会議 2日目
「さあみんな、今日のネタは持ってきたわね! それでは、『SFを書いてみよう会議』第2部、始めます!」
教卓をバンッと叩きながら、3年の
昨日より暑いからか、制服を脱いでブラウスになって話しているので、バストの膨らみも露わになり、オトナの色香が増していた。
ここは
「ということでハル、今日もメモお願いね」
「わかりました」
メモ帳を開いて臨戦態勢。窓の外から聞こえる運動部の声が、自然とやる気を鼓舞する。
「いいですか! ワタシは昨日もSF部の部長、あのガリ勉野郎と会ったの! そしたら『あの、なるべく科学的にお願いしますね。僕達もコラボすることで読者からの評判さげたくないので』なんて言うのよ! ワタシがエイリアンならその場で喰い千切ってたわ!」
教壇の底が抜けるのではという勢いで踏みつける空乃さん。よっぽど悔しかったんだな……。
「うし、ちょっとスッキリした! じゃあ今日は、ロボットでどんなストーリーにするか、リレー形式で書くものを1本決めるわよ! まずはリョーヘイから、アイディアお願い」
そういって、3年の
「俺はね、ロボットとミステリーを混ぜると良いと思う」
「へえ、面白いわね!」
教壇にいた部長が、ズイズイと俺達の机までやってきた。
「で、で、どんなミステリーなの」
「まあ舞台はオーソドックスが一番だと思うんだ。不気味な洋館に集められた客人と探偵。そこで第一の殺人、撲殺事件が起こって、同時に洋館と街を結ぶ唯一の橋が燃やされる」
ふむふむ、ミステリーの王道だな。
「で、探偵シャーロックと助手ジョンが捜査を始めると、すぐに怪しいヤツに気づくんだ。客人の中にポッパー君が1人」
「……ねえ、リョーヘイ、それさすがに怪しすぎない?」
「で、捜査が続くんだ。『おい、ジョン。あのロボットは一体何だ?』『はい、犯人はアレで殴ったようですね』」
「凶器役なの!」
「ロボットの必然性は!」
空乃さんとダブルでツッコむ。完全に期待を逆の方に裏切ってますよ!
「あの、倉片先輩、多分ポッパー君は犯人役や容疑者役の方が良いと思いますけど……」
「そうか? じゃあそうしようかな」
2学年下の
「じゃあポッパー君が犯人ってことにしよう。連続殺人は止まらない。そして遂に第三の殺人で犯人の思いもよらないことが起こる。被害者がダイイングメッセージを残していたんだ。真っ赤な血、掠れた字で『メカ』と2文字――」
「犯人丸分かりじゃない!」
ミステリーの鉄則として、メッセージには推理の余白を残しておいて下さい!
「ハル、ここまで聞いててどう思った?」
「え、俺ですか? んっと、やっぱりロボットにしか出来ないことをやらせた方がミステリーっぽくなると思います。探偵役なら指紋照合や音声解析とかも出来るだろうし、もしポッパー君より小型のロボットを犯人にすれば、普通は入れない小さい窓に入るようなトリックも使えますし」
空乃さんがウンウンと激しく頷く。
「リョーヘイ、ハルの言うとおりよ。どう、何か浮かばない?」
「じゃあ、こうしよう。普通のロボットには越えられない柵がある。そこをポッパー君が越えるんだけど、実はポッパー君は15体集まるとスーパー合体してメガポッパー君に――」
「よしっ、じゃあ次、テン君!」
特撮の影響を受け過ぎた倉片さんのアイディアを打ち切り、発表順は1年生の
天馬は地毛の茶髪をかきあげながら、昨日同様、「いきます!」と自信たっぷりにその場で立った。
「僕はロボットとタイムリープを組み合わせたいんですよね!」
「…………へえ…………」
笑顔が引きつる空乃さん。おかしい、なんか近い話を聞いたことがあるぞ。
「過去の自分の過ちを正そうとして、ポッパー君が100日間毎日、タイムマシンである日付に戻るんです」
「昨日と同じじゃん!」
部長、大変だと思いますけど、ツッコミ頑張ってー。
「だからテン君、どうやってポッパー君を書き分けるのよ」
「ふっふっふ、昨日必死で考えたんです。今回は紙媒体で出しますよね? なのでフォントの色で分けます!」
「読者! 読者のこと考えて!」
101色いちいち識別してられるか!
「伊佐山さん、僕はこのストーリーに絶対の自信を持ってるんです!」
「いや、ストーリー以前の問題なのよ!」
「僕はこのストーリーに愛されてるんです。101体ポッパー君のアイディアが僕の脳を選んで、降ってきてくれたんです!」
「一方通行なの! 向こうは愛してないの!」
勘違いですから、どうかもう諦めて下さい!
「仕方ない、じゃあもう一つ考えてきたんですけどね」
言いながら、天馬はスマホをタップする。多分ネタをメモしてるんだろう。
「今ロボットとして辛い思いをしているポッパー君が、過去に行って生みの親である博士を殺すってのはどうですか?」
「おおっ、なんか本格的だな!」
思わず身を乗り出した。これはSFの匂いがするぞ!
「で、天馬。それって所謂アレだよな? 親殺しのパラドックスってヤツだよな? お前の中ではどうやって解決するつもりなんだ?」
過去に行って自分の親を殺したとき、自分の存在はどうなるのか。すぐに自分が消滅するのか、「両親が死んで自分が生まれないパラレルワールド」に世界が分岐するのか。この作品の科学的概念に関わる。
「あ、さすが詳しいですね、八束さん。そうなんです、なんか調べたら色々難しかったので、パラドックスは起こらないようにしようと思います。博士を殺した瞬間、ポッパー君が人間に生まれ変わるって設定にするので」
「ゴリゴリのファンタジーじゃん!」
ガリ勉のSF部長にさんざん皮肉言われるぞ!
「とりあえずタイムマシン系は諦めるとして……次、シーちゃん! 期待してるからね!」
「分かりました。ご期待に沿えるか分かりませんが……」
紫月が、金髪を後ろに払い、コホンと咳払いする。
「私は、ロボットと恋愛の相性がいいんじゃないかと考えたんです」
「斬新! さすがシーちゃん!」
空乃さんが精一杯おだてる。もう2人のアイディアがボツになってるからな……。
「まず、恋愛小説は出会いが肝心ですよね。ロボットとロボットの恋愛譚もそこから始まります。ある日ふと、センサーとセンサーが触れ合うんですよ」
「接触はしてないんだ!」
2体が大分離れてても触れ合っちゃいそうですけど!
「そして、そこからお互いが気になる関係になるんですよね、稼動中につい目があったりとか」
そんな「授業中」みたいなニュアンスで言われましても。
「で、デートを重ねるわけです。お互いに油をプレゼントしたりして」
既に部長は遠い目をしている。完全に「対象外」の烙印を押した目だ。
「そして、ラストシーンはもちろん山場、告白とお返事です! 卒業間近、桜の木の下で、ロボットがもう片方のロボットを呼び出すのです。そして始まる、2体の愛の囁き。『……ガチャガチャ』『……ガチャガチャ』」
「え、喋れないタイプのロボットなの!」
「機械音だけ!」
絶対ポッパー君とポッパーちゃんだと思ってました!
「もうダメだ……ハル、昨日みたいになんか良い案思いつかない?」
紫月の提案からまた1時間半。俺の座ってる机に頭から突っ伏し、空乃さんが低い声でヘルプを求める。ノーアイディアの状況で、今にも頭から煙が上がりそうだ。
「そうですね…………んん……あ、ちょっとヒューマンドラマっぽいんですけど、店舗で働くポッパー君が、『このままでいいのか』って自分の仕事に疑問を持つ、ってのどうでしょう。『僕は一生このまま接客をするのかな』みたいな」
それを聞いて、彼女はガバッと頭を起こした。
「それ! なんかその入り、良いわ!」
他の3人も「さすが陽久!」「すごいです八束先輩!」と褒めてくれる。
「でも、ここからどうしようか、あんまり浮かんでなくて――」
「それは簡単だな」
俺の言葉を遮って、倉片さんが指をパチンと鳴らす。
「そんなときに、転職エージェントのポッパー君が現れるのさ。『貴方、このままの人生でいいんですか?』ってな」
「そこでもポッパー君!」
まさかの展開に驚いていると、天馬が「片倉さん、ナイスですね」と自ら付け加え始めた。
「良いですねえ。話が膨らみますよ。片田舎の店舗で接客を続けるポッパー君。そこに転職を勧めるポッパー君登場ですね。『今、東京の渋谷で、将来有望なITベンチャー企業が上場する予定です。そこの受付になってみませんか? こんな片田舎で、普通の家族を相手にしていていいのですか? 一度きりの人生、もっと大きな夢に、懸けてみませんか。私もポッパー君、貴方と同じロボットです。貴方の気持ち、ちゃんと分かってますよ』」
「巧みな話術だ!」
ロボット同士の共感を活かした戦略!
「私も、その先は勝手に膨らんでいきますね」
そして、紫月がさらに物語を進める。
「思い切って転職を決めるポッパー君。でも、そのベンチャー企業には『上場した会社なんて、どんどん安定志向になっていってつまらないんだよ』とふてくされる社員のポッパー君がいるんです。そこで、主人公のポッパー君は、受付という仕事を超えて、彼の悩みを聞き始める。そして、彼に説くんです。『確かに、会社は大きくなって安定し始めるかもしれない。でも、君のその、消えることないこの会社への情熱を絶やさなければ、きっと同じマインドでついてくる社員はいるんじゃないか』『……もう一度、部下に見せつけてやるかな』」
「何その感動のオフィス・ストーリー!」
なんかもうエンディング近いんじゃない!
「よし、なんとなく見えてきたわね」
ええええええっ! それでいいの! こんな思いつきでいいんですか、空乃さん!
「ロボットってテーマは個人的にはあんまり賛成できないけど、その話は面白そうね。あとは、あんまり科学っぽくないけど、SF部が許してくれるかどうか……」
「ああ、それなら大丈夫だと思いますよ」
天馬がケロッと言う。
「僕、SF部の部長と幼馴染なんでちょっと聞いてみたんですけど、『まあ、コラボしたってことを告知できれば十分だから、部長には発破かけといたけど、普通の小説でもいいんだよね。巻末付録だし』って言ってました」
「何その賑やかしの扱い!」
空乃さんと一緒にヘナヘナと崩れる。
タイムマシンで昨日に戻って「そんな真剣に考えなくてもいいよ」って教えてやりたい。
「まあいいわ、明日からこれでリレー小説書いていこう! じゃあ、今日は解散!」
こうして、長い長いSF会議第2部が終わった。
「でもなあ。やっぱりなあ。ロボットなんか工場にもお店にも、街中どこにでもいるのになあ……」
今日も用事がある他の3人は早々と帰り、若干気落ちしてる空乃さんと2人、部室を簡単に掃除。
「まあ、面白そうな話になったし、そんなに科学考証も必要ないからいいじゃないですか」
「それはそうだけどさ……。ロボットかあ。どこでも、いくらでも量産されてるのに……」
「生徒の皆さん、最終下校時刻になりました。メンテナンスを怠らず、途中で故障のないように、安全に下校しましょう」
校内放送が響き渡る。
「よし、じゃあハル、帰ろっか」
「そうですね、僕、今日もシューズロッカーで待ち合わせて友達と帰ります。あ、空乃さん」
さっきまで彼女がいた床にしゃがむ。
「ネジ、落としましたよ。大事な部品じゃないですか?」
「わっ、ありがと、足の部分だった。ハル、油差して、ちゃんと帰るんだからね」
「わかってますって」
部室前で別れ、俺はオイル切れで軋む腕をガシャガシャと振った。
軋む腕 ~宇海高校文芸部~ 六畳のえる @rokujo_noel
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