第2話 新しい何か

かっぽーんと、銭湯の桶がなる。


私は女湯に浸かりながら、みゃおを佐渡君に取られてしまい、今は一人の湯船にてみかんを剥いて食べていた。

こういったことはよくあった。


昔から、「銭湯屋の子」と呼ばれ、友達は他に引けを取らなかったし、学生時代こそ、それはもう引っ切り無しに「風呂に入れてー」と言う子が訪れ、それは楽しい生活をエンジョイしていたものだ。


しかし就職すると、彼らはコロット態度を変えた。

男に媚だす子、実力を発揮して認められる子、様々いた。

私は銭湯屋の子というジャンルでしか無く、とてもじゃないがパソコンも家になかったもので、事務員としては役立たずだった。


そのため、日々をストレス発散要員として言葉の暴力や島の人間という謗りなんかを受けている。


今日は佐渡君が着いてきたが、彼の目的はみゃおであり、それ以上でもそれ以下でも無いらしい。

父母は完全に勘違いしており、「鏡花が彼氏を連れてくるなんてー」と言って早速鍋の用意をしている。


佐渡君が最初、「みゃお」と鳴いてちょこんと頭を下げたのを見て、両親は眉を潜めたが、彼の天性の愛嬌を見て、「お前も広い視野を持つように成ったんだな」と妙に感慨深く私を見、それから「中島いつむです」「夢子です」と両親は手を差し出した。

佐渡君は忙しく握手した後、トイカメラでパシャリと急に撮影し、唖然とする私達を置いて泉鏡花の文庫本が置いてあるのを見つけ、一生懸命指を指し、私に目で「やっぱり?やっぱり?」と聞いてきた。


「そうだよ、泉鏡花の」と言い終わる前に、パシャリと彼は写真を撮った。


カラカラと風呂から上がると、母がみかん風呂に入るのでみかんの皮を袋に入れ、よく揉んでから上がってきた。


こうして一息つけるから、いつも頑張れる。

ふー。


いつも通りゆったりと爪の手入れをしてから、ジャージを着てのれんを出ると、佐渡君はまだらしい。

みゃお、と佐渡君の声で呼ばれたので、男湯に入ると佐渡君は泉鏡花の文庫本を読んでいた。


けっこういいね、と口パクして彼は答えた。

みゃおはしっかりと彼の横を占領している。


さて、寝るときになって、彼には風呂場に布団を敷き、そこで寝てもらうことにした。

腐っても男だ。そこは警戒しないと。

みゃおが私の手をすり抜け、するりと佐渡君の布団に入ってしまったのには面食らった。


これで僕のもの、と佐渡君はにこっと笑い、みゃおを抱き上げた。


翌日からが最悪だった。

佐渡君と船で通勤したのだが、ざわざわと周りはうるさいし、佐渡君は会社に入ると真っ先にお局様の元へ行き、いつも通りキスをし、それからぱちんとビンタされていた。

私たちはそれから二人ぼっちだ。


黙々と泉鏡花の本を読み、みゃおの写真集を眺める私は横で「何やってんだか」と早速尻軽さを魅せつけてくれた佐渡君を軽蔑の眼差しで見ながら、にこにこと彼が「これ見て、見て!」とみゃおのオススメ写真を指差してくるのに、気を許してしまったりした。


「佐渡君、毎日中ノ島通ってたの?」


私が聞くと、うん、と佐渡君は頷き、それからノートに、また行ってもいい?と書いてきた。

私はいいよ、と応えてから、別に、と付け加えた。


佐渡君はよしよしと頭を撫でてきたので、「意味分かんない」と私はその手を払いのけた。

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