Re : 第三錠○
生まれつきだから仕方ない。
頭では分かっている。だけど、どうにかしたい、してあげたいと思う。それが親心というものだ。元気で健康であって欲しい。
何ヶ月かぶりに見た我が子は生きているのも不思議な状況だった。すぐさま入院させ、チューブで強制的に栄養を流し込む。そんな処置を続ける。誰もいないと勝手にチューブを引き抜き、食事を拒否する。その度に決まって食欲がないと言う。
なんとかして体重を増やさないといけない。このままだとあと二ヶ月で体は限界を迎える。紛れも無い余命宣告だ。
食欲を出させる薬も処方してもらった。こうでもしないとこの子はもう駄目だ。ビタミン剤と嘘をついて飲ませる。飲み込むのを最後までじっと監視する。辛うじて薬は飲んでくれる。
それなのにその薬の効果は一向に現れなかった。最も効用の強いものにしてもらい、本人が飲み込むのもきちんと確認している。看護師さんにも目を配るように何度も何度も頭を下げた。
もう時間がない。それは誰の目にも明らかだった。なのに、薬は一切効いてくれない。
全身を拘束し、強制栄養摂取に踏み切った。この子にどう思われても、私はこの子が生きてくれさえすればいい。
それは私の我が儘なの?
正式に余命宣告されたその日。私はどんな顔をしていたのだろう。きっと酷い顔をしていたはずだ。もう何が何だか分からない。
「大丈夫ですか。こちらをどうぞ」
ハンカチを差し出された。私と同じくらいの歳の女性。ちらりとこの病院で見た事のある顔だった。
「私の子も食べてくれません。以前は食べ過ぎで困っていたのに。けれど、今は食欲がないと言うだけで」
「えっ?」
「先生は言ってくれませんでしたが、看護師さんの噂で聞きました。ウチの子と同じように食欲がないから食べないと本気で言っている患者さんがいると。そして、その様子がそっくりだと」
困惑する頭。理解が追いつかない。それなのに、この人が嘘をついているようには思えない。
「良いこと教えてあげよっか」
突然弾んだ鈴のような声がした。可愛らしい女の子がそこにはいた。
「お姉ちゃんがね、茶色の瓶を一億円、赤色の
瓶が百万円だって」
その言葉を聞いたその女性はゾッとしていた。顔が青ざめ、小刻みに震えている。私には意味が分からないが、少なくともこの人は分かっている。恐怖は伝染する。
もう、この天使の笑顔は悪魔の微笑みにしか見えない。
「早い者勝ちだよ」
シュレディンガーの猫又 唯 @akaikasa
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