軋む腕 ~宇海高校文芸部~

六畳のえる

会議 1日目

「さあみんな、今日のネタは持ってきたわね! それでは、『SFを書いてみよう会議』始めます!」


 教卓をバンッと叩きながら、伊佐山空乃いさやまそらのさんが元気に叫ぶ。3年生とは思えない、大学生でも通りそうな顔立ちと、女子にしては少し高い身長が、教壇に立つ彼女をいつもよりオトナに見せた。


 ここは宇海うかい高校の文芸部部室。空き教室をそのまま使っているので、黒板も机もそのまま。俺達4人は授業で座っているような生徒用の机を4つ長方形にくっつけて、部長である彼女の方を向いている。

 夕方とはいえ変わらず厳しい夏の暑さに、思わずYシャツの袖を捲った。


「ハル、ちょっと手伝って。重要なところだけメモ取ってね」

「ん、わかりましたけど……」


 空乃さんが、俺、矢束陽久やつかはるひさの名前を呼んだ。1つ下の2年生だから、ここはちゃんと従うしかない。ないんだけどね。


「でも空乃さん、やっぱり無理にSF書かないでも……ほら、僕ら基本的にはラブコメとかじゃないですか」

「それじゃダメなのよ、ハルッ!」


 ツカツカとこっちに歩いてきて、ずいっと顔を寄せた。慣性の法則で揺れた長い黒髪が俺の頬をパシッと撫でる。


「いい? 昨日SF部の部長と会ったのよ! あのガリ勉眼鏡、向こうから合同でやろうとか言っておいて、皮肉挟まないと会話できないのかしら!」


 あーっもうっ、とエアーハンカチ噛みを披露する。


 そう、そもそもの発端は3つ隣の空き教室で活動しているSF部。SF映画や小説のレビューや科学考察を月刊誌にまとめて校内で発行しているのだが、「100号記念として文芸部にSF小説を1本書いてもらって掲載したら面白いと思う」とコラボの依頼が来たため、こんな会議を開くに至っている、というわけ。


「アイツったらね、『難しかったらいいですからね。普段の文芸誌読ませて頂きましたけど、人物の感情や風景を長々と書いてる作品も多いみたいなんで、そういうのだとちょっとね、という感じです』なんて言うのよ! 小説はみんなそうでしょ!」


 俺の机をグーで殴る空乃さん。その勢いに4人で恐れおののく。


「あー、ちょっとスッキリした! じゃあ今日は、何系のSFで行くかってことを決めるわよ! まずはリョーヘイから、アイディアお願い」


 そういって、彼女と同じ3年の倉片くらかた遼平さんを指名すると、倉片さんは短い黒髪をポリポリと掻きながら自分のノートを見た。


「俺は、オーソドックスに宇宙系が良いと思うんだよね。やっぱりSFって言ったら宇宙でしょ」

「宇宙モノね……例えばどんな?」


「王道はスペース・オペラってヤツじゃない? 超巨大な街型の宇宙船で人々が暮らし始めててさ、その街の交差点で中学生男女がぶつかるんだ」

「ジャンル変わってるじゃん!」

 空乃さんがツッコむ。倉片さん、早くも宇宙が関係なくなってますよ。


「あのねリョーヘイ、スペース・オペラってことは普通は正義の味方がいるもんなのよ」

「そっか、じゃあ昼は普通のサラリーマン、夜は実は正義の味方、みたいな主人公が街の暴力団や暴走族を倒して――」

「だから宇宙入れなきゃダメなのよ! ただのヒーローでどうすんのよ!」

 ダメだ……倉片さんは宇宙を背景画くらいにしか思ってない。


「ハル、どう思う?」

「王道で良いと思いますけど、全シーン宇宙だと、設定とか難しそうじゃないですか? ズルいかもしれないですけど、地球と宇宙のシーン半分ずつとかなら、俺達にも書きやすいかなって」

「ナイスアイディア、陽久!」


 親指を立てる倉片さん。カーテンの隙間から強い西日が漏れて、その笑顔がオレンジに照らされた。


「んっとね……じゃあ空乃、思いつきだけど、宇宙から隕石が大量に落ちてきて、その軌道を変えるために志願した宇宙飛行士達が死を覚悟しつつロケットに乗り込むっていう」

「何そのハリウッド感満載の作品は」

 この夏、感動巨編を見逃すな。


「大体アンタ、どうやって軌道を変えるかとか、そういうところまで考えられるの?」

「空乃、思いつきのアイディアにそこまで求めるのは酷ってもんだろ? でも大体は考えてあるんだ。その隕石にはとてつもない磁力が秘められてて、ロケットの先端にU字型のあの磁石をつけておけばガキンって吸い寄せられる――」

「よしっ、じゃあ次、テン君!」


 小学生の考える手品のタネのような倉片さんの意見をスルーし、1年生の早船天馬はやふねてんまに向き直る空乃さん。すると天馬は地毛の茶髪をかきあげながら「待ちくたびれましたよ」と自信満々に立ち上がった。


「僕がオススメするのは時間SFもの。所謂タイムマシン的なやつですね! 過去に行って未来に行って、タイムパラドックスにタイムリープ。これぞSFじゃないですか!」

「おっ、タイムマシン系か。俺も読んだり観たりするの好きだよ」

 俺が同調すると、天馬がニッと歯を剥き出しにして笑う。


「過去に遡って問題を解決しにいくとか最高に胸が熱くなりますよね! 実はもう画期的なストーリーまで考えてるんですよ」

「いいねえ、テン君! リョーヘイよりもいい感じ!」

 空乃さんが褒める。倉片さんは、ちぇっと冗談っぽく口をすぼめた。


「過去の自分の過ちを正そうとしてタイムマシンを開発した主人公が100日間毎日、ある日付に戻るんです。するとその日には101人の主人公が終結して、全員で過ちに立ち向かうっていう」

「…………アンタ、そういうのはキャラクターちゃんと文章で書き分けられるようになってからやりなさいよ」

 画期的っていうか、やるのが大変だからみんなやらないだけなのでは。


「えー、どう思います、八束さん?」


 突然俺に振られた。反応に困っている俺に合わせるかのように、蛍光灯が一本、パツンパツンと明滅し始める。


「んっと、やっぱり空乃さんの言うとおり、書き分け難しいんじゃないか? 101人同じヤツが出るってことだろ? どうやって小説上で判別するんだ?」

「まあ設定上は、俺001とか俺002とかで呼び合うことにしますよね」

「囚人かよ」

 余計混乱を起こしそうな気が。


「しかも、一人称でも区別できるようにしようと思うんです。『オレは』『オレレは』って感じで、オレの『レ』の数を変えるっていう」

「バカなんじゃないの!」

 オレレレもツッコまざるを得ないよ!


「おっかしいなあ。もっとウケると思ったのに。僕は小さい頃からタイムマシンごっこしてるくらいのタイムマシン好きなんですよ」

「何だ、タイムマシンごっこって?」

「ワタシも気になる!」


 倉片さんと空乃さんが興味を示すと、天馬はフッフッフとしたり顔を見せつつ、ペンケースから消しゴムを出した。


「これをボタンだと思って下さいね。で、これを押すと時間が戻るって設定です。さあ押して下さい!」

「わ、分かったわ。押してみるわね」


 ポチッ

「これをボタンだと思って下さいね。で、これを押すと時間が戻るって設定です。さあ押して下さい!」


 ………………ポチッ

「これをボタンだと思って下さいね。で、これを押すと時間が戻るって設定です。さあ押して下さい!」


 ……………………。

「ねえテン君。これのどこが……?」

「ボタンを押す直前まで戻るって仕掛けです。だから同じ台詞になるんですよ!」

「何が面白いのこれの!」

 空乃さん、よく言った。


「結構技量いるんですよ? 同じ台詞を毎回同じトーンや速さで言うってのは」

「ちょっと待って頭痛くなってきた……SF小説の話はどこへ……」

 おでこを押さえて首を大きく振る我が部長。つくづくお疲れ様です。



「とりあえずタイムマシンはいいわ。次、シーちゃん! 期待してるわよ!」

 そう言って、天馬と同じく1年の中善寺紫月ちゅうぜんじしづきを指す。

「ええ、分かりました。あまり自信はないのですけど……」


 丹精して作った人形のような端整な顔立ちと上品な言葉遣い。たとえ金髪ロングであっても、なんとなく相当なお嬢様ということが分かる。


「私はやはり、少し古いですがサイバーパンクの系統が好きですね」

「さいばーぱんく?」

 幼児が初めて聞く単語を繰り返すようにオウム返しする空乃さん。なんか可愛いなおい。


「色んなサブジャンルもありますけど、よくあるのは『ネットワークが高度化して……』とか『人工知能が……』みたいな作品ですね」

 紫月が例示すると、部長は「なるほど!」と頷いた。


「でも紫月、サイバーパンクって結構難しくないか? 現実が追いついちゃってたりする分野もあるし」

「ええ、そうなんです、八束先輩。ぼんやり考えてたのは、近未来の家の話でした。スマホ1つで家の家電や照明、引き出しなんかも全部動かせる、みたいな」

「ううん、確かにいずれ実現しちゃいそうで夢がないな……」

 天馬が腕組みをする。いや、お前の101人オレレレより大分まともだぞ。


「ううん、そうですよね……あ、では伊佐山いさやま先輩、こういうのはどうでしょう?」

 期待の発言に、空乃さんが「なになに」と身を乗り出す。


「水道に繋ぐことなく、スマホからシャワーも出せるようになるんです! これはしばらく実現しないですよね!」

「永遠に実現しないわよ!」

 ねえ、水はどこから供給するの? それって科学じゃなくて魔法でしょ、ねえ?


「紫月、人工知能の方で何か膨らませればいいんじゃないか? よく映画とかでもあるだろ? 家にいながら音声でなんでも回答してくれる、みたいな」

「そうですね、そっちの方が実現は遠いですからね。八束先輩、ありがとうございます。何でも答えてくれるAI、いいですね。生年月日を言えば年齢も星座もすぐに分かるし、住所を言えば郵便番号も即座に答えてくれる、みたいな」

「うん、紫月。多分俺が思ってるヤツと違う」

 それなら俺にでもAI役できそうですけど。


「シーちゃん、ああいうネットワークとかAIみたいな作品って結構ディストピア系が多くない? ね、リョーヘイ?」

「確かにな、ネットワークは発達してるけど、草木は絶え、海は枯れ――」

「野菜は値上がり、年金は廃止され、ですね」

「シーちゃんの方は違います!」

 そんな現実的なディストピアはイヤだ!




「はあ、何かどれも今ひとつピンと来ないわね……」

 あれから1時間半。宇宙人系や深海SFなど、手当たり次第に議論してみたけど手応えは無し。空乃さんと俺がツッコむだけの展開が続いている。


「ハル、なんか名案ちょうだいよ」

「いや、そんな急に言われても……」

「どわーっ! なんかアイディアを生む機械はないのか!」


 そんなのあったら……ん? 機械……?


「そうだ、空乃さん! ロボットですよ!」

 いきなり叫んだ俺に、彼女は驚いて一歩下がった。


「ポッパー君ってロボットあるじゃないですか、店頭とかにいるやつ」

 色んなお店で、接客やサービスの宣伝をしている、結構賢いロボット。


「ああいう、それなりのスペックのAIが搭載されてる、人間に近いキャラを登場人物に持ってきたら、俺達でも書けますよ!」


「ええーっ! ロボット? こんなにロボットが発達して量産されてる時代に、ロボットでSFやるの? 時代遅れも甚だしくない?」

 顔を顰める空乃さんに他の部員3人が反対する。


「でも、もう締め切りまで時間ないし、やっぱり書けそうなもので書いた方がいいよ。俺は陽久に賛成だな」

「僕も書きやすそうです」

「私もロボットが良いと思います。アイディア結構膨らみそうですし」


「……ううん……じゃあ分かった、それでいこう。じゃあ明日は、どんなロボットもの書くか、会議するわね! 今日は解散!」

 こうして、長い長いSF会議第1部が終わった。




「あーあ、ロボットなんか工場にもお店にも、どこにでもいるのにな。宇宙とかの方が夢がありそうだけどなあ……」


 用事がある他の3人は早々と帰り、若干気落ちしてる空乃さんと2人、部室を簡単に掃除。


「まあ、あんまり凝ったもの書いてSF部から校正くらってもイヤじゃないですか」

「それはそうだけどさ……」



「生徒の皆さん、最終下校時刻になりました……」


 校内放送が響き渡る。



「よし、じゃあハル、帰ろっか」

「そうですね。あ、僕はシューズロッカーで友達と待ち合わせて帰ります。あ、空乃さん」

 さっきまで彼女がいた床にしゃがむ。


「ペン、落としましたよ」

「わっ、ありがと。ハル、油売ってないで、ちゃんと帰るんだからね」

「わかってますって」


 部室前で別れ、俺は手を振った。

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