第34話 エピローグ

 音楽に合わせて軽やかに踊るアルトとマルゲリータ。

 その美しい光景に広間の貴族達は見惚れていた。


「わたくしを選んで下さると思ってましたわ」

 マルゲリータはアルトにしなだれかかるようにして顔を寄せる。


「ほう。どうしてそう思った?」


「だって、ずっとわたくしの方ばかり見ていらしたもの」


「ばれてしまっていたか……」

 アルトは余裕の笑顔で微笑む。


「わたくし、王様を一目見た時から決めてましたの」


「決めてた? 何を?」


「ああ、驚かないで聞いて下さいまし、アルト様。

 わたくしおじに脅され、畏れ多くもあなた様の命を狙うように命じられております。

 でもわたくしそんな恐ろしい事は出来ないと思ってました。

 そして今日アルト様を見て、この身を犠牲にしてもお守りしたいと確信しましたの」


 先日、ベルニーニの会合を辞した後、母ナポリ夫人と決めていた。

 二人は追い詰められたベルニーニの終わりを感じていた。

 この男についていってももうダメだ。

 すぐに見限った。

 そして次なるターゲットはもっと大物。

 デルモンテ国王。

 ベルニーニなんかの小者につくより、王の妃になった方がいいに決まっている。

 正妃の座が目の前にあるのに、暗殺なんかするバカがいるはずがない。

 そんな事にも気付かないほどベルニーニは追い詰められていた。


 そして今日、アルトの姿を見てこの人しかいないと思った。

 この麗しい男の妻となって、最高の権力を手に入れるのだ。


 しかし、マルゲリータの言葉にアルトは少しも驚かなかった。

「ほう。仲間を裏切るか……」


「女は恋に生きるものですわ。好きな男性のためなら裏切る事も正義でございます」


「なるほど、それがそなたの正義か」


「ええ。一目見た時から、私はあなた様のものですわ」

 潤んだ瞳でアルトを見上げる。


「しかし残念ながら、私はそなたを所望などしていない。

 まさかこの段階でそなたが裏切るとは思わなかった。

 そなたが事を起こし、ベルニーニが私を襲ってくれなければ筋書きが狂ってしまうのだ。

 だから……許せ」


「え? 何をおっしゃって……きゃっ!!」

 ワルツを踊っていたはずのマルゲリータの腕を捻り上げ、後手にして拘束する。


 突然の王の乱行に貴族達がざわついた。


 しかし、マルゲリータの異変と同時に広間になだれこむ手はずになっていたベルニーニ一派は、事が起きたとどやどやと剣を構えて王とクレシェン宰相を目指す。


 大勢の剣を持つ男達の乱入に、広間のあちこちで悲鳴が上がる。

 まぎれていた間者も姿を現わし、アルトとクレシェンを仕留めようと合流する。


 しかし……。


 その男達の動きを待ち構えていたかのように、近衛騎士がアルトとクレシェンを守り、剣を打ち合い次々と捕えていく。


「な、何をしている! 後ろのデブだ! デブ軍曹を狙え!」

 ベルニーニ一派は、王の弱点と聞いていたダル軍曹に切り込む。


 しかし……。


 その肉の塊のような体は、信じられない俊敏な動きで剣を引き抜き、ありえない剣さばきで次々ベルニーニ側の男達の利き手を切り込んでいった。


「な! まさか……。そんなバカな……」

 ベルニーニはいつもと違うダルの動きに目を丸くする。


 そして気付いた時には、全員が捕えられていた。


 クレシェンは呆然と立ち尽くすベルニーニの元にゆっくり歩み寄った。


「ベルニーニ公爵、王への暗殺未遂の容疑で拘束させて頂きます」

 衛兵が二人、両脇からベルニーニの腕を掴む。


「な、何の事だ! 私は知らん! 私は何の関係もない!」


「なるほど。では失礼して懐を探させて頂きますよ」


「か、勝手にしろ! 私は関係ない」


 クレシェンはベルニーニの懐を探すと、手品のように羊皮紙を持ってすっと引き抜いた。


「おやおやこれは何の文書でございますか?

 どれ、これは? なんとヴィンチ家の家督相続の王の許可書ですね。

 あれ? しかしおかしい。

 サインも王印もアルト様のものではありませんね。

 なぜこんなものをお持ちですか?」


「な!! 知らん!! そんな物を懐に入れている訳がないだろう!」

「そうは言われましても、この通り出て参りました」

「き、きさま!! 私を嵌めたな!!」


「はて? 何の事でございましょう。

 しかしこれは調べねばなりませんね。

 おい、そこにいるナポリ夫人も拘束せよ!」


 衛兵数人が、呆然と事態を見ていたナポリ夫人の両腕を掴んだ。

「な、なぜ私ですか? 私は何も知りません!

 ベルニーニ様に言われた通りにしただけで……」


「言い訳は尋問室で聞きましょう。

 それまで牢屋でゆっくりお過ごし下さい」


 衛兵に連れて行かれるマルゲリータとナポリ夫人。

 それを信じられない思いでフォルテは見つめていた。


 罪人がすべて連れて行かれた後、アルトが高らかに宣言した。


「みなの者! 騒がせてすまなかった。

 しかし、国を乱す悪人を捕える事が出来た。

 これから我が国は更なる発展をしていく事だろう!」


 貴族達はわ――っと王を讃えるように歓声を上げた。


「さあ、もう一度ダンスを再会しようではないか。

 ワルツの音楽を流してくれ!

 そして私は今日最後のダンスの相手を選ばせてもらおう」


 広間にどよめきがおこる。


 最後のダンスの相手……。


 それこそが王が選んだ相手……。


 そしてアルトの足はまっすぐにフォルテに向かっていた。


「そんな……。まさか……」


 フォルテは夢を見ているのかと思った。

 しかし夢ではない。


 アルトはフォルテの前で立ち止まり、片膝をつけて手を差し出した。


「私と踊って頂けますか? 愛するフォルテ公爵令嬢」


「アルト……」

 フォルテの目から涙が溢れる。


「知ってたの? 全部知ってたの?」


「ずいぶん早い段階で知っていた。

 不安な思いをさせて済まなかった」


 夢にまで見た温かな深緑の瞳が見上げる。

 溢れる涙が止まらない。


「私は……アルトを好きになってもいいの?」


「出来ればそうして欲しい」


「アルト!!」


 アルトの手をとるフォルテをそのまま抱きしめた。


 広間全体がため息と歓声で溢れる。

 ワルツの音楽が大きくなって、他の貴族達も一緒に踊り始める。


 そして……。


 踊りながら、アルトはフォルテの耳元に囁いた。


「フォルテ、一つだけ謝っておかねばならない。

 君の霊騎士を長い間借りてしまっていた」


「え? 霊騎士って」

「ゴローラモの事だ」


「ゴローラモを知ってるの?」

 フォルテは驚いた。


「よく知っている。今は、ほら、君がずっと王だと思っていた男の中にいるよ」


 フォルテが見た方向には……。



 嬉しさのあまり、やっぱり気絶するほど恐ろしい顔の男が立っていた。



           終わり

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デルモンテ王は後宮に占い師をご所望です 夢見るライオン @yumemiru1117

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