Re : 第三錠●


それは難病指定されている病気だった。染色体異常による先天的な障害。知能の遅れや発達不全。

そして、最も特徴的な症状が満腹中枢の欠如だった。


幾らでも食べられてしまう。親が制限したとしても、深夜なんかに隠れて盗み食いをする。食べ物は有ればあるだけ全て食べきってしまう。買いだめなんてしてはいけない。残り物を冷蔵庫に保管出来ない。

けれども、仕方ないのだ。この子は産まれてから一度もお腹いっぱいになったと感じたことがないのだから。故に、無尽蔵に食べてしまう。


中学生にもなっても知能は七、八歳程度。今でも子ども向け番組の着ぐるみを嬉しそうにテレビで眺める。身長も同世代に比べて20センチ以上も低い。にも関わらず体重は70キロが目前だ。

お医者さんにも言われている。このままだといつ肥満による生活習慣病を併発して亡くなってもおかしくないと。私がいくら注意していても、同居している夫の祖父祖母がお菓子などを与えてしまう。孫の食べる姿が可愛いと思うのは決して悪い事ではない。けれども、こちらの管理外の食べ物を好きな物を好きな分だけ食べさせられてしまっては台無しだった。

肥満で死んでしまったら、元も子もない。それが、分かって貰えない。目の前の孫の笑顔を優先してしまう。歯痒い。


養護学校のお迎えに行く。我が子を乗せたスクールバスが程なく着いた。降りてきたこの子の手を握り、家までの五分ほどの距離を歩く。


「お悩みですか?そちらの御婦人」


不意に声をかけられた。一瞬、自分への言葉だと思わなかった。


「お母さん、あの人だぁれ?」


「光ちゃん、少しお口を閉じてお利口にしてくれる?今日、お夕飯ハンバーグにしてあげるから」


「わーい、ハンバーグハンバーグ!」


きゃっきゃっと嬉しそうにはしゃぐ。唇に指を当ててしーっとする。すぐさま意味が分かったようで、自分で手で口を塞いで見せた。


「お子さんのその欲。食欲をお預かり出来ますよ」


そう言って、何かを取り出す。見るとコルク栓で蓋をされた小さな瓶だった。ガラスの色は赤色で、少し気味が悪いと感じた。


「お預かりする際はお代は頂きません。ただし、それ以降はその時次第です」


この人は何故この子の病気の事を知っているの?それに生まれつきの障害は治療なんて不可能だ。先天的な染色体異常を治せるなど、現在の医学では到底不可能。神の領域だ。

でも、何故だろう。目の前のこの人物の言葉には力がある。


「是非お願いします」


頭を下げていた。私にはこれしかないと感じた。





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