第三話「3億2700万の光」
夕暮れ時。
日が暮れるその時間帯、エルアとジャムとレオンは甲板にいた。
「のうエルア。ウラジーミルの攻撃力がこれだけ凄まじいなら最初から使おう、だなんて思ってないじゃろうな?」
「最初は思ってたさ、だがこれを見たら何も言えない」
あのウラジーミルは発射の反動で甲鈑に6割ほど埋まり、砲身は煙突のごとく真上を向いていた
「こいつのせいで輸送艦トランプの中身はボロボロじゃ。しかもキャタピラまで壊れとる。」
「俺の仲間も、大勢死んだ」
「――お困りの様ですね」
「誰だ!?」
「おお、こわいこわい」
「何だ貴様は」
「先ほどの戦闘、観させていただきました」
「何?」
「いい戦いでしたよ」
「…」
「今のあなた方の戦力ではとても天使には太刀打ちできないでしょう」
「何が言いたい?」
「我々は、あなた方のお手伝いがしたいだけです」
「手伝い…?」
「はい。単純に我々はあなた方のスポンサーになりたいのですよ」
「俺達を支援して、貴様に何の利益がある?」
「まぁそれは色々と」
「答えろ」
「私を撃ちますか?それもいいでしょう」
「ですが、今のあなた達は猫の手も借りたい状態なのでしょう?それで良いのですか?」
「…わかった」
「流石」
「レオン・・・・・・」
「アイツの言う通り、俺達は今すがれるものにすがるしかない」
「そうですが…」
「では、支援にあたってこちらから提供いたします。提供できるものは、武器、弾薬、資材、資金、情報、食糧などです」
「…」
「おまけに陸上艦、鹵獲した天使も差し上げましょう」
数分後、エルアとレオンは自動販売機の前でたむろしていた。
「水陸両用戦術輸送艦…か」
「レオン、あの男…どう思う?」
「怪しいことこの上ねぇが、確かに困ってるのも事実だしな」
「ああ。それに奴ら、ルシフェルとケルビエルの改修に、鹵獲した天使までよこしてきた」
「天使が3機も、まぁこっちにはアレを修理できる人材がいないしな」
「その人材だけはこっちで集めるしかない」
「そんなこと言ったって、今回の戦闘で大半の死傷者がでてるんだ。そっちに回せるやつなんて、女子供ぐらいだぞ」
「そうか」
「一つ頼みがある」
「さっきの戦闘でわかった。お前は対天使に向いている」
「だが当分、こっちには天使はこないだろう。そこでだ」
「俺達とは別で活動してほしい」
「別動隊と?」
「そういう事だ」
「そして、Heaven’s内の俺達以外のレジスタンスの救援に向かってほしい」
「構わないが、俺の他に誰か行くのか?」
「そんな艦艇をお前一人だけのもんにするかよ」
「だが使える兵がいないんだろう?」
「確かに兵はいないが、使える奴がいない訳じゃない」
「女ってのは強えぞ」
「ああ、理解している」
「それからもう一つ、ピクシィアも持って行け」
「いいのか?」
「リギットあたりは寂しがるだろうが、通信設備はもう整ったんだ。ここにはいらない」
「そうか……」
足音。
「エルアッ!大変じゃ、サーシャが!」
血相を変えたジャムだ。
「ッ!」
エルアの部屋に運び込まれたサーシャは、ロクな衣服すらまとっていない。
体中をナイフや槌で傷つけられ、生々しい数字が体中にナイフで書き記されている。
痣と血で、言われなければサーシャだと分からない。
「例の儀式じゃ……ワシが見つけた時にはもう……」
「……」
「こんな時にお前は今まで何をしておったんじゃ!お前の所有物なのじゃろう!何故野放しにしておった、飼い犬1人守れなくて何が救世主じゃ!」
「・・・・・・」
「……や・・・・・・やめ・・・・・・あ・・・・・・」
「サーシャ!もういい!もう安全じゃ、大丈夫じゃ!」
ジャムが抱きしめると、サーシャは安心して眠りに落ちた。
「サーシャはここに置いていく」
「・・・・・・殺されるぞ」
「これで死ぬなら、それだけの奴だったんだ。一円の値打ちもない」
「なあエルア……おぬしはなにがしたいんじゃ?なぜこんな娘を3億で買った?この娘に何を見た?」
「……」
エルアは黙って、部屋を立ち去った。
その後、ルシフェルの強化改修が始まった。
謎の男はルシフェルの完全改修、資金、武器弾薬、食料、制服、その他もろもろ、さらには捕獲した上級天使(改修前のカマエル)や最新鋭の陸上艦までよこしてきた。
同行するレジスタンスの生き残りと、一組織[fallen Angel’s]「堕天使達」を結成。
このときレジスタンス側から派遣されたメンバーが8割ほど女子だったのは、成人男性は人数が少なく貴重なためである。
各地の天使を駆逐する旅が始まる。
「おい、この陸上戦艦動力炉がねぇぞ?ゴミ渡しやがったなあの黒服野郎」
不機嫌そうに酒をあおりながらアル中はつぶやく。
「聞いてなかったのかよオヤジ、途中でこの戦艦が丸々奪われたらシャレにならないからって別々の所で引き取って組立てるって言ってたろ」
「まじかよ…楽しみだったんだがなぁ」
「それで役立つのがこの鉄道網じゃ」
バッとアナログな地図を広げ赤いマジックでピーッと線を引くジャム。
「装甲列車4車線の大陸横断豪華寝台特急じゃ!それであの戦艦を引っ張って工場まで付ける」
「いいじゃねぇか!おいロディ、サボってる暇はねぇぞ!遠足の準備だ!」
「遠足ってガキじゃねぇんだから…」
「帰ってくるまでが遠足だ、遠足には人生が詰まっている!」
「飲み過ぎじゃねぇのオヤジ」
「いや、案外そんなもんじゃ。あのマッドマックスだって派手に遠足してくるだけじゃ」
そんなこんなで3度目の積み込み作業が始まっていた。
「サーシャ、ご飯じゃ。今日はカレーを作ったぞ。100%レトルトじゃから安心せい」
「・・・・・・」
サーシャは言葉を失った。
外傷の治りは早いものの、心の傷が治らない。
つきっきりでジャムが看病し、ようやく食事ができるようになった。
「うん・・・・・・もういいのか。そうか・・・・・・ごめんな、美味しいご飯を作れなくて・・・・・・」
歩けるようにもなったが、部屋から出ようとはしなかった。
「今日も、頑張ろうな」
サーシャにはまだ傷がある。
膣内で豆電球が割られたため、ガラス片が刺さっているのだ。
それを毎日、ジャムが取り除いていた。
「大分少なくなってきた、もう少しで全部とれるじゃろう。よく我慢したな」
言いながら涙が出て来る。
その苦痛を想像しただけで悪寒が走る。
「サーシャ・・・・・・サーシャ・・・・・・」
突然館内アナウンスが響いた。
「ジャムの嬢ちゃん!ちょっと来てくれ!聴きたことがある!」
不安なサーシャは、ジャムの手を握って離さない。
「すまぬ・・・・・・行かなくては、ならんのだ・・・・・・」
あたまを振って縋る、それを優しく引き剥がす。
「すぐに、すぐに帰ってくるぞ!そうじゃ、誰か来たら窓際のクローゼットの中に隠れておるのじゃ。あそこなら安心じゃ」
部屋はサーシャ一人になった。
廊下の音が、鮮明に聞こえる。
「おい、サーシャが寝てる部屋ってどこだっけ」
「この辺なんだがなぁ・・・・・・」
「今度こそトドメを刺さねぇとな」
慌ててクローゼットに隠れる。
ドアが開く。
男の1人が、無人のベッドに手を当てる。
「まだ暖かい・・・・・・近くにいるぞ!」
近いうちにバレる。
その判断は正しかった。
サーシャはクローゼットから脱出し、ガラスを破って外へ出た。
追いかけてはこなかった。
朝のランニングで鍛えた体力が幸いしたのか、後ろを振り返りながら走り続け、気づけば深夜になっていた。
グウゥゥーッ!
容赦ない腹の虫がサーシャを襲う!
空腹だ。
気づけば基地から離れた森の中。
怖くて基地には近づけない。
明日はエルアを含めたレジスタンス別働隊がここを発つ。
整備員達はその準備で徹夜だろう。
何時間も森を歩いた。裸足の足を、蟲が、蛇が這う度に心臓が跳ねる。
そんな中、焚き火の明かりが見える。
用心しながら木の影から覗き見る・・・・・・。
「なんだ、こんな夜遅くに・・・・・・」
「・・・・・・!」
「よう、サーシャの嬢ちゃんか。どうした、こんな夜更けに。焚き火おじさんに何か用か?」
リギットだ。
アル中が焚き火をしている!
火で加熱し、鍋を作っているようだ。
アル中はサーシャを招き、焚き火のそばのキャンプチェアーに座らせた。
焚き火が地味に温かい。
「準備なら……俺がいなくても大丈夫だ。むしろ若手のやる気に水を差しちまう。そういう時に、こうして焚き火をしてるのさ」
リギットは枯れ木を火にくべる。
その傍らには無線機がある。
いつでも連絡は取れるようにしているようだ。
リギットはサーシャを見た。
病人服の下に覗く肌は、火傷や傷がおびただしい。
「ごめんな……」
「……」
「さぁ、食うぞ。話はそれからだ」
鍋の蓋を開けると、ネギと味噌の香りが広がってくる。
根深汁だ!
「本来なら昆布とかつおだしでだしを取るところなんだが、そんなめんどくせえことしてらんねぇ。手早く味噌とその辺の川の水を沸かしてネギを入れる、いわばネギだけの味噌汁だ」
リギットがリュックから取り出したお椀は、いかにも安そうな木製のおわん。
そこになみなみと湯気を立て味噌汁が注がれていくと……
「どうだ、それなりに見えるだろう?」
「……!」
なんとお椀の色が変わった!
味噌汁の熱に反応し、なんとも雅な木曽漆器のお椀に変化した。
黒地の椀の所々に、キラキラ光る模様が重ね塗りされている。
椀を持つサーシャの指の隙間から、その燐光がキラキラ漏れる。
「サーモクロミズムってんだ。この歳になると、こういうちょっとしたものを作るのが楽しくてなぁ。自分だけのためにこしらえた逸品で、森の奥で味噌汁を飲む。良いんだよなぁ…乾杯!」
コツ、と椀と椀をぶつけ合う。
「心が空っぽのときは、まず腹を満たすこった。話はそれからだ」
「……」
静かに、音を立てないよう汁をすする。
舌が焼けそうな根深汁が、壊れた体に染み込んでいく。
「ほぅ……音を立てない良い飲み方だ。ロディなんかズズーッと音を立てながら飲みやがる。分かってねぇ、だが俺は音を立てて飲むぞ!」
ズズーッ
「あぁーっ、良いなァ……。葉が揺れる音、カエルの鳴き声、鈴虫の声。この自然の中で飲む根深汁こそ、味噌汁よ……!」
サーシャは夢中でがっついた。
食べ物に味を感じたのはいつぶりだ。
ネギしか入っていない味噌汁が、こんなに美味しい……!
「なんだ?もう飲んじまったのか、安心しろ!まだ2Lある!」
声と共に鍋が変形!
ハイパー大きいリギット鍋に変形した!
「ご飯もあるぞ!」
焚き火の中から飯盒も出てきた!
飯盒ご飯だ!
「そのままでもよし、おじやにしても良し!さあ食え!」
2Lあった根深汁と、5号炊いた飯盒ご飯が無くなった。
「〆は焚き火で焼いた餅を……」
リギットが木の枝に刺した餅を火で炙り、新しい鍋の中に突っ込んだ。
再び持ち上げると、白いもちが黒い!
「あんこにつけてあんころ餅だ!さあ食え!」
手渡されたあんころ餅にかじりつく。
これまた舌が無くなるほど熱い、だができたてのあんこの上品な甘さが全てを飲み込む…!
「……っ……っう」
「おい嬢ちゃんどうした!目から水が出てるぞ!」
「へぐっ…うぐぅッ……」
「……あぁそうだ、腹が一杯になると心も一杯になるんだ。好きなだけ泣け」
サーシャは大声で泣いた。
泣きながら餅を食べた。
「嬢ちゃんぐらいの時はな……人に負けたくねぇ、俺が一番だ、周りは何も分かってねえって思うんだ。反抗期ってやつだな、ああ。人間は大なり小なりこの反抗期を通過して大人になるのさ……」
「すん……すん」
「うちのロディなんてお前、ああ見えて反抗期がまだ来てねえんだ……ちょっと薄気味悪いぜ。その点からみりゃあ、嬢ちゃんは健全すぎるぐらいに巨大な反抗期に差し掛かってると、まあこういうわけだ!ガハハハハ!」
巨大な手がサーシャの背中を叩く。
「・・・・・・っと忘れてたぜ、嬢ちゃんあてに手紙が来てたんだ」
リギットのリュックから出てきたそれは、赤と白のギンガムチェックの封筒。
検閲済みを示す判子も押してある。
「その名字、母親だろう」
「・・・・・・!」
「やっぱりな」
おずおずと封筒を開け、手紙を読み始めた。
サーシャさん
母さんは今病院にいます。
サーシャさんが手を回してくれたんだよね、ありがとう。
あの夜から、サーシャさんが帰ってこなくて母さんはとても心配しました。
でも今は、エルアさんが定期的に送ってくれるサーシャの写真を見て元気をもらっています。
サーシャさんのやることなら、母さんはなんでも応援します。
特にやりたいこともなく、学校へ通う子供が多い中、ちゃんとした目標をもって戦っているサーシャさんはすごいと思います。
最近は母さんも、食事も少しづつ食べられるようになってきて、今日はカツ丼をどんぶり一杯まるごと食べました!
でも母さん、サーシャさんの作るしょっぱい野菜炒めが食べたいな。
ケチケチせずに、たまには美味しいものたべてね。トイレの水ばっかり飲んじゃだめだよ。
またお便りするね
母さんより
P.S.サーシャさん、随分たくましくなったね!すごい!
サーシャの目からまた涙。
「俺達大人は、嬢ちゃんをいつも心配してるぜ。何かあったら泣きついてこい、辛かったら逃げ出せ。その代わり、たまにでいいんだ……俺達大人に”ありがとう”って言ってくれ。そうすりゃ俺達大人は、もっと嬢ちゃんを大切にできる」
「……」
「ただでさえ嬢ちゃんは可愛いんだ、ウチの男達なんかイチコロだぜ!ロディの嫁に欲しいぐらいだ!」
サーシャは少しはにかんだ。
「そうだ、それでこそサーシャだ」
警報。
基地から離れた森の奥まで聞こえる程の大音量。
リギットの無線にも連絡が入る。
「おやっさん!」
無線のボリュームを下げ、リギットは名残惜しそうにサーシャの頭を撫でる。
「お別れだ。このまま遠くへ行くもよし、戻ってくるもよし……。自分で考え、自分で決めて、自分で行け……じゃあな」
仲間が待ってる。
そうつぶやき、アル中は無線を耳に当て、音量を上げた。
「スクランブルですッ!」
レジスタンス基地発令所
ー(ALERT)ー
「敵天使、1機!11時方向からこちらに近づいてきます!」
オペレーターが叫ぶとジャムは双眼鏡を手に取り首をかしげる。
「何じゃ…何じゃアレは…?」
「何が見えたんだ?」
双眼鏡を借り見渡すロディ。一点をキッと見つめ口を開く。
「オヌシはすっこんどれ!」
「アイツだ、あの真ん中のだろ?嬢ちゃん」
とロディ。
そう、真ん中の機体。反応はタルシエルだが見た目が違う。何と言うか…赤い。肩には担いだスレッジハンマーが鈍く光る。
「待ちわびたぞこの瞬間を!貴様と!熾天使級と戦って生きていたこの俺は!統一神様よりたまわったこの『タルシエル・ガランヘ』とこの俺『アクビィズ・ドライグ』が殲滅するッ!」
「うるっせぇぞ!音量考えろボケェ!」
オープン回線とスピーカーを使い、直接宣戦布告してきた謎の男にロディが怒鳴る。そのあまりの勢いに少し涙目になるジャム。
「アイツは確か…」
エルアは思い出そうとするも、思い当たる節が多すぎて思い出せない。
「この…出てこい!堕天使!この俺がぶっ倒してやるぜぇ!このアンチマテリアルマッシャーハンマーでなぁ!」
「あの赤いのはああ言ってるが、多分頭の悪い馬鹿だ。ルシフェルにこの前の榴弾砲持たせてアウトレンジからぶっ飛ばしてやればいいさ」
「駄目だ」
「レオン!」
レオンが発令所に入ってくる。
「ルシフェルは輸送船に格納済みだ、今から出せば30分はかかる」
「クソッ……」
「戦車とヘリで時間を稼ぐ、ルシフェル到着まで持てば御の字だ」
全然持たなかった。
真夜中のレジスタンス陣地前は、戦車とヘリの残骸で火の海になっている。
「20両のKv-2とUH-60が……3分も持たないのか」
「ルシフェルの搬出はまだか!?」
「あと25分はかかる!」
「馬鹿にしやがって!こんな可愛いオモチャが、人形兵器に叶うはずねえだろぉッ!」
タルシエル・ガランヘは巨大なハンマー、もとい鉄球を足元に落とす。
アンチ・マテリアルマッシャーハンマー。
タルシエルのレーダーロックオン情報を元に、最大射程200mまで飛翔する鉄球。
耐熱、耐弾性にも優れ、攻撃と防御がこれ一本。
凄くデカイ、凄く強い、とにかく凄い鉄球なのだ!
「ふん……これならオレ一人で十分だな」
ガランヘは随伴天使を帰投させた。
「砲撃だ、遠距離からのミサイルと榴弾砲で仕留めろ!」
「豆鉄砲が……上がるぞッ!タルシエル!」
轟音と共にタルシエルが上昇、そのハンマーを前方に向けて振り回し始める。
「マテリアル・ガランベエェェル!」
マテリアル・ガランベール。
ハンマーを振り回し、殺到するミサイル・榴弾を打ち砕く防御技。
タルシエルがロックオンしたミサイル・榴弾との距離・衝突時間を計算し、絶妙の防御タイミングを算出。
ハンマーの回転スピード、力を調整し、”必ず絶対100%ハンマーが飛来物に直撃する”、最強最悪の防御技だ!
「ってぇー!」
無数の弾幕がタルシエル方面に殺到、爆発。
「やったか!?」
「やってねぇぇんだよぉぉおぉッ!」
黒煙を切り裂き、タルシエルの目が光る。飛来した最後のミサイルを左腕で叩き落とし、自身も着地。走り始める。
「タルシエルの移動スピード算定します……120km!この場所まで5分もかかりません!ルシフェル搬出まであと15分!」
「総員脱出!俺は最後でいい!全員最寄りの装甲車・戦車・輸送車に分乗!ミサイルサイロに引き返せ!」
「間に合いません!」
「間に合うだけ乗せるんだよ!」
「りょ、了解!」
発令所のオペレーターが一目散に逃げていく。
「レオン、おぬしも逃げるのじゃ!」
「大将が真っ先に逃げてたまるかよ!行け!」
「じゃが……!おいなにをするアル中!離せ!」
「遅れちまった…悪いレオン」
「レジスタンスを、頼むぞ」
「……」
タルシエルは止まらない。
数多の砲を、攻撃を防いで走り続ける。
その目にも、脱出・撤退中のレジスタンス一行が映っていた。
「蟻の穴をつついたようにワラワラと……一匹残らず潰してやる!アンチ・ロジカル・アクセル!」
アンチ・ロジカル・アクセル。
アンチ・マテリアル・マッシャーハンマーに搭載されたスラスターを限界噴射、宙に浮いたタルシエルがハンマーに引っ張られる形で高速移動する、まさに物理学への挑戦とも言うべき荒業だ!
「ルシフェルは・・・・・・そこか!目標変更!」
天使はお互いの位置を常に確認できる。
それにより、ルシフェルが格納された超弩級輸送車群が補足される。
タルシエルは目標を発令所からルシフェルへと変更した。
アンチ・ロジカル・アクセルによって得たスピードは時速800km。ソニックブームを響かせながらタルシエルが迫る。
「ルシフェルはまだ出せないのか!」
「すいません!今第三装甲まで解放できたんですが、装甲の解放速度が遅くて・・・・・・あと15分ほどは・・・・・・」
「クッ・・・・・・」
ルシフェルのコックピットでエルアは焦る。
新しく組織されたFallenの移動のために一番大きな輸送車に格納されたルシフェル。
幾重にもしこまれたロックと装甲が絶対の安全を保証するはずだった。
その安全と引き換えに、搬出・搬入に時間がかかる。
至極当然な仕組みであるがゆえに、抜け道がない。
それにどんな堅牢な装甲も、ガランヘの前では棺桶でしかない。
「もういい!中からこじ開けてやる!」
「無茶言わんで下さい!キャリアーのロックが解除できないとルシフェルも起動しないようになって」
「おい、どうした?」
「あ・・・・・・あぁ・・・・・・!」
エルアからは外が見えない。
ルシフェルは起動してすらいないのだ。非常回線で外部と通信するだけが精一杯。
整備員達は見た。
夜空に浮かぶ巨大な月を。
それをすっぽり覆う、巨大な影を。
影から伸びる、尻尾のようなハンマーを。
ハンマースラスターが点火。
凄まじい速度で、整備員の一人に迫る。
「母ちゃん……」
潰れた整備員が撒き散らす贓物が、血が、骨が。
アクビィズの目に浮かぶ。
「今度帰ったら、もう少し素直になるよ」
「潰れろおおおおおおおおおッ!」
「ありがとう、って言うよ……!」
ガギィン!
ハンマーが空中で止まっている。
否、何者かが押しとどめている!
「・・・・・・来たか」
「リギット・・・・・・何か知ってるのか」
「救世主だなんだとエルアが持ち上げられてるが、本当の救世主はエルアじゃねえ」
月を覆ったタルシエルがハンマーを戻し、着地する。
今、月の光が地上を照らす。
現れたのは巨大な盾を持った最古の兵器。
「嬢ちゃんだ」
まもるくん、B型爆装。
「あの野郎が……!?」
「遅れてごめんなさい・・・・・・それと、今までのこと・・・・・・ごめんなさい」
まもるくんから響くサーシャの声が、全軍に届く。
「サーシャ・・・・・・言葉が・・・・・・」
「私にはまだ、自分の小ささや大人の偉さが分からない。だから、この言葉だけ、伝えます」
「そうだ・・・・・・嬢ちゃん・・・・・・それで良い」
「今まで、ありがとう」
まもるくんの体から隠しパトライトが表出する。
パトサイレン・コールが辺りに響く。
夜を照らす赤い光は正義の光。
エルアが買った、希望の光。
3億2700万の光。
3章 最終節 3億2700万の光
「型落ちがあああああああッ!」
ガランヘのハンマーがまもるくんに向かう。
「アリア・・・・・・力を貸して!」
そのハンマーを、最強の盾で弾く。
「交通整理のポンコツがッ!生意気に・・・・・・!」
タルシエルがハンマーを叩きつける、シールドで弾く。
このラリーが続く。
人気の無い発令所では、レオンとリギットが戦闘を見ている。
「それにしても、B型のまもるくんなんてウチにあったか・・・・・・?」
「サイロの時に買ったんじゃ。あの娘がな」
「ミスターグレゴリー!まだ逃げていらっしゃらなかったんですか」
「袋一杯につめた500円硬貨を持ってきてな・・・・・・」
「そんな大金、一体どこで」
「どっかにもの好きがおったんじゃろう・・・・・・。いや……」
慧眼の持ち主とでも、言うべきか。
戦闘を見つめていたグレゴリーがつぶやくのを聴き、2人は2機の鍔迫り合いを見る。
「ほらな・・・・・・」
「コイツは・・・・・・!」
至近距離で戦闘を見ていた整備員達も気づき始めた。
「タルシエルを・・・・・・押し返してる!?」
「信じられねぇ・・・・・・あれ、まもるくんだぞ・・・・・・」
見上げた先で、幾度となくハンマーをシールドで防ぐまもるくん。
ハンマーを弾き、それがタルシエルの手元に戻り、もう一度飛んで来るまで。
わずかな間隙の間に走り込み、距離を縮める。
決してかわすことは許されない。
背後には・・・・・・
「俺達がいるからだ・・・・・・」
「えっ?」
「俺達がいるから、避けないんだ。かわしたら俺達に当たるから・・・・・・」
「野郎・・・・・・」
「下がるぞ!ここじゃ野郎の・・・・・・サーシャの邪魔になる!」
「生意気にぃぃぃぃ!」
タルシエルの攻めが荒くなり、攻撃の間隔が長くなっている。
得意の攻めを弾かれ続け、苛立っているのだ。
「……」
「クソアマがァァァァッ!」
「アンチ・ロジカル・アクセル!」
ハンマーごとタルシエルが突っ込んでくる。
「後ろ、行きます!皆下がって!」
「退避ー!退け退け撤退だァー!」
整備員が全速力で車両に分乗、後退し始める。
(落ち着いて・・・・・・相手をよく見る・・・・・・。パイロット入門、36P)
ハンマーの質量にタルシエルの質量が加わったこの攻撃、流石に盾では防げない。
「デュアル・アクセルゥゥゥッ!」
ハンマースラスターに加え、タルシエル自身のスラスターにも点火。
更に加速する。
(周囲の状況を確認・・・・・・周辺に障害物なし、友軍無し)
「トリプル・アクセル!」
加えて緊急用スラスターにも点火。
限界まで加速した。
タルシエルが完全に宙に浮く。
絶対的スピード・絶対的パワー・絶対的防御力。
完璧なステータス。
弱点はただ一つだけ。
それは・・・・・・
「腹の下ががら空きなのよッ!」
眼前のタルシエルに対し、まもるくんはほぼ水平に近い角度でシールドを突き出した。
ハンマーをほぼ平行に受け流し、宙に浮いたタルシエルの腹部へ進む。
「ここだあああああああああああああああッ!」
そのまま腹部を跳ね上げる。
跳ね上げられたタルシエルが宙を舞う。
誰もが息を飲む。
今見ているものが、信じられない。
タルシエル、地表に激突、青天。
土煙。
僅かな静寂の後、歓声が起こる。
「すげぇ!なんだよなんだよ、なんだってんだよ!アイツ!」
「まもるくんであそこまでやるなんて・・・・・・」
「俺はサーシャに詳しい・・・・・・はずだったがコイツはたまげた」
「サーシャ・・・・・・ひぐっ、えぐっ・・・・・・良かったの・・・・・・良かったの・・・・・・」
「何泣いてんだ、喰らえアル中おじさんブレス」
「ぐおわああああああ」
その歓声に、サーシャの気が少し緩んだ。
その瞬間が、命取りになった。
「ククク・・・・・・馬鹿が!」
まもるくんの背後から、ハンマーが飛んできた。
避ける間もなく直撃、吹き飛ぶ。
「きゃあああああああッ!」
「ガランヘのハンマーはなぁ・・・・・・!単独飛行可能なんだよ!手元に引き戻し、振り回して投げねえと使えねえと思った時点で、お前は負けてたんだよ!バアアアアアアアアアカ!」
バラバラになりながら、きりもみ飛んでいくまもるくん。
それを受け止める存在があった。
「よくやった、3億払った甲斐もある。」
天高くそびえる二足の天使。
「うん・・・・・・ありがとう」
闇と紅蓮の衣を纏う堕天の徒。
「エルア」
またの名を・・・・・・堕天使・ルシフェル。
「ル~シ~フェ~ルゥゥゥッ!」
自立起動するハンマーが、砂嵐を巻き起こす。
「天地・神明・空前・絶後!絶対に叩き潰す!」
「来い、サーシャ」
「うん!」
ルシフェルの腕を伝いコックピットに入ると、そこは無人。
「エルア・・・・・・これって」
「最終試験だ」
「……ッ」
「あのタルシエルを自力で倒せた時、お前とルシフェルは、最凶最悪の堕天使となる。コイツが目覚めた、あの日のように!」
フラッシュバック。
ルシフェルが起動したあの日。
虚勢を張った。
本当はとっても怖かった。
そんな中、エルアの強さが眩しかった。
あの強さが、欲しかった。
あの日憧れた強さが、今、目の前に――。
「私の強さを、見せてやるッ!」
「殺してでも勝ち抜けろ!」
「応!」
ルシフェルが再起動し、起動音が唸りを上げる。
踏み出す一歩は、鬼神の如く。
見据える瞳は、悪魔の如く。
戦場の空気を支配する。
「整備のみなさん!まもるくんをお願いします!」
「お、おう!命の恩人をみすみすスクラップにしてたまるかよ!奴を頼むぜ!」
「はい!お礼に後で、一人一回キスします!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
飛んできた整備車両にまもるくんを預け、サーシャ・ルシフェルはタルシエルへと駆ける。
「フェリーナ・・・・・・一人でやらせて」
「例のグローブは」
「分かってる」
「あなたの勝利を、信じます」
「アンチ・マテリアル・マッシャー・ハンマアアアアアアアア!」
自立機動するハンマーが飛んできた。
(走ってる・・・・・・今私は、走っている・・・・・・)
何十キロと走ったランニング。
その努力が今、彼女の中で火花となって結ばれていく!
ルシフェルにハンマーが直撃し・・・・・・
「ここだあああああああッ!」
ルシフェルの表面の色が抜け落ちる。
「ライトニング・スピン・ターン!」
ライトニング・スピン・ターン。
凄まじい勢いでスピンターンをするだけの、シンプルな必殺技。
どんなに誘導が強い兵器でも、ほぼ真横に移動するこの移動について来られる武器は少ない。
発動時に大量の電力を使用するためルシフェル表面装甲の電圧が下がり、表面に投影していた色が抜け一瞬真っ白になる。
その一瞬の脱色が光ったように見えることから、またターン時に大量の電力がスパークし辺りに流れることから、ライトニングの名を冠しているのだ!
稲妻が走り、ルシフェルがハンマーをギリギリかわす。
「すげえ!あんな技見たことねえ!」
「綺麗じゃ・・・・・・」
「俺はルシフェルに詳しい・・・・・・だがあんな技は知らねえ!」
「人間には3億以上の価値がある。その努力で、熱意で、人は進化するからだ!」
タルシエルとルシフェルが至近距離で正対する。
タルシエルの目に、ルシフェルの右腕についたブレードが突き刺さる。
真上に振り上げ、頭を割る。
「このアクビィズはッ!」
通常、レーダーは厚い装甲では守れない。
何故なら厚い装甲がレーダー波を阻害し、正確なレーダーマッピングができないからだ。
そのためガラス繊維やフッ素樹脂といった”レーダー波”を透過するすこし柔らかい特殊素材でレドームを作る。
当然そこは、脆い。
ルシフェルがもう一度スピンターン。
タルシエルの腰左側面のレドームが回転斬りで両断される。
距離が近すぎて、この距離でタルシエルは自立機動ハンマーを使えない。
「ぐうぅッ!」
通常、銃で照準をつける、剣で目標を斬るということは攻撃目標との距離感が無ければ成功しない。目標との距離を測り、その距離にいる敵に当たるように手足が自動で動く。これがロボットの攻撃の仕組みだ。
ロボットが行う全ての攻撃動作は、レーダーによる攻撃対象との距離測定が無ければ成立しない。
カメラやセンサーで外の映像が拾えていれば攻撃は当たる、という簡単な話ではないのだ。
「演習・講習・実技の3科目でッ!!」
何故、複数のレーダーを機体に搭載しなければならないのか。
それは、一つ一つのレーダーがカバーできる範囲が限られているからだ。
つまり、頭部・腰左側面のレーダーを失ったタルシエルには盲点が発生する。
真正面・真後ろ・左側面だ。
残りの範囲をカバーするレーダーの位置は、ルシフェルのレーダーが捉えている。
腰の右側面と、両足の外側ふくらはぎだ。
盲点の左側面から、左外ふくらはぎを叩き潰すように両断した。その慣性でルシフェルがかがむ。
「優秀なんだったんだろうゥゥゥ!」
刹那、タルシエルの体から炎が吹き出す!
「ぐああああああああッ!」
炎はかがんだルシフェルを包み込む。
コックピットの中は50度以上の蒸し風呂状態。
呼吸もできなければ、タッチパネルも鉄板のように熱くなる地獄のかまど。
「あ・・・・・・あ・・・・・・!」
「かかったな馬鹿が!このタルシエル・ガランヘの隠し玉、フレア・イジェクションに!」
フレア・イジェクション。
超近接戦闘を苦手とするタルシエル・ガランヘの欠点を補う必殺技。
機体の分厚い装甲の耐熱性で自身を守りながら、その装甲の間から炎を噴出し、敵を熱で焼き殺す恐るべき必殺技だ!
「サーシャッ!」
誰もがサーシャの名を呼ぶ!
灼熱の中の、堕天使の名を連呼する!
肌が焼ける激痛と恐怖がサーシャを支配していた。
この痛みを、彼女は知っている。
そう・・・・・・
「諦めては・・・・・・いけない」
「ここで諦める人間に……勝つために……」
「私はここで……諦めない!」
「殺す・・・・・・」
母が育てたこの生命、奪うやつは誰でも
「殺す!」
「殺してでも生き残こる!」
「無能の中から抜け出してやる!」
「本当の強さを、手に入れてやる!」
グローブをしたサーシャの左手が操縦桿を離れる。
パーからグーへ握り込み、体に向けて思いっきり引く!
ルシフェルが地面を蹴る。
炎を振り払い、タルシエルの真上に跳躍する。
引いた拳を突き上げる!
「プラチナ・バック・ドロップターン!」
プラチナ・バック・ドロップターン。
それは、空中で宙返りをしながら体の向きを180°変える、いわば空中倒立反転だ!
そして今使われたグローブ。
これをすることにより、ルシフェルの操作をジェスチャーで行うことができるのだ。
今回のように、タッチパネルや操縦桿が発熱した場合や咄嗟の操作に役立つジェスチャーコントロールアイテムなのだ!
「あのグローブにそんな意味があったのか……」
「設計図を出力した時に分かったんだ。嬢ちゃん、やっぱり見てたんだな」
空中のルシフェルが、眼下のタルシエルを見下ろしている。
眼下の2つのレーダー、腰の右側面と右脚の外ふくらはぎが一直線に並んだ瞬間。
スラスターで加速し、左肩の根本から、腰、ふくらはぎを叩き切る。
タルシエルの損傷は軽微だ。左腕が落とされただけ。
だが、目が見えない。
もしかしたら、どこかのセンサーが生きていて辛うじて外の映像は拾えているのかもしれない。
だが距離感を失ったタルシエルが繰り出す攻撃は、今後二度と当たらないだろう。
沈黙するタルシエル。
ルシフェルは少し離れた距離から見守っている。
「なんで・・・・・・俺は・・・・・・俺は・・・・・・」
「・・・・・・坊やだからよ」
「忘れてはいかんッ!奴もまた天使に選ばれた子供の一人ッ!」
「……!」
「俺はッ……!負けないッ!絶対、絶大、最大パワーでッ!」
お前を倒す!
空気が変わった。
レジスタンスに動揺が走る。
「天使パイロットの多くは発達障害を抱えている……あのアリアのように」
「じゃが、同時に……絶大なる才能を……」
「バトルセンスを、持っているッ……!」
サーシャがブレードで仕留めにかかる。
タルシエルはその右腕を地面に突き刺す。
まもるくんのパンチを遥かに越える、5万トンパワーが大地に響く!
地が割れ、煙が走り、砂嵐を呼ぶ!
「目くらましをッ…!」
スラスターでルシフェルが急接近、タルシエルはそれを読んでいる。
「これが俺の究極必殺……」
突き刺した右腕が引き抜かれ、割れた地面が浮いていく。
巨大な岩石塊が宙に浮き、その右腕はアッパーとなり天を飾る!
「天地創生ッ!アストロデア・ガイア・スマッシャー!」
膨れ上がる砂嵐、宙に舞った岩石塊がルシフェルを刺す!
「バーニンッ!」
割れた地面の間から、マグマの奔流がルシフェルを焼く!
「ああああああああああああああああッ!」
「まだまだッ!」
タルシエルがハンマーを引き寄せ、ハンマー投げよろしくその場で回転し始める。
その旋風が砂嵐となり、炎を伴う火災旋風となってルシフェルを包む!
巨大な岩石が宙を舞い、大地からは炎が走り、巨大な火災旋風が巻き起こる。
「な、なんて奴じゃ……」
「レーダーが死んだら大自然を利用した地形攻撃……」
「天変地異……まさに地獄か……」
「だが……」
絶望のレジスタンスに一人、笑う男がいる!
「堕天使にふさわしい風景だ」
男が見据える地獄の中で、タルシエルが嗤う!
「お前みたいなゴミ虫がいくら努力しようと、この天才に勝つことなんかできないんだ!」
才能!センス!環境!
今日のタルシエルを作り上げているのはこの三箇条、どうしようもない運命の壁!
「だけど女……認めてやるよ!お前の努力を!根性を!だが一歩、届かなかっ……!?」
火災に飲まれ、旋風に切り裂かれ、岩石に潰されるその中心に、光るものがある!
「どうしようもなく怖い時……どうすればいいかアイツは教えてくれた」
ここにも一人、絶望の中笑う女がいる!
我々は忘れてはならない、このルシフェルは以前とは違う。
完全新作!レクスト・ルシフェルであるということを!
その特徴は、やりすぎなまでの耐久性!
光っているのはルシフェルの拳、この状態でも、その四肢はかろうじて残っている!
「そうだ、嬢ちゃんッ!俺達の完全新作、徹夜の結晶、情熱、愛!全部まとめて持っていけッ!」
ルシフェルは火災旋風の中心へ飛んでいく。
「こういう時はね……」
旋風で左腕が無くなる。
「勢いで突っ切るのよッ!」
渾身の右ストレート!
回転する巨大ハンマーは拳を捉え、拳はハンマーを捉えている!
「馬鹿なッ!」
「天才のアンタはハウツー本なんか読まないだろうから教えてあげる」
ハンマーに、ヒビが入る。
「そんな!?」
「力の密度っていうのはね、その面積が小さければ小さいほど……」
光る亀裂が走っていく!
「大きくなるのよッ!」
爆砕!
強化されたルシフェルの耐久性は、屈強な右ストレートを完成させた!
「どんなにアンタが天才だって、知識だけは本を読まなきゃ手に入らないッ!」
火災旋風が止む、タルシエルの回転が止む。
割れた地面、吹き出す炎。
地獄の一騎打ち。
「だあああああああああああああッ!」
ルシフェルの右ストレートが、屈強な胸を抉る!
小さな拳の大きい密度が、装甲を割っていく。
コックピットが露出する。
「馬鹿にするなああああッ!」
タルシエルが、盲目の右キックをルシフェルの脇腹に決める!
巨大な足が、ルシフェルの体を壊し、コックピットが剥き出しになる。
交錯する4対の瞳!
「次で決めるわッ!」
「次で決めるッ!」
巨大なパンチとキックが交錯し、ルシフェルの腕が宙に舞う。
「やった…!」
「超必殺……」
両腕を削がれたルシフェルも空へ。
「ライトニング・オーバー・ヘッドオオオオオオオオオッ!」
ルシフェルの右足がスパークし、宙に舞った腕をタルシエルに蹴り込む!
ロケットパンチだ!
その腕はコックピットにねじ込まれ、タルシエルの動きが止まる。
「私の攻撃はまだ終わっていないッ!」
「無理じゃサーシャ!両腕が!」
「両腕が無くても、あの技は極められるッ!」
オーバーヘッドを決めた堕天使はそのままタルシエルの足にジャンプキック。
着地し、姿勢を崩したタルシエルを背負う。
「サーシャ……まさかお前ッ!」
ルシフェルが上昇していく。
グギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
タルシエルの重量にフレームが悲鳴をあげ、金切り声を響かせた。
「よせサーシャッ!ルシフェルの腰が折れるぞッ!」
タルシエルがルシフェルの頭部を掴み、握りつぶしていく。
緑色の眼光が、頭部の破壊でエラーを起こし紅に染まる。
「今やらなきゃ駄目なの……今、この瞬間にしか、できないことがここにあるッ!」
タルシエルの指の隙間に、堕天使の眼光がほとばしる!
「究極必殺ッ!」
タルシエルを背負ったままその場で前方に高速回転し続ける。
「ライトニング……」
その回転は旋風を起こし、タルシエルが巻き上げた岩石を引き寄せる。
「バック……」
そして今、雷が鳴った!
「ハンマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
回転する大車輪が高速で地表に激突!
300m程地表を転がり、地面にめり込んでいく。
「天地ッ!」
ルシフェルが飛び退く。
地下のマグマが吹き出して、大地にめり込むタルシエルを焼く。
ルシフェル、着地。
「撃墜完了!」
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
巨大なマグマが、背中で爆発。
ルシフェルの潰れた頭部に、赤い眼光が揺らめいていた。
「合格だ……」
ライトニング・バック・ハンマー天地。
かつてルシフェルが行った背負投を、強化されたスラスターと馬力により両腕無しで可能にした必殺技。
天高く上昇し、自身が高速前方宙返りを繰り返しながら地面に相手を叩きつけ、地面にめりこむまで回転し続ける、狂気の技だ!
「エルア……見てた?」
「敬語を忘れるな……ばかもの」
地が割れ、炎が吹き出す地獄の中で。
2人の絆と堕天使が、いつまでもかがやいていた。
その日、タルシエルはもう一度立ち上がった。
立っているのがやっとの状態でハンマーを持ち、尚も戦い続ける気迫を見せた。
その鬼神も、無数のミサイルで無力化された。
レーダーを失った統治神側の天使が、どこまでミサイルに対応できるのか、その装甲強度はいかほどかを確かめるための実験だった。
それでも立ち上がり、なおハンマーを振り回し、偶然触れたミサイルを叩き落とし、数多のミサイルを受けてもなお立ち続ける姿はレジスタンスに畏怖を刻んだ。
無力化されたタルシエルが整備陣地に運ばれると、ミサイルの熱と衝撃で死んだパイロットが担ぎ出された。
乗っていたのは8歳の子供だった。
結局ブラックボックスを電子的に開けることはできず、ルシフェルがこじ開けた。
戦闘には勝ったが技術では負けていた。
エルアは今日の戦闘を、キャットウォークで思い返していた。
エルアが教えた全てを吸収し、尚も進化していくサーシャの輝き。
まだ、ドキドキが消えない。
ドックに運ばれたタルシエルは、胴体・足・肩、そしてハンマーがその原型を保っていた。
しかし、それを握る腕はもう無い。
「すげぇよな、あれ」
「なんだロディか」
「なにィ!?今奴の装甲を見てきたが、奴らの技術力は半端じゃねぇ。ありとあらゆる工夫が施された屈強な装甲だ」
「……」
「さっきわかったんだが、レーダーを全部やられた段階でセンサーは全部死んでいた。仮に生きていても、レーダー情報とのリンク無しじゃあどうしようも無かったろうな」
「……」
「想像できるか?真っ暗なコクピットの中で、自分を狙う無数のミサイルの風切り音が近づいてくる瞬間を。それでもパイロットはハンマーを握ったんだ。漢だぜ」
「あぁ…」
「これから、あのタルシエルから搾り取れるだけの技術を吸収する。鬼神が教官だ……まさに」
「鬼軍曹…か」
なおも屹立するタルシエルを眼下に、2人は畏怖と敬意を込めた敬礼を送る。1機と1人の、鬼軍曹達へ。
「しかしお前……本当に詳しいな。どうした」
「なぁに言ってんだよ青二才、前から言ってるだろぉ?」
「俺は、レーダーに詳しい」
そう言うロディの目の下にクマができていた。
ここにも、鬼軍曹が1人。
夜明け前、暁の港。
今日からルシフェルとエルアは、各地の天使を潰す旅に出る。
みんなが起きる夜明け前に、お別れしようとサーシャが言った。
凍えるような深夜の港で、二人は立ったまま海を見ていた。
「あの日も、こんな夜だった」
「うん……」
「お前はただのアルバイター、俺は追い剥ぎのならず者だ」
「お金、持ってなかったでしょ」
「820円も持ってたぞ」
小さく二人で笑った。
夜の底が明るくなって、夜空が消えていく。
「なあエルア……おぬしはなにがしたいんじゃ?」
「俺は……」
エルアの脳裏に、思い出が蘇る。
「サーシャ、そう呼んで」
「えっ……同じ部屋……?エルアと……?」
「ちょっ……ん……どこに手入れてるのよ!」
「私の強さを、見せてやる」
「すごい……」
「さっきから聞いてれば、アレが無いコレが無い……。レジスタンスには子供しかいないの?」
「うるさい……1人で……やれる……」
「私にはまだ、自分の小ささや大人の偉さが分からない。だから、この言葉だけ、伝えます」
「今まで、ありがとう」
「両腕が無くても、あの技は極められるッ!」
「エルア直伝・一本絞り100%……ライトニング・バック・ハンマー天地、完成よ」
言いかけたエルアに、サーシャが振り向く。
朝日が港に差し込んで、サーシャを照らす。
呼吸を忘れる一瞬の美が、そこにあった。
「俺は、お前みたいになりたかったんだ」
どんなに汚く汚れていても、磨けば眩しい光を放つ。
それを証明したかった。
自分も磨けば光るかもしれない、希望のある人生を始められるかもしれない。
そんな希望を抱かせる、この光を探してた。
今はただ、この希望の光を逃さぬように。
エルアはサーシャを力一杯抱きしめた。
サーシャもエルアを抱きしめる。
「こんなに立派に育ったよ」
「敬語は最後まで使えなかったな」
あの日の瀕死の少女の体は今日、たくましくも美しい女戦士の体になっていた。
エルアはそれが誇らしい。
船の汽笛が鳴り、二人は抱擁を解いた。
「じゃあ……ね」
「あぁ、追い剥ぎには気をつけろ」
「逆恨みにも気をつけるのね」
その言葉を背中に刻み、エルアは立ち去っていく。
この青年の物語は、ここからはじまる。
一人の少女が放つ光に魅せられ、歩き始めた今日、この瞬間から――。
「ずっと、あなたが好きでした」
次回予告
緊急通報ッ!
最終決戦始動!散っていく仲間達!
「エルア……偉くなれよ……」
「クソみたいな世界にしてみろ…俺が生き返ってでも壊してやるぜ」
絆が、世界が、天使が!音を立てて壊れていくッ!
「何がおかしいッ!」
「何もかもだよ!」
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「ワシが死んでも教え子のロディとタージボルグがいる…貴様は無駄死にだ!ジョニー!」
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Fallen Angel's 最終話「スーパーフラッシュラブトルネードラブ」
「エルア、あなたを買うわ。あの日私をそうしたように!」
来週も、お楽しみに!
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