第4話 あれから一年

佐渡君にみゃおを連れ去られてから一年、その後出処など詳しく調べたが、どうにもわからない。

わかるのは佐渡君がどこかの寺から逃げてきた女好きで、6年間もだんまりを決め込んでいたということだけだ。

庵子のマンションで一緒に住み、それなりのこともして、完璧に恋人の振りをしていた、ヒモ野郎だ。


あいつが憎い!と電話に怒鳴ると、庵子は「そうよそうよ、あり得ないわよね!」と同意した。


それから、みゃおのことだけが心配、あの子どうしてるかな、と言うと、「みゃおのことなんだけど、どうして佐渡君がみゃおのことを知っていたわけ?偶然通りかかったか、新しい寄生先探してあなたをストーキングしたっていうこと?」と返ってきて、私はそれもそうだ、と思った。


私は何気なくツイッターを開いていて、そこにピロン♪と音楽がなり、新しいツイートがされた。

するとだ。


そこに、フランス人の女性の手に跪いてキスをする袈裟を着た坊主がツイートされており、それはなんと、

「さ、佐渡君とみゃお!?」

ええ、と庵子が電話口で声を上げた。


調べてみれば、発信源はフランスのパリ凱旋門やら、田舎町やら様々で、今度はイギリスに行くらしい。

私はええー、と思って、母に見せたところ、「あんた、みゃおは一生ものの経験をしているわよ、よく見なさい、幸せでしょう」と言われ、見れば見るほどなんちゃって坊主な佐渡君に腹が立ったが、みゃおの皆に撫でられて和んでいる様子に、可愛い子には旅をさせよ、という言葉を父が呟いたのを聞いて、私は諦めた。


「もう、みゃおの幸せだけでいいわ」


そう電話すると、庵子は「あの野郎、絶対許さないわ!」と息巻き、ストーキングツイートをしまくってツイッター本部から警告を受けたらしく、「なんで私が怒られなきゃいけないのよ!」とブチ切れていた。


「きょうちゃん、絶対、みゃおを諦めちゃ駄目よ」


そう庵子に念を押されたが、私はどうしても手の届かない存在になってしまったみゃおに、もうこれ以上手は伸ばせないなーと思い、意外とシクシク泣く夜を過ごしたりして、そうして今度は新しくドラッグストアで働き出した。


黙々と品出しをする内、レジもこなすようになり、店長が「試してみてよ」と皆に配ったプロテインを母と銭湯の鏡の前で飲んでみて、「どう?」「なんとも」と言い合ったりして、日々は穏やかに過ぎていった。


順調に春が来て、夏が来て、浴衣姿の女の子達に混ざらず一人私服で真面目にレジ打ちをして「鏡花さんノリ悪ーい」きゃはは、とギャルに笑われたりした。

「そんなのは、24歳までなんだからね」と言い返すと、「鏡花さん幾つなんですか?」と聞かれ、「26よ」と答えると、「うっそー、まだ若いじゃないですかー」と逆にえ、どう思ってたの?と聞きたくなる反応をされたりして、仲良くも悪くもなく、ただただ良い子なギャルと店長と綺麗な熟女達と共に年末を迎えた。


ここのドラッグストアが、社内研修や社員旅行が豊富で、私にもその時期が来たらしい。

「どっかないかなー、どこが良い?」と店長が聞き、皆が「イタリアー」「ハワイ!」などと答える中、私は「秋田の温泉に浸かりたいです」と答えた。

「じゃあ、お金のことを考えて秋田にけってーい」


えー、やだやだ、鏡花さんひどーい、などと皆が騒ぐ中、私は静かにしていたが、やがてふつふつと湧いてくるものがあり、堪えきれなくなって「んな場合じゃねえ!!」と叫んでいた。


え、と皆が止まる中、静かにくずおれて、椅子の上で「うわぁああ〜」と泣き出した。


「みゃお〜・・・」


話をうんうんと聞いてくれた皆が、よし、みゃおを探そう、ということになり、「佐渡みたいな奴、マジ許せないっすよね!」とバイトの宮下君が怒り、ななこちゃんという高校生は「ほんと、許せない、鏡花さんも庵子さんも可哀想」と泣き真似をして、宮下君をきゅんとさせるのに必死だ。


店長は、大人らしくパソコンを開き、「えーと、優雲市市内でてーらーはと・・」と検索を掛けている。

佐渡惣流という名前の坊さんのサイトが出てきて、「ここに電話かけたら良いと思うよ」と店長が言い、おお、と皆で驚いている中、ギャルの光ちゃんが早速電話をかけた。

「あのー、そこに佐渡流平って息子居ませんでしたか?」


聞き方が少し斬新だ。


すると思いの外反応があったらしく、こっちに親指をグッと立てる光ちゃんは誰よりも小麦色に輝く太陽のように見えた。


当日は、庵子も来るという。


現地集合で待っていると、店長や宮下くん、ななこちゃんに光ちゃん、大下さんは流石に大人なので来なかった。

「あたし嫌よ、そんな面倒なの」

一人ネイルを直していた大下さんの熟女たる妖艶な姿を思い出し、私は「なんでこの人たちいるんだろう、社員旅行は?」と思いながら立っていた。


まもなくクリーム色のミニクーパーに乗った庵子が到着し、ドアを開けながら「皆さん、張り切って行きましょうね!」と庵子ははい気付けの紅茶、しょうが紅茶よ、と紙コップを配った。

宮下くんが俺紅茶って初めてー、わ、あまーと言い、ななこちゃんがその姿にときめいていた。

「宮下くんってぽっちゃり目はいけますかね」

ななこちゃんに聞かれ、うん、いけるいけるーと私はおざなりに答えた。


なんだか予定が可笑しいぞ?


さて、佐渡惣流さんの自宅訪問だ。

チャイムもない立派な門をくぐり抜け、寺の庭園にて自宅らしき家に向かい、ごめんくださーいと声を店長が掛けた。

玄関は開いていた。


「おお、あなた方でしたか」


佐渡惣流さん、ジャージ姿で登場。

紺色のジャージに、少し背が低くて丸くて、柔和な顔に眼鏡を掛けている。

こういう人が怒ると、怖いんだろうな。


庵子がずいっと前に出て、「はじめまして、流平くんと数年前まで一緒に暮らしていた者です」と胸を張った。

すると、惣流さんは「左様ですか、息子はまあ、モテますからなあ」と笑って頭をくるりと撫で、「その節は、申し訳ない」と頭を綺麗に下げた。

ピカッと日に光り、光ちゃんがブッと笑って私の腕をパシパシ叩いた。

いやうるせえよお前え。


こうして、惣流さんの語りだした佐渡流平の人生は、それはもうモテにモテていたのであった。


庵子はわなわなと拳を震わせ、私達はへーとかはあ、とか色々リアクションを取ってお茶を啜っていた。


話し終わると、惣流さんは「だからこれは女難があると、仏門に入らせようとしたのですがね、いやはや、逃げられてしまいました」と言った。

それから、にゃあん、と戸の隙間から居間に入ってきた猫がおり、そちらをちらりと見ると、


みゃおだった。


みゃおは私の膝にまっすぐ来て、すりすりしている。


みゃお、みゃおだわ!みゃおー!


私達がそう騒いでいると、「親父ー、客帰ったー?」とツルピカ頭の佐渡流平その人が現れ、ぽりぽり腹を掻きながら台所の冷蔵庫を開けた。

そしてぴしりと固まり、ギギギ、とこちらに振り向いた。


8畳の居間と六畳の小さくて庶民的な台所で、しばし見つめ合う私達。

庵子が動いた。


「きっさまー!!」


と、惣流さんがヒュッとその前に飛び出て、くるりと庵子を宙返りさせ、今しがた自分が座っていた位置にとすっと下ろした。


「まあまあ、血を見るのは避けましょう、ここは寺ですぞ」


惣流さんはそう言い、流平くんに「という訳だ、お前も観念して、修行に専念しなさい」と言った。

流平くんは腰を抜かしており、座り込みながら「はい」と返事した。


座布団には包丁が突き刺さっていた。


庵子がそこまで思いつめていたとは知らなかったし、それもありだ、いや刃傷沙汰は無しだろう、とあーやこーや喋りまくる皆から離れて、私は店長に「今なら大下さん暇してると思いますよ」と言った。

みゃおが帰ってきた。それだけでほくほくだ。

店長は「うーん」と言った。


「不倫の催促するのは、無しだと思うよ」


じゃあ、あっちはどうです。


私が指し示すと、庵子がしょぼくれて木の根っこに座っていた。

店長はやや迷い、勇気を出すように「よし、」と言うと、声を掛けに歩いて行った。


佐渡君が寺の裏から出て来て、「やれやれ、みゃおも取られて、俺の人生もお終いか」と言った。

私は「は?これからが始まりでしょ、あんたの場合」ねーみゃおーと返すと、「いや、俺は真剣に、銭湯屋の娘の婿になりたかったんだよ」と手を握ってくるので、「女犯は罪なりけり」と手を払おうとすると、みゃおがその手を引っ掻いた。

驚く佐渡君に、みゃおは「ギャーオ」と睨んでみせた。


私を独占しようとしている。


私は嬉しくて、「みゃおだーい好き」とみゃおを抱きしめた。


帰って銭湯に入ろう。

あの、みゃおと暮らした島に、みゃおの島に、帰ろう。

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みゃおのいる島 夏みかん @hiropon8n

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