かあさん、ぼくね。~震災にあったねこのおはなし~

つづれ しういち

かあさん、ぼくね。~震災にあったねこのおはなし~


 かあさん、ぼくね。

 おぼえてるよ。

 ぼくらが生まれて、はじめてかあさんに会ったときのこと。


 さいしょに会ったときは、かあさんはまだ、かあさんじゃなかったよね。

 かあさんは、その時はまだ「ねえさん」って呼ばれてた。

 ぼくはぼくらのねこ母さんと、みんなといっしょにもちゃもちゃになって、ねこ母さんのおっぱいに吸い付いてたんだ。

 たぶんそう。

 だってまだ、目も見えてなかったもんね。


 ねこ母さんのおなかはふかふかで、ぼくらのおしっこをきれいになめて、からだもきれいにしてくれてた。

 ぼくらは「おこた」のそばのダンボールの箱のなかで、いつもすやすや眠ってた。


 ぼくらは毎日、もちゃもちゃしながらおおきくなった。

 そのうちに目があいて、きょうだいできゃあきゃあいって大さわぎした。

 毎日まいにち、ねこ母さんのおっぱいの取りあいっこ。

 楽しかったなあ。


 ぼくらの母さんは、まっくろいねこだった。

 にいさんふたりは、まっくろいのとトラじまで、どっちもかっこよかった。

 ねえさんはなんだか、もやもや~ってしたねこで、ちゃいろやくろや白がまざった面白いがらだった。

 「おもしろいね」って言ったら、「しつれいね!」って、鼻のあたまをひっかかれたけど。


 え、ぼく?

 ぼくのことは知ってるでしょ。


 ぼくは、「たあたねこ」。

 体はどこもまっくろで、耳もひげもまっくろで、でも足だけが四本とも、まっしろのくつ下をはいてるみたいなねこだった。

 目はさいしょははいいろをしてたけど、だんだんきらんと光る金色にかわっていった。

 ねえさんは、「宝石みたいやね」ってほめてくれたよね。


 「ほうせき」ってなんだろう。

 きれいなもの?

 おいしいのかな?



 そのうち、トラのにいさんともやもやのねえさんが「もらわれて」行った。

 ねこ母さんはしばらくさびしそうにしていたけど、くろい兄さんとぼくは、「ぼくらがいるからだいじょうぶだよ」って、いつもいつもなぐさめてたよ。

 そのあと、ねこ母さんは何回もおとうとやいもうとを生んだけど、みんなどこかへ「もらわれて」いった。


 そのうち、とっても寒い夜、

 ねこ母さんがしずかにかたくなって眠ってしまった。


 おうちのひとはとても悲しそうだった。

 そうして、ねこ母さんをどこかへつれてった。


 そのあと、黒いにいさんもいなくなった。

 「おすねこ」っていうのは、どうかすると、ふらりといなくなってしまうことがある。ぼくはそうはならなかったけど、にいさんはをはずしちゃうことがよくある、とても器用なねこだったから、「もしかしたらまちがって……」って、おうちのひとは心配していた。

 そうして、あっちこっちを探してた。

 でも、結局、にいさんはもどってこなかった。


 だから、おうちには、ねこはぼくだけになっちゃった。





 ある日、ぼくはいつもみたいに、「おこた」の中でねむってた。

 夜はいつも、「おこた」はあたたかくしてもらえないけど、それでも外よりはあたたかいから。

 ねえさんのおふとんの中に入ってることもあったよね。

 でも、その日は「おこた」に入ってた。


 とつぜん、ずずずず、っておなかの下にへんな音がしはじめて、

 次にはどん! ってものすごい勢いでつきあげられた感じがした。


 ぼくはびっくりして目をさましていたけど、もう、なんにもできなかった。

 だって、ぐんぐん、ごんごん、体があっちへこっちへ投げとばされるみたいなんだ。

 

 どかーん、とか、ばしゃーん、とか、

 とにかくすごい音がいっぱいきこえた。

 ぼくは「おこた」の中で、体じゅうの毛をびんびんにしてふるえてた。


 そのものすごいことは、とてもとても、ながいこと続いた。

 いつまでも終わらないんじゃないかって思ったよ。


 だれがそんないたずらをしたんだろうって、ぼくはその時はそうおもってた。

 だっておうちの人はみんな、ぼくにひどいいたずらなんてしないもの。



 まわりがしーんとなって、

 もう朝のはずだったけど、家の中も、そとも、

 とにかくしーんと、しーんとしてた。



 お父さんが、「だいじょうぶか!」ってどんどんみんなを起こし始めて、ぼくもそろっと「おこた」から出た。


 出てみて、ほんとうにびっくりした。

 だって、家じゅうのものがぜんぶ倒れて、はいってたものがぜんぶ出て、めちゃくちゃになっていたからだ。

 どうしてだか知らないけれど、なぜか隣のおうちのかわらまで、おうちのなかに飛び込んでいた。

 まどは全部しまってたのに!

 よくわかんなかったよねって、あとでみんなで笑ったよね。


 靴をはいたままのねえさんがとんできて、「出ちゃだめ、おこたに入っとき!」と言って、ぼくを「おこた」に突っ込んだ。

 ねえさんは、ふとんをかぶってたから怪我はしなかったけど、頭のところにあった大きな鏡が倒れて割れて、おきあがったらその破片が、ざらざらざら~って長い髪からおちたんだって、言ってたよね。


「地震や」

「めっちゃ揺れたな」

「まだ心臓バクバク言うとる」

「怪我ないか」

「うん、一応大丈夫」

「近所、どうなっとんのか見てくるわ」

「うん、気ぃつけて」


 「おこた」の外で、おうちのみんながそんなことを言うのが聞こえた。


 近所から帰ってきたねえさんは、「ものすごいことになっとる」と言ったきり、あまりものを言わなくなったね。

 おうちがぺしゃんこになって、その下にいる人の声が「さっき聞こえなくなったのよ」って、おばさんに言われたんだよって、ぼくにだけそっと教えてくれた。

 それは、おばさんの娘さんだった。まだわかい人だった。

 おじさんとおばさんは腰を痛めて動けなくなって、つぶれたおうちの前で座りこんで、ぼうっと空を見上げてたんだって。

 屋根はおもくて、とても人の力ではもちあがらない。


 あたまのうえでは、ばらばら、ばらばらとヘリコプターの音ばかり聞こえている。

 それを見上げて、おじさんが「ああ、ヘリコプターばっかり飛んどるわ」と、ぼうっとしたような声で言ったんだって。


 それでねえさんは、空をずっと、ずうっとにらんでいたんだって。





 だんだん、寒くなってきた。

 おなかの下では、ごごん、ごごんとなんどもさっきの変なやつが動いていて、そのたびにおうちがみしみし変な音を立てていた。


 あんまりみしみし言うもんだから、おうちの人は怖がって、しばらくみんなで車のなかに居ることにした。

 おうちのすぐ近くに公園があって、そのそばに車を置いて、五人とぼくでいっしょに眠った。ぼくはおしっこをするときだけ、そっと家のほうへ放してもらった。

 

 でも、ほんとうはおうちに帰りたかった。

 どんなにみしみし、ぎしぎしいっても、やっぱりぼく、おうちがだいすき。

 ねえさんは、「かわいそうに、おうちに入りたいんやねえ」っていって、ときどきぼくをだっこしておうちに入れてくれていたよね。

 みんなは、いつもはそんなことしないのに、ずっと靴をはいたままでおうちのなかをうろうろしていた。

 そうして、ばりばりにこわれただとか、倒れた棚だとかを片付けていた。


 「でんき」が使えなくなって、夜はいつもまっくらだった。

 おうちの人は、めちゃくちゃになっている家じゅうから、ろうそくやらコンロやらを探してきて、それですこし明るくなった。

 水もでないし、食べ物だって、れいぞうこにはいってるものしかない。

 れいぞうこの中のものは、「でんき」がないといたんでしまうので、すぐにたべようということになって、近くの公園でご近所さんたちとバーベキューみたいなことをしたりした。


 みんなは、近くで食べものを配ってくれるところや売ってくれるところを必死で探していた。

 ねえさんは、近くのスーパーがやっとすこし物を売ってくれると聞いて、真冬の道路の上にできたものすごい列に何時間も並んだっていっていたね。

 みんなは静かに、ただだまってずっと並んでたんだって。


 前にならんでいたお姉さんが、小さな小さなチーズを出して、それをもっと小さく割って、「よかったらどうぞ」ってねえさんにくれたんだって。

 とってもとっても、嬉しかったんだって。

 そうだよね。

 だってみんな、おなかがすいていたんだもの。


 ぼくのごはんは、「ねこのかんづめ」とか、「ねこのかりかり」がたくさんあったから、大丈夫だった。

 おうちの人はみんな、「お前はええなあ」って笑ってた。



 上の兄さんは、「友達のまっさんと、ずっと連絡がとれへんねん」とずっとしんぱいしていた。

 いっしゅうかんぐらいして、「まっさん」は見つかった。

 ひとりで住んでいたアパートがつぶれて、その中から見つかったんだって。


 「あかんかったんやて」と兄さんは言って、

 ぼくをだまって、ずうっとずうっとなでていた。




 ある日、おうちの人たちが車のなかで、もらったパンやおにぎりをたべていたら、「じえいたい」の人がやってきて、窓をこんこんとたたいてくれた。

 おうちの近くの公園には、「かーき色」っていう色の服をきた、おなじようなかっこうのひとたちが、同じ色のおおきな車でいっぱいやってきていた。

 「じえいたい」のひとはおうちの人に「よかったらどうぞ、どうぞ」と言って、やっぱり同じ色をしたおおきなかんづめやら、「れとると」のごはんをもってきてくれたんだって。


 道をあるいてる「じえいたい」の人たちは、庭のなかからぼくが見ていると、みんなとてもふらふらしていた。

 毎日、毎日、とてもたいへんだったんだろうなと思った。

 おうちの人はみんな、「ほんまありがたいことや」っていつも言ってた。

 「わたしらの見られへんもん、見てくれてはんねん。感謝せなあかんよ」と、大きいかあさんもいっていた。





 あれから、とてもとても時間がたった。

 あつくなって、さむくなって、そしてまたあつくなった。


 ねえさんは、ぼくを連れておひっこしをし、「ひとりぐらし」をはじめて、それからまたおひっこしをして、今の「だんなさん」と一緒に暮らすようになった。

 だから、いまのぼくの「かあさん」は、ねえさんだ。


 ぼくはべつに、いつまでもこどものつもりなのに、かあさんは「すっかりおじいさんねこやんねえ」ってよく笑う。

 「そろそろ化け猫になるんちゃう?」って、ひどいなあ。

 おじいさんって言われても、よくわかんない。

 「にじゅうよんさい」って言われたって、やっぱりわかんないや。


 ぼくはこのごろ、だんだん赤ちゃんに戻ってるみたい。

 だって、あんまりよく目が見えないんだ。

 耳も聞こえにくくなってるみたいで、自分でもびっくりするぐらいの大きな声でないてるらしい。



 かあさんのおなかがどんどん大きくなってきて、「なんだろうこれ」と思っていたら、ある日、かあさんがわあわあ大きな声をだすちいさな人をつれてかえってきた。

 その子はわあわあ泣いてばかりで、かあさんはいつもふらふらしてた。

 だって、昼も夜もかんけいないんだもんね。しょうがないよ。


 かあさん、ぼくの朝ごはんもなかなか起きてじゅんびしてくれないぐらい、おねぼうさんなんだもんなあ。

 だからさいきん、ぼく、朝はあきらめて「だんなさん」の耳元で大声でなくんだよね。

「ごはんくださーい! ごーはーん――!」ってね。えへへ。


 かあさんも、ぼくらの母さんとおんなじで、その子におっぱいあげなきゃいけないからなんだって。

 そうかあ、お母さんって大変なんだね。

 まあ、かあさんの「だんなさん」はいい人だから、いつもちゃんとお手伝いしてくれて、だからなんとかなったみたいだけどね。うふふ。




 ……ああ、今夜はさむいなあ。

 いっぱいおはなしして、ちょっとつかれちゃった。

 ぼくが、かあさんにはじめてあったのも、こんなさむい日だったよね。


 

 ねえ、かあさん。

 ぼくね。


 ぼく、とってもしあわせだったな。


 そりゃあ、いろんなことがあったけれど。

 でも今は、その子がいるからあんしんだな。

 ぼくがいないと、かあさんがどうなるか、

 ちょっとしんぱいしてたんだもの。


 でも、もう大丈夫だよね。


 だから……ぼく、

 いくね、かあさん。


 どうも、ありがと。


 いっぱいなでてくれて、ありがと。


 「かわいいかわいい」って、いつも言ってくれて、ありがとね。

 


 さよなら、かあさん。



 ぼく、

 ……ぼく、



 とっても、とっても、

 しあわせだったよ。

 


                   


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