第二話「天への反抗」


「————」


 戦闘が終了し、機体から降りるエルア。だがその途端、武装したレジスタンスに囲まれる。


「エルア・ザリヴァイアだな、すまんが一緒に来てもらう。」



 10人以上はいる。全員防弾チョッキを着用しアサルトライフルの銃口をこちらに向けている。


「——エルッ!?」

 コックピット内のサーシャは彼の名前を呼ぼうとした。だが


「出てはいけません!」


 謎の女性の声がコックピット内に響き渡り、ハッチが閉まる。




「エルア・ザリヴィア、貴様はなぜそれを使える…。」


「…」


「助けてもらったことには感謝しよう、だがそいつがいなきゃ俺たちだって被害を受けることはなかった…」


「俺達にとって、その姿がどれだけトラウマかわかるか?」


「…」


「さっきまでなぁ!笑ってたんだよ!、アイツら皆笑って自分の家族の自慢してたんだよ!」


「…」


「それが、このザマだ…。なぁ返してくれ…、返せ…、返してくれっ!あのバカみたいな日々を!!」


「…」


「ふ…、だんまりか、いいだろう!基地でたっぷり叫び声を聞かせてもらおうか!」


 連行されていくエルア。


「どうしよう…、どうしよう…、どうしよう」


「ご主人様が…」


 焦るサーシャ。


「落ち着いてください、サーシャ様」


 またも先ほどの女性の声。


「誰!?」


「失礼しました。私は型式番号・PA-X01,機体コードネーム・Luciferと申します。以後、お見知りおきを。」


「ルシ…、フェル…?」


「そうです、今本機から出ていけば、貴方は確実に殺されるでしょう。」


「え…?」


「彼らの思考ナノマシンから、我々に対する感情は、恩や情などではなく憎悪です。」


「助けたのに……!?」


「恐らく彼らは明確な理由がほしいのでしょう。大切なものを失った辛さを誰かに押し付けようとしています。」


「そんな…、そんなのって…。」


「サーシャ様のおっしゃりたいことは重々承知しております。」


「ですが、ここはエルア様のためにも、ここでお待ちください。」


「エルア…。」


 基地内部・格納庫


 ドスッ!


 椅子にロープで縛られ身動きを取れず、ただサンドバックにされているエルア。顔面を殴られ、顔を蹴られ。竜巻旋風脚を受ける。


「…」


 それでも顔色一つ変えようとしない


「ふ!、面白くねぇなぁ!」


 そういい、エルアの顔を加減せず爆魔龍神脚をかますレジスタンス兵。


「なぁ、そろそろ止めようぜ…、こんなこと」


「何いってんだ、俺たちの家族はコイツに殺されたんだぞ!」


「コイツが直接殺した訳じゃない!、それどころかコイツはこの基地を、この街を!」


「バカ野郎!!、なんも守れてねぇじゃねぇかよ!、何も…、何もぉ!」


 ドアの開く音


「そのくらいにしておけ。」


 レオン・ウェル・クローノだった。


「気は済んだか?」


「あ、いや、これは、す…、すいません…。」


 椅子にまかれたロープをほどくレオン。


「大丈夫か?」


「ああ…」


「だがよ、そいつを放すってんならボスでも容赦しねぇぞ!」


「そうだ!そいつは、みんなの仇だ!」


 ナイフを手にじりじりと距離を詰める兵士。


 そのまま突き刺すも、腹に届く寸前の所で刃が握られ止められた。


 拳に力を込めたのか、ナイフはギチギチと音を立て湾曲する。

 品質は良くないとは言え鉄の刃をを握りつぶしたのだ。この男は。


「バカ共が…少し落ち着け。」


 手からは血が流れている。


「この男を今ここで殺したって俺達の未来は変わらない。」


「でも!」


「俺達の目的は何だ?いつ侵されるかわからない平和を貪ることか?」


「違う!天使共を…俺らの日常を奪ったあの世界を潰すことだ!」


「わかってるじゃないか。いいか、こんな所で油を売ってる暇はない。」


「はい…」


「急いで部隊の再編を手伝え。お前の力も必要なんだ。さぁ行け!」


「サー、イエッサー!ボス!!」


 走り去っていくレジスタンス兵。


「許してくれ、あいつらもどこに気持ちをぶつけていいかわからないんだ。」


 前の椅子に座り、頭を下げるレオン。


「慣れている」


「ここを守ってくれたことは感謝する…。」


 下げた顔から荒鷲のような眼光が光る。


「もったいぶらないでくれ。」


「…だな。」


「我々とともに戦い、Heaven’sを潰す手伝いを欲しい。」


「元よりそのつもりだ。」


「だが機体の整備や生活必需品、その他必要な物は提供してもらう。」


「あぁ、その力を振るってくれるなら安いものだ。」


「交渉成立だ。」


 二人は立ち上がり硬く握手を交わす。


「後でリギットに礼を言っておけ。お前がここで拷問を受けていると私に知らせたのはあの男だ。」


「わかった、だがそろそろ行ってもいいか?」


「サーシャ、だったか。彼女も心配していることだろうしな。」


「飼い犬だ、また後で。」


「私も少し準備がある、昼飯を食ったらまたここに来い。」

「この後ろのデカブツが目印だ。」


 クレーンで吊るされたボロボロのピクシィアに目線をやる。


「生きてたのか…こいつ。」


 ルシフェルコックピット内


「ねぇ、フェリーナ?」

 そう、頭に浮かんだ名前で彼女の名を呼ぶ。


「それは、もしや私のことでしょうか?」

 彼女は困惑したような声で私に問う。


「そーだよ、可愛いでしょ!ルシフェルよりフェリーナのほうが良いって!」


「サーシャ様、ありがとうございます。恐縮です。」

 

「フェリーナ?」


「はい、何でしょうか?」


「敬語……教えてくだます?」


「私もその必要があると思います」


「戻ってきたぞ。」

 

 コックピットを開けたエルアの顔や手足には無数の傷痕があった。

 首から包帯を下げ、右腕を固定している。

 その他、腰にもコルセットを巻いている。


「しばらく操縦は無理だろう」


「そんな……」


「俺の体調など関係ない。食事にするぞ、ついてこ…」

 エルアが姿勢を崩す。

 サーシャが支える。


「すまん……」


「あいつら……」



 食堂に到着すると声が聞こえた…この言葉遣いは……。


「パワーパックは生きとるんじゃがな~あやつ、派手にぶっ壊しおってからに…」

「まぁまぁハイスピードモーターが7個あっただけでも良かろうなのじゃ!」

「しかも280mm榴弾砲なんて素敵なものまで手に入ったのじゃ!」

「じゃがこっちの被害も半端ないからのじゃ~。」

「補給にあの地下要塞に向かうらしいじゃぞ!」

「それよりマヨネーズとってくれんかの。この野菜味がせんし苦い。」

「そういえば地下要塞のプラント野菜は甘いらしいんじゃが。」

「それは美味そうじゃぞ!行くじゃぞ!」

「ばーか、一人で行けるわけ無いじゃぞ。」

「これ見ろ、行くじゃぞ!」

「だからマヨネーズ…。」


 じゃぞじゃぞ言ってるのが6人はいる。

 サーシャは一番近いところにいたメガネの整備士っぽい「じゃぞ」の肩を叩き一言。


「ただいま……」


「こっちじゃこっち!」


 元気そうだったのでエルアはジャムの隣りにいたアル中にお礼を言う。


「あんたが知らせてくれたのか、ありがとう。」


 あたふたしたアル中がすぐキリッとした顔で


「俺、声がデカイから!ガハハ!」


「何言ってんだリギットさん、真っ先に警備兵殴り飛ばしてボスに直訴しに言ったのあんたじゃねぇか!」


「……」


 サーシャは静かに会話を見ている。


「それ黙ってろって言ったじゃねぇか!格好悪ぃじゃねぇか!」

「…と、それはいいんだ。あの後ボスからこいつを預かってよ。」


 差し出された小冊子の表紙を見てエルアの目つきが変わる。


 『楽園侵攻作戦、通称・エデン・リ・エントリー』


 その作戦内容とは!いろいろ引きつけてウラジーミルの406mm砲でドカーン!というものだ


「出来るのか?」


「ここのレジスタンスの戦力じゃあマジになった最強天使ロボ軍団に敵いやしねぇ。」

「そこでだ、ここから北に13時間ドライブした先にある旧弾道ミサイルサイロに向かう。」

「あそこは言うなれば兵器のスーパーマーケット!いや、ハイパーマーケットだ!」


「ヘリはあるのかの?!」


「カモフ・アリゲーターが売ってたぞ!」


「スイーツはどうじゃ?!」


「大根パフェが美味いぞ!」


「エルアの坊っちゃんには薄い本もあるぞ!」


「興味ない。」


「興味ないいただきました!ホイ!」


「ホイ!><」


 ジャムが乗る。


「ちなみにアポ無しで行くと誰だろうと88mm高射砲40門水平掃射で消し炭にされるからな。」


 サーシャがふと思い出す。


「エルアの旧弾道ミサイルサイロって……」


「ああ、俺達の目的地だった」


「お前らどういう関係なんだ……」


「農家と米だ」


「どういうことなの……」


 無視して、改めて食堂のメニューをサーシャが確認。


「豆腐のない麻婆豆腐……五郎特製辛子高菜ごはん……チャーハン大臣推薦チャーハン……」

「辛子高菜一つだ」


 厨房に向けクールに注文、テーブルにつくエルア。


「ごめんねぇ、うち食券制なの」


「カッコ悪……」


「うるさい、行くぞあきたこまち」


「ヒュー!」


 食堂中から歓声が湧く。


「うるさい!」







 外では生きてる機体の修理が進んでいる。この6人も食事を済ませたら作業に戻る。

 街はほぼ壊滅状態、復興は無理だろう。


 出発まであと48時間、ある程度機体の修理も終わってきた。

 格納庫にエルアとサーシャが出向くと、整備員達の不眠不休の作業が続いていた。


「なぁエルアの坊っちゃん、一つ話があるんだ。」


 話しかけてきたのはアル中だ。正直、名前を聞かれてもすぐに言えない程度にはアル中で通ってる。エルアは怪我を悟られないよう、人前では包帯やコルセットを外している。


「ルシフェルのことなんだがよ、初戦でだいぶ無理したらしくて結構ピンチなんよ。」

「出力比で言うと1/10程度まで落としてやっと安定する状態だ。」

「右腕は溶けちまって代わりにムゥーリエルとかいう奴のをつけてる。」

「装甲だってほとんどタルシエルのを加工して合うようにしてるだけだ。」


「武装は?」


「ムゥーリエルのブレードが1本とタルシエルのブレードが2本。」

「そして30mmガトリング2本と280mm核榴弾砲『ノットホール』。」

「あと、胸にスペースが有ったから50mm機関砲を積んでおいた。連射するとコクピットがミキサーになるからセミオート式にしてある。」


「十分だ」


「こっちの機動兵器はデモクラッドが8機、ウラジーミルが5機、まもるくんが12機。」

「航空戦力はOH-6観測ヘリ2機とMi-24ハインドが1機。」

「車両はコマンドカーが6両、大型トラックが8両、底床大型トレーラーが3両、ルシフェルでも積める超大型ウイングトレーラーが2両。」

「そして我らが切り札、ピクシィアとレオニードが一機づつ。あとお土産……なんだ、嬢ちゃん」

 サーシャの視線を感じて振り向いた。

「別に……」

 吐き捨て、サーシャはそっけなく目をそらす。

「何だよその態度!言いたいことがあるなら言えよ!」

「だったら言ってあげましょう」

「やめろサーシャ」

「さっきから聞いてれば、アレが無いコレが無い……。レジスタンスには子供しかいないの?」

「てめぇ……」

 整備員がサーシャの胸ぐらを掴む。

「守ってもらえば、人が死んだからエルアを殴る?アンタ達さぁ……」

「サーシャ!」


「いい歳こいて何やってんの?」


 整備員が殴った。

 それより早くエルアがその拳を止め、サーシャを殴った。


「くっ……そんな子供みたいなことしてるから勝てないんでしょう」


「野郎……!」


 サーシャを整備兵が取り囲む


「よさねえか!」


 アル中の叫びで格納庫が静まり返る。


「エルアの坊っちゃんの事なら、俺が代表して謝ろう。すまなかった」


「……」


 アル中が頭を下げるのを見ると、サーシャは静かに格納庫を後にした。


「おやっさん……」


「へっ、アレぐらいキレてる方が健全ってもんよ。反抗期がきちんと来てる証拠だぜ」


「しかし……」


「話が逸れたなエルア……いくら救世主様とはいえ搬入は手伝ってもらう。ルシフェルの動作チェックも兼ねてまもるくんをトラックに積んでくれ。」


 まもるくん。交通整理用汎用歩行機械。

 Heaven's警察が使っているのもそれだ。

 元は戦闘用だったそれが型落ちになり、交通整理に天下りした。


 そんな型落ちだからこそ、闇取引で手に入る。


「わかった。最善を尽くす。」


 そう言いルシフェルに乗り込みまもるくんを握りつぶした。


「エルア様、0点です。」


「フェリーナとか言ったか」


「はい」


「みんなには…内緒だ」


「それは難しいかと思われます」


 フェリーナが映した外部映像には、悲鳴を上げながら集まってくる整備員達がいたからだ。



 積み込み作業は夜を徹して行われた。


 一番最後の大荷物、超大型自走砲ウラジーミルがゆっくりとトレーラーに乗っていく。

 それを眺めながら、整備員達は何が入っているか分からない闇海苔巻きを食べ仕事を納めた。


「あっ、りんごが入ってる」








 2.楽園の門番童女


 レオンが叫ぶ。


「進路、北!旧弾道ミサイルサイロ!」


 あんなになっても自分たちの街だ、名残惜しさを噛み締めつつ18両のレジスタンスの車列は北へ向かう。





 同時刻、Heaven’s統合指揮本部、通称「大聖堂」。


 ーーーザザッ

「こちらアクビィズ、敵基地に潜入。シャハ隊長のムゥーリエルが率いる我らの部隊は謎の熾天使級一機により壊滅、助かったのは自分だけです。」


 彼はアクビィズ・ドライグ。ルシフェルに吹き飛ばされたまま忘れられていて助かったのだ。


「この基地で耳にしたのですがその熾天使は『ルシフェル』というそうです。」

「さらに、レジスタンスに貰った指令書によると北の弾道ミサイルサイロへ補給に向かったとの事。対応を請います、マザー。」


「アクビィズ、ありがとうございます。此処から先は彼女に任せます。」

「…レジスタンスには個体管理を教えたほうが良さそうですね。無防備過ぎます。」

「イエス、マザー。」



 ーーーザザッ。通信が切れる。


 切れた通信機を握る手が震える。寒さや恐怖ではない。ただひたすら湧き上がる怨念が全身を巡っているのだ。噴き出しているのだ。


「ルシフェル…。ルシフェル……。ルシフェルゥゥゥッ!忘れない、その名前ッ !その顔!その動き!その力!」

「奴は…俺の完璧な経歴に泥を塗った…ッ!奴だけは…絶対にこの手で殺す!」


 アクビィズは無人の街で叫んだ。




 旧弾道ミサイルサイロ。

 核弾頭数百発の直撃にも耐えうる終末戦争用の遺物。対爆シェルターのハッチは横320m、縦70mはある巨大なものだ。


「こんなに大きいとすぐバレそうな気がするんだけど…。」


 装甲車の後部に乗っていたサーシャが運転席に顔を出すと助手席のジャムが真っ青になっていた。


「乗り物酔い?」


「ち、違わい!対地ミサイルでロックオンされとるんじゃが、数が…。」


 『2416』そう画面に表示されている。


「え、なにこれ。」


「アポ無しで来とったら2416発の対地ミサイルで2416回死んどったというアレじゃ。」


「慣れてる。」


「慣れないでよ!」


「だから敬語をだな……」





 後方にいたコマンドカーが最前列に行く。レオンだ。


「マスターグリゴリー!私だ、レオンだ!レオン・ウェル・クローノだ!」


「レオンか、久しぶりじゃあねぇか。何の用だ?」


 スピーカーからしゃがれた声で返答が来る。


「アポは取ったはずだ。早く開けて欲しい、こちらも疲弊している。」


「じゃあ合言葉を言ってもらおうか。世界の宝はッ?!」


「エルア、ジャムに伝えてくれ。プランBと。」


 装甲車にレオンの通信が届く。ジャムはニヒヒと笑い装甲車の上部ハッチを開けて…


「儂からもお願いじゃ!グリゴリーおじちゃん!」


「おじ…ッ?!えっ…」動揺するスピーカー。


「儂はジャム、12歳!お願いグリゴリーおじちゃん!」


「え~っへへ、あー、ジャムちゃん?おじちゃんと楽しいことしない?」

「なんて言って開けると思ったか、あぁ?!舐めてんのか?」


 ガゴゴ…とハッチが開く。『ジャムちゃん以外は88mm高射砲でファックする』と書いてあるハッチが。


「もう一つ手土産がある。」


 レオンの横にトレーラーが止まる。


「ちょい待て、本当に儂も献上する気か?」


「しないのか…?」悲しそうなた声がスピーカーから漏れる。


「これだ。シートを剥がせ!」


 まもるくんが4機がかりで防塵シートを引き剥がす。


「ほう…コイツぁ凄ぇ……!」


 タルシエルだ。しかもほぼ無傷の姿の。これはエルアも知らなかった。そういえば残骸をかき集めて修理していたな…。


「武器弾薬、生活品嗜好品消耗品の類いはこの中級天使、タルシエルを売った金で買わせてもらう。」


「ったく、とんでもねぇ取引吹っかけて来やがって…。」

「いいぜ、好きなもん好きなだけ買いな!中級天使まるまる一体なんざいくら積んだって買えやしねぇ!」

「さぁ、地獄の会員制スーパーマーケットに驚くがいい!」


 対地ミサイルのロックがすべて外れたと同時に核シェルターが開く。


「言ったとおりだ。欲しい物を欲しいだけ積んでいく!」


 レオンの声に歓声が上がる。


 入場中にスピーカーから声が再び聞こえる。


「…で、ジャムちゃんはいくらで売ってくれるんだ?」


「儂は安くないぞ、100億ドル用意せぇ!」


「キャッシュでいいか?」


「本気にするんじゃない!馬鹿じゃろオヌシ!」


「ジャムちゃんは天使より高価ってわけだ。いや、ハッハッハ。」

「そうさ、人間の価値ってのは機械より高ぇのよ。」


 なんとか弾道ミサイルサイロへ入れたレジスタンス一行。最後の車両が過ぎた30秒後にシェルターは再び門を閉ざした。


「人間の価値は機械より高い…か。」


 サーシャは1人、500円硬貨を握りしめていた。

 エルアが払った3億2700万。


 使うなら、今だ。


「あんな奴らに頼らなくたって……」





 レジスタンスたちは駐車場に着き、久しぶりの揺れない床を堪能し、目的のものを探しに散り散りになっていく。


 その中にエルア、サーシャ、ジャムの3人も物色していた。


「見てみろサーシャ!あれは何じゃと思う?」


「でっかいヘリコプター?」


「惜しい!『Mi-26 重輸送ヘリ ヘイロー』じゃ!ほぉ~あんなもんまで売っとるのか。」

「あ、あれ見ろ!パンはパンでも『XF5U フライングパンケーキ』じゃぞ!」


「美味しそう…。」


「腹壊すぞ…。」


「あ、あのオレンジの…何じゃったか…」


 唸ってるジャムの後から影が一人。


「『ベル X-1 マッハバスター』人類が初めて音速を感じたジェット航空機だ。」

「因みにマッハバスターはタミヤ模型が自社製品のプラモデルにつけた愛称で元々は存在しない。」

「更にあのキットは特徴的なエンジン内部を完成後に観察できるように透明のパーツが付いてくる至れり尽くせりな一品だ。」

「しかも当時価格で1000を切る価格でとてもリーズナブルで歴史的資料としての価値もある。」


「そんな説明しなくてもいいぞアル中おじさん…。」


「そうか、嬢ちゃんは航空機が好きなのか!」


 アル中が増えた。


「ジャムちゃんくらいの歳ならあの『F-4 ファントム』とかがドンピシャだろうがよぉ!」


 マスターグリゴリーだ。何故ここに…。


「上陸してくるロシアの戦車級やら要塞級を文字通りバッサバッサと切り倒し血祭りにあげた新兵器の夜明けみたいな野郎だぜぇ!」


「背面には長刀か突撃砲を2門装備出来て…」


「ちょい待つんじゃ、なんで戦闘機に刀が付いてるんじゃ?!」


「まぁまぁ見ればわかるって!」


「オウオウ嬢ちゃん連れて行くなら俺も連れてけやぁ!」


「んだぁ?テメェ何もんだぁ?」


「リギットヒューズ、おじさんさ!」


「気に入った!俺ぁグリゴリーゲルタだ!」


「ま、待て!離せ!助けてくれー!エルアー!」


 おっさん二人はジャムを担ぎあげて倉庫の奥に行ってしまった。


「大丈夫かしら…。」


「うぉぉぉぉぉ?!何じゃコイツは腰に戦闘機がくっついとる!ホォーッ!」



 リギット達を見送りながら、エルアとサーシャもスラムを歩く。


 ――少女だ。


 古びたみずぼらしいこのスラム街に一人、可憐な姿の幼い少女が歩いてる。

 スラム街に似合わない、綺麗な衣服に身を包む。


 珍しいと言うべきであろうか...。まぁ、街に一人は目立つ人間はいるだろう。だが街の誰一人としてその子がいることに気づいていないようだ。


「ゴミを探しているのよ」

「ゴミ……?」

「えぇ、私もよく探したわ。食べかけの弁当とか、ごちそうよ。ご飯がネバネバするの」

「エビフライはいつまでたっても美味い」


「どうした?」


「え?」

 驚いた表情でエルアを見る少女。

「あぁ……ただの探し物です」

「何を探しているんだ?」

「私と姉”らしき”ひとの写真が入ったペンダントです」

「らしき?」

「はい、らしきです。私には記憶がありませんので」

「そうか…、それなのに姉と言える根拠は?母親や他人かもしれない」

「なんとなくわかるんです。その人が姉だってことが…」

「そういうもんか」

「そういうもんよ」

「すいません、もう行かないといけないので」

「ああ、じゃあな」

「はい、ありがとうございました」



 A.M.06:00


「し……死ぬ……」

「気絶しない程度には体力がついてきたな」


 早朝20kmダッシュの帰り道、エルアとサーシャはスラム街を通った。

 訓練の際、エルアはいつも竹刀-SINAI-を持っている。

「人間にできて天使にできない動きはない。生身で走る感覚、リズムを操縦に活かせ。パイロットに”出来なくて良いこと”など一つもない」

「うぅ……おえぇ……」

「歩行とダッシュの操縦ショートカットキーを言ってみろ」

「機体の足が両足接地している状態で……Ctrl+Wで歩き、Ctrl+Rで走り……」

「そうだ、ダッシュのみ片足接地から移行できることを忘れるな」

 

 天使・その他機動兵器の操縦系は、PCキーボードのボタンで全て再現できる。

 少しでも操縦方法を理解しやすくしようという配慮で、この操縦系のおかげで遠隔操作天使が実用化した。

 昨日まで事務仕事をしていた人間が、次の日からキーボードで天使を遠隔操作する時代。

 エルアのこうした教育は、もはや過去の遺物となっている。


「おえぇぇ……」

「返事はしっかりと!」

 竹刀-SINAI-がサーシャの足を叩く。

「でぃ、DV……」

「敬語を使え!おっ……昨日の」


「おはようございます」


「こんな朝早くから探しているのか?」


「…はい、ずっとです」


「そうか…」


「では」


「待ってくれ」


「はい、なんでしょう」


「どんなペンダントだ?」


「銀色でハート型の小さなペンダントです。って、もしかして探してくださるのですか?」


「ああ」


「ありがとうございます…」


「その礼は見つかってからだ」


「はい」


「あ、あの」


「ん?」


「アリア…。アリア・リーテッドです。私の名前……。」



「よろしく、アリア」


「はい……あの……何か?」


 アリアがサーシャを気にする。


「別に……」


「すまない、ちょっと疲れているんだ。さぁ、行こう。サーシャは先に帰って、教本の30Pから、もう一度基礎動作の復習問題を解け。帰ったら答え合わせだ」


 スラムの街に2人が消える。


 サーシャはポケットに入っていた500円玉をトス、音を立てて地面に落ちる。


「裏……」


 2人が消えた方向を一瞥し、サーシャは走って基地に戻った。




 明くる日も、その明くる日もエルアはアリアとペンダントを探した。

 姿を見せないエルアと反対に、いつも基地にいるサーシャが話題に上がる。


「サーシャの嬢ちゃん、最近頑張ってるな」


「毎朝どこを走ってるのか知りませんが、ゲロ臭くて叶わんのです。シャワーにも入ってないようだし……リギットさんからも何か言って下さいよ、整備員に対する態度も悪いし……」


 朝エルアと走り込みをし、基地に戻って1人で座学とシュミレーターでの訓練を繰り返す。それが最近のサーシャだ。移動にはキャリーケースを伴い、その中には常に参考書が入っている。歩く時もメモ帳を開き、昨日の失敗を振り返る。


「シュミレータールームを見るたびにアイツがいて訓練してるんですよ、もう気味悪くって……」


「自分を痛めつければ、どこか安心する。若い頃ってのはそんなもんだ。だが……」


 確かにちょっと気になるな。

 そう言ったリギットの足元には、サーシャのメモが一枚落ちていた。

 病的なまでにビッシリと過去のミスを綴ってある。


「……」


「なぁリギット、ルシフェルその他の修理はどうなっとるんじゃ?」


 ジャムがやってきた。

 時刻は午後2時半。

 魔女の目覚めは遅いようだ。


「あれからもう5日だ、その他の修理と補給は大体済んでいる」


「毎日ボスが見に来て『まだか!早くしろ!』ってどやしに来る」


「外装はだいぶ綺麗になっとる様に見えるがの」


「レストアと設計の鬼みたいなここの整備員も設計図無しじゃ全然進まねぇよ」


「所々固着してて、そもそもどこがどうなってるのか分からんようなとこもある」


「あのAIのフェリーナちゃんってのがどうやっても教えてくれないんだよな」


「電子ロックを解除して、と言われても何なんじゃ?あのパズルは…」


「どういうの?」


 サーシャが問うとジャムが作業箱の中から紙を取り出す。


「これじゃ、108×108のなんかようわからん図なんじゃがここのスパコン使ってもさっぱり解けないんじゃよ…」


「あ、これ知ってるぞ」


「何?」


「ここをこうして・・・ここを押し込んでこっちを回しながら2Pコントローラで歌うのじゃ」


「Auf der Heide blüht ein kleines Blümelein Und das heißt: Erika!」


「ちょっとまて何語だそりゃあ!」


「なんじゃ、ドイツ語もわからんのか」


「Heiß von hunderttausend kleinen Bienelein Wird umschwärmt Erika!」


「う、歌はわかったから次はどうなんだ?!」


「拍手」


「拍手?」


「はい拍手!」パチパチパチ!ビーッ!


「これでおしまい!」


「あぁーっいけませんジャム様!そんな、そんなぁーッ!」


 突如割って入ったフェリーナからデータが送られてくる。


「おー…よくわからねぇがこれなら作業が進むぜ!おい!」


 ははーっ!と付近の整備員がデータをタブレットに保存し、どこかへ持っていくとアナウンスがあった。


「同志諸君、ご苦労。先程我々はルシフェルの設計図データを手に入れた!5番PCに保存してある……必要な者はコピーしていくがいい!混んだらちゃんと並べよ!」


「HAHAHA!あがめ、まつれ、たてまつれー!」


「やってるな!2Pコンマイクとは懐かしい……、音割れ必至のクソ音質。青春のメロディーだ」


 2人が振り向くとレオンが立っていた。

 さっき見た時は通行人をかみ殺しそうな顔をしていたのに今は機嫌が良さそうだ。


「修理にどれだけかかる?」


「へぇ…一週間くらいですかね?」


「4日でやれ」


「り…了解ですぜボス!」


 ・・・・・・


「行ったか。実はよ、この作業は3日あれば終わるから大分ホワイトな職場になるんだぜ」


「いや、儂が手伝うんじゃから2日で仕上げじゃ!」


「「ガハハハハ!」」


 肩を組んで、2人は笑った。


「おいおい!なんだなんだなんなんだ!」


 突然格納庫が騒がしくなる。


「オーラーイ!オーラーイ!」


 何かが運び込まれて来たようだ。

 ただでさえ狭い格納庫はこの間買い付けた兵器で一杯。もう入る場所はない。


「ありゃぁ……まもるくんのB型か」


「交通整理用の作業機械じゃったか。B型といえば武装を施された攻撃型じゃな」


「あんなの買い付けリストにあったか……」


「リギットさん、どうします?」


「せっかく届いたんだ、初期設定だけしてその辺に置いとけ」





 その日の夜、寝室に帰ったエルアをジャムが待っていた。


「最近、怪しい幼女とつるんでいるらしいな」


「魔女がよく言う」


「そいつ、恐らく天使のパイロットじゃ」


「……」


「天使は上級になればなるほど高性能になっていく。高性能になればなるほどコックピットは狭く小さくなっていく。じゃから上級天使のパイロットは小柄な子供が多い……知っているじゃろ」


「あぁ」


「そして彼らにはずば抜けた操縦の才覚がある。一瞬見た図・数字・映像をそのまま書き写したり、0.1秒の反応速度を持っておる……その多くは発達障害の子どもたちじゃ」


「知ってる」


 今日、ひそかに見つけたペンダント。

 その中の写真には、アリア1人。


「向こうは何かを狙っている……あまり深入りしないほうが良いのではないか。それに拷問で受けた傷も完治してないじゃろ。作戦に備えて休んでくれんか、とのお達しじゃ」


「作戦にはサーシャを出す」


「そのサーシャ、今どうなってるか知っとるか」


「与えたメニューはこなしている」


 聞くとジャムは、数枚の紙をエルアに手渡す。


「朝4時から走り込みで帰るのが7時、そこからひたすらシュミレーターと学習室を往復しておる。最近では学習室の本をシュミレーター付近に置いて泊まり込みじゃ。その数字を見てみぃ」


「シュミレーター稼働時間、一日平均20時間……」


「基本操縦教本用の練習問題を何回も何回も解いておる……ショートカットキーからレーダーの仕組みまで、覚えるまで繰り返してるんじゃ」


「……」


「あの娘……じきに壊れるぞ」








 作戦当日


「物資の搬入はどうなっている?」


「バッチリです!いつでも行けます!」


 それを聞いたレオンはピクシィアにゆっくり乗り込み、震えながら叫ぶ。


「全部隊に告げる!反抗作戦の準備は揃った!今こそ楽園の壁を破壊するときが来たのだ!」

「これは我ら人類の名誉と尊厳を守る戦いである!使用兵器は心許ないが、我々には奴らにはない心がある!」

「人が見る未来や夢は人が掴んでこそのものである!今こそ楽園の壁を破壊するときが来たのだ!」

「人が人であるために!鎖で縛られた世界を解き放つ!」

「どれだけ血が流れるかわからない、どれだけの悲しみが生まれるかわからない」

「だがそれは言うなれば革命への道標!」

「死んだ者、残された者、誰一人として無駄な者はいない!」

「ここに残る者は止めはしない」

「戦う意志のあるものは前へ!」


 その場にいた者全てが踏み出し腕を突き上げる。


「十何年もこの日の為にやってきたんだ!今更引くやつなんていねぇよ!」

「ウオォァァーッ!」


「お前達・・・」


 レオンの目には涙が浮かんでいた。


「よし、そうと決まればグリゴリーに伝えてくる…」


「その必要はねぇぜ!」

「悪いがテメェらだけじゃ役不足だと思ってな、こいつを動かす!」


 どこからか現れたグリゴリーが壁に平手打ちを決める。


「壁を動かすのか?何を…」


 レジスタンスがざわついたその瞬間、凄まじい轟音と共に街が揺れる。


「な、何だってんだ!」「地震だとぉ?!」

「ついにこの日が来た!」「見せつけてやれ!」


 レジスタンスが悲鳴を上げる中、弾道ミサイルサイロの住人は歓声をあげていた。





「作戦開始!!」


 輸送艦の甲鈑に並べられたミサイルには思い思いの罵詈雑言が書き殴られていた。


「これが俺たちの怒りだ!第一波、その名も『Bad Fire Flower』(汚い花火)作戦!」


「全弾ぶちかませぇ!」「喰らいやがれぇ!」


 全ミサイルが壁へ向かって発射される


 だが半分は迎撃され、命中したミサイルもあまり効果がなかった。


「あの壁、相当厚いな…」


「予定通りとは言え少し悲しいな…」


「隊長!、接近する機影を確認」


「天使どもか…」


「下級天使15,中級天使2!」


「敵部隊に上級天使の存在を確認!!」


「なんだと!?」


「堕天使から中隊長へ、中級以上の天使はこちらで相手をする」


「おお、エルアか、頼んだ」


「了解した」


 ルシフェルの中にいるのはサーシャだ。エルアは自室から、外部との通信とサーシャへの指示に追われている。


「いいかサーシャ、わかっているな」


「……今のルシフェルはマニュピレータを換装した急場しのぎの機体……使えないグズ共が……」


「マニュピレータだけじゃない、装甲以外はすべて手つかずの状態だ、無理だと思ったらフェリーナに任せろ」


「やれる……私は……アイツらとは違う……」


 ズタボロだったルシフェルは小奇麗に改修され赤と黒のカラーリングに塗られていた。妙な部分といえば右腕がムゥーリエルの物となり、背面にはガンシップの主翼を改造した滑空機動ブースターとミサイルコンテナを積んでいることだ。


「そのブースターで上昇はできんからの!デッドウェイトにしかならんから接近したらさっさと撃ちきってパージするんじゃ!それに絶対リミッターを外すんではないぞ!最悪大爆発するからの!」


 事情を知ったジャムからも司令がある。


「了解」


「サーシャ、おぬし大丈夫か」


「……」


 

「総員、出撃!」


 レオンのコールがかかった。

 作戦が始まる。


 ルシフェルはアンバランスな体をよろよろさせながらカタパルトにつくと、足がロックされ後方の耐熱版がせり上がる。

 点火されたブースターは出力を上げ、電磁カタパルトが射出される!強力なGが、睡眠不足のサーシャを絞る。


 飛び立ったルシフェルを確認し、レオンは次の命令を出す。


「それでは第二波、『スメリチャーク』(無鉄砲)作戦へ移行!ルシフェルを支援せよ!」

「自走迫撃砲部隊は前へ!」


 機体より長い240mm迫撃砲を背負ったデモクラッド35機が輸送艦横から発進し後ろを向き砲撃姿勢を取る。


「よーく狙う必要はない!先頭の奴らの足元を狙え!誰かに当たる!」

「本隊には後で合流する!健闘を祈る!」「ご無事で!」「目標、2000m先の天使!」


 輸送船後方でゴォーン…ゴォーンと鐘を打つような発射音が鳴り響き続ける。


「3……2……1…着弾…今!」


 先頭の天使は運悪く頭部に直撃を受け、ひしゃげながら爆散する。後続機も足や肩にレーザー誘導弾を受け2機、3機と行動不能に陥る。


「あんまり減らねぇか…88mm対空砲を撃ちまくれ!白兵戦はそれからだ!」

「それと、エルア!ウラジーミルの406mm砲で壁を粉砕するから、タイミングは任せたぞ!」


 マスター・グリゴリーの声とともに輸送艦中央エレベーターがせり上がり、規格外のサイズの自走砲が姿を現す。それは手際よく甲鈑に固定され姿勢を低くし照準を合わせた。


「さぁて、散々ぶっ潰したがあと12機残ってやがるな下級天使ども!アレを出すか!」


 輸送船の甲鈑に仁王立ちするのはそう、あの時のタルシエルだ。…いや、なんだか趣味の悪いデザインに変えられている。さしずめマッドタルシエルといったところか。

 脇には攻撃機『A-10・サンダーボルトⅡ』が抱えられている。


「もう飛べる飛行機はここにはねぇが武器は使えらぁ!」


 そうパイロットが叫びサンダーボルトを構える。裏には10本のガンポッド!


「すぐ死にたいやつはこっちへ来い!」


 いくら天使といえど対地攻撃用のガトリング掃射を、それも10本同時に受けてはひとたまりもない。と、後退する機が3機。


「…着弾…今!」


 筒前の爆風で倒れた下級天使に追い打ちをかけるようにさらにレーザー誘導弾が降り注ぐ。


「ちょっとタイムしたいやつは離れろ!」


 唖然とする僚機をガンポッドが削り取る!

 

「よし…行けるぞ!エルア!砲撃のタイミングはどうだ!」


 ブリッジのレオンの問いに返答はない。




 タルシエルと新型天使がルシフェルに立ちふさがった。


「……このあいだの機体……」


「ですが先頭の一機は未確認機です。注意してください」


「巨大な盾を持っている奴もいる、サーシャ、様子を」



「うるさい……1人で……やれる……」


 バックパックミサイルコンテナ、ハッチオープン


「おい!」


 コンテナからミサイルを発射、着弾、黒煙。


「やったか!?」


「やってない……追加攻撃で仕留める……」


 滑空機動ブースターを点火、急接近。


「待て!サーシャ!」


 ムゥーリエルの巨大な右腕で、事前にロックオンした新型天使を殴りにかかる。


 黒煙の中に腕を入れる、当たる、確かな手応え。


「えへっ♪」


 爆発。


 黒煙が晴れる。

 右腕を失ったルシフェルはタルシエルに羽交い締めに合っている。


「くっ……!」


 新型天使が戦闘全域に響く音量の声を発信する。


「駄目だよ、お姉ちゃん。盾に攻撃しちゃぁ……お姉ちゃんが攻撃して、私の左手の盾が受け止める。でも、私の右手は自由なんだからさぁ……♪」


 新型天使の右手には、稲妻を放つ三本のスパイク。

 このスパイクが右腕に刺さり、そこから電流を流されたらしい。


「この声……アリアか」


「件の幼女か」


「離せッ!このクソガキッ、やっぱり天使パイロットだったな!」


「サーシャお姉ちゃんだってクソガキじゃない。エルアおにいちゃんに捨てられちゃったからって、カリカリしないでよ」


「うるさいッ!」


「お姉ちゃんを放っておいたお兄ちゃんが私と何してたか知ってる?お兄ちゃん、凄いんだよ……そう、こんな風に♪」


 身動きが取れないルシフェルのコックピットにスパイクが突き刺さり、電流が流れる。


「ぐあああああああああッ!」


「アリア、あんなの初めて♪」



 その光景を、戦場にいる誰もが見ていた。


「サーシャ……!?乗ってんのはエルアじゃねえのか……」


「おいどうなってるんだ!?」


 その混乱を突いた天使に、1人1人殺されていく。


 状況を見かねて、援護砲撃が新型に入る。

 羽交い締めが一時とける。


「おい、大丈夫か!」


「うるさい……お前らなんかいなくたって……私が1人で殺してやる!」


「なにィ!?」


「自分の命を救ったエルアに酷い事して……アレがない、コレがないって言い訳して……そんなアンタ達になんか絶対負けない!まもるくんもろくに動かせないのに……でかい顔しないでよ!」


「野郎……ぐあっ」


 言い争っていた1人の砲兵が、天使の砲撃を受け死んだ。


「アンタ達みたいな無能よりッ!わたしの方が有能なのよッ!努力もしないで、泣き言ばっかりほざいてるアンタ達よりッ!」


「言い過ぎだサーシャ!」


「うるさいッ!」


 サーシャは一方的に通信を切った。



 有利だった戦闘は混乱状態。

 敵天使は壁の向こうから無限にやってくる。

 盾天使とタルシエルはなおもルシフェルだけを狙い、中距離から砲撃で攻めてくる。


「お姉ちゃん、嫌われてるね♪」


「うあああああああああああッ!」


 愚直に飛んでいくルシフェル。

 機動ブースターに被弾し、地面に叩き落される。


「サーシャ様!落ち着いてください!」


「黙れッ!AI風情が、上から私に話しかけるな!」


「サーシャ様……」


 タルシエルと新型天使がたかりに行く。



「エルア……こうなってはもう……」


「グレゴリー、射撃目標を指示する」


「おい……おぬし……」


「目標はルシフェルだ。あの新型天使、ここで仕留める」


「駄目だエルア!俺達もルシフェルを失っちまう!」


「撃たなければレジスタンスが無くなる」


「・・・・・・良いだろう」


「いいのかレオン?!」


「ここで俺達が潰滅する訳にはいかない。それに見ろ、あのルシフェルを」


 グリゴリーは驚愕しつつも納得する。

 ルシフェルは壁際に追い詰められている。


「フェリーナ、コックピットの気圧を下げて機体のコントロールを奪え」


「了解」


「ぐぅッ・・・・・・何を・・・・・・」


 サーシャは呼吸困難で気絶した。



「こいつら・・・・・・俺ら以上に無茶苦茶だ・・・・・・」


「フェリーナ、頼むぞ」


「心得ております」


「撃てーッ!!」


 32mの長砲身から凄まじい衝撃波とともに榴弾砲が撃ち出される。アウトリガ代わりの足は甲鈑を完全に破壊し、余波でブリッジの防弾窓を割る。


 魔獣の唸り声のような風切音を上げエルアが指したポイントに弾道を描く。


「艦砲射撃・・・・・・?そんな砲でこの盾を貫通できると・・・・・・」


「フェリーナ、リミッターを解除!逃げ切ってくれルシフェル!」


「おまかせを」


「これはッ!」



 遠目に見えたその光景はさながら核兵器のようだった。オレンジのプラズマとそれに引かれ放電する雷、吹き上がる噴煙に衝撃で吹く砂塵。

 ルシフェルだけを最前線に送り込んだのはこの兵器の誘導を任せたかったからだ。


「メルティングプラズマボムか…噂には聞いていたが、そんなもんどこで拾ってきたんだ?」


「こういうのを実験させたい人間もいるということだ」


「そんなことよりルシフェルは?ルシフェルは大丈夫なのか?!」


 レオンとグリゴリーのやりとりを遮ってジャムが通信機を奪う。


「サーシャ・・・・・・!サーシャ・・・・・・!」


 応答はない。


「嬢ちゃん、整備班が忙しくなりそうだから美味しい料理でも作ってくれないかね?」


「え…?」


 リギットはそう言ってブリッジをあとにする。


「嬢ちゃんだけでもいい、サーシャちゃんには優しく……」



 ーーーザザッ

「こ…ちら、ル・・・・・・ェル・・・・・・作…完了…帰投…ます…」


 炎の蜃気楼の前に、ルシフェルが降り立った。

 新型天使は、盾を残し跡形もなく吹き飛んでいた。


 作戦は成功。

 だが削られた戦力は大きく、レジスタンスは安全地帯へ退くことになる。


 そのレジスタンスを狙う影が一つ、楽園の壁上にあった。


「ルシフェル……許さんぞ……!」





 次回予告


 君達に最新情報を公開しよう!


 迷走するサーシャの心は、暴力によって下される!


 そんな中、新たなるタルシエルが襲い来る!


 エルアが払った3億は無駄金なのか!?


 サーシャはこのまま壊れてしまうのか!?


 絶望の撤退戦に、君達の熱い勇気を分けてくれ!


 FallenAngel's、ネクスト!


「3億2700万の光」


 次回もこのチャンネルに、堕天使ルシフェル降臨ッ!



















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