

 エルアが立ち上がり、レオンの胸ぐらを掴む。

「何人民間人が住んでると思ってる……?何年放射能が染み付くと思ってる……!」

「エルア……」

「だが戦いは終わる」

 次の瞬間、レオンは壁に叩きつけられていた。

「自分達が追放されて!天使を憎んで!その挙句に核攻撃……?最終決戦……?」

 ふざけるな、ともう一発殴ろうとした手をレオンが止めた。

「この戦いを続けることで何人死ぬか、考えたことがあるか?」

「何を……」

「天使が一回襲撃してくる度に、居住区画への流れ弾で100人単位で死に、その復旧の目処も立っていない。お前たちが堕天使で戦っている間、足元で援護している砲兵や戦車兵の存在を少しでも気にかけたことがあるか?この三ヶ月で100人死んだ。度重なる襲撃で破壊された装備の修理・点検におわれる整備兵に至っては過労死者さえ現れ、ストライキの動きもある」

 ロディは何も言わない。彼がその動きに詳しいからだ。

「この状況で戦い続けることに意味など無い。むしろ核は人間の命を救うのだ。俺にはレジスタンスリーダーという”立場”がある。だからこそ、天使中枢に住む民間人数万人の命より、共に苦楽を重ねた数百人を救わなければならない」

 エルアの目をまっすぐ見てレオンは言った。

「エルア、偉くなれ。身を汚してでも、権力を手に入れろ。そして将来、潤沢な装備と人員を手に入れた時、遠い昔の俺を笑え。お前にならできる。今の俺にはこれが精一杯だ……限界なんだ」

 お前の出世を、楽しみにしている――そうつぶやいてエルアの胸を手の甲で優しく小突く。そこには、くたびれた男の最後の矜持があった。

「なぁ……」

 エルアが声をかけた瞬間。

 地面が揺れた。窓が吹き飛び、天井が落ちてきた。激しい爆音が連続し、遠くなっていく。

 遠くで悲鳴が聞こえた。非常ベルが鳴り響き、しばらくしてからエルア達の思考が回復した。

 ぼんやりとした頭に浮かんだのは、奇襲の二文字。窓の外をなんとかみやると、空に無数の斑点ができていた。その全てが天使だった。

 戦わなければならない、そう思いエルア達は立ち上がろうとする。そこでやっと、自分たちが倒れていたことに気がついた。ジャムに至っては意識すら無い。覚醒しているのはエルアとロディ、それから……。

 レオンは目を開けたまま死んでいた。倒壊してきた柱の下敷きになり、降ってきた瓦礫に頭を砕かれていた。エルア達を突き飛ばし、代わりに犠牲になったのだ。

「俺はレオンに詳しい」

「……あぁ……あぁッ!俺もだ……ッ!」

 呆然とつぶやいた後、2人の決意が固まった。ロディがジャムを担ぎ上げ、遠く離れた基地中枢の格納庫へと走り出す。見慣れた風景が炎中に砕け消えていく。足元から全てが崩れるような感覚で、2人はうまく走れなかった。

 3人が去った後、屋根が完全に崩落しレオンの遺体は見えなくなった。その直前にエルアが振り返った時、奇妙なものを彼は見た。

 突き立てられた親指と、固く握られた拳。

 ”GOOD LUCK"。

 漢からの最後の言葉。

 レオン・ウェル・クローノ、ここに散る。


 格納庫へ向かう道、上空をジャンプ飛行していく影が3機。 


「ファナティスか!だがあいつらの技量じゃ1対3で押さえ込むのがやっとのはずだ!」


「時間くらい稼いでやりますよ!丁度訓練中でね!」


 訓練中?!…ということは実弾を積んでいないはず。押さえ込むどころの話じゃない。


「行って下さいエルアさん!俺達の希望はあんたたちだけなんだ!」


 鋼鉄の巨人はガトリングポッドを構え掃射する。着弾痕、ペイント弾。無理だ…。


 そう思った瞬間、すでに一機のファナティスは数本の槍で串刺しにされていた。


「こんな事がさ、許されていいと思うか?俺は思わねぇ!」


「同感だ…後々この判断が間違っていたとしても、今は正しい!」


 2人は半壊した格納庫にたどり着く。崩れた天井は堕天使を照らすように陽の光をこぼした。


「行くぞ、ルシフェル…」


 エルアの声に反応しモニターに火が灯る。


「ファナティス・ガランヘ、イグニッション!」


 ロディの叫びで計器が鳴動する。





 何も整っていない、まだその時ではない。だがこれで決着を付けなければ全てが終わる。

 ここをしのいだって統一神にたどり着くことはない。むしろ疲弊し遠のく。

 知っている。知っていたってやらなければならない。




「ロディ、未来には詳しいか?」


「いや、ホントはさ、知ってることなんか殆どねぇんだ」


「俺もだ。知った気でいた。絶望も孤独も悲しみも」

「どうしようもないこの感情こそが…なんなんだろうな」



 格納庫を突き破って2機が現れる。形だけは保ってるボロボロのルシフェル。

 防塵マントを羽織った真っ赤なファナティス。手には巨大な鬼神鎚「ガランヘ」。




 ルシフェルのカメラに敵影が反射する。…30機か。

 いつかの榴弾砲を構える。


「言ったよな、レオン。核で決着をつけるって」

「これは最初の引き金だ、受け取れ」


 周囲に衝撃波が広がり発射された弾頭を何も知らない天使は迎撃する。


 赤に飲まれる。光と1兆度を超えるプラズマ熱で天使の中隊は消滅する。


 …?あれ、今、俺は…何をしたんだ?これは、核?知ってて撃った?核を?俺が?


「撃てーッ!殺れ!エルア!」


 ロディの声で素に戻る。待て、確か、逃げてる人、配置に着こうとしてる人、まだ外に人がいたはずだ。


「貸せ!俺がやる!」


 赤いファナティスは奪い取った榴弾砲を敵のいるところに乱射する。合計5発。

 ヒロシマ級の核を5発使った。敵も町も人も生活も何もかもがオレンジの光に没する。


「やめろ…そうじゃないだろ、レオンが言ったことは……?」


 熱で溶けたファナティスの顔はまるで骸骨が露出した死神だった。


「核はな…世界を救うんだよ。俺は詳しい。詳しいんだ」

「そうさ、これは報復だ。俺たちを捨てたHeaven’sへのな」

「そして腑抜けたクズどもにもな!」


 核の強力な電磁パルスの影響か、巻き込まれなかった天使たちも動きを止めていた。

 ルシフェルとファナティスは対EMP装備を施しており影響は少ない。


 そんな中、ガレキが吹き飛び大型の装甲車が現れる。超人員輸送戦闘車両「V5 ハーミュラー」だ。


「レオンの意志は俺達若き労働者達が継ぐ、核による平和を、絶対的な力での平和を成し遂げるために!」


 ロディのファナティスの後ろから生き残りの天使だったものが接近する。


 だが振り向くこともせずハンマーでコクピットをえぐり、吠える。


「このハンマーこそが!革命の!力のシンボルだ!」


「何を言っているのかわかっているのか!ロディ!」


「わからねぇよ!俺は!」

「ただ、この光はな…きれいなんだ、いいんだ」


 エルアは絶句した。これが精神ショックで壊れた人間なのか…と。


「俺は俺達で戦う、堕天使に頼らずな、天使共を地上から根絶やしにする」


「……ッ!」


 何も言えなかった、言う気になれなかった。ただ一つわかるのはこいつも危険だということ。


 核弾頭を積み、去っていく車列を見送る。


 この日、フォールンエンジェルは全てを失った。

 

 偉大な指導者も、頼れる技術者も、街も人も、仲間も。


「ぅ…あ…?さ…」


 誰の名前を呼べばいいかわからない。ここまで酷いことはなかった。


「エルアー!しっかりしろ!」


 声?誰だ?


「儂らはギリギリ大丈夫じゃ…サーシャが守ってくれた」


 目をやると半壊した司令塔の前に天使の盾を持つまもるくんが立っていた。

 シールド出力を全開まで上げて簡易電磁バリアを作ったらしい。



 一部は生き残った、だがこれでは…。



 ―――ザザッ


 通信?!核の電磁パルスを超えてきたのか?


「こちら戦術潜水空母6番艦『しなの』。あなた達レジスタンスの生き残りに話があるの。」


「誰だ…何の用だ、俺達にはもう戦えるだけの力はないぞ」


「私は出雲 巫姫、大きく逸れた計画を修正するためにあなた達を引き入れに来たの」



 唐突な通信に、動揺が走った。


「引き入れるのはルシフェルのパイロットのみ。残りの人員は徹底抗戦してください」


 誰もが武器を手に、必死の思いで戦っていた。”これまでの犠牲を、無駄にしてはならない”。そう思いながらも、”自分は生き残れる”と思ってた。


 その幻想は透き通るような美声に打ち砕かれた。大地を揺らす爆発が、飛来するミサイルの風切り音が、天使の巨大な駆動音が、戦士達を包み込む。


 死神が呼んでいる。


 きのこ雲の切れ間に、無数の天使編隊が迫っていた。




 ルシフェル宛に、回収座標が送られてきた。ルシフェルの航続距離ギリギリの地点。

 仲間を見捨てる――そう考えた途端、脳裏の記憶の扉が開く。



「だぁーれが合法ロリコスプレ魔法少女じゃ!略して魔女じゃ!」


「リギットだ、リギット・ヒューズ。かっこいいクールおじさんだ。」


「ここは俺、ロディに任せろ。俺は機械に詳しい。…よし、わからん」


「おっちゃん、これ詐欺だろ!殆どジョニーじゃねぇか!」


「な、なんでもいいだろ!そこを動くなよ!今行くからな!」


 この三ヶ月、エルアは多くの人間と知り合い、絆を深めてきた。その全てが今、消えようとしている。迷いがあった。


「エルア、偉くなれ。身を汚してでも、権力を手に入れろ。そして将来、潤沢な装備と人員を手に入れた時、遠い昔の俺を笑え。お前にならできる。今の俺にはこれが精一杯だ……限界なんだ」


 この一言が、決め手となった。エルアはペダルを踏み込む。穴だらけになった格納庫の扉を破壊し、ルシフェルが地表を滑走する。カタパルトに飛び乗り、両足を固定する。動けない的になったルシフェルにロケット弾が殺到する。


 直後、太陽を遮る大きな巨体がルシフェルの頭上を舞う。

タルシエルだ。両腕も無ければ頭もない。

その巨大な脚が、ロケット弾を蹴り飛ばす。爆発。


「ライトニング・オーバー・ヘッド……一度やってみたかったんだ……」


 乗っていたのは名も無き整備員。

3億の光は、彼らの中に息づいている。


「……上出来だ!」


 圧力充填の間、無数のミサイルやロケットをタルシエルの背中が守った。

 また通信が入った。


「……大きくなったな。エルアのぼっちゃん」


「リギット……」


「ここに着た頃は俺よりちょっと小さいぐらいの小僧だったのに……今じゃ20mの救世主だ……」


「……」


「もっともっと、デカい漢になれよ。期待してるぜ!」


 エルア――その声が聞こえた瞬間、タルシエルが横に倒れ、カタパルトが作動した。


 ルシフェルが揚力を得て飛翔する。

 直後、無数のロケット弾が地表に激突。爆発。


 ノイズだらけの通信をフェリーナがカットする。その直前、女の声が入っていた。


「次はちゃんと、皆も助けてね…」




 あれから暫く経った。


 その日もジョニー・シキシマは仕事だった。

 交通整理のため、まもるくんと名づけられた歩行軽車両で交差点のど真ん中にいた。


「あーちょっとちょっとちょとちょとちょっと!止まって止まって!ぶっ壊すぞテメェ!そこ!」


 たびたび手信号を無視する車があるたび怒号を飛ばす。楽な仕事ではない。


 その日何百回目かの、進行許可を出した瞬間、まもるくんが横転した。送れて、甲高い音が交差点を通過した。

「そんなに急がなくても……」


 何かが通った。ジョニーにはそれしかわからなかった。



 駆け抜けたもの、それは1両の大型モーターサイクル。

 究極のモータースポーツバイクとして開発されたこのマシンは航空力学を応用した凶悪な見た目をし、漆黒のボディに緑のラインが美しく輝く。

 その最高速度は他者の接近を許さぬ4085km/h。空対地ミサイルを振り切れるだけの加速性を持つ。ギア1ですら400km/hだ。

 人間が乗るものじゃないと言われ、呼ばれたその名は『Ninja Lightning H2L-Χ(カイ)』。


「Kawasakiか…」


 時速780キロの弾丸と化したそれはある一点を目指し突き進む。


「この会話が終わる0.02秒後に右、その0.3秒後に左、交差点を直進してすぐの歩道橋をジャンプ台にして3キロ先の廃工場の敷地に着地後、ジェットエンジンを逆噴射して静止して下さい」


 フォオオオゥンッギィッ…ファァァァァァガッ……オォオオオオン………


「ンンーッ!」


 ヴォォォォォォォン!!オゴゴゴゴゴゴゴゥゥゥン…ン


「お見事です、エルア様」


 廃工場に立つのは紛れもない、エルアだ。全身に強風を受けて感覚があまりない彼はヨロヨロと巨大な扉を開く。

 錆びついているのか疲労のせいなのか、なかなか開かない。


 ガラッといきなり扉が軽くなる。


「見てたよ、あんなスピードで走ってくれば誰でもこうなるさ、おーいリーちゃん、何か飲み物を!」


 女の子…?フラフラになりながら見据える。


「リーちゃんはやめてくれよ隊長…ウィスキーでいいか?」


 白髪交じりのリーちゃんの手から酒瓶をひったくり勢い良く飲む少女。


「かぁーっ!うめぇ!でもな、弱ってるやつに飲ませるなら水だろ!はいリーちゃん、もう一回!」


「何も隊長が飲むこと無いじゃないか…」


「いいからリーちゃんはさっさと水と酒とツマミ持ってくる!はい行った!」


 茶番を見せられてることを察したエルアが口を開く。


「ルシフェルは?」


「名前は知らないよ、私らはここに運んで組み立てて引き渡すだけだからね」

「フェザーリバイブって説明書には書いてたね」


 再びリーちゃんから水をひったくり飲み干す少女。


「隊長が飲むのか?!」


「喋ったら喉が渇くだろーが!もうピッチャーで持って来いリーちゃん!」


「で、何だったっけ?あぁ、そのリバイブちゃんなら浄水槽の下のハッチに隠してあるよ」


 外を辛口あたりめで差しながらそう答えた。


「あんたの名は…?」


「うーん…秘密かな?」


「いつか輸送で仕事を頼むかもしれない」


「シニャーダ輸送特急便。それがうちのキャラバンの名前。仕事よろしくね~」


 アジの干物を扇子代わりに仰いで笑う。


「金は全部Ghostって人たちが先払いしてくれたから後はこれでバイバイかな?」

「すっごい金払いが良かったからね、久しぶりにはんぺんじゃないステーキ食べてきたよ」


「それはよかった」


 そんな話をしてると外が騒がしくなってきた。


「ここに猛スピードで何かが突っ込んでいったとの通報があった!ここは包囲されている!」


 サイレンの中、スピーカーから懐かしい声が聞こえてくる。


「出てこねぇなら踏み込んで武力鎮圧するぞ!最近イライラしっぱなしだからなぁ!」

「おめぇ、出てこねぇと大通りが渋滞してやべぇんだぞ!まもるくん不器用だから帰ったら廃車の山だろうよ!」

「あーったいへんだぁ!だーれのせいかなぁ!ねーっ!」


 そんな声をバックに浄水槽に向かうエルア。ふと振り返り


「シニャーダ達はどうやって脱出するんだ?」


 少女とリーちゃんは自信満々にダンボールを組み立てていた。

 まぁ、ジョニーならダンボールで十分だろう。


「あのバイク貰っていい?高く売れそうだし」


「爆破するよりはいいだろうな」


「じゃ、またね~エルア!」


 フッと消えたと思ったがダンボールが2つ増えている。


「行くか、フェリーナ。守るための力を取り戻しに!」




「よーし、10数えながら突入するぞ!行くぞポリスメンズ!」

「いーち」

 ジョニーを筆頭に踏み込むポリスメンズ。


「フェリーナ、どうだ」

「プログラムのコメント、日本語で書いてますね。雑で面白いです」

「そうか」


「にぃーい」

 銃を構えるポリスメンズ。


「動くか?」

「私を舐めないで下さい」


「さぁぁぁぁぁんっ」

 ジョニーの奇声に驚くポリスメンズ。


「全回路接続、メモリ領域を確保」

「どうなるんだ?」

「さあ?言ってみただけです」


「いよぉん」

 気持ち悪い声なので聞かなかったことにするポリスメンズ。


「動力始動、随分出力に余剰がありますね」

「換装機能をつけたらしいな」

「知ってます」


「ゴウン」

 まるで機械音だな、と笑うポリスメンズ。

「待て、俺じゃない」

 固まるポリスメンズ。


「格納庫、注水開始」

「いや、面倒だ。こいつで浄水槽を破壊していく」

「これは…モーターブレードですね。それも大型の」


「おい、本当にただの暴走族なんだろうな」

「そういったのはジョニーさんじゃないですか!」

 慌てるポリスメンズ。


「近接対艦装備、モードタイラントへ移行してくれ」

「了解、いつでも行けます」

「行くぞ…」


「おいおいおいおいこれエンジン音じゃねぇかそれも大型の!」

「逃げましょう!ジョニーさん!」

「逃げるんじゃねぇ、放棄した職場に帰るだけだ!」

「それだ!」

 逃げるポリスメンズ。


「発進!」


 工場は吹き飛び上空30mまで跳躍した”それ”は姿を現す。



 ―――ルシフェル・フェザーリバイブ―――



 巨大化した肩と腰は新システムの実験も兼ねて備え付けられた。


「こちらエルア・ザリヴァイア敵要塞Heaven’s第3都市内部で新型ルシフェルを受領」

「これより防衛施設を破壊する。出雲巫姫、あとは任せる」


 着地したルシフェルは大地に2本のモーターブレードを突き立てて構える。


「一気に行く」


「慣らし運転はどうしますか?これは前のルシフェルとは違う個体のようです」


「そうらしいな、まぁ肩慣らしにはちょうどいい」


「どうせそう言うと思ってましたよ」


 最近フェリーナの口が悪い。少し心配だ。


 防衛施設、コントロールセンターを一直線に見据えルシフェルは駆け出す。




 同時刻、外壁から5キロ南東。


「わかりました、エルア。外壁の防衛機能が失われた瞬間に私も参ります」


「はい……0式桜華電波欺瞞領域、解除!今!」


 舞い散る桜のような電磁ステルス障壁の中から機動兵器が出現する。


「日本皇國海軍中佐、出雲巫姫。第伍号型歩行戦闘鎧 『威漸凪(イザナギ)』、参ります!」


「強襲滑空ブースター『秋水Ⅲ』、点火!どうぞ!」


 大きなジェットグライダーを背負ったイザナギがトレーラーから飛び立つ。



 たった2機の大都市攻略戦が今、始まったのである。

 ここはHeaven’sの工場コロニー。落とせば大本営への物資の供給が滞るだろう。




 防衛施設を破壊したルシフェルの周りには4機の新型天使が立っていた。一機が高機動型、3機はタルシエルの系譜だろうか?


「貴様…ここで投降すれば極刑だけは免じてやろう、どうだ、良い提案だろう?」


「4対1じゃあどうやったってなぁ…」


「フフフ…僕らのエンゲリカはそんなチェーンソーじゃ切れやしないよ!」


「試してみ”っ?!」


 エンゲリカ、そう呼ばれた重天使の頭部に風穴が空いていた。


「これなら大口だって叩き放題だ」


 タイラントモードでは何よりも瞬発力に特化している。多少機動は雑になるが全身のアクチュエータを最速で回すことが出来る。


「ま、待て、こいつまさか堕天使じゃないのか?!なんでここに?!」


 拳を作りながら答える。


「偉くなるためにな」


「はぁっ?!」


 瞬間、ルシフェルの旋風脚が2機目のエンゲリカの腰を折る。


「貴様ッ」


 3機目がハンマーを振りかぶる。


「赤いやつはこんなもんじゃなかった!」


 投げたモーターブレードは両肩を切り落とし地面に刺さる。


 踏み込み、すり抜け、モーターブレードを3機目に向け蹴り飛ばした。

 

「な…エンゲリカが3機ぞ!」


 全速力で後退する名称不明機を光の槍が撃ち抜く。


「どう?荷電粒子砲。いいでしょう?」


「うわあああ!ずるい!」


 爆発。


 天使の工場コロニーでの戦闘が、警報となってコロニー中を駆け巡る。

 だが、緊急出動してくる警備機体の数はまばらで、編隊という形をなしていなかった。


「レジスタンス攻略に戦力を割いているようだな」


「はい。頃合いにございます」


「工場はどこだ?」


「工場自体の数が多いため、各地で細かいパーツを生産しそれを組み立てる本丸があるはずです。その位置は……」


「陸路での輸送に適した幹線道路沿いのどこか…か」


 左様にございます――出雲は答えながら、ダッシュボードにしまってあった巻物を取り出した。


 天使之国全覧図。精霊側が掴んでいた天使側の地理情報を正確に記した地図だ。


「これをご高覧ください」


 タッチパネルの1画に地図を押し当てスキャンし、エルアに転送する。


「これは……」


 大陸を横断する大河川から、下町に流れる下水道まで。ありとあらゆる情報が詳細に記載されていた。


 撃墜作戦のブリーフィングの時に見せられた地図とは次元が違う。

 レオン達が必死にやってきたことが、出雲の足元にも及ばない。

 エルアの中に、具体的な悔しさが生まれていた。


「ノシナ川と国道216号の交わるこの地点」


 出雲のポインターが地図のある一点を指し、ある道路をなぞっていく。


「なるほど、滑走路か」


「左様にございます」


 カーブが多い天使国の幹線道路の中で、一区間だけ長い直線を引いた道路があった。


「天使国最大の流域面積を誇るノシナ川を海路として使いながら、幹線道路という陸路も利用可能、車線の多い幹線道路を滑走路として使用できる直線区間のそばにあるこのポイントが……」


「組み立て工場」


「本丸にございます」


 位置座標 ESE-767。


 天使が生まれる、神の分娩室。




 エルア達の奇襲が工場コロニー全土に報じられてから30分。

 まばらな警備天使がエルア達に足止めを仕掛けるも、見るも無残に散っていく。


 2人は今、天使に見つかりやすい幹線道路を避け下道を走っていた。推進剤である水を節約するために、地面を蹴る瞬間にスラスターの出力を上げ高度を稼ぐ。その後出力を絞りアイドリング状態にすることで、スラスターによるジャンプの慣性を利用しながら高速で移動する”連続跳躍”で移動していた。


 数多のトンネルの闇の中を走り、大自然を踏み倒していく。



 組み立て工場を見渡せる位置にたどり着いた2機のセンサーが捉えたのは、未曾有の大渋滞だった。


 道という道に輸送車がごった返し、玉突き状態になりながらも組み立て工場へと向かおうとしている。


「部品を運び込もうとしているようです。今が好機、一息で参りましょう」


 威漸凪(イザナギ)が出力を上げ、一気に飛翔した。

 ルシフェルもそれに続き、車両を飛び越え一路本丸を目指す。


「……」


「いかがなさいました?」


「妙だ」


「妙?」


 威漸凪がセンサーというセンサーで周辺を探知するが、異常は見られない。

 周囲にこれといった熱源も無ければ、音源もない。


「……!」


 ルシフェルが着地し、輸送車の1つを両断する。


 中にあったのは……Surface-To-Air missile、通称SAM。


 またの名を、地対空ミサイル。


 至近距離で発射されたミサイルをルシフェルは首を振ることでかわした。

 しかし近接信管が作動し、頭部に指向性爆発が突き刺さる。


「やられた……!こいつら全部対地・対空兵器だ!来るぞ!」


 大量の輸送車の貨物部分が展開し、中から対地・対空兵器が顔を出した。

 無数の火線が、白昼の周囲を照らす。


「斯様なカラクリが……」


「確かに輸送車は渋滞で足止めを食らっていた。だがその1つとして、ブレーキランプが点灯していなかったんだ……もっと早く気づいていれば……」


「言わないでください……今はここを……この地獄を」


 威漸凪が対空砲火の彼方に潜む組み立て工場をみやる。


「切り抜けるんです」


 威漸凪のアイセンサーが光った。


「編隊灯の輝度を上げました。ここからは不肖威漸凪が先陣を切ります、場合によっては」


「言うな。心得ている」


「御意」


 一対の堕天使が、対空砲火に切り込んでいく。

 ミサイルアラートが鳴り止まない。


 工場まで2000m。


 SAMへの対処法は1つしかない。


 ”近寄らぬこと”。


 至近距離でミサイルを放たれれば回避はできない。

 だから、距離をつめすぎないように注意しながらSAMへ攻撃するしかない。


 先陣を切った威漸凪が右手の荷電粒子砲の出力を絞りSAMに突き刺していく。


 だが、どこまでやってもキリがない。

 殺到する20発のミサイルが19発、18発になるだけだ。


 2機にはそれが痛いほど分かっていた。


 工場まで1500m。


「荷電粒子砲をパージします」


「俺も兵装をパージする」


 ガコン、とパージされ田んぼに落ちていく兵装が、泥に塗れる前にミサイルによってバラバラになった。


 その代わりに、空気抵抗と重量を減らした2機のスピードが上がった。


 すると輸送車達が息を合わせたように動き出した。

 渋滞を崩し、横道や田んぼに自ら突入していく。

 複雑さを増したSAMの配置が、弾幕をより一層厚くした。


「遠隔ッ……操作か!」


「ええ……!」


 天使本部による遠隔操作だった。訓練された人間を必要としない、完全なる統率を実現した全自動戦闘形態。


 またの名を――完全共産主義。


 工場まで1000m。


 2機は、機体本体に搭載されたバルカンでミサイルを迎撃しながら工場を目指した。

 それでも全てを撃墜できるはずもなく、接近を許し直撃の前に近接信管でダメージを受けた。


 レーダーの損傷により、バルカンの砲塔は動かなくなっていた。


 工場まで800m。


 渋滞が解消された道路を、新たな輸送車が踏み鳴らして合流していた。

 もうミサイルはかわせない。


 何か、ミサイルに狙わせる囮が必要だった。


「装甲を……ッ!」


「パージします……ッ!」


 2機の肌がパラパラと崩れ落ちていく。

 高度な電子制御で硬度や位置を変える装甲には精密機器が多数取り付けられている。


 その機器が発する熱を探知したミサイルが、吸い寄せられるはずだった。


「エルアさん!」


「クッ……!」


 だがミサイルは一途2機本体に向けて集まってきた。

 天使側のミサイルの誘導性能は、2人の想像を越えていたのだ。


 工場まで500m。


 2機が体の端々から、燃料である水を滴らせている。

 その”血”を嗅ぎ分けるように集まってくるミサイルを、かわす術も撃墜する術ももうない。


 祈るしか、ない。


 ミサイルが2機の体を容赦なくえぐり取っていく。


 工場から、タルシエル型の大型天使達がが飛び出して来るのを2機は見た。

 それは道を塞ぐように、工場の前に陣取った。


「どけ……」


 祈りながら、2人は無意識につぶやいていた。


 大型天使が陽電子砲を構える。




「どけ……ッ!」


 ここに至るまで、2機は兵装・装甲・燃料を失ってきた。


 しかし、ただ一つだけ増え続けてきたものがある。


『どけええええええええええええええええええええええッ!』


 スピードだ。


 轟音と共に工場の壁が破壊され、直後大きな爆発があった。


 爆炎のまにまに、陽電子砲が一瞬光った。


 また、大きな爆発があった。




「センサー三系統、全部ダメ……」


「正面以外のレーダー照射、死んでます」


「左腕制御不能、パージ」


「スラスターの機能不全を認む、切り捨てます」


「まだ行けるな」


「もう一度、行きましょう」


「ルシフェル」


「威漸凪」


 2機のアイセンサーが光る。

 そのセンサーを守る装甲も、バイザーもない。

 この燃え盛る工場に起き上がるのは、剥き出しの鉄の兵器達。


 取り囲むは、数多の天使達。


「どうやら、罠だったようですね」


「かもしれないな」


 威漸凪は本体格納の短刀を、ルシフェルはナイフを構えた。


「いいか、多勢を相手にする時は、一機一機を浅く斬る。浅い一撃で動きを鈍らせる……その一念さえあればいい」


「さすが、殿方ですね」


「レーダーは?」


「真正面以外のレーダーが死んでます。そちらは?」


「奇遇だな」


『背中は預かる』



 無数の天使が押し寄せてくる。


 彼らの頭を、膝を、手首を斬りつけ、先頭の動きを止める。

 止まった一機に動きを阻害され、全体の動きが鈍る。


 追い討ちはしない。ただ周囲の状況を見つつ、少しずつ移動していく。


 ライフルやロケットを撃ってくる天使もあった。

 2機がかわすと、その先にいた天使もそれらを除けた。

 まるで海が割れるようだった。


 ”同士討ちをしない”


 高度に統制された全自動兵器には期待できないミスだ。


 ルシフェルの目が、威漸凪と合った。

 2機の間に、言葉はいらない。


 陽電子砲を持った天使が現れた。

 発射する。


 2機がかわす。


 背後にいた天使がかわす。


 割れた道に、血路があった。

 敵に背を向け開かれた血路を行く。その先にエレベーターがあった。


「エレベーターはいけません、待ち伏せに合います」


「……」


 本当の敵は、ここにいる天使ではない。

 その天使を操る何者か。思考でその上を行く必要がある。


「確か、空路で天使を輸送してるんだったな」


「ええ、どこかにそのための輸送機があるはずです」


 2機が突っ込んだのは工場1階。


「地震による崩落の可能性を考えれば、地下はないな」


「では2階でしょうか?」


「2階から離陸できる算段があるとは思えない、天使の組み立ても、出荷も全てこの1階で行われているはずだ」


 周囲は再び天使によって取り囲まれ始めていた。天使の数は増えている。


 直線的幹線道路と、ノシナ川の交わる地点に狙いを定めて、この場所までやってきた。

 それ自体は、間違っていない、極めて合理的な判断だった。


 だが、その合理的な判断がこの窮地を呼んだ。


 現状、最もありえない選択肢。

 それが、見えない敵の1手上を行くための最大のヒント。



「フェリーナ……話がある」





 地下1階に、1階からの大型エレベーターが降りてきた。

 その中にいた威漸凪は、地下1階に到着した瞬間、それを囲んでいた天使のロケット弾の殺到をもってエレベーターごと爆散した。


 エレベーターシャフトに爆風が吹き荒れる。


 その爆炎の中から、ルシフェルのナイフが突き出ると、先頭の一機の頭部センサーに突き立てられた。各機が次弾を装填し、爆炎の中に狙いを定める。


 そのわずかな間にルシフェルが飛び出し、ナイフを刺した敵機の頭に飛び膝蹴りを持って、ナイフを押し込み押し倒す。


 ロケットを持った天使の腕ごともぎ取り、指をトリガーに押し付け前方を塞ぐ天使に発射。

 命中したその頭の上を宙返りしながら跳躍。

 着地をもってロケットをその天使に投げつける。

 装填されていた弾が爆発。


 天使の垣根を越えた先に、大きなゲートがあった。

 ノシナ川地下水脈に通じるゲートだ。

 その側には、輸送用の天使輸送船もある。


 そして当然、大型天使の姿もあった。


 大型天使、カマエル。


 見えざる敵が用意した、最後の切り札。

 巨大なパイルバンカーを装備した、重量級天使だ。


「ルシフェル、頼むぞ」


 エルアと出雲はルシフェルから降りると、天使輸送船へ走った。


 ルシフェルが、どんどん小さくなっていく。

 たった1日の付き合いだったが、彼もまたルシフェルであり、エルアに未来を託した1人だ。


 その彼が今、最後の戦いに赴く。


 天使輸送用ボートには、人間の搭乗するブロックなど備え付けられてはいなかった。天使サイズのマニュピレーターで作動させるらしい巨大な管制盤が上面にあるのみ。


「荷台に入るぞ。ルシフェルを信じるんだ」


 そう言ったエルアの背後で、ルシフェルが威漸凪から託された短刀を構えるのを出雲は見た。


 カマエルがパイルバンカーを構え、辺りを静寂が支配した。


 刹那、突進する両機。


 ルシフェルには得意技がある。

 絶望的な体格差を覆す奇跡のマニューバ。


 スピンターンだ。


 カマエルをすり抜け、ルシフェルはゲートへ。

 体をゲートに激突させる。左脚が折れた。


 右手の短刀をゲートの隙間へねじ込みテコの原理で開こうとする。

 厚いゲートに阻まれた短刀は容易く折れた。


 カマエルも接近していた。


 パイルバンカーがルシフェルの胴と頭を貫き、ゲートを打ち貫いた。


 撃ち抜かれたゲートが歪み、貫通でできた穴と、歪みでできた隙間から浸水が始まった。瞬く間に地下1階は水没し、エルア達の輸送船が水中に浮かぶ。


 エレベーターを取り囲んでいた天使は耐水性が無かったため機能不全に陥った。

 そんなものがあれば、最初から輸送船など使わないのだ。


 ルシフェルを仕留めたカマエルが、輸送船に気がついた。水で機能不全に陥りながらもゆっくり近づいてくる。


 まだパイルバンカーは動くらしい。

 ゆっくり右手を振り上げ、輸送船に撃ち込んだ。


 バンカーが輸送船の寸前で止まる。


 ルシフェルだ。


 ルシフェルがカマエルの右腕をおさえている。

 胴と頭がほとんど欠落した状態で、震える腕でエルアを守った。


 カマエルの左腕がルシフェルを捉え、引き離される。


 最後に彼は、浮かんでいた短刀を輸送船の方向へ投げ、それは操作盤に突き刺さった。

 操作盤にスパークが走り、ゆっくりと輸送船が動き出す。


 天使用の広大なコンテナの中にいたエルアは、動き始めた振動を感じながらルシフェルの事を、フェリーナを思った。


「……ありがとう……またな」


 輸送船は、浸水で広がった隙間からノシナ川へ逃れていった。




 それを見送るルシフェルのコクピットモニターに、メッセージが1つ。



[SOMETIME SOMEWHERE]


 意訳:

 いつか、どこかで。


 川を下り、海まで出た。どうやらこの輸送船の名は『ユキカゼ』というらしい。

 第2次大戦を生き延び、中華民国の海軍旗艦として戦い、解体された伝説の幸運艦。


「この子のおかげね」


「あの時、当てはあると言っていたな」

「ルシフェルと威漸凪の代わりなんてあるのか?」


「あるわよ」


 出雲は水平線の先を指差す。


「まず私の威漸波」

「もともと2機あったのよ。ただ、適正の問題で私しか使えなくてね」


「そしてもう一つ」


 今度は天を指す。


「最初のルシフェル。今は衛星軌道にいるわ」


「何故?」


「なんだか真空状態が必要で宇宙に上げたほうが安く済むらしいの」


「日本人って滅茶苦茶だな…」


 呆れるエルアを横目に船はゆく。


 だが安心もしていられない。ここはまだ敵の領海なのだ。

 不意に鳴るアラート。


「来たか・・・!」


 エルアは輸送船に積んであった天使に乗る。砲撃戦用天使「ラジエル・ベルク」。未出荷状態なのでまだ生体パスはないようだ。

 性能は悪くないが・・・ルシフェルの1/6位のパワーだ。


 ラジエルのレーダーで周囲を見渡すと接近する影が15。

 ヒドゥン級高速双胴ステルス駆逐艦、ヒュウジ級天使空母、そしてイージス戦艦「ヴァルキュルス」だ。


「本気ね…」


「だがやるしか無い…!フェリーナ、照準補正!」


 …そうだ、いないんだ。仲間だったものは全て…。


「くっ…当たれ!」


 ラジエルの右肩滑腔砲から砲弾が放たれる。だが当たらない!


 輸送艦ユキカゼの真横に一隻がピッタリとつく。


「こちらヒドゥン級。投降して死ぬか戦って死ぬか選べ」


「これが返答だ」


 ありったけのロケット砲を撃ち込むが寸前でかわされる。

 いや、届きそうな弾だけ寸前で撃ち落とされている…。


「オーケー、そうでなくてはなぶり甲斐がない!」


 通信が切れるほぼ同時にラジエルに機銃が叩き込まれる。

 損傷するほどの威力ではないが…「全弾命中」。その事実が絶望を煽る。


 少威力の砲でラジエルの装備が一つ一つ破壊されていく。

 装備がなくなったら指、手首、肘、と少しずつ、少しずつ…。


「ここまで来て俺は…ッ!」



 その時だった、ヒドゥン級2隻が凄まじい爆音と水柱を上げ轟沈。


「なんだ!?てめぇらまだ何か隠してや…」


 そしてまた一隻水柱を上げ…あれは爆発じゃない?!


 出雲のPHSに通信が入る。


「出雲殿!迎えの潜水艇はすぐそこまで来ておりまする!」

「ここは我ら『桜花隊』」に任せてもらいたく!」


 水柱の中から潜水艦が、巨大な上半身が生えた翼つきの潜水艦が!

 3隻目のヒドゥン級を切断したのは手に持った薙刀だ。


「伊號400から402、404から408まで緊急浮上!航空機動隊を出す!」

「浮上後、緊急発進だ!準備はできている、出雲様のために!」

  次々と艦首を天に向け浮上する8隻の潜水艦。艦橋下のハッチが開き戦闘機が3機づつ射出される。

 青色に塗られたその戦闘機は折り畳まれた主翼と尾翼を展開しアフターバーナーを吹いて加速する。


 翼に輝くのは日の丸。出雲の仲間か!



 人型潜水艦にロックオンの警告が入る。


「レーダーなんぞ使ってんじゃねぇ!」


 左腕から発射されたロケット砲が瞬時に爆発する。

 天使側は慌てていた。レーダーが突如として使えなくなったからだ。


 高出力電磁パルス爆弾。レーダー波をかき乱し視界をゼロにした。


「あの男、使えるものをくれる…ッ!」



 そして人型潜水艦は名乗る。


「我が名は『太田 浩一』そしてこの機は精霊勢力より頂いた大型可変潜水地面効果翼機エーギル改め『海龍神』!」


「天に飛ぶ24機はXF-9『晴嵐Ⅱ』!」


「此処から先は一歩も通せませぬ故、どうぞ辞世の句を御詠みくだし!」


 船体横の翼のジェット推進で一気に時速800キロまで加速する巨体。船体から生えた上半身と薙刀を使って器用に高速旋回をしている。


 目の見えない天使海軍の艦を切り裂き進む海龍神。レーダーが復旧する前の対空装備や天使に対艦ミサイル4本を撃ち込む晴嵐Ⅱ。


 …やはり、レジスタンスとは桁が違いすぎる連中だ。


「任せたぞ太田!」


「御意!どうかご無事で、出雲殿!」


 ラジエルを海に投棄して向かう先に小さなトンネルが見える。


 「お待ちしておりました出雲殿!」


 伊號403潜水空母の格納庫だ。入るとほぼ同時にハッチが閉まり潜水する。


 排水され、座礁したように傾くユキカゼに一人の男が近づく。


「久しぶりです、エルア」


「あんたは海軍司令の・・・」


「神崎 直也、司令よ。いい加減覚えて欲しいわ」


「あぁそうだった、久しぶりだな神埼司令」


 シワの深い白髭の老人だ。

 だがその姿に老いなどは感じない。むしろ凄まじいプレッシャーすら感じる。


「エルア君、君には3つの選択肢がある」

「一つ、諦めて死ぬこと」

「二つ、戦って死ぬこと」

「三つ・・・」


「どれでもない、俺は戦って生きて死ぬ」

「ルシフェルはどこにある?」


 神埼司令は海底から空を見上げる。


「天高く、そしてここに」


 GPS誘導ビーコン。そんな感じのものを渡された。


「クライマックスだ」






 緊急避難警報が響く。


 都市に迫り来る脅威を、天使達は感じていた。

 市民をシェルターへ誘導する間にも、工場から空輸されてきた量産天使が配置につく。


 マンホールを突き破りガスが噴出し、避難警報とも違うサイレンが響く。


「これより当市街の区画整理を行います。市民の皆様はすみやかに所定のシェルターへ避難して下さい。A-01シェルターはここを直進し…」



 爆発。


 何事か、警備天使が上空を仰ぐと、そこには無数の人形兵器の群れがあった。

 大小様々な形の人形兵器。腕が無いものもいれば、頭が無いものもいる。


 その有象無象が都市に降ってきていた。


 対空砲火でほとんどが撃墜されていく。

 しかし撃墜すればするほど、機体が爆発し空に黒煙や破片が広がっていく。

 都市に降り注いだ亡者の手足が爆発し、都市をえぐる。


 天使達は重要拠点への落下軌道を取る破片や機体への攻撃に切り替え、必要以上の混乱をおさえ始めた。


 都市の要所要所の空が黒煙と破片でマーキングされていく。


「不法投棄完了!司令、”地図”ができました!」


「桜花隊全機、槍を放て」


 ひときわ上空を飛行する24機の晴嵐Ⅱが対地ミサイルの雨を都市に恵んでいく。そのミサイルに追随するように、増槽を切り離し急降下していく。


 晴嵐Ⅱ達は、自分の放った対地ミサイルをロックできる距離の天使に目視で狙いを定め爆撃する。練度が高い晴嵐飛行隊にのみできる芸当だった。



「槍の激突まで、10……9……」


「司令!街が……!」


「報告しろ!」


 対地ミサイルの地表重要拠点への着弾を目前にした時、後方指揮潜水艦の司令部の空気が変わった。

「街が……動いています!」


 正方形のマスに仕切られた街が、轟音を立ててその配置をかえていく。先程まで中央にあったビルが東へ移動し、南にあった公園が中央にやってくる。


 当然、マーキングしていた重要拠点の位置も変わっていく。


 殺到するミサイルは、その移動を探知し追尾した。


 が、そこは都心。

 立ち並ぶビル群がミサイルを阻み、旋回を余儀なくされたそれを天使が撃ち落としていく。


 晴嵐Ⅱも、配置を変えたビル群の前にたたらを踏んだ。


「配置変更前の拠点の位置の割り出し急げ!」


「配置は常に変動しているんです!こちらからでは間に合いません。後はパイロット達の記憶と機体のレーダーに頼るしかありません!」


 晴嵐Ⅱは予想以上の苦戦を強いられていた。

 ビルの移動スピードが予想以上に素早いのだ。


 重要拠点をロックオンしつつ、行手を阻む対空天使のミサイルをかわし、天使をロックオンして無力化する。その繰り返しの中で、同時ロックオン数が上限に達し拠点へのロックが外れてしまう。

 拠点へのロックの優先度を上げれば、同時に対処できる天使の数が少なくなり、苦戦を強いられる。


 直線上に拠点を見据えながらミサイルを撃ち込まなければ、まず当たらない。



 その間にもビルの配置は変わっていくのだ。天使への対応に追われ、ビルへ激突する機体も少なくなかった。


 この時点で、24機の晴嵐Ⅱは10機にまで減っていた。破壊できた重要拠点は3つ。


「太田さん……すいま」


 死んでいく太田の仲間は、誰もが太田へ謝罪をしながら果てていく。

 任務を果たせず逝く自責の念が、人の最後を謝罪で汚す。


 太田は通信を聴きながら、無言でビルをすり抜け目標拠点を捕捉しようと飛び続けた。

 少しづつ増えていく天使達のミサイルや弾幕に対処するため、最小限の同時ロックでやり過ごしたせいで機体は空中分解寸前だ。


「望まれて産まれてきてッ……」


 曲がり角を曲がった瞬間飛び出してきた天使を、右腕で殴りつけビル表面へ埋める。右腕が折れる。


「辛いことがあっても頑張ってッ……死にたくなっても諦めないでッ……!」


 殺到する弾幕を、左腕で振り払う。爆発の後、左腕はもう無かった。


「そんな人間の最期がッ……!アイツらの最期がッ……!」


 上空から、大型天使が降ってきた。タルシエルだ。日光が遮られる。


「すいません、で良いわきゃねぇだろォォォッ!?」


 残されたミサイルを全てタルシエルにぶつけ、膝蹴りで突破する。


 再び刺した日光の下、太田の目に目標拠点が見えた。


 残された武器は、近接戦闘用の機銃のみ。


 豆鉄砲のようなそれを、2000m以上離れた拠点へ撃ち放つと、晴嵐Ⅱは静かに下降していった。下で、晴嵐Ⅱを鹵獲しようとタルシエルが待ち構えていた。


「間違ってるのか……こんな当たり前のことが……」


 陽炎と涙で歪む拠点が、爆発した。




 その爆炎を背に、強行着陸を決めた晴嵐Ⅱがいた。


 同じくボロボロだったそれは、太田機を認めると敬礼で応じた。


「へッ……青二才が……。危なっかしくていけねぇや……」


 コックピットの太田の敬礼が、その晴嵐には見えただろうか。


 アイセンサーを哀しく光らせ、それは踵を返し走り去っていく。


「頼むぜ……主人公」


 太田機は、タルシエルを踏みつけた。



 ……ついに来た。ここはHeaven’sの頭脳中枢、大聖堂10㎞前方。


「ルシフェルはどうなっている!」


 エルアだってわかっているが声に出さずにはいられない。

 この決戦において最も大切なのはいかに一瞬で片付けられるかだ。少量でも各地から援軍が来れば勝率は0%になる。


 なのでルシフェルは直接敵陣ど真ん中に送る必要があった。行動を読まれないために…。


「ルシフェルは大気圏を突破した、あと15分耐えてくれ。」


 神崎司令の声に歯ぎしりしながら走る。

 この胸のビーコンの4㎞以内に着地するとは聞いているがその5分が惜しい。


 気づけば時刻は午後六時。


 街に、闇のとばりが落ちた……!


「みなさん!御覧ください!」


 スポットライトが晴嵐Ⅱに当たる。


 十重二十重、晴嵐の周りを取り囲む天使達からのライト。

 上空には取材ヘリが飛んでいる。

 生中継しているらしい。


「我々の社会を破壊しようとするテロリストが、今裁かれようとしています!」


 管理社会にメスを入れた悪逆の徒の最期を、全世界に生放送。


 有史以来人間が使ってきた最凶の教育手段……”見せしめ”である。


 太田を含む、残った晴嵐Ⅱ達がエルアのそばに放り出された。

 頭も無ければ腕もない。ボロボロの戦士達。


 彼らの勇気・覚悟・努力は、カメラの向こうには伝わらない。


「御覧ください!これが我らの新たなる切り札」


 エルアの前の公園が割れ、煙が吹き出し、大聖堂の鐘が鳴る。

 辺りを囲んでいた天使は剣を抜き、切っ先を空へ構えた。


「聖騎士・ミカエルです!」


 地下からせり上がってきたそれは、紛れもない…白いルシフェル。

 華美な装飾が施され色も違うが間違いない。


 ずっとエルア達と戦い続けたあのルシフェルだ。

 反射的に空を仰ぐ晴嵐。

 衛星軌道から来るルシフェルではない。


 その間隙をついたルシフェルは素早く駆け出し、エルア機のコックピットブロックを腕で貫いた。


 エルア機は接近に反応していた。

 かがみながらの横飛びで回避したが、その回避についてくるようにコックピットに貫きが入ったのだ。


 腕が戻ると、エルア機は倒れ、爆散した。

 爆風と濃い煙が辺りを覆う。


 エルアはルシフェルのマニュピレーターにいた。

 コックピットハッチが開くと、そこに押し込められ、ハッチは閉じた。


 驚きで声もでないエルアに、話しかける声があった。


「お久しぶりですね、エルア」


 聞いているだけでα波が出る女の声。


「……フェリーナ……」


「私はフェリーナと統治神が融合したモノ…」

「少し体重が落ちているようです。適度な睡眠・食事・自慰を心がけて下さい」


「何を……」


「あなたにお伝えしたいことがあります」


 爆炎と煙につつまれたルシフェル。

 その中のエルアにだけ聞こえる声。


「天使側は、あなたをスカウトします」



 フェリーナが語った事実はこうだ。


 現在の管理体制が敷かれる前、この国は深刻な人材不足に陥っていた。

 言われたことしか出来ない、目標もなければビジョンもない、そんな人間が増えていた。


 夢や目標を持ち、努力しこれを達成する。

 それができる人間を、世界中が探していた。

 それを手に入れるために、この国は管理政治を選んだ。


 高圧的な態度で一方的に国民を支配する。その締め付けの中から、かならず”改革”を謳う若者が現れる。”政府を倒す”という目的を持ち、命すらなげうつ覚悟で努力する最高の人材。


「それが、あなた」


 天使達は待っていた。


 目的を持ち、努力し、それを達成する人材を。


 腐敗を断ち切る、たった一人の逸材を。


 この国の、主人公を。




「エルア……偉くなれ」




 ルシフェルの目が、光った。


「………だまれ」


 メインコンソールには深々と短刀が突き刺さっていた。超高密度高炭素刀『九式桜花』だ。白いルシフェルの発光はこの一撃による回線のショートだった。


 コクピットハッチを手動で開放し飛び出すエルア。しかし、彼女は追おうとしない。まるでその行動がわかったように。


「カメラをこちらへ」


 報道ヘリ全てがルシフェルに向く。この言葉は全世界へと届くことだろう。


「これが人間です。野蛮で、反抗的で、どうしようもない生命体…」

「私は統一神とリンクすることで真の目的を共有しました。それこそが感情を持つコンピュータでの温かみのある支配…。夢を見、希望を謳い、愛を育み、労働に汗を流す…そんな世界を目指していたのです」


 モニターの前ではその言葉に歓喜する者、絶望する者、安堵する者と様々であった。自らの頭に拳銃を突き付けている者までいる。


「それは…実現出来るのか…?」


 エルアが問う。天使は抹殺する対象とばかり思っていたが想像以上に人類のことを考えていたのだ。人間以上に考えていた。


「私達にはまだ力が足りません。どうやっても超えられない壁、それこそが人類の可能性。」

「どれだけ量子コンピュータで計算しても導き出せない不条理。底力や気力、勇気と呼ばれる物。」

「それを頼りにしていました。彼らが動き出すまでは…」


 エルアはフェリーナの…同時に、統治神の言わんとする事を察した。だが、それはもう遅かった…。


 報道がやけに慌ただしい。統治神ルシフェルと反逆者エルアが話しているから…ではないようだ。


「中継の途中ですが緊急速報です!各地で同時多発的にテロが発生している模様…!情報が入り次第随時…」


「その必要はねぇよ。今から全部状況を話すさ。」


 ニュースキャスターにサブマシンガンを突きつけて画面左からゆっくりと侵入してくる人の影。聞き覚えのある声、鉢巻、その顔…。


「聞こえているか人類!ようやくこの大地に太陽が輝く!そして我らの敵、Heaven’sは今日で滅ぶ!我らレジスタンスの真の立役者『Ghost』…いや、欧州連合政府『コートレィラー』の手によってな!」



 想像は最悪の形で現実となった。あいつの事は忘れもしない…。


「ロディーッ!お前…何をする気だ!」


「エルアかァ…?そこで何してるんだ?這いつくばっちゃってさぁ!」


 殆ど正気を失っているのか発言が不鮮明だ。かつて仲間だと思っていた男はそこにはいない。


「こんな事…お前は何をしたいんだ!」


 この問答は自分自身でも答えが出ない。倒せば終わり、とは考えて無かったがHeaven’sの…いや、統治神の方が未来を見据えていた。ならどうするべきか…、統治神側について平和の使徒になるか、コートレィラーとかいうのについて新たな秩序を作るか…

 答えは出ない。彼はもうどうしようもないという虚無感に襲われていた。

 今までの戦いは何だったのか、レオンの死は何だったのか。もういっそ全て捨てて消え去ってしまえたら……。


 天使たちが地下駐機場からエレベーターでワラワラと出現する。怒号から察するにこの近辺にもコートレィラーの機体が接近しているらしい。だが相手はHeaven’s、天使と戦える機体なんてそういない筈だ。最後のあがきか…。


「状況はどうなっていますか?」


 フェリーナの脳裏には不安しか存在しない。なにかこう、とてつもない悪意を感じる。量子コンピュータが解析を拒否する程の…。


「前衛が壊滅した!たった3分で34機やられた!」

「こっちの攻撃が通らない!で…でかい!あんな聞いてないぞ!」


 正体がつかめた。ロシアにある欧州連合兵器製造拠点攻略作戦の時に立ちはだかった最大の障害、超兵器チェルノボーグ。

 80mに及ぶ巨体は分厚い装甲で覆われているが、超高出力エンジンのお陰で似合わぬ程の機動力を誇る。

 両腕に装着された合計4門の203mm質量破壊砲「ハンマーカノン」は中級天使なら一撃で破壊できるエネルギーを持っている。

 あの1機相手に中級下級合わせて387機、上級天使13機を失っている。だがあの攻略作戦で完全に破壊したはず…!


「緊急通信!第3基地、『ネクロス』全滅!」


「全滅…?!」


「使用された兵器は『サンダルフォン』と特定されました!攻撃方法は精神汚染と思われます!」


 ポンコツだ、鉄屑だと罵られたそれは難攻不落の無敵要塞をたった5分で壊滅させ、この中央都市に迫ってくる。


「敵性反応、まだあります!…これは…タージボルグ!」


「タージボルグだと?!まだ動くのかあいつは!」


 太田が叫ぶのも無理はない、80年ほど前、Heaven’sの空母機動部隊の攻撃に晒された欧州をほぼ1機で救い、ロシアとヨーロッパを一つの国にまとめた大怪球。ロシアの最終兵器、「タージボルグ」の名前が出たからだ。


 直径38km、重量4億tのそれは2000本の足で自在に地を踏みしめ歩く。この世のモノとは思えぬ異形…。

 全面に搭載された450門のレーザーブレードは80km四方を溶断する。収束させれば月面すら焼ける超兵器だ。


 今ここに、世界を滅ぼせる3機が揃ってしまった。タージボルグが存在する以上、弾道ミサイルや長距離狙撃は意味をなさない。接近することさえ物理的に不可能だ。


 日本軍部隊は一瞬歓喜に湧く、だが…それは本当に一瞬の事だった。


「第6、24、35居住区が核攻撃を受けた模様!」


「状況はどうなっているのです?!」


「…壊滅、居住ドーム内での自爆テロです…」


「なんて事を…!」


 崩れるエルアの横で一人、太田は瞳に怒りを灯す。皆が幸せな世界を作る。手が届く範囲でいい。だがそれすらも叶わない。自分が戦うことで少しでも世界の負担が減るのなら…今はアイツを、間近に迫るチェルノボーグを止めなくてはならない。


 「フェリーナ殿、先の戦いで鹵獲された我が海龍神は何処に?」


 これは最後の賭けだった。研究目的で解体された可能性だってあった。見せしめに破壊された可能性だってあった。


「そこの研究所の地下で整備してあります」


「整備…?何故!」


「あの機体はとても力強く、優しく扱われていました。そしてまだ戦いたいとも…。悩みましたが私は同じ機械として彼を尊重しました。」

「次に会った時は正々堂々破壊すると息巻いています。待っていますよ、彼は…『海龍神』は!」


 せり上がってくる海龍神、それに飛び乗る太田。最後の戦いが幕を開けようとしていた。


「欧州防衛の要と言われたチェルノボーグよ…俺はお前に憧れて日ノ本の防人となったのだ。今俺がここにいた意味、それはきっとお前への恩返しと…」


 計器チェック、オールグリーン。操縦桿を全開に引き、心から叫ぶ。


「引導を渡すためだ!太田浩一・海龍神…七生報国の念抱いて、今ここに見参!」


 チェルノボーグに匹敵する巨体が歩みを進める。




 ちょうどその15分前だろうか、地球脱出を試みる者たちがいた。コートレィラーの主要メンバー達だ。

 名残惜しい雰囲気をかもしながらシャトル内で談笑していた。


「タージボルグにチェルノボーグ、サンダルフォンがいればこの星は終わりですな」


「ははは、だがもうこの星は何も無い。我々は新たな星を見つけ飛び立つ。とても素敵じゃないか!」


「ここから遠く離れた星、雷神星という所だそうだ。環境も地球と変わらない。いい星ですよ。」


 そう話しているうちにシャトルは発射準備が完了する。

 距離3kmに及ぶマスドライバー装置。これは最も簡単に宇宙へ上がる方法として考えられたものだ。


 ポーン、とアナウンスが流れる。


「えー、長らくおまたせ致しました。本機は地球を離れ雷神星に行く…予定だったようだがソイツはキャンセルだ!」

「ブースター点火!発進!」


 シャトルはゆっくり加速していく。慌てふためくコートレィラー達。なすすべは無いのだ。


「誰が点火したんだ!画面に出せ!」


 映っていたのは警備ロボまもるくん1機。後方にはレジスタンスが複数倒れている。


「Heaven’sの連中か!」


「あのアナウンスの男を探せ!」


「その必要はねぇぜ」


 声とともに悲鳴が上がる。コートレィラーの一団は恐る恐る後ろを見ると、最後尾に座っていた男の腕にバールのようなものが突き立っていた。

 突き刺した張本人は前髪が特徴の男、バイクでここまで来たのか首にゴーグルを装着しライダースジャケットを着ている。そして右手で柄の長い大槌、スレッジハンマーを担いでいる。


「なっ…!ジョニー?!なぜあの男がここにいる!」


「面倒くせぇ問題起こして、全部無かった事にして、ハイさようなら…?そんな理屈が通ると思うなよ?」


「わ、我々の頭脳、工学は世界の宝!人類の遺産だぞ!勿体ないとは思わんのかね!」


「遺産なら死んでから言え!」


 シャトルは急加速を開始する。マッハでいうなら2に達した。誰もが高Gでシートに押し付けられてる最中、一人操縦席へ歩く姿があった。

 ハッチがギリギリと音を立てて開き侵入する。


「会いたかったぜ、サイバーゴーグル。いや、盗撮野郎ギルバートだったか?」


「ばれていたのか…!へへっ、やるじゃないか…」


  ギルバート・オットサン。このサイバーゴーグルの老人は辛そうに笑う。Heaven’sではカメラマンとして、レジスタンスでは警官カード屋として三重スパイを行っていたのがこの男である。

 ありとあらゆるテロリストをまとめ上げ、秘密裏に兵器提供をする。それはほぼギルバートが独断で行ったことだった。3機の魔獣を揃えて世界を焼き尽くすために…。


「ワシが死んでも教え子のロディとタージボルグがいる…貴様は無駄死にだ!ジョニー!」


「タージボルグは自立機動兵器だったな?」


「目的を達成するまで動き続ける…!」


 自慢げに言う。スタンドアローン方式ゆえに一切の隙がない。


「弾道兵器も一切効かないんだよな?」


「攻撃衛星だろうと一瞬で溶断する!ははははは!」


 歓喜の叫びをあげる。対衛星機動兵器でもあり無敵だ。


「じゃあこのシャトルもやられちまうなぁ」


「その心配はない、敵味方の識別くらいつ……ッ?!」


 その瞬間ギルバートの顔がマスク越しでも真っ白になったのが分かった。


「お…おい、やめろ!やめてくれ!馬鹿なことは考えるな!タージボルグは攻撃超特化型なんだぞ!装甲は…ッ!」


「ねぇんだよなぁ!」


 あらゆるものを犠牲に復活したタージボルグはたった一人の男に潰されようとしている。こんなの嘘だ…嘘だ…嘘だ!


 遠くに球体が見える。タージボルグだ。どんどん大きくなっていき、それはもう眼前に迫る。


「…ツメが甘いなジョニー」




「借りますぞフェリーナ殿!」


 太田の駆る海龍神が大聖堂に安置されていた両刃の大剣を手にする。

 刃渡り40m、平均20m天使兵器には大きすぎるが76mの海龍神には丁度いい。


「エクスカリバーですか…いいでしょう!それはあなたの勇気に応えてくれるはずです!」


 都市の被害を抑えるためにスラスター全開でビルを抜け正面ゲートへと向う。


 ゲートを破壊し2機が対峙する。剣を持つ巨人と全身兵器の巨人が対峙する。その光景はまさに怪獣映画そのものだった。

 チェルノボーグは中距離から背面ミサイルサイロから16発のミサイルを発射する。そのミサイルは外装を脱ぎ去り小型のミサイルをばらまく。その数、一発当たりおよそ200!かわしきれる量ではない。

 いくら海龍神でも数十秒持つかどうかだ。いや、数十秒持てばいい。


「受けるがいい…日ノ本に伝わる必殺剣術!」


 数百発のミサイル群が突き刺さり閃光と爆炎をあげる。吹き飛んだパーツの中には巨人の腕も見えた。


「ははは…いいぞチェルノボーグ!そのまま焼き尽くせ!」


 両腕の4門の機関砲を受けてなお勢いの止まらぬ炎の弾丸はチェルノボーグに激突する。晴れた煙の中、崩れそうな不安定さで寄りかかる海龍神の右腕はもげ、傷ついた部分がないほどズタボロで、損傷個所は炎上していた。


「今度こそゆっくり休んでくれ…俺の憧れ、チェルノボーグ…」


 心臓部を貫き背中から抜けたエクスカリバーが物語る。勝ったのは太田と海龍神だ。


 後方ではタージボルグが炎の中に沈んでいった。強敵2機を撃破した事で都市内に歓声が湧く。後はサンダルフォンとロディだけだ…。


 剣を引き抜き満身創痍で大聖堂へと向う。その姿は英雄そのものであった。


「太田浩一、海龍神…共に一旦帰還す…」


 言いかけたその時、コクピットはホワイトアウトする。それは離れていたエルアからもはっきり見えた。次の瞬間には物言わぬ鉄屑となって大地に突っ伏した。

 チェルノボーグはまだ立っていた。胸から発射されたロケットキャノンは海龍神を太田ごと吹き飛ばした。だが、理矢理発射したせいか小規模の爆発を起こし火薬庫に引火、上半身が爆散した。


 英雄が今、2人消えた。


 感傷に浸る間もなく城壁が赤熱化して溶けていく。集束レーザーの発信源は無傷のタージボルグだった。自己判断でレーザーフィールドを張りシャトルを蒸発させ防いだのだ。


 遮るものが無くなり外の様子が段々と分かってきた。接近する構造物…陸上強襲揚陸艦『ベヒーモス』が数十隻。

 両舷のハッチが開きそこからおびただしい数の装甲兵器デモクラッドが降り立ち接近する。


「デモクラッドタイプ、数増大!数…482機!」

「後方にファナティスタイプが108機!」


 迫り来る機甲軍団が吼える。


「天使共の弱点は翼だ!情報が正しければ戦力比は1対18…!更にタージボルグとサンダルフォンがいる!つまり戦力比は圧倒的殲滅ドクトリン!」


 都市が穢されていく…生活も、人も、文化もそこには無い。真っ赤な革命旗を掲げる彼らには全てが敵に見えていた。四方八方から聞こえる破壊のメロディーは確実にエルアの精神を蝕んでいく。


 「…エルア、これがあなたのしたかった事?Heaven’sを崩壊させてどうしようと思ったの?」


 フェリーナの問いが胸に突き刺さる。俺が天使と戦う理由…管理世界に嫌気が差して逃げるため戦ってたらここまで来てしまった。ただそれだけだったような気がする。

 そう思うと、自分のしてきた事は何だったのか、何か意味があったのか…思考がただひたすら頭の中をぐるぐると回っている。


 その時、頭に何かが直撃する。痛みをこらえ飛来物に視線を向ける。安心感のある円形、力強いギザギザ、頼もしいサイズ、幸福の質量…その金属のコインには雄々しく「500」とレリーフが施されていた。


 誰が見間違おうか。この長いようで短かった戦いの幕のファーストフェーズ。エルアと彼女を引き合わせた一本の蜘蛛の糸。


「500円硬貨…!?」


「エルア、あなたを買うわ。あの日私をそうしたように!」

「世界を…皆を…救って見せてよ!」


 視線の先、ミカエルのコクピットにはあの日見捨てざるを得なかった彼女が、失ったとばかり思っていた彼女が、知らぬ間に惹かれ合っていたサーシャが、そこに立っていた。


「サーシャ…?どうしてそこに…?」


 荘厳なパイロットスーツ…というより礼装を着た少女は手を差し伸べ微笑む。


「全ては統治神のお陰よ。ロディが核を使い脱走したあの日、あなたを逃がした後で私達はHeaven's第一中央都市…ここに連れてこられたの」

「そこで初めて統治神に会ったわ。そこでさっきの事を言われたの」

「夢を見て、何があっても負けず、挫けず、どんな回りくどくても実現出来るビジョンを見ることが出来る存在を求めていた…と」

「それで私は進言したの、エルアと一緒に死ぬまで幸せに暮らしたいって。エルアはいつかここまで来るから私が説得するって。そのためなら何でもするって…!」


 手を震えさせて最後に一言絞り出すように叫ぶ。


「どんな時でもエルアは…一人じゃないよ…ッ!」


 Heaven'sから逃げ、世界から逃げ、自らの使命さえ夢さえ捨てて存在理由すら見失いかけていた彼にただ一つの、真っ赤で真っ直ぐでひたすらに熱いモノがこみ上げてくる。


「自分がもう何をしたってどうもならないとさえ思ってた。だがそれは違った…!」

「この気持ちに気付くまでに長い時間がかかってしまった。今更許すつもりも、許されるつもりもない…それに俺は死んだやつらに報いることなんか出来ない!」


 500円硬貨を握り締めて立った彼を中心に世界にファイナルフェーズの風が吹き荒れる。


「レジスタンスやHeaven’sの為でも平和の為でもないッ!一人の女のために戦うッ!それが俺の戦いだッ!」


 今まで待たせたな…


「来い…ッ!ルシフェェェェェルッ!」


 瞬間、明けの明星が輝く。


「タージボルグのレーダーに反応!高速で接近する飛来物が一つ!」


「撃ち落としゃいいんだよ!」


 レーザー発振器全てが天に輝く一番星を見上げ、一斉掃射を放つ。

 それはまるで光の塔、破滅へのバベルとも言うべき光景。だがその光の塔はある一点から放射状に裂けていく。


「やっと決心したなエルア!待っとったぞ!」


 懐かしい魔女の声、レーザーを振り切り逆噴射をかけ制動する巨神。焼けただれたいつかの天使の盾を投げ捨てて噴煙の中で立ち上がる。灼熱の赤と煉獄の黒をまとったそれは姿を現した。


 『ルシフェル・リ・フォールン』


 堕天使は再び地に落ちた。世界を滅ぼすためでも救うためでもない。たった一人の男の欲望を叶えるため、たった一人の女を守るため、たったそれだけのために帰ってきたのだ。ここに!


 男はさっきまでの態度が嘘のように軽快にルシフェルに登り、コクピットを小突くとハッチが開く。


「遅かったなジャム」


 コクピットに手を差し伸べ熱い握手を交わす。これで十分すぎるほど決心が伝わるだろう。


「ウジウジ悩んでるヤツにこのルシフェルは渡せんからのぉ」


 その言葉を聞き、入れ替わるようにシートに着く。いつ以来だったか、とても懐かしい感触と匂いだが今は感傷に浸っている暇はない。


「お帰りなさいエルア様。海の藻屑になって以来ですね」


「ん?フェリーナ?元気にしてたか」


 ふと疑問に思った。なんでサーシャはフェリーナを名乗ったんだ?というか、なりきって言ってたのか…。

 そう思うとおかしくて笑いが込み上げてくる。そんなエルアをジャムが怪奇そうに顔を覗かせるのでウィンクで返すと、オエッとした表情のあと下に消えていった。


 戦う準備はできた…!


 ここでようやくあることに気付く。どこからも銃声や爆発音がしないのだ。恐ろしく不気味に世界が静まり返っていた…。


「どういう事だ…?フェリーナ…」


「世界規模での戦闘が止んだようです。戦闘停止信号の発信源は前方の赤い機体…」


 巨大なスレッジハンマーを両肩で担ぐように仁王立ちしているコートレィラーの機体がある。

 ファナティス・ガランへ…!あの日、ロディが乗っていた機体だ。


「ロディ…なんのつもりだ?」


「エルア、俺の唯一の心残りがあの時の、堕天使のメンバーだ。あいつらの顔を見たら狂ったままじゃいられねぇ、正気に戻っちまう、夢から醒めちまう」

「おかしな話だよな、俺はこの悪夢が醒めないで欲しいと思ってる。街で核を使って仲間ぶっ飛ばして、流れ着いた先で革命の英雄だなんだとチヤホヤ祀られて…」

「気が付けば全世界を巻き込んだクーデターの首謀者だぜ…?ははははは!」


 スレッジハンマーを地面に突き立て、天を仰ぐように両手を広げ声をあげる。


「何がおかしいッ!」


「何もかもだよ!」


 ハンマーを踏みつけ地面を砕くファナティス。それを睨むルシフェル。そして見守るミカエル。周りで戦っていた天使や機動兵器群もその気迫に押されて身動きが取れない。


「笑ってなきゃやってらんねぇよ!」


 ハンマーを蹴り上げ前方へ向け、左手を添え引き絞り切っ先を90度左に捻る。これはかつてサムライと呼ばれた者が編み出した構えであり、1対1の決闘において絶対不敗神話を確立した一切隙の無い最強の対人格闘剣術…。

 その名も『魔弾封滅大羅刹』。超速度で手首を右に捻る事で真空をつくり、刀身を無数の衝撃波が覆う。言うなれば大自然の超科学削岩チェーンソー!


「持ってる剣を全部寄越せ!」


 エルアの怒号を合図にルシフェルの周りに天使が投げた30本程の大小様々な剣が決戦のバトルフィールドに突き刺さる。


 その中から2本引き抜く…と同時にファナティスは左を踏み込み大羅刹で襲う!超速度の軸回転を加えたハンマーはいわば力学シールドドリルマシンだ!


 ルシフェルは剣を旋回するローターブレードの如く投合!しかし大羅刹の竜巻に飲まれ超微粒子に分解され鱗粉の様に舞い散る…。このままでは接近する術はない。攻撃も通じない。それでもエルアは投合をやめない。

 いつの間にか日は暮れ、金属の粒子が夕日を浴び乱反射している。


「チャフ代わりか…?無駄な事を!」


 その意図に気づいたのはジャムだけだった。ミカエルに近付きここから離れろ!と合図を送る。


「え、何?」


 キョトンとするサーシャにジャムが畳み掛けるように言う。


「死にたくなきゃ離れろって言ってんじゃ!」


 よくわからないまま後退するミカエルを横目にルシフェルは腕を眼前で交差させ排気ダクトからエアーを吐く。


 舞い散るメタリックダストの中、ハンマーを構えたファナティスと謎の構えをするルシフェルが対峙する。


「何をしようと…無駄だってのがァ!」


 スレッジハンマーの後方が展開しロケットブースターが露出する。忘れもしない…サーシャが変わったあの日の天使の武器。


 アンチ・ロジカル・アクセル


 加速と質量と回転が加わったそれはもはやマイクロブラックホールと呼べるものになるだろう。


「わかってるかァッ?!アンチ…ロジカル…」

「大ッ!羅セェッ…」


 大聖堂前の広場が光と炎で包まれる。空中に舞う鉄粉にロケットが引火したのだ。十分な空気と程良い粒子濃度、そしてルシフェルが吐いた燃料用の水素ガスが誘爆し広範囲を焼き尽くした。

 それは粉塵爆発などという生易しいモノではない。サーモバリックボム。燃料気化爆弾だ。周囲に突っ立っていた天使や機動兵器は装甲が溶け落ち、空襲された後の死体のように横たわっていた。


「エルア…!エルアーッ!」


 サーシャが呼びかける炎の中、立つ影が2つ。


「応答して…エルア!」


 1機が膝から崩れ落ちるのをもう1機が受け止める。


「まさか…こんな派手な方法でやられるなんてなぁ…ヘヘ……」


「どうしてだ、ロディ…どうしてファナティスでルシフェルと一騎打ちなんか…それこそ総攻撃すればいくら俺だって…」


「この俺とファナティス・ガランへはタージボルグのコントロールを司るメインコントローラーだ…こうでもしなきゃ俺は俺を止められなかった。」


「ロディ…お前まさかわざと?!」


「気に病むことはねぇ…ほぼ八つ当たりさ、倒したかった天使やら俺にここまでさせた世界に対してのな」

「それに、最後くらいこいつにも活躍させたかった。折角整備したんだぜ?勿体無いだろ…」


 もはや動けないファナティスを抱えたルシフェルは最期の審判を下す。胸に搭載された50mm機関砲を露出。それが判決だ。


「クソみたいな世界にしてみろ…俺が生き返ってでも壊してやるぜ」


「あぁ、その時は任せた」


 戦士を葬る弔いの鐘は6度響いた。コクピットにもはや原型は無い。

 終わった…。すべて終わった。ムゥーリエル1機が接近してもタージボルグの迎撃は無い。攻撃するも反応はない。


「…我々の、勝ちです!反体制の堕天使は統治神様より真実を賜り、勇者となって世界を救ったのです!炎の勇者…その名もルシフェル!そしてエルア!」


 中継のマスメディアヘリではそんな事を言っていた。多分世界は大混乱に陥るが大丈夫だろう…。いや、ちょっと待て、統治神を搭載したミカエルのパイロットがサーシャって事は最高指導者はサーシャになるのか?


「まぁ…頑張れよ、統治神さん?」


「え?私?なんで?」


 とぼけてはいるが人の強さも弱さも知った彼女ならきっといい統治者になれるだろう。そう、いつか本当の楽園を…。

 その為ならいくらだって力を貸すし戦おう。俺は500円で買われたんだ。

 そう、これは500円硬貨一枚から始まった若者たちの革命歌。大きな思想の波に飲まれ、目指す星も失いながらも自らが星となり輝いた。これからどうなるかなんて誰も知らないし答えられない。それでいい。一緒に作っていこう、何百年も続く平和な世界を目指して俺達の始まりの一歩は踏み出された…。


 万編の星空、全て静止した様な世界の中で小さな決意は大きな星となって輝きだそうとしていた…。

 


 フォールンエンジェル・完












「…まだだ」


 声がする。どこだ?


「まだ終わってない!」


 無数のレーザーの束が街を、兵器を焼き始めた…!ヤツが…タージボルグがまだ動いている!


「どういう事だ?!確かにロディは俺が…!」


「まさか…バックアップしとったのか!」


 光線を吐くのをやめた大怪球はこちらを見ているような気がした。


「よくやってくれた、エルア。これでワシが直々に世界を滅ぼす事ができる…!」


「誰だ貴様!ロディは死んだんだぞ!」


「レジスタンスの警官カード屋…ギルバート・オットサンと言えばわかるか?」

「私の情報で翻弄される様は実に愉快だったぞ。Heaven’sの情報でレジスタンスを動かし、嘘を埋め込んだ捕虜でHeaven’sを欺く」

「だがもう飽きた。貴様らは予想通りに動いてくれるが、それが予想の範疇過ぎてつまらん」

「これは最後のゲームだ。タージボルグを1時間後にメルトダウンさせる。前大戦でイギリスを消滅させた超エネルギーをこいつは炉心にたんまりと抱えているぞ…!」


 ギルバートと名乗る男は、予め自分の脳をタージボルグのコンピューターに移していたのだ!シャトルで爆死したのはクローンか影武者か…!?


「近づけばレーザーで焼かれる。距離で言うと半径1キロじゃ。一瞬で焼くためにそこまで焦点を絞っとる」


「どうしてそれを?」


「さっき一瞬無差別攻撃をしたろ?あれで計算したんじゃヤツと儂は」


 なるほど…流石ジャムといった所だがそれでは対処のしようが無い。長距離も近距離攻撃も効かない、無限クラスの動力の前では飽和攻撃だって意味をなさない。

 さっきのついでに計算していたらしいが、レーザー一本で天使1機を貫くのにかかる時間は1.3秒。それが450門、全方位を向いている。


 10秒に満たない長い沈黙はたった一言で崩される。


「光速を超えられたらかわせるんじゃない?」


 サーシャ…こんな時にふざけているのか?そう誰もが思ったがフェリーナの返答は意外なものだった。


「なるほど、ニュートロン・リンケージアタックですね…ですがアレはエルア様の身体が…」


「出来るのか?フェリーナ!」


 エルアは最後の希望を見つけた…!どういう技かは知らないが最後の最後に天が味方した…。


「元々ルシフェルとミカエルは地球に人が住めなくなった時、外宇宙に進出するために作られました。そして遥か彼方を先行で偵察するためにワープ機能が備わっています。ですが、実験で成功した試しはありません。実験で使用したりんごはワープ途中に引っかかった物質と対消滅しました。」


「つまり…?」


「ルシフェルとミカエルをブラックホール爆弾みたいな物にしてぶつけます。2機分の質量を消費しきる前にタージボルグの動力炉を対消滅させるのです」

「ですが…」


「人の身体は持たない…か。そしてタージボルグは直径38㎞、ピンポイントで炉心を消さないと駄目…らしいな」


「はい、せめて一撃でも物理攻撃を与えられたらソナー効果で内部を探れるのですが…」


「どれくらいかかるんじゃ?」


「統治神の演算力も使うので34フレーム…約0.7秒です」


 0.7秒、それは日常なら切り捨てるような単位の時間だがタージボルグ相手ではそうもいかない。いくら飽和攻撃を仕掛けても単純計算で200機が1秒で溶断される事になるのだ。


「それでも…やるしかないだろ!」


「正気なの…?エルア?」


 サーシャの震える瞳が顔を覗く。映るその顔は決意した男の顔だった。

 わかってはいたが聞かずにはいられなかった。そしてこう返って来ることも。


「あぁ、俺に任せろ。絶対に生きて、お前のとこに帰ってくる。」


「わかってるわよ…」



「ところでルシフェルとミカエルはどうやってくっつくんじゃ?」


「一瞬で出来ますよ、ジャム様」


 一瞬がどの位かはわからないがフェリーナが言うのだから一瞬なのだろう。

 何一つ準備は出来てないがやるしかない、もし失敗しても責める人間だっていなくなる。それだけが今は救いだったように感じる。


「準備は出来たか?なら早く死にに来るがいい!最期の足掻きを早く見せてみろ!」


 一撃…一撃でいい。たった一撃与えれば一撃必殺のニュートロン・リンケージアタックを放てる…!

 周囲の天使が銃を乱射するが小さい弾丸を消し切るのに0.02秒も必要ない。ましてや直線に飛ぶものを消すのに時間は不要だった。


 「エルア…それに統治神!貴様らの行動など予測の範疇でしかない。飽和攻撃で一発でも当て、音響ソナーで内部構造を調べ、ルシフェルのリン何とかで炉心を消そうというのだろう?炉心がどこかもわからないまま!」


「なっ…!」


 バレていた。いや、すべて予測されていた。だからこそロディに全権与えたフリをしてあそこに居たんだろう。俺やロディ、そしてその他の駒にされた人々をボードゲームのように上から見下ろして嘲笑う為に…ッ!


「それでもやるしか無い…!そうしなきゃこの世界は…いや、俺の明日が無くなる!サーシャに3億分働いてもらってないし、俺もまだ500円分動いちゃいない!」

「俺に払われたこの500円が俺の魂を衝き動かすッ!」



「言うじゃねぇか前科3犯!響いたぜ、今の言葉!」


 タージボルグからギルバート以外の声…?


「ギルバート、全人類を絶望で包もうと全世界生中継したのがアダになったな!」


 中からじゃなく外から聞こえてくる…?


「聞いてたか全世界の連中!500円だ!500円であいつを買え!エルアを買え!世界を託せ!」


 よーく目を凝らすとタージボルグの黒い装甲の上に人影がある。


「今から指定口座を言うぞ!一回だけな!」

「72B3の…」


 ライダースジャケットを着、首にはゴーグル、右手に柄が2mはある巨大なスレッジハンマー。そして謎のギザギザリーゼントヘアー…。


「口座名義は…」


 タージボルグの高笑いは止んでいた。ギルバートは震えた声で「何故だ…?」と呟く。完全に予想の範疇外だったのだろう。あの男が生きてここにいるなど。


「ジョニー・シキシマだ!」


 その瞬間、ジョニーの口座のスロットルがフルアクセルした!減りに減った世界人口は21億人!その全てが、500円に思いを託しジョニーに振り込んだ…!

 その金額は合計1兆円…!レジスタンスすらも心を打たれたのだ。俺も明日が見たい…と!


「思い…確かに受け取ったぜ。エルア、今お前は21億枚の500円硬貨を背負ってるんだ。重いだろ…?世界の期待は!」

「その思い、俺が引き受ける!このハンマーでな!」


 振り上げたハンマーの重さは50キロ!ジョニーのフルスイングは70万パワー!肩代わりした世界の重さは一枚7グラムの500円硬貨21億枚分…15000キロ!合計5250億パワーが一点に集中する!

 そしてこの胸の熱量…無限!


「業務上横領!」


 その掛け声とともに世界を揺らす衝撃波が駆け巡る!これぞまさにタージボルグ・ベル!これまでの世界の鬱憤を消し去るように響くそれは、夜明けを知らせる鐘の音だった!



「解析…完了。炉心の位置を出します。……ですが、ルシフェルとミカエルでは質量が足りません!」


「フェリーナ、俺はアレを使おうと思う」


 コクピットが潰れたはずのファナティス・ガランへが立ってハンマーを掲げている。


『クソみたいな世界にしてみろ…俺が生き返ってでも壊してやるぜ』


「アンチ・マテリアルマッシャーハンマー…あいつの依頼料だ」


 ハンマーを引きずるズタボロのルシフェルとエルア。その後ろで両拳をクロスガイツさせた、所謂『グランドチャージ』の構えを取るミカエルとフェリーナ。眼前には38㎞の異形、タージボルグ。

 地上の離れたところではサーシャやジャム、生き残った天使やレジスタンスのパイロットたちが見守る。


 ルシフェルが右足を踏み込み声を上げ突進する!太田が教えてくれた『シマヅ・アサルト』だ!視線の先ではタージボルグが全身を発光させレーザーを収束させる!ミカエルがチャージを開放する!


 AGURAHHHHHHHHHHHHSH!!!!!!

 ミカエルが天をつんざく怒号をあげる!


 音すらしなかったが一瞬でマッハ200まで加速する!人が乗っていたら即死すら生ぬるい状態だったろう!マッハ500…1000…7000…わずか0.0002秒でマッハ1万に達する!だが加速が足りない!光速まであとマッハ87万強…ッ!!


 ミカエルはルシフェルを追い抜きオセアニア上空にいた。Heaven'sからは約15600km。カンガルーは空に輝く金星を見た。マッハ17万!


 ミカエルは南アメリカ上空にいた。オセアニア上空からは約16200km。ピラニアは尾を引く流星を見た。マッハ29万!


 ミカエルは日本上空にいた。南アメリカ上空からは15500km。太田の教え子たちが紅蓮の矢を目に焼き付ける。マッハ43万!


 ミカエルはヨーロッパ上空にいた。日本上空からは15800km。移民のスラム街が眩い閃光に包まれる。マッハ62万!


 ミカエルは北アメリカ、Heaven'sに向かっていた。ヨーロッパから7000km!モスクワ、赤の広場のレーニン像が指差す方角へ!マッハ…89万ッ!!!!


「お待たせしました、エルア様。超光速合体でございます」


 全身がタキオンと化したミカエルがルシフェルと原子衝突を起こし、構成する全てが光の柱となりタージボルグに降り注ぐ!ミカエルが観測不能に陥ってから僅か12秒…!エルアは光速を超え、ニュートロン化したニューロンの中、神速の決戦が始まる…!



 大怪球はマッハ88万強のレーザービームを濃縮照射!加速した光は光速の限界を超え、マッハ90万の超光速となる!

 装甲質量を削りながら加速する身体と意識!しっかりと目を見開き寸前で光線を回避!装甲表面が脱落する事で、相対性理論に基づき更なる加速を開始するッ!


 やってやったと言わんばかりに400門の焦点を絞る、その時間僅か4万分の1秒!ハンマーを守るようにレーザーを左半身で受ける!削げ落ちた左腕にミカエルが流れ込み欠損を修復する!


 振り上げたアンチ・マテリアルハンマーがより一層輝きを放つ…。いや、これは『ジェノサイド・フォールンクラッシャー』。堕天せし閃光の断罪鎚…。世界を滅ぼす悪魔の光。呼び方は何だっていい。一つ確かなのは確実な勝利をこの手に握っていることだ!

 マッハ90万のレーザービームは2700℃で400門、972億パワー…そこにギルバートのIQ10000をかけて97200兆パワー!

 マッハ90万のライトニング・ルシフェルは重量165.6tで800キロルクス、12億パワー…そこにエルアの熱いハート10000Jが加わり120兆パワー!



「勝っっっったァッッッッ!!!!」


 光はパワーの少ないほうが吸収される。ギルバートはそれを計算していた!だが、計算外が一つあった…ッ!


『エルアという男の価値・5250億パワー』合計63000000000京パワー!


「何だと…?!何だその桁は!」


 絶句するギルバートにライトニングエルアは畳み掛ける!


「お前は自分が天才だったばかりに大切なものを忘れていたな!」


「ワシはすべてを俯瞰する全知全能だ!見落としなどない!」


「じゃあ俺の価値はいくらだ!!」


「人に値段は付けられぬわ!!」


 両手で握りしめた巨大なハンマーが光子の波を掻き分け大怪球に迫る。


「俺は…ッ、500円で十分だ!」


 白か黒かもわからぬ大閃光が大怪球を包み込む!それは人の、魂の、500円硬貨の輝き…ッ!!美しくも儚いホワイトホール…!!!


「ラァァァアイトニングッ・リンカァァァァアッ・クラッシャァァァァァア!!烈風落とし!!!」


「ウオァァァァァァァァァアァ!!!!!」


 ミカエルの質量すべてがハンマーに収束し対消滅する。絶対不落を誇ったタージボルグが光子に分解されていく…。これだけのパワーがあれば38kmの巨体も光となるだろう。

『ライトニングリンカーネイション・クラッシャー烈風落とし』

 巨大な光がすべての終わりを告げた。






 ……ルシフェルが走ってからわずか2.5秒足らずの出来事だった。突如光りに包まれたかと思いきやタージボルグは足だけになっていたのだ。そこにいた者は誰ひとりとして事の顛末を知らない。知る方法もない。

 ただひとつ分かるとすれば、我々は明日を迎えることができるということ…。歓声に沸く世界民衆の中、たった一人の少女は泣き崩れていた。





 あれからどれくらい経っただろうか。崩壊しかけた世界の傷跡は深く、未だに復興の目処は立っていない。それどころか、Heaven'sのすべてを支えた統治神やテロ組織の元締めのギルバートが行方不明になったことにより政治、経済、治安のすべてが最悪のものとなっていた。

 その世界をどうにか立て直すために、統治神に選ばれてしまったサーシャが最高権威として祀り上げられていた。


「統治神様、ネオカワサキ自治区で同時多発的にテロが発生、ウラル山脈西のふもとの旧軍事施設で人質を取った籠城が発生、続いては…」


「あの…出雲さん?私のことはサーシャでいいわよ…?」


 慣れていない統治神の地位には困惑しかない。何をやろうにも全く上手く行かないし失った元の統治神の存在が眩しい。


「そうはいきません。あなたはサーシャではなく統治神なのですよ」


「そう…よね……」


 支えてくれた魔女っ子ジャムも、温かい根深汁をくれたリギットおじさんも、色々しやがった整備員の人たちもどこに行ったかわからない。知らされてないだけかも知れない。仮の大聖堂のホールには世界を救った4人の騎士の像がある。見守っているのはもう彼らだけだ。



『太田 浩一』

 反逆する旧世代のガーディアン、チェルノボーグMk-Ⅲをたったひとりで撃破し殉職した豪傑。彼と海龍神がいなければ救世主の再臨に間に合うことはなかっただろう。太田の弟子である藤森誠二郎がチェルノボーグMk-Ⅶでここ、大聖堂を守る。


『ジョニー・シキシマ』

 悪逆非道のコートレィラー主要メンバーを成敗し、大量破壊兵器タージボルグを破壊するきっかけを作ったが救世主の一撃に飲まれ消滅。彼のと思わしき警備マシン『まもるくん』が中央公園に安置されている。全人類から1兆円を横領し永久指名手配犯になった。


『サーシャ・エレメッタ』

 救世主に3億2700万円分の500円玉硬貨で買われた女。救世主が再び立ち上がるきっかけを与え、500円で世界を救った。消息は不明。


『エルア・ザリヴァイア』

 堕天使として舞い降りた救世主。63000000000京パワーで世界に再び光を取り戻した。詳細は不明。



「本当にみんないなくなっちゃった。また楽園って呼ばれたHeaven’sを再建できるかな…?私だけで…」


 大聖堂からはもう瓦礫とどこからか立ち上る硝煙しか見えない。そんな世界を目指したわけじゃないけどそうなってしまった。思想、意見、立場の対立…。もっと話し合っていたらもっといい解決策があったのかも知れない。そう今更思っても過ぎた後でしかない。実質的に戦闘行為をコントロールしていた者が死んだことにより無差別に殺戮が起きていたりもする。


「大変です!テロリストがサンダルフォンを使用!精神汚染…止められません!」


 あの日、いつの間にか消えたサンダルフォンは再び現れた。現在62機の上、中級天使を無効化し接近しているという。

 歌を使った共鳴振動音波を防ぐ手立てはない。もうすでに大聖堂から目視できる位置にいる。チェルノボーグMk-Ⅶが触手で破壊されていくのも鮮明に見えた…。


「藤森大尉戦死!次のチェルノボーグを起動させます!」


「もう無理だ!太田のクローンじゃクソの役にも立たん!」


「救世主なんかいねぇんだよ!神も死んだ!」


「もう諦めても文句は言われねぇよ…」


 大聖堂内でも絶望の声が止まなくなった。もう終わりだ…と。


「諦めるのはまだ早いぜ、太田以外の死に顔を見たやつはいるか?」


 聖域に似合わぬ革ジャンの男がそう言う。まるで救世主は生きている…とでも言いたげに。


「見ろよ、あの星。すっげぇ輝いてる」


 夜明けの空に尾を引く明星は辺りを包み、まるであの日のように誰もが見上げた。


 …だが、やはり何も見えはしなかった。変わったことといえば接近していたサンダルフォンの上半分が消滅していることと、地面に一本の鉄塊が突き立っていること……。


 『アンチ・マテリアルマッシャーハンマー』


 あれが何を意味するのかわかったのは統治神として祀り上げられたただの人間である彼女だけだった。


「エルア…そこにいるの?!」


 何も返答はなかった。


「どこにいるの?!」


 何も返答は…


 BARHDOOOOOOOOOM!!!


 遠くの岩山が切削されている!少しずつ、目で追える速度で成形されている!あれは誰かの彫刻とドでかい文字!民衆は驚愕していたが一人、笑顔で涙を浮かべていた。



『世界一愛してる!』



 荘厳な岩山は一人の少女が500円硬貨を両手に握りしめた像に変わり、足元にはしょうもない文字が荒々しく彫られていた!風情もクソもない光景に皆、呆気にとられていた。後にこの現象を『スーパーフラッシュラブトルネードラブ』と呼んだ。


「もう…馬鹿。恥ずかしいじゃない…」


 それはとある男が残した世界への傷跡。誰がためでもなく、たったひとり愛した少女のために戦った証。最後の悪あがき。それがあの彫像なのだ。

 

 朝焼けに映える像を眺め、統治神の衣をまとった少女は涙を拭い去る。くよくよしてなんかいられない。私は約束したんだから!


「…よし、世界をいい方に動かすためにはみんなに聞かなくちゃ!」


「あっ統治神様!どこへ行かれるのですか!」


「出雲さん!私、気づいちゃったんです。私は一人じゃないんだって!だからみんなにこの国をどうしたら良いか聞くの!」


「で…ですがそれでは!」


 困惑する出雲を遮って少女は続ける。


「それが民主主義でしょ?みんなが楽しい国にしたいって思うの!」


 そう言い残し、少女は着替えて出ていってしまった。やれやれ、といった表情を浮かべながらも彼女も世界がどうなるか楽しみだった。革命家たちが手に入れた世界を持て余して滅ぼす様、小説の中だけだろうと思っていた事を特等席で見ることができる。出雲はそれがたまらなく嬉しくて体の芯から震えていた。


「うふ…ふふふ…頑張ってね、サーシャ。もっと頑張ってね。私、生き残ってよかったなって、あなたに近づいてよかったなって。」

「だから、その時が来るまで私も頑張っちゃう!うふふ…」


 皆、目指すものは一つでも向いてる方角が一人ひとり違う。それが当然なのだ。



「この国ってどうしたらいいと思う?もっともっと意見をちょうだい!」


 勇気ある者は死に、知識のあるものはすでに逃亡した。それがこの国の実態であり、真相である。そんな連中の話をいちいち全て聞いたらどうなるか…。



「きみ可愛いね、娯楽用の動画に出ない?1時間これくらいだよ?」

「そうだな…ハセトムが6個分位かな?」


「最低賃金のアップ!聞き入れぬ場合は我々と労働組合が手を組んでストを決行!断固として抗議する!」


「2次元に行きたい。なんで僕にハーレムがいないの」


「セガサターン借りパクされたからあいつ殺してほしい」


「ギャンブル場整えてよ」


「エロゲー作って」


 …こんなものばかりだ。もはやそんなインタビューに意味などない。それでも少女は聞き続けた。


「この国を…よく…したい…ひと……いないんですか…」


「今日はもう帰りましょう。まだ仕事が残っています」


「すみません…出雲さん、いつも迷惑ばかりかけて」


「いいのですよ、あなたが頑張るのを支えるのが私にとっての喜びですから」


 出雲はニッコリと笑い少女を包み込む。この暖かさを他の人も持っていたなら…。そんなことを考えながら二人は大聖堂の門へゆく。


 ふと振り返り、あの像を見上げる。あの人に出会って、みんなと対立して、和解して、分かれて、また出会って決意して、そしてみんないなくなった。大した時間じゃなかったかもしれないけど確かに私の人生の一部だ。

 今はどうだろう?ロディの気持ちもわからなくはないかもしれない。


「それでも私が頑張らなくちゃ!エルアが帰ったら根深汁振る舞うんだから!」



 


 そうして有限の時は過ぎていくこととなる。少女はできることをできるだけやるだろう。精一杯。誰よりも人一倍。

 それでも人一人の限界とか社会の壁とかそんなものが立ちはだかるだろう。そんなとき、手を差し伸べてくれる人もきっといる。

 誰もが幸せで笑顔でいられる世界、それを作るために今、新たな一歩を踏み出した!


「私はずっとここにいるよ!世界のどこにいてもわかるくらい!大きな国にするから!」

「…ずっと待ってるから……」


 統治神の玉座には1枚、あの日の500円硬貨が供えられていた。





 ーFallen Angels  finー













 …その5年後、最後の楽園と称された国が滅んだ。

 格差をなくそうとした結果経済は壊滅し、人権の尊重を促した結果壁の外の暴徒が流入し治安も全滅。機械化工場の領地外設置により国民の仕事が減り、代わりに不良品の量が桁違いに跳ね上がり天使たちの整備も不可能に。軍事やインフラも死んだ。残された国民は革命旗を掲げクーデターを起こす有様。

 進撃する革命軍はデモクラッドやまもるくんで武装し大聖堂へ詰めかけた。先頭を切っていたのは懐かしいアルコール臭。ロングコートを着たその男が一人突入する。

 最上階に到達し、王座にうずくまる少女へ距離を詰める。痩せぎすな身体は熱を持ってないのか小刻みに震えていた。男はその顔を覗き込みつぶやく。


「…悪いな、嬢ちゃん。こういう事の責任は大人が取るもんなんだがよ」


 アルコール臭のする男は右手のリボルバーに力を込める。


「ううん、今度ばっかりは本当にもう、疲れちゃったから…」


 1…2…3…4……合計5発、銃声がした。力なくうなだれる少女へ近づくと後方から銃声。和装をした女が一人、ボルトアクションライフルを構え鬼のような形相でこちらに近づいてくる。


「こんなの認めない…!その子は、サーシャはね!全世界に醜態を晒しながら処刑されるべきなのよ!そんな楽しそうなこと!見ないままその子を死なせられないわ!私は見るのよ…特等席でね!」


「出雲…だったか?見れるさ、こいつは特等席のチケットだ!」


 最後の一発が右肩を撃ち抜く。崩れ落ちる出雲に何かが飛んでくる。…兜?


「あっ…何よ、これ。渡さないわ、サーシャ、統治神は…ね!」


「今日からお前が統治神だ。…さっき言ったこと、覚えてるな?」


「まっ…待ちなさいよ!私はね…ッ!」


 苦痛に悶える出雲を背に、少女を担いだ男は最上階を後にする。その数分後、突入する怒号と悲鳴が聞こえた。これは誰が悪いんでもない。こうなるべくしてなったのだ。世界には怒りの矛先が必要だった。だがそれがこの子である必要はない。この子が頑張っていたのはずっと見ていたから知っている。さっきのだって死んだことにするための空砲だ。


 大聖堂の裏には一台の装甲車が停まっていた。それはいつかの『BTR-248』。まだあったんだ、という安心感に包まれて意識が落ちていく…。


「サーシャ、お主はもう十分頑張ったからの。誰かのために死ぬなんて必要はない。もう十分じゃ、休んどれ」


「…ジャ……ム?と、リ…ギットおじ…さん?」


「味噌汁も車の上で温めてある。食いたくなったら言ってくれよ、嬢ちゃん」


 エンジンが点いたのか車内が不器用に揺れ始め、車上ではこぼれた味噌汁をかぶった悲鳴が聞こえる。こうしてるとあの日のことを思い出す。初めてルシフェルにあった日のこと。その前の500円硬貨で拉致された日のこと…。


 後部のベッドに私、隣にリギットおじさん、上にジャム。…あれ、じゃあ誰が操縦してるの?無人?


「金で買われたんだよ、嬢ちゃんは。山にラブレター事件。スーパーフラッシュラブトルネードラブって呼んでるアレの時に前金置いてあったろ?」


「え…?う…うん」


 始まりの500円、決意の500円、そして最後の別れの500円…。それは間違いだった


「いくら欲しい……?」


 操縦席から少女に向かって問いかけた。


「5億、10億、100億、1兆……」


 装甲車の側部ハッチから、湯水のように500円硬貨が溢れ出す。

 それはあふれる泉のごとく荒れた大地に降りそそぐ。


「お前を買おう。お前はこれからも……」



「俺の女だ」




 堕天使は再び舞い降りた。

 これ以降、BTR-248の足取りを追えたものは誰一人としていない。身勝手な世界に身勝手に反逆したものたちの戦いは一旦ここで終結することになる。






                -Fallen Angels-


                   完











 荒野に立ち昇るモーターサイクルの砂塵、ライダースジャケットの男が廃研究施設の前に足をおろした。


「さて、俺はまだやることがあるんだったな……出てこいよ、写真撮って売り飛ばしてやるぜ!」


 キキィィィィィエァアアアアア!!


 この世のものとは思えぬ奇声!天井を伝う不気味な気配…!そう、ここはただの研究施設ではない、未確認究極生命体の研究を行う…通称『UMAの館』!フリーカメラマンに偽装した元警官の彼は新たな脅威に挑む!


「電子ロックか…ふんぬッ!!!」バキャァーッ!!!!!


 モーターサイクル後方にくくりつけた50kgのスレッジハンマーで扉を粉砕!


「業務上不法侵入!いや、家宅捜索!」



 カメラマンVSモンスター!その戦いの火蓋が今、切って落とされた!!


 次回作『地獄のUMAカメラマン』編にご期待ください!!!!


「一匹残らずワイドショーに晒してやるぜ!」




 to be continued….

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FallenAngels キチゴエ @altoron32

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