三章①

 せっかくなのだから映画館に行こうよ、という真白のわがままに付き合っているのは、なにも彼女に押し切られたからというわけではない。


「この五日間を凌げたのなら、ゆきりんをこの契約から解放してあげるよ」


 という真白の気まぐれもとい提案があまりにも魅力的だったからであり、何せ仮に今のままだったならこの五日間が終わった後も俺の命が狙われ続けるのがわかりきっていたからだ。


 そんなわけで、本日の予定は映画だ。

 最強の魔術師のくせに、流行りの恋愛映画を観たいらしい。映画館自体初めてだという真白は、建物内に充満したキャラメルポップコーンの匂いに腹を鳴らしながら、案の定催促してくる。


「パンフレットとかは?」

「欲しいけどいらない。想い出は、心の中に、だよ」

 Lサイズのポップコーンを抱えながら、真白はキメ顔で言う。平日なので地方にあるこの映画館はガラガラだ。


「こうやって歩いてるとカップルに見えるかな?」


 劇場特有の薄暗さと柔らかなマット、その中で手を繋ぎながら歩く二十歳と中学生。どうだろうか。仲良く手を繋ぎながら平日に恋愛映画を観にくる兄妹というのはちょっと想像ができないし、お金を払って云々の関係に見えているのではないだろうか。だとしたら途端に手を離したくなってきたのだけども、ウキウキで店員にチケットを渡す真白を見ているとそんな気も失せてくる。


 指定の座席に座ったタイミングで、真白はポップコーンを一掴み。予告を眺めながら口に運んで、その動きがフリーズする。


「え、甘いんだけど」

「そりゃあキャラメルポップコーンだからな」

「え、うまいんだけど。誰が開発したのコレ。褒めてつかわすよ!」

 映画館らしからぬボリュームで、そんなことを言う。本編が始まる前に食べ終わりそうな勢いで貪り始める。


「あ、そうだ。半券ちょーだい」

「想い出は心の中にじゃねぇの?」

「うん、でも必ずしもそうではないよ」

 いい加減な女だった。受け取った半券を掲げて嬉しそうに頬を綻ばせる。このままずっと上映中も喋り続けるのではないかという俺の心配は杞憂に終わった。

 お目当ての映像が流れるや否や、脚の振りも、口の動きも止めて、映画に見入っていた。呼吸すら忘れた様子でスクリーンに映し出される物語に意識を沈めている。


 話の内容はといえば、お決まりのパートナーの死だ。但し病気ではなく事故死。

 バイクで暴走した挙げ句にトラックに突っ込んだので、自爆とも言えるかもしれない。陳腐なストーリーにけれど真白は心を打たれたようで、涙と鼻水を垂らしながら、時折人様の胸元にその顔面を押し付けるのだった。


「すんごく! 面白かった!」

「それならよかった」


 まあ、テレビのコマーシャルで笑うような人間なので、世の中の大半の娯楽で満足できるだろう。


「ゆきりんとああいう恋愛をしたいよね」

「嫌だよ。俺死ぬじゃん」

「ゆきりんの死を真白は乗り越えるよ」

「ハイハイ」


 劇場から一歩外にでると雪が降っていた。

 夜の帳が下りた町はイルミネーションでその身を染めながら、目前に迫ったクリスマスを催促しているかのようだった。

 十一月の終わりから点灯を始めるせいで忘れていたが、五日後はクリスマスである。その日、俺と真白は別れるのだ。もちろん、それまで生き残っていればの話だが。


 そんな俺の感傷とは裏腹に、赤いコートを羽織った真白が興奮した犬のようにくるくると回り、転倒。派手に転がった。


「……イテテテ」

 それは普段ならば考えられない出来事だった。真白が転んで、膝に傷を負っている。昨日も風呂場でやらかしていたけども、未だに目を疑ってしまう光景だった。何度でも言うけども、真白は最強だ。その気になれば一瞬で月を割ってしまえるレベルの規格外の魔術師だ。残酷で、残虐で、世界に仇をなす極悪人。俺はそんな風に教えられてきたし、実際のところそうなのだとは思う。

 真白の気まぐれで世界が滅ぶかもしれないという現状は、きっとよくない。でも、果たして本当にそうなのだろうか、と疑ってしまう自分がいるのも事実だった。

 だって、映画とはいえ人の死を見て涙する感情を持っている。あの横顔は普通の、どこにでもいる少女だった。


「ほら、スカートに血がつくから絆創膏を貼っておけよ」

「うわぁっ‼」

 と、手渡した絆創膏に大きな声をだした真白に、俺は目を丸くした。


「え、なんだよ。急に大声出すなよ」

「こういうの憧れてたんだ。ありがとうゆきりん。準備がいいね。いいよいいよ! そういうの」

「オマエのせいでしょっちゅう怪我をするからな」

 予想外の反応だった。

 嬉々としながら太股に絆創膏を貼る真白の姿からは、やっぱり怪物性は感じられない。


 夕ご飯を食べようという真白に促されて、隣接しているデパートに入ることに決めた。あと五日。果たして俺の貯金が持つのかどうかという不安も抱えながら、エレベーターで最上階まで向かうのだった。

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フェイク 久遠寺くおん @kuon1075

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