第3話 佐渡君の暴走

「あんた、クビよ」


「は?」


流石に青筋を立てて抗議の声を上げると、お局はそれよりでんと胸を張り、「聞こえないの、クビよ、クービ、クビ!」と怒鳴った。

後ろから佐渡君が来る。

「あら、りゅうちゃーん」

お局様が振り向いたその時、佐渡君は思いっきりお局様をビンタした。


「ふえ?」


お局様が床に転がり、ピンヒールが片方脱げている。

佐渡君はにこにこしたまま、親指で首斬して地獄に落ちろとファッキンマークを出した。


そのままスタスタと立ち去る。


お局様は「あんたのせいよお!」と立ち上がって私に暴力を振るい、私は切れて応戦し、結果私のグーパンが綺麗にお局の右頬にストライクして、お局はノックアウトした。


結果、クビ。

三人とも。


ブロロロロロ、とバスが行く中、三人で会社を辞した私たちはむすっとしてバス停に立っており、社長に「話し合いで決めろ、話し合いで」と言われたので、これから喫茶店に向かう途中だ。

こつこつと先をさっさと歩くお局様のボブ・ショートにシワだらけの厚化粧の顔を見ながら、「何処が良かったの?」と佐渡君に聞くと「さあ?」と肩を傾げて見せたので、前を歩いていたお局様がキッと振り向き、「さっさと来なさいよ!」と私の腕を引っ張った。

佐渡君には最早お構いなし。

なんだか変だ、と思いながらお局様に腕を引かれていく中、イルミネーションの街灯がキラキラと輝いて見えた。


さて、喫茶店に到着し、ドトールが隣りにあるのに、やたら個人的趣味の炸裂したゴシックな店に入っていくフリルなシャツを来たお局様の後に続くと、佐渡君が後ろからドアを支えてくれた。

それにすら「邪魔すんじゃ無いわよ!」とお局様は容赦無い。

執事たちが「お帰りなさいませ、佐伯様」と頭を下げ、私はお局様がここの常連であることを知った。

えー。引くわ。

ひそひそと佐渡君に耳打ちすると、お局様は「ロマンチックセット、月のゴールデンタワー盛り一つ」と注文した。


え、私達の注文は無視ですか。


そのまま腕を組んだ佐伯庵子と、私たちは早退して座り、じっとちんもくしていたが、やがて「ゴールデンシャワー!!」と執事の一人がメガホンを持って叫び、パンパンと紙吹雪が撒い、ロマンチックセット月のゴールデンタワー盛りは到着した。


「この子にお願い」


佐渡君の前へ。


なんだろう、なんというか、凄い。

飴細工で地面であろう山形のケーキからオーロラの様にビューと上にキャラメリゼが伸び、天辺に月らしき丸い砂糖菓子がキラキラ光ってまるでミラーボールだ。

螺旋階段のノリでケーキへと突き刺さっており、当のケーキはブルーらしきブルーで、湖か夜の山を表しているらしい。

全体的にラメが効いている。


「私の奢りよ、最後の奢り、食べなさい」


佐渡君がいやいや、と手を振ると、「食べなさいよ!」と佐伯庵子は手で月をポキンと取り、佐渡君の口へ無理矢理突っ込んだ。


「そーれおっとこっぐい、おっとこっぐい♪」


執事達がコールを始める。

私は哀れ佐渡君、と見ながら、おっとこっぐい、と手拍子を合わせた。


はあはあと月を食べた佐渡君が床にひれ伏し、鬼と化した佐伯庵子は負のオーラを纏って立っており、その手には未だ月の残骸が握られている。

ぎゅうううう、と握ったその手に、砂糖菓子が刺さる。


「あのー、もう、その辺で」


私が口を挟むと、佐伯庵子はドサッと椅子に腰掛け、頬杖を着いて語りだした。


「三年前よ」


「はあ」


「三年前、私がこの子を拾ったの。袈裟姿で、坊主頭で、寺から逃げてきたんでしょうね、傷だらけで裸足だったわ。私しかいないじゃない。そんな人間拾うやつ、私しか」


と、ブワーッと涙が盛り上がり、わーんと泣き出した。


「なのに、なにー?今度は若い子に目移りしたってのー?そんな権利、あんたにないじゃない!」


ワッと泣く佐伯庵子の話を聞き、私はさもありなん、と思い、「そうだよ佐伯君、謝りなよ」と言った。

すると佐伯君は、床に這い蹲っていたのからやがて立ち上がり、ポケットからじゃらりと数珠を取り出した。

そして「南無観世音菩薩」と一言言った。


私たちはひゃ!?とびっくりし、いきなり言葉を発した佐渡君はそのまま店の外へ逃走した。


以降、彼の姿は何処にも見えなかったー。


私はその日、佐伯庵子と親友になった。

佐伯庵子はまたメールするねーと都会に消えていき、私は家に帰るべく船に乗った。


あれから三時間も経った。それほど佐渡君に対しての恨みつらみを話し合い、庵子は「うわ、やだそれ、ストーカーじゃない?」と言い、私は「そうなんですよ、そっちは、えー、ヒモの癖に振るとかサイテー」と応じ、意気投合した。


ただいまーと家に着くと、「おかえりー」と知らない男が出てきた。

いや、頭を丸めた佐渡君だった。


「は!?お前なんでここいんの?!」


私がぎょっとすると「みゃおに会うためである」と佐渡君は言い、Tシャツ姿で手を合わせ、「ごめん」とみゃおを抱いて外へ出ていった。


私は唖然と見送り、はっとして「みゃお!」と出ると、佐渡君は既に見知らぬ年上の女の車に乗り込んだところであり、「今までみゃおを見てくれてありがとー!」と叫んだ。

ブロロロロ、と車が出る。


私は「ふざけんな、」と走りだし、盛大にコケた。

鼻血を出しながら、「みゃおー!」と叫び、みゃおが嬉しそうに佐渡君に抱かれているのを見送るしか無かった。


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