FallenAngels

キチゴエ

第一話「黄金色の人身売買」



 銃声。


 男が撃ち込んだ5発目の銃弾が、少女のみぞおちを撃ち抜いた。

 少女は痛みで崩れ落ちる。


 深夜のスラム街。壊れた物置のような家々が、上下に左右にひしめいている。

 それでも人は住んでいるのか、狭い通路は排泄物や生ゴミで汚れていた。


 少女の傷に汚水が染みる。

 身をよじるほどの激痛に、白い肌がわななき出す。


 「お母さん…お母さん……」


 病気の母を助くため、深夜のバイトの帰り道。

 少女は追い剥ぎに襲われた。


 男は静かに歩み寄り、少女の胸を踏みしめる。

 少女の呼吸で靴が浮く。


 少女の体中を調べ、金銭の有無を確認。


「たった820円……。ゴミめ」


 小銭を奪い立ち去る男に、挑む声。


「……殺す……」


 口から血を吹き出しながら、わななきながら少女がうめく。


 爆音。


 男の背後で家が吹き飛び、地面が割れる。


 振り返る男に、サーチライトの光芒が刺さる。


「警察だ、神妙に縛に付け!」


 警察、と名乗る男が高みから見下ろしている。


 特徴的なリーゼント、意味なく羽織るデカイコート。


 その足元に鎮座するは10mはある機動兵器。

 どうやらこれがスラム街を突き破りながら追ってきたらしい。


「器物破損!」


 叫ぶと機動兵器の腕が伸び、男を殴る特大パンチ。

 その質量……12.5t!


 男は素早く後退、パンチの衝撃で地面が割れる!


「強盗傷害!」


 機動兵器が跳ね上がり、男を潰す特大キック。

 その質量……52.7t!


 飛び跳ねる汚水が槍となり、かわした男のコートに突き刺さる。

 土煙が辺りを覆った。



 激しい煙と衝撃の中、少女はうなされるようにうめき続ける。


「殺す……!」


 痛くて、悔しくて、それでも少女は男を睨む。

 死ぬのは怖い。

 でも、それ以上に思うことがある。


 自分が死ねば、誰が母を養うのだ。

 撃たれた手足も、母が育てた育児の証。


 その母の命を。


「ここでッ……!」


 こんな奴に。


「消されていいはずがないッ!」


 必死に立とうと、走ろうと手足を使いふんばろうとする。

 どんなに彼女が足掻こうと、撃たれた手足は動かない。


 もがきながら、四つん這いで地を履い男の足元へ。


「殺す……殺す……!」


「……ッ……」



「その子供は何だ!誘拐したのか!ロリコンめ!」


 サーチライトが少女に集まる。


「……ッ!?」


 なんということだ。

 少女は男の靴に噛み付いている。


「……殺す……殺す……」


 涙と血涙、汚水で汚れた顔立ちに、激しい憎悪と恐怖が張り付いている。


 だがその目は、ただ逃げていた少女の目ではない。


 母親を助くため、必死に必死に生きている目だ。

 その目は、真っ直ぐ男の瞳を貫いている!


「いくら欲しい……?」


 男は足元の犬に向かって問いかけた。


「5万、10万、100万、1億……」


 男の手のひらから、湯水のように500円硬貨が溢れ出す。

 それは滝のように少女の頭に降り注ぐ。


「お前を買おう。お前は今から……」



「俺の女だ」



 チャリン、と音を立て、最後の硬貨が地面に落ちた。

 総額、3億2700万!



「働き次第ではもっと出す。せいぜい働くがいい……」


「人身売買ーッ!」


 機動兵器の関節が、唸りを上げる。


「パトサイレン・コォォォルッ!」


 パトサイレン・コール。

 男の機体の各所に隠されたパトサイレンが表出、付近の仲間を呼ぶサイレンだ。

 男の仲間A,Bがあらわれた!


「現行犯で逮捕……現場判断によりッ……!」


 3機の腹部が展開、中から20口径152mm榴弾砲が露出した。


「射殺するーッ!」


「パトリボルバー・キャノン!」


 発射!

 着弾!


 スラム街に響く巨大な衝撃、爆音!

 着弾が巨大な火事を引き起こした、スラム街は大火事だ!


「やったか!?」


 キュルルルル!


「この独特のホイール音……まさか!?」


 男の機動兵器の足を伝い、夜空に舞う巨大な影が一つ!


「BTR-248!」


 男と少女を回収した水陸両用装甲車、BTR-248は危なげなく着地、炎上するスラム街へ消えていく。


「は~ひふ~へほ~!」


 謎の捨て台詞を残して。


「野郎ッ!味な真似を……!追うぞ!」


 キィィィィン!


 甲高い音がスラム街に響く。


「天使の野郎に感づかれたか……撤収だ」


 警官が見据える夜空に浮かぶ、白亜の人形が一つ。

 それは真っ直ぐ装甲車を追っていく。


「せいぜい気をつけろよ、ロリコン野郎……」


 消えた三億円と少女、男。そしてこのリーゼント。


 今、ここに壮大なる物語の幕が上がる!




     -Fallen Angels-






「……起きたか?」


 少女は、声の方へ頭を向ける。

 そこには魔女のコスプレをした幼女が一人。

 体格は小柄で、少女よりも年下のよう。


 双眼鏡の手入れをしている。



「……ふふふ!よーうなされておったぞー、じゃが、お主の苦しそうな顔を見るのも一興であったゆえ起こさずにおった、げへへ」


「ここは一体?」


「装 甲 車 の 中 じゃ」


 BTR-248。

 水陸両用装甲車。

 BTR-80をベースに開発された、ここにしか無い、ここでしか見れない装甲車だ。


「えっ」


 その時、少女は気づく。

 自身を包む、500円硬貨ベッドの存在に……!


「昨夜おぬしを収容した時に同時に運び込まれた500円硬貨じゃ。ご覧の通り、今この装甲車の中は500円硬貨でいっぱいじゃ!なんとかせい!」


「えぇ……」


 いつかの記憶が蘇る。

 暴力、痛み、殺意、500円、リーゼント。


 口の中に、あの靴の味が残っていた。夢じゃない。


 少女の体中には包帯が巻かれ、丁寧な介抱が見て取れる。


 あれから何日経ったのかは不明だが、少女は一命をとりとめたようだ。


「ねぇ、銃を持った男を知らな……」


「そこの合法ロリコスプレ魔法少女!止まりなさい!」


 外から聞き慣れた男の声が響く。

 

「だぁーれが合法ロリコスプレ魔法少女じゃ!略せば魔女じゃ!」


 声のする方から、3機の手足が生えた機動兵器が装甲車に近づいてくる。

 その一機の上には、銃を持ったアウトローな男の姿。

 腕を組んで偉そうに仁王立ちしている。

 わざとらしいモヒカンと肩パットだ。こんなナリだが警備要員なのだろう。


 あの夜の男とマシンだ。


「あの人よく落ちないわね」

「足元を見てみぃ、ちゃんと金具で固定されとる」

 双眼鏡をサーシャに手渡す。

 確かにブーツと足場を固定している。

 荒々しい日曜大工の跡がある。


「プロの仕事じゃ」

「馬鹿なだけなんじゃないの?」

「仕事に一生懸命なんじゃ」

「自分のことが好きなのね」


「な、なんでもいいだろ!そこを動くなよ!今行くからな!」


 その時、彼女は気づいた。男を支える機体の形が歪んでいく。


 爆発音。男の機動兵器が赤熱化し炸裂する。


「伏せろ!」


 爆発の跡に、熔けた兵器が2つ。うち1つは、身体の半分が焼け落ちている。男が乗っていた機体は直撃を受け蒸発。レーザーだ。

 機体が溶け、何かと誘爆したらしい。

 警報。

 車内のナビゲーション端末の画面が真っ赤に染まりおびただしい量の警告文が画面を素早く流れていく。警告文の最後は、大きな文字で結ばれていた。


 -「「天使」」-


 ”要するにこう言っている”。

 幼女が呟いた。


「お前を殺す」


 車内に、無機質な警報が鳴り響いた。



 装甲車が進路を変える。

 やはりこの装甲車にはドライバーがいるようだった。


「2km先からのレーザーじゃ、見てみぃ。…安心せい、対レーザー塗膜を施した魔法の双眼鏡じゃ。目は痛めん」


 

 双眼鏡を覗きこむと、巨大な人形が近づいてくる。

 炎上した男の機体を見やっていたそれと、眼が合う。


「何よ、あれ……」


 言った直後、車内が闇に閉ざされた。

 天使と呼ばれたそれが装甲車の正面をかすめ上昇したのだ。

 装甲車の真上に滞空したそれは、何語かもわからない警告文を読み上げた。


「説明が遅れたな、娘……。よく見ておくが良い……あれが……」


 幼女が天井の銃座ハッチを開く。





「天使じゃ」





 少女が見上げた目と鼻の先に、その顔があった。


 鋼鉄で覆われた体の隙間にセンサーが覗く、その異形。

 正義、最強、自信、誇り。

 見ているだけで、あらゆる語彙が脳に湧く。


「一言で言えばロボット、我らの敵じゃ」




 至近距離で響く警告文に、吹き飛ばされそうになる。


「ロボット……?敵……?これが……?」


 少女よりも更に小さい幼女が、巨大なロボットと戦っている。

 目がくらむような現実に、めまいがする。


 ふいに警告音が遠のき、上昇した。


 沈黙。幼女が素早くハッチを閉める。

「かはッ!」


 車内が異常な高温にさらされる。

 真上からレーザーの照射を受けているのだ。

 鉄でできた装甲車の中は、電子レンジとなった。


 息ができない。

 指、首、頬、皮膚の薄い所から焼けていく。

 室内に溢れる500円硬貨が、凄まじい熱を放つ焼け石となる。

 車内が揺れる度に硬貨が跳ね、サーシャ達を襲う。


 激痛と恐怖で、サーシャはすべてを諦めたくなった。



「諦めるなッ!」


「……ッ」


 車内スピーカーを通して聞こえる声がある。あの男の声だ。


「それでいいのか……。ここで諦め全てを投げて、死んでいく!」


「……」


「誰もが皆、他人を見下し生きている。お前だってそうだろう、自分より優れた相手を見れば、理屈をこじつけ下に見る!醜く卑劣な小心者だ!」


「……っ」


「誰もが諦めたくなるこの状況。今諦めなければ、お前は一つ勝ち抜ける!ここで諦める無能の中から抜け出せる!」


「抜け出せッ!無能の中からッ!殺してでも勝ち抜けろッ!」


 運転手が急ハンドルを切り、なんとか照射圏内から外れる。


 急激なカーブで、車内の500円硬貨が津波となって少女に降りかかる。

 焼け石の中で、嫌な思い出が蘇る。

 誰もが皆、病気の母を見下した。

 誰もが皆、働く自分を哀れんだ。

 顔に出さずとも、態度で分かる。


 あの夜の、男の瞳もそうだった。


 この世は腐った奴で溢れている。



「私は……」


 硬貨の津波の中から飛び出した手が、銃座へ続くハッチを押し込む。

 限界まで熱を持ったハッチが皮膚を焼く。


「私はッ……」


 殴りつけるように、もう一方の手がハッチを殴る。

 ハッチが僅かに浮いた。


「娘…ッ!」


「私は違うッ!」


 一度出した両手を引っ込め、両足で蹴り飛ばす。

 ハッチが開いた。


「よくやった、小娘ッ!」


 幼女が兵器を持って顔を出す。

 対装甲兵器用携帯型連装誘導ロケットランチャー、ペール・ギュント。

 攻撃ヘリなら向こうが逃げ出す性能だという。


 時刻は昼過ぎ、13時。

 太陽は真上にある。

 真上にいる天使に、肉眼でろくな照準はつけられない。


「魔法のッ……!双眼鏡じゃ!」

 頭に巻き付けた双眼鏡で天使を仰ぎ見る。

 が……やはり幼女の体には重すぎた。

 バランスを崩す。



 少女が抱きしめ、支えた。


「1人でなんて、戦わせない……!」


 ロケットランチャーが天使を捕捉し、発射するまでのわずかな間、警告文が途切れる瞬間があった。


「頼むぞ小娘!」


「よろしく魔女っ子!」


 少女が真上を見上げると、天使と眼が合う。

 手持ちのレーザーを、サーシャの眼前に突きつける。


「私はッ……違うッ!」


 闇のような銃口の中に叫び、幼女がトリガーを引く……!


 発射!


 命中!関節に被弾した。

 天使が姿勢を大きく崩す。


 発射!

 命中!

 関節部を破壊され、姿勢を崩した機体が失速して落下していく。


「エルア!いったぞ!」

 エルアと呼ばれた運転手はドアを蹴り開け、右手に握っていた爆弾を敵の腹部に投げ込んだ。


 爆散。


「ジャムじゃ、わしの名前」


「サーシャ、そう呼んで」


 ジャムに向けられた顔にも、その手足にも、火傷の跡が残っていた。

 無能の中を勝ち抜けた、強者の証。


 ちょっと痛いけど、誇らしかった。




 レジスタンス。


 徹底した管理社会を作る政府・Heaven'sに、武力を持って対抗する武装集団。

 彼らは”楽園”と呼ばれた管理区画の外、暁遙かなる荒野に基地を構えている。

 彼女が乗せられた装甲車も、一途その基地を目指していたのだ。


 戦闘の様子を、レジスタンスは見ていたらしい。

 戦闘後、無線で基地に招かれた。


 装甲車を基地内に野ざらしで駐車し、ジャムが降車する。

 多くの人間が彼女を注視していた。その中から歩みでる男が一人。

 レジスタンスのリーダーのレオンだ。


「あの巨大な天使を軽々と倒すとはな…」

「言うなれば、”堕天使”といったとこじゃろうか」

「ハッ、言うじゃねぇか。俺はレオン。レジスタンスのリーダーだ」


 よろしく。

 巨大な手がジャムの小さな手を包み込む。


 サーシャと運転手の男も降車した。

 男は、やはりあの夜サーシャを買った男だった。


 日の下で見ると、そのみすぼらしさが鼻につく。

 傷ついた防弾ジャケットは所々が縫い合わされ、パッチワークの跡がある。

 機能性を重視したズボンは、妙にポケットが沢山あった。

 しかもどれも膨らんでいる。

 特に傷もないのに巻いている包帯に何の意味があるのか、今のサーシャには分からない。

 瞳は暗く、深い。

その奥に何があるのか知りたくて、サーシャはそれを覗き込んでしまう。


「エルアだ。お前の男、持ち主、好きに呼べ」


「はぁ!?ちょっと何言って……」


 食いかかったサーシャを、足払いで薙ぎ払う。


「敬語も使えないのか、ゴミめ。貴様に払った3億2700万、無駄金でないと良いのだが」


 土埃にまみれていると、エルアはジャムと行ってしまった。


「置いていくぞ!付いてこい!」


「……偉そうに」


 小石が飛んできた。


「母親はついさっき楽園の医療施設に入院させた、安心しろ」


 いろんなことが一気に起こった。

 混乱する感情の中で、あたたかな安堵をサーシャは感じていた。


 3人が案内された街は活気で溢れていた。

 看板や広告、電線や人でごった返す街は活気に満ちている。

 路地裏では殴り合い、表でも殴り合い。

 彼らはレオンに気づくと笑顔で会釈し、また取っ組み合う。

 決して余裕のある生活では無い。

 管理社会である楽園の外の荒野は未開拓。

 作物の実りも悪く、苦労を強いられている。

 だからこそ他人と協力しなければ生きていけない。

 そのつながりが、街に活気をもたらしていた。

 どこか懐かしい風景が、そこに蘇っていた。


「騒がしい街ですまないな……」

 申し訳無さそうな顔をしているつもりだろうが少し嬉しそうにそう言った。

「おぉ、何じゃあれは?」

 ジャムが指差した屋台を見てエルアは固まった。

『ヘブンズ警官トレーディングカード』

 正式名称Heaven's。

 人々の生活を徹底管理し、万人の幸せを約束するという政府の名前だ。

 その直下に属する警察の警官たちを、カードゲームにした商品らしい。

「おっちゃん、これ詐欺だろ!殆どジョニーじゃねぇか!」

 開封したカードパックを、店のおやじの顔に押し付ける子供達。

 パックからポロポロ溢れるのは、全てギザギザリーゼントヘアーのむさくるしい中年のカード。

 名前はジョニー。

 ハズレカードの代名詞らしい。

「仕方ねぇだろ、他の警官撮ろうとしてもアイツがフレームど真ん中に入って来やがるんだ。この前の夜だってなぁ……」

「なんか聞いたことある名前と、見たことのある髪型なんだけど」

 もしや。

 慌ててカードのリストを確認するエルア。

 自分の名前がないことに一安心。

「おっそこの兄ちゃん、このコンボセット500円でどうだい?」

「ギル……お前また偵察資料で商売してるのか、しかも円って日本の通貨だろ?いいから後で本部まで来い。」

「へ、ヘヘっ乱暴はよしてくだせぇ!」

 ヘブンズはどこまで把握しているのか、レジスタンスはどこまで知ってるのか。

 エルア一行に知る術はない。


 エルア達にあてがわれたのはレジスタンス宿舎の個室。

 街で見たどの施設よりも、軍関係の施設は高級だった。

 大きめの個室には、ベッドが4つ。

 シャワーとトイレも付いている。

 ちょっとしたホテルのようだ。


「えっ……同じ部屋……?エルアと……?」


「ご主人様と呼ぶと喜ぶぞ(小声)」


「えっ…(ドン引き)」


「お前は外で寝ろ、その薄汚い体。抱くにも値せん」



 ザザッ…ザッ……

 通信機のノイズが鳴る。

「あの男達の動きはどうだ。」

「はい、今はゆっくり街を見てまわらせてます。」

「不穏な動きは?」

「特に。ただ、彼らは天使を装甲車一両で行動不能にする実力を持っています。私は是非味方にしておきたいと思います。」

「それはまだ危険だ」

「敵になるよりはマシです。今はまだ、ですが。」

「そうか、なら引き続き監視を頼むぞ『アリオル』。」

「はい、我らが『BIG Ghost』。」

 ザザッ…ザー……

 通信が切れる。

「敵になるよりは……な。」

 左眼に傷のある男はふとドアの方を向き重々しく声を出す。

「そこにいるんだろう、出てこい。さっきの件と合わせて話がある。」

 ドアには写真が一枚。

 写っていたのは…紛れも無いエルアとサーシャそしてジョニー。

 あの夜の写真だ。

「神か悪魔か……堕天使だったか?」

 裏を見ると「許してボス」と書かれていた。

 フフッと笑い、音楽を流しながら伸びきったラーメンを啜る。

『はるか遠く続いてる、透明な空の果て……自由をえらび獲る、明日が見える……』

「歌……か、アレが使えたらな。」



 部屋を締め出されたサーシャは1人、トイレに向かった。

 廊下や外でなんて危なくて寝られない、個室があるのはトイレだけだ。


「臭い……」


 渋々個室に入り、膝を抱えて眠りについた。


 眠いが、眠れない。

 ただ目を閉じているだけ。そんな時間が何時間も過ぎ……朝。


 ドンドンドン!


 個室のドアのノックでサーシャは目を開く。


「ちょっと……女子トイレなんだけど」


「走り込みだ、付いてこい」


「はいはい……セクハラだっつの……」


 エルアの拳で、便所の個室が吹き飛んだ。




「おう、来たかエルアの坊っちゃん!」


 二時間後、エルアは気絶したサーシャを抱え格納庫に来た。


 アルコール臭い男が近寄ってくる。

 リギッド・ヒューズと言うらしい。


「おいおい……その嬢ちゃん大丈夫か?ちょっとゲロ臭えぞ?」

「生きてるから問題ない」

「だがよぉ……」


「これは俺の投資だ。外野は黙っていてもらおうか」


「まぁそこの嬢ちゃんも格納庫のアレみたら飛び起きちまうだろォな。よし、シェルターを開け!客人の度肝をブチ抜いたれ!」

 ウッス!と答えながら筋骨隆々の作業員がスイッチを操作しシェルターが開く。

「こいつが俺たちレジスタンスの最終兵器……」

 姿を現したそれにエルアは驚愕した。

「天…使、だと?!」

 クレーンで吊るされた大型の機体。

 所々布や鉄板で補修されているが間違いない。

 何mかもわからない、巨大な体。

 二足二腕の破壊兵器。

「精霊機・サンダルフォン、Heaven’sの野郎どもの輸送船団からぶんどった超兵器さぁ。」

「ピクシィア!ピクシィアだって何べん言ったらわかるんだクソ親父!」

 キャットウォークにいる男が叫ぶ。

 どうやらリギットの息子らしい。

「誰がクソ親父だって?!そっから降りてこいロディ!」

「それより、こんなポンコツなんか役に立たぬぞ!」

 どこからかジャムの声もする。

「よぉし、そうか、そう言うか。お嬢ちゃん!構わねぇ!言った通りにフルパワーでやってくれ!」

「いよぉ~し、儂ゃ責任とらんぞ~!」

「やっちめぇ!新兵器にはテストがつきものだ!」

「ジャム?!」

 ピクシィアと呼ばれるボロボロの大型機のコクピットに魔女っ子が!

 すぅ…と息を吸うジャム、そして

「「「「サァみんな起きろ!朝じゃぞ!」」」」

 耳ではなく全身に響く謎の音声システム。

「「「「早起きは三文の得らしいぞ!」」」

 なんだなんだとレジスタンスの人たちが集まってくる。

「「「「三文くらいなら儂は寝てたほうがいいぞ!」」」」

 拍手が巻き起こる。

 格納庫の端の方で腰を抜かすロディ、呆然とするエルア。

「安心しなエルアの坊っちゃん、こいつはフルパワーでも半径500mまでしか声が届かない。Heaven’sの連中にゃバレねぇよ。」

「それよりロディ、お前まだこの目覚ましに慣れねぇのか!ハハハ!」


「な、慣れるほうが異常なんだよ!こんなの!耳塞いだって聞こえてきやがる!」

「共振音波拡声器ってのはそういう機能だ。便利だろう?」

「どうやってこれで戦うんだよ!」

「歌でも歌って改心でもさせるか!ハッハッハ!」

「いや、笑い事じゃないッスよ…拡声器の音波が800mまで広がってちょっとこの町からはみ出したんスよ…。しかも岩盤が崩落したとか。」

 データを取ってた作業員が震えている。ヒューズのオヤジも青ざめている。

「わ、悪ぃなぁエルアの坊っちゃん。一緒に見回りに来てくれねぇか…?レオンのボスに見つかったら何言われるかわからねぇ、あの装甲車でこっそりと確認しに行くんだ。」

「あ、あぁ。」

 やらされたとはいえ身内がやってしまった事なので仕方ない。

「なんじゃドライブか?儂も混ぜてくれ!」

 リモコン式の天井クレーンにぶら下がり、器用に操作しながら降りてくるジャム。

「白か。」

「白だな。」

「白ねぇ…。」

 ヒューズ親子と警官カード屋のオヤジを蹴り飛ばすようにジャムが着地する。

「こいつら殺していい…?」と震える少女。

「まだ駄目だ。」

 装甲車はエルア、ジャム、リギット、ロディの4名を乗せて発進する。……いや、もう一人。

 先程気絶したサーシャで5人だ。

「軟弱な女だ……。」

「その割には知らない毛布がかかっているではないか」

「拾ったんだろ」

「後はエルアの坊っちゃんが女の子だったら最高だったんだがなぁハハハ!」

 ウォッカをボトルで持ち込み、飲んでるリギットがガハハと笑う。

「アル中は機関砲でも掴んで風にでも当ってろ、クソ親父!」

「ヌシら二人共じゃ!」

 ジャムレナ・バレラッタは許さない。

 アルコール臭にやられたのかサーシャが悶えている。

 走り去る装甲車をうずくまりながら見るカード屋のオヤジ、ギルはつぶやく。

「白ねぇ…。レアカードに入れておかないとねぇ。」

 男、ギルバート・オットサン。

 最期の大仕事が始まった。



 砂塵を巻き上げる8輪の装甲車が荒野を駆け抜ける。

 目的地は岩盤崩落地点。

 近づけば近づくほどに、流れる風景の中にガラクタが多くなる。

 中には機動兵器の腕や頭のようなものまである。

「見ろ嬢ちゃん!お宝の山だぞぉ!」

 ぷはぁ、と吐き出されるアルコール臭。

「ほぉ~っ、お”っ?!こっちに顔を向けるな!」

 装甲車の銃座には、リギット・ロディ・ジャムの三人。

 流石に狭い。

 ゴツゴツとした二人の筋肉が、ジャムの身体を押しつぶす。

「でもここって立ち入り禁止区域じゃなかったか?」

「あんにゃろぉ~こんないいもん隠してやがったのかい!なぁ嬢ちゃん!」

 幼女にくっつくアル中オヤジ。

「確かにこれだけあれば・・・のあ”っ?!だからこっち向くな!バカ!」


 騒がしい後部座席とは対照的に、運転席とその助手席に会話はない。

 サーシャが助手席で眠っているのだ。

 疲れきった寝顔にも、年相応のあどけなさが残る。

 16~7といったところか。


「おっ、あのアンティークな槍なんてまだ使えそうじゃぞ!」

「おぉ、嬢ちゃん目の付け所が違うねぇ!あれはかつて神を殺した聖遺物、ロンギヌスの槍だぞ!あそこに書いてるだろう”ロンギヌス”って!」

「ハヒャヒャ!本当じゃ!あれなんてアメノムラクモノツルギじゃぞ!漢字で四文字じゃ!」


 後部座席組が身を乗り出してきた。


「……ん……ぬぅ……」


 サーシャが毛布の中で静かに目を開いていく。

 花が咲いていく様だった。

 エルアはすこし、幸せだった。


「……なぁ、エルアさん、俺も前行っちゃ駄目か?」

「叩き潰すぞ」

「ヒエッ」





「おっエルアの坊っちゃんその辺だ!止まってくれ止まっ……グェッ!」

 わざとらしく急ブレーキをかけて止まる。

 幼女とアル中がトラブってるけど見てないことにした。

「確かに崩落の跡があるな。」

「ここは俺に任せろ、俺は地層に詳しい。」

 頼むぜ博士!とリギットにおだてられながら、ロディが落盤に近づく。

 その背中や歩き方には雰囲気がある。


 落盤に手を当て、瞳を閉じる。


「……」


「よし!わからん!」  


「待て、こういうのは儂が詳しいぞ!」

 ジャムが近づくと、ガガッ!という音を立て、岩盤が崩落してきた。

「キャッ……」

 岩盤が地面に突き刺さる。

 その衝撃で、地面が割れる。

 砂塵が、煙が、破片が。

 視界を滅茶苦茶にしていく。

「ジャム!」

 サーシャが叫び走り寄る。

「…」

「……儂は」

「……儂は死んだのか?………ヴォエ?!」

 凄まじいアルコール臭。

「こういう…のは、プロに任せるもん…だぜ嬢ちゃん…?」

 目の前には岩盤を背で受け止めて血塗れになったアル中オヤジがいる。

「だ、大丈夫かアル中!」

「リギットだ、リギット・ヒューズ。かっこいいクールおじさんだ。」

「かっこいいアル中おじさん、じゃ……ありがとう。」

「ヘッ、その一言のためにレジスタンスになったようなもんよ。」

 岩をどけて横になるかっこいいアル中おじさん。

「ロディ、どうだ?」

 エルアの指示でロディが落ちてきた岩盤に近づく。


落盤に手を当て、瞳を閉じる。


「……」


「よし、わからん!」


「待って!」

 サーシャが気付いた。

 腕だ。

 割れた地面の間から、巨大な腕が生えている。

 天に手をかざすように、天を掴もうとするように。

「動くの?」

「どうだろうか。」

 サーシャの問にエルアが曖昧に返す。

「ここは俺、ロディに任せろ、俺は機械に詳しい。」

 ロディが巨大な腕に近づく。


巨大な腕に手を当て、瞳を閉じる。


「……」


「よし、わからん!……いや、これはまさか。」

 腕の根本に何かが見える。

「コクピットだ!」

 巨大なコックピット、そして顔。

 地割れの中に、とんでもないものが埋まっていた。

「開け―!」

 頑張るロディ。

「駄目かー」

 諦めるロディ。

「あんた何しに来たのよ……」

 サーシャが呟き、ロボの顔を覗き込むようにしゃがみこむ。

 ボロボロの体に綺麗な瞳。

 こんな瞳を、サーシャは知っている。


「どうじゃ、何かわかったか」

「いいえ……ただ…」

 よいしょ、と巨大な腕を支えに立ち上がろうとした。

 手が、腕に触れる。

 巨大な目から光が走り、コックピットが開いた。

「なんだぁ!?」

 驚くロディとアル中

「サーシャ、お前何かしたか?」

「ううん、何も」

「人間は微弱な電気を帯びている。さしずめサーシャの持つ電流が、コイツの回路に流れ込んだんだろう。俺は電気に詳しい」

「そんなことより、中はどうなっておるのじゃ?」


 中身はまるで新品同様。

 大きなシートを囲むように、精密機器が鎮座する。

 窓もなければ液晶もない。

 ただ、随所から立ち上る雰囲気がある。

 触ってみたい、いじってみたい。

 そんな好奇心が湧いてくる。


「ちょっと見せてみろ。こういうのは俺が詳しい。」

 ロディがコクピットに頭を入れる。

 内部に冷房が効いていた。

 精密機器を守るためだろう。

 どうやら動力はまだ生きている。


 しかし機器に触れても応答はない。

 そもそも、コックピットの中にボタンが無い。

 本来それがあるはずの場所には、スベスベとした黒い鉄板しかない。

 シートには謎のグローブが置かれている。

「妙だな……これだけの図体を操るのにボタン1つ無いなんて……」

「ソフトに詳しいロディにわからないなら、俺にもわからんが……。システムが起動していないだけかもしれんな」

「任せろ、起動だけならハッキングでなんとかなるじゃろ、パソコンとってくる」


 数分後

「だめじゃー!びくともせん!というか何をしたらいいかもわからん!USBとか無いのか……うん?」

「おーい、小娘。ちょっとこっち来とくれ」

「なんでUSBで私を思い出すのよ……手伝いならアル中おじさんが」

「馬鹿言うんでない!かっこいいアル中おじさんは負傷中じゃぞ!」

「サーシャ嬢ちゃん、悪いが行ってやってくれ。俺も俺のUSBも休憩中だ。あとロディ、お前は降りてこい。」

「アンタのUSBって……わかったわよ、行けばいいんでしょう!」

 ヨロヨロとした足取りでコクピットまで行く。

 全身が痛む。

 まだ傷は完治してはいないらしい。

 バランスを崩しコックピットの中へ転げ落ちる。

「おい!」

 エルアが追って飛び込んでいく。

 なんとかサーシャの下敷きになれたようで、サーシャに怪我はないようだ。

 だが、どこに自分の手があり足があるのか二人とも分からない。

「ちょっ……ん……どこに手入れてるのよ!」

「違う!」

「違わない!殺す!」

「敬語を使え!」

 もみくちゃになった拍子に、サーシャの手がスベスベした鉄板に触れる。

 グン、という鈍い振動が一瞬走り、駆動音が響いてくる。

 少しづつ駆動音が高くなる。

 それに同調するように、シート周りの鉄板に光のラインが走っていく。

「何、何なの?」

「ここは俺に任せろ、俺はコンソールに詳し…」

「もういい。」

「はい。」

 駆動音が高まり続け、ある一点に達すると、嘘のように駆動音が消えた。

 駆動音の消滅と引き換えに、鉄板に無数のボタン、操作パネルが浮かび上がる。

「……これは……」

「これは……、じゃない!早くどいてよ馬鹿!」

 サーシャに蹴られ、殴られ、やっと自分が馬乗りになっていたことをエルアは理解した。

 身体をどかすとサーシャがコックピットから這い出す。

 その拍子に、どこかのタッチパネルに触れたらしい。

 コックピット内部の鉄の壁が分割し、上下左右にスライド。

 その下から巨大な液晶の窓が出てきた。

 映すのは広大な荒野。

 呆気にとられた一同が口を聞けたのは、それからしばらくしてからだった。


「そういやぁ、このグローブは何に使うんだ……?」

「畑を作るのに必要だろう?」

「手がかじかんじゃうだろ、防寒用かもしれねぇな」

「サンダルフォンの部品に使えっかなぁ?違ったなピクシィアか、どうも可愛い名前でいけねぇ。」

「待てよ…?通常エンジンのピクシィアはともかく、ただの天使のエンジンでもねぇ、こいつは見たこともねぇエンジンだ、ここまでエネルギー総数が大きいと奴らに気づかれる!」

 ロディの声に慌ててエルアが電源を落とそうとする。

 だが、どこのボタンで落とすのかわからず、電源は落ちなかった。

 同時刻、少し離れたところに二機の機動兵器とあの男がいた。

 ビィーッビィーッ!

「はっ!こちらジョニーです!じゃねぇよ!なんだ、警告?はぁ?!この辺に熾天使級のエンジン反応だと!」

(面倒くせぇ…。俺は知らねぇぞ。それにこの機動兵器「まもるくん」をスクラップ場送りの運命にした天使ロボは好かない。大体、本当に熾天使級がこの辺にあったら上層部は大騒ぎするだろうな。面倒だ…。)

 スッと、まもるくんが何かを差し出す。携帯端末のようだ。

「そういやあのロリコンの端末があったな……。ククク。」

 ピピッピピッピ。ブーン。

「オウ、俺だ!エルアだファッキンども!ポイントXD-9・ZH-23の辺りで熾天使の反応をキャッチしたぞファッキン!さっさと確認しやがれファッキン!俺はエルアだ!よーく記憶しとけよ!ロリコンの男だ!」

 ガチャッ、ツーツー。

「これでよし。」

 満足した男を乗せ、二機の機動兵器は砂塵の中に消えていった。




 同時刻、Heaven’s司令部・大聖堂

 黒い長方体と会話する声。

「熾天使級の反応ですか。」

「はい、熾天使の反応です。不思議ですね。あの辺りで一機、天使がロストしています。」

「ロストですか。」

「はい。ロストです。レジスタンスにやられた可能性もありますね。」

「レジスタンスですか。」

「はい、レジスタンスです。力天使級を三機、主天使級を一機向かわせましょう。」

「主天使級ですか?!」

「はい、主天使級です。ムゥーリエルを向かわせます。」

「ムゥーリエルですか。」

「はい、ムゥーリエルです。もしも熾天使級が相手なら彼でも足りないでしょう。」

「足りませんか。」

「はい、足りません。あなたも考えるということをした方がいいですよ。」

「私は神の声を届ける宣告者。余計な考えなど不要なのです。」

 かくして四機の中級天使が発進した。

 主天使ムゥーリエルが一機、力天使タルシエルが三機の豪華な部隊だ。

 レジスタンス基地は恐慌状態だった。

「レオン、緊急事態だ!天使が4機接近してくるぞ!」

「何…ッ!女子供の収容を急げ!出店も片付けろ!」

「もうまもるくんがやってます!」

「手際が良いな」

「ええ……、どっからきたまもるくんなのかは知りませんが、手際よくやってくれています」

「よし、そっちは謎のまもるくんに任せ、我々はレジスタンスの半分の戦力を持って敵天使を殲滅する!」

 闘志を猛禽類のような目に燃やすレオンにギルが詰め寄る。

「やめろ、戦うだけ無駄だ。あの先頭のは主天使級・キュリオテスだ。確かあれはムゥーリ

 エルとか言ったかな、いつかの偵察で見た。」


 天使階級。別名エンジェルラダー。

 天使にも階級があり、高ければ高いほど高度な戦闘技術を持っている。

 下級・中級・上級天使の3つの階級があり、その一つ一つに「能天使」「力天使」などの細かい分類が存在する。その中でも「主天使級」は中級天使の最高階級。

「熾天使級」に至っては上級天使の最高階級、つまり天使最強クラスを意味する。


「なぜ主天使級がここを嗅ぎつけた!」

「気付いてはいないようですぜ、気付いてるなら砲撃で吹き飛んでるよ、ここ。」

「わかった…全部隊に通達!全力でやり過ごせ!」

 まだ、まだ消すわけにはいかない。

 この革命の種火を。

「…コキュートス。」

 ギルがつぶやく。

「なっ、まさかアレが?!」

 目をかっ開くレオン。

「だとするとかなりマズい状況じゃないのか・・・?」

「もしくは決起が早まっただけ、か。」



 レジスタンス基地に低空飛行しながら近づくムゥーリエル。

 続く巨大なカノン砲を担ぐ2機のタルシエル。

 辺りを見渡すが特に何もない。

 緊急時に備え5分で撤収できるのだ。

「目標lost…」

 タルシエルから声が聞こえる。

 暫くして、諦めたのか4機の天使が移動しようと背を向ける。

 ……

「……くたばれ。」

「くたばれクソ天使共!」

 隠れていたレジスタンスの機動兵器『デモクラッド』が走りだす。

 攻撃ヘリに腕と足を生やしたようなこの機は彼等の主力兵器だ。

 バウッバウッバウッ!

 背から伸びる30mm機関砲が火を噴く!

「目標対象確認、殲滅許可……」

「殲滅許可、承認。」

 デモクラッド中隊20機にムゥーリエルが向き直す。すると

 ギュイアァァァァァァァア!

 咆哮?!違う!ギアが戦闘用に入った音だ!

「怯むな!撃ち続けろ!主天使だろうがただの機械だ!機械に壊せないわけが…」

 タルシエルが2機で担いでいた巨大な砲をムゥーリエルがゆっくりと持ち上げ…。

 瞬間、閃光と炎に包まれる。

 目は大丈夫だが耳は…駄目みたいだ。

 そしてここは…衝撃が伝わる。

 空中に吹っ飛ばされていたのだろう。

 察するに主天使の右腕の榴弾砲だ。

 爆発の雲の形、280mm榴弾砲…戦術核級の攻撃だった。

 たった一撃でゲート周囲は吹き飛び、デモクラッド隊はほぼ壊滅。

 タルシエルがそのコクピットを踏み潰し基地へと迫る。



「こっちに来るなぁぁぁぁ!」

 武装した6機の小型機動兵器まもるくんからロケット砲が乱射される。

 タルシエルのガトリングポッドで鉄くずに変わってしまうその瞬間まで撃ち続けた。

「レオニードとウラジーミルも出せ!何としても撃破しろ!」

 果物倉庫を突き破って機動戦車レオニードが8機現れる。

 かつてロシアの東ヨーロッパ侵攻の尖兵として大活躍した傑作兵器である。

 が、説明が終わる前にタルシエルのクラスターミサイルで焼き払われた。

 その炎の奥からレオニードの8倍はある機動自走砲ウラジーミルが砲身を上げる。

 同じくロシアのベルリン再侵攻に使われ、今では天使用の決戦砲として保存されていた。が、車体に剣を突き立てられては動くことすら出来ない。

「デモクラッド隊を再編成しろ!」「間に合わない!」「誰か弾をくれ!」「神様!」「馬鹿、あれが神の使いだよ!」「死にたくない!」

 そこはまさに地獄絵図であった。

 いや、もはや戦闘とすら呼べない。

「虐殺」だ。

 レオンはそれをただ見守ることしか出来ない。

「何故だ…何故こうなるんだ!私はどこで間違えた!」

「誰も間違えちゃいないさ…。」

 レジスタンス基地が、燃えているーーー。


 その惨状は装甲車のモニターを通してエルア達にも伝わっていた。

「そんな……もしかして私が起動させたせい?私が……私が……」

「こうなる気はしてたんだ」

 アル中の言葉も、サーシャには届かない。

「主天使級が一機と力天使級が3機…あそこの戦力じゃ持って1時間じゃな…。」

「クソ!ピクシィアが本調子ならあんな奴ら!」

「おめぇポンコツって言ってただろ…。」

「こんな時に使えないんじゃポンコツ以下だ!あそこに埋まってるのだってそうだ!」

「エンジンは生きとるんだから囮に使えないかの?」

「時間稼ぎにもなりゃしねぇぜ嬢ちゃん…」


 重い空気が装甲車内に漂う。


「……やるわ。」

 サーシャがつぶやく。

「あれには人が乗ってるんでしょう」

「そ、そうじゃな」

「だったら……」

 殺してでも勝ち抜ける。

「私の強さを、見せてやる」

「じゃが!」

「俺も行こう」

「……ご主人様」

「悪くない」


「何イチャイチャしてるんじゃ!死んだらどうするんじゃ!」

「死なないさ、俺を殺せるのはサーシャだけだ。」

 彼女が頷きで返す。

「フン……態度だけは一人前だ。ロディ、運転を任せてもいいか?」

「あぁ、俺に任せろ、俺は装甲車に詳しい。」

 ロディが運転席に乗る。

「これはマジだぜ。」

 男の目をしている。

「ペール・ギュント・ランチャーを一番うまく使えるのはジャム、お前だ。」

 エルアはそう言うとサーシャと共に装甲車の後ろから降りていった。


「元気でな、ジャム。」

「ま、待て!エルア!お主本当に…!」

「止めちゃならねぇ!あの背中を見ろ!あれは誰かを守ると決めた男の背中だ!俺が45年生きて到達できなかった境地だ!俺は…ッ!」

「わかった!わかったから!」

 アル中の嘆願を聞き入れるジャムは泣いていた。

「ギア、イグニッション!」


 遠くへ走り去る装甲車を、エルアとサーシャは眺めていた。

 タルシエルが近づいてきているのだろう、爆発音がどんどん近づいてくる。

 カタカタ……という音をエルアは聞いた。


 サーシャの歯が震えているのだ。

 鳥肌も立っている。


「……行くぞ」


 無言のサーシャが、付いていく。


 コクピットが開いた。

 用意されたシートは一つ。

 大口を叩いたサーシャの席だ。


 サーシャは乗ろうとしない。

 歯の震えも止まっていない。


「誰にでも、行動するのが怖い時がある」

「……」



「そういう時に、どうすれば良いか知ってるか」

「……わかりま、せん」


「ならばよく覚えておくがいい。そういう時はな……」

 サーシャが振り向く。


 エルアがぽん、とその頭に手を乗せたその瞬間。


「勢いで行くんだよォッ!」


 サーシャをコックピットへ蹴り込み、自身もそこへ入っていった。



 接近していた四機の天使は異様な光景を目にしていた。岩から黒炎が噴き出しているのだ。そこから目標の識別信号がでていた。

「本目標、IFF確認、標的を殲滅します」

 タルシエル三機からミサイルが放たれた。

 岩山の形が変わる。

 追い込むように、ムゥーリエルの榴弾砲が爆炎の中に突き刺さる。

 凄まじい爆発と轟音、それに閃光。

 これだけ撃ちこめば、いかに上級天使といえど破壊されるだろう。

 オォォォォォォォオン!聞いたことのない咆哮音、4機は思わず固まる。

「――ッ!?」「う嘘…」「堕天使…」

 地獄の業火の中、ゆっくりと歩を進める影が一つ、煙の向かう側からうっすらと見える。

 ノズル内に付着した不純物が燃えているのか真っ赤な炎と黒炎を吐きながらゆくっりと近づいてくる。グォン、グォンと機体が徐々に近づいてくるそのたびに、足音も徐々に速さを増す。

 4機はその足音が増すたび、鳥肌が立つほど怯えていた。

 そして、焦った二機のタルシエルが右腰に収納されたブレードを取り出し、ルシフェルへ向かっていく。


 一瞬の出来事だった。

 片方のタルシエルが突き出すブレードをルシフェルがかわす。

 突き出した腕をつかむ。

 足を払う。


サーシャ「これはっ……」


エルア「ライトニング・バックハンマー……日本語訳で」

 

 背負投げ。


 それはただ敵機を地面に叩きつけただけ。だがタルシエルは10mは跳ね上がり機体が原型はとどめないほどバラバラになっていた。

 パイロットの生死など言うまでもないだろう。

 そして眼前のタルシエルをそのまま肩で押し上げるように後方へ投げ飛ばす。


 呆気にとられた三機目に、もぎ取った腕付きのブレードを振り下ろす。ブレードは頭部を割り、腹のあたりまで引き裂いて止まる。


 投げ飛ばされたタルシエルとムゥーリエルが砲撃を放つ。ルシフェルへ一直線に進んで行く。

 当った!と思う瞬間、ルシフェルは姿を消した。いや、違う。あの姿勢は…。

 爆音と同時にタルシエルの頭部を何かが突き抜ける。アンティークな槍、「ロンギヌス」だ。

 奴は…ルシフェルはすでに目の前にいた。

「くっ…フルアクセル!スタンバイ!」ギオォォォォォォォオン!

 ムゥーリエルのダクトからおびただしい量の大気が吸入される。このパワーこそ上位天使である証の一つ。ムゥーリエルは榴弾砲を投げ捨て翼を模した細身のブレードを両手に構えて飛んだ。


 機体が地面を蹴り飛ばすかのごとく高く舞い上がるルシフェル。

 その跳躍力は尋常ではない。

 そしていつの間にかムゥーリエルの機体は地面に叩き落とされていた。

 刹那、黒炎の堕天使の次の挙動を察知したムゥーリエルは自機の損傷を省みずスラスターを全力で吹かす。肩や翼、頭部がもげるも立ち上がる。

 自分がいたところを見ると何かを地面に突き刺した堕天使がいた。あれは腕?

 こいつの…ムゥーリエルの左腕だ…。

 動力炉をジェネレーターに直結させる。溢れだしたエネルギーが螺旋を描きプラズマとして収束する。

 その温度、実に一億度。

 これぞ主天使級以上にのみ出来る最後の必殺技である。これを使おうものなら動力炉はおろか装甲が全て爛れ落ち、自己メルトダウンを起こすのだ。

「死ねぇーっ!」

 腰を落とすルシフェル、右手を腰より後ろに引き絞り…

「堕天使イィィィ!」

 小指から順に一本づつ握り拳を構築していく。

 ”あえて火中の栗を拾うか、だが蛮勇とはあえてもクソもない野生と野生の鍔迫り合いだ。”

『鉄拳』

 一億度のプラズマを貫き、コクピットを炉心ごと吹き飛ばす。

 溶け落ちた右腕を引き抜き、魂の抜けた天使だったものから立ち去る。数秒後、プラズマはエネルギー崩壊を起こし大爆発する。



 離れたところにいた装甲車からその光景を見てたアル中がつぶやく。

「なぁ、聖書って読んだことあるか?まぁ俺も全部は読んじゃいねぇが。」

「楽園を失った堕天使が嘆きの川、コキュートスの最深部で氷漬けにされていた。」

「何故かって?自分の力で悪の使徒共と心中したんだ。」

「死してなお悪鬼共に食らいつき、奴らをを暴風で閉じ込めた。」

「そしてそんな危ないもんに登る馬鹿が二人いた。」

「途中でまで来て世界が変わり、此処から先は煉獄だと思っていたがもう一人が気づく。」

「地球の中心を通り過ぎたから世界が変わったのだ…と。」

「何を言っとるんじゃオヌシ……?」

「その堕天使の名こそ『ルシフェル』。」

「確か意味は…明けの明星、光をもたらすモノ。」

「もういいから黙っとれ!顔が真っ青じゃぞ!」

「世界が失った光こそ…」

「…おい。」


「…どうしたんじゃ!」

「リギット…リギットー!」

 するっと腰に手が伸びて引き寄せられる。

「そうよぉ蛍光灯買い忘れたからねぇ部屋が暗いのなんのってねぇ!」

「あぁ”?臭いわ!寝ぼけとるんならそう言えばか!し…ばか……。」

 後部で何かやってるのを無視してロディは思う。

 これだけ大事になってレジスタンスは上手くやれるのか。

 あの3人はまだ信用してもらえるのか。

 考えても思いつかない。もはや思考が追いつかない。

 目の前には繰り広げられた死闘の痕と、日の出を背に受ける禍々しい堕天使の姿があるだけだった。


「なんとか……なったな」


 目の前で起こった出来事が、まだサーシャには信じられない。


 コックピットへ押し込まれてから、エルアが操縦する様子をシートの後ろから見ていた。

 タッチパネルを押す動作、フットペダルの踏み込み方、正面モニターに映る景色。

 全てが格好良い。

 そして力強い。

 次々と敵をなぎ倒す、強者の力。


 その力に、サーシャは憧れ魅入られた。

 全身に鳥肌が立つ。


「すごい……」


「さぁ、上がるぞ。帰ったらランニング。足が折れるまで走ってもらう」


「えっ」


「足が折れたら抱っこしてやる」


「嫌だあああああああああああああああああああああ!」




 ――AIP超大型戦術潜水空母6番艦「しなの」ブリッジ

 暗い深海の底、赤い照明とソナー音をよそに複数人の影が浮かぶ。

「始まりましたね、巫姫殿」

 黒いスーツを着た男がそう言う

「ええ、でもまだ彼らがこの計画通り動いてくれるかは運次第ですね」


 次回予告


 楽園の下を去るエルアを待っていたのは、新たな地獄だった。


 破壊の後に住み着いた欲望と暴力。


 思想弾圧が生み出したソドムの街。


 悪徳と野心、頽廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、ここは惑星地球のゴモラ。


 次回「天への反抗」  


 次回もエルアと地獄に付き合ってもらう。










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